書籍・雑誌

February 02, 2023

『国商 最後のフィクサー葛西敬之』

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『国商 最後のフィクサー葛西敬之』森功、講談社

 あまり読んだ本に関しては文句を言わないようにしているんですが、これはちょっと…と思うところがあって、どこまで取材というか下調べをしているのか前半の国鉄改革からJR発足にかけての4章ぐらいまで読んで疑問に思ったので、それ以降は読んでいません。

 間違いなのは例えば信州大学へ講義に行った際に投げつけられたのが「生卵」としているあたり(p.107)。ちょっと調べれば写真写りのためにペンキが中心だったことはわかるハズなのに、伝聞をそのまま載せていて、校閲のチェックもできていないところ。

 当時、まだ小此木彦三郎代議士の陣笠議員だった菅義偉さんのことをやたら暗躍っぽく描いていたりしているあたりもリアルタイムでの取材などはもとより求めていませんが、あまりにも牽強付会。

 さらに、JR東日本社長を巡る杉浦国鉄総裁と、実質的に国鉄改革を仕切った住田正二運輸経済研究センター会長の対立に長い頁を割いていますが、誰も「東は住田」と思っていて、杉浦さんにそんな野心があったとはと驚いたぐらいのエピソードだったので、これも当時のことは知らないのかな、と。

 組合問題についても「そういう見方があるのかw」的なところも散見されて、後半を読む気がなくなりました。

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『戒厳令下のチンチロリン』藤代三郎

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『戒厳令下のチンチロリン』藤代三郎

 目黒考二さんは群一郎、北上次郎など数字シリーズのペンネームを使っていました。競馬とかギャンブルのジャンルで使っていたのが藤代三郎で、椎名誠さんを売り出した情報センター出版局の星山さんがセンチュリープレスの一冊として出した第1作『戒厳令下のチンチロリン』は本当に好きな本でした。

 中小出版社に働く仲間たちとの麻雀、競馬、チンチロリンなどのギャンブル生活を描き、そのハイライトは79年の東京サミット開催中に社内でチンチロリンを開帳するという内容。

 中でも田舎の素封家の息子でありながら、大学卒業後も実家に帰らず、酒とギャンブルに明け暮れポックリ病で死んでしまった「内田くんのピッカピカ靴物語」は、ある時代の編集者というかマイナー出版社の働く人たちのやるせない気持ちをサラリと描いた傑作だと思っています。

 そのな内田君を描いた目黒考二さんは働き盛りの20年間、週に1日しか家に帰らない暮らしを続けたそうです。家には、妻と幼い二人の子供がいるのに。椎名誠さんと起こした本の雑誌社に出勤し、金曜日までずっと会社に泊まり込んで仕事をしたり本を読んだり。土日は競馬場に直行するという暮らしをしてきたんですが、なぜか離婚もされず、お子さん2人もマトモな社会人生活を送っていると風の便りにきく、人生の達人のような生き方をしていた方でした。

 実はちょっと思い込みの強い書評はあまり得意ではありませんでしたが、椎名誠さんとその仲間たちには欠かせない存在でした。

 何回か新宿の池林坊で見かけたんですが、話しかけるには至りませんでした。こんなことだったら、どんな声をしていたのかぐらい知っておけば良かったかな、とは思いますが、そうしたことはやらないんで。ま、寂しい限りです。

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『陸・海・空 究極のブリーフィング 宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方』

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『陸・海・空 究極のブリーフィング 宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方』小川清史、伊藤俊幸、小野田治その他

 Youtubeの番組の書籍化第2弾で、今回も面白く読ませてもらいました。番組で足りなかったところの補足、その後の展開も含めての解説など、神ならぬ身の解説者にとって、そうした加筆は当然だと思います。

 

 個人的に面白かったのは「第3章 ウサデン(宇宙・サイバー・電磁波)という戦場」。ウサデンというかにも日本的な四文字略語には笑ってしまったんですが、

 

■宇宙の目

■ロシアの電子戦にやられた2014年のウクライナ

■2022年、ロシアの電子戦の状況

■日本政府の防衛装備品の輸出規制緩和方針

■QUAD首脳会談とバイデンの台湾有事発言

■自衛隊トップのNATO参謀長会議出席

 

というコンテンツは情報満載でした。宇宙を戦場にしてしまうと世界大戦につながってしまうので、ロシアが行うとしていたのは「宇宙から得られる情報の弱体化」という指摘はなるほどな、と。欧米は武器輸出のために専門省庁を持ち第三国に渡らないように管理しているとかも。あともQUADは外務省が仕切っている枠組みなのでNATOのような同盟ではない、みたいな視点も自衛隊出身者ならではだな、と。また、自衛隊トップのNATO参謀長会議出席は、NATOが冷戦後取り組んできた一民族・一国家とはなってないことで発生する民族問題の解決のためにも重要だとか。

 

 「第4章 防衛政策の展開」では、《予算要求をする人と戦争の準備をする人がほぼ重なって、予算要求の一番忙しい概算要求の時期は訓練演習ができない》という問題があるというのは、現場経験者ならではの指摘だな、と。

 

 「第6章 第4次台湾危機と安倍元総理の功績」では、プーチンがキレたのはウクライナ国内にNATO軍が入って合同演習をしたからという指摘とともに、《この状況を台湾に当てはめてみると、非常に危険な状況になる》としてペロシ下院議長の訪台は問題だった、と発言しているあたりはバランスがとれているな、と感じました。

 

 「補章 『トップガン・マーベリック』と次世代戦闘機」では、空母艦載機は1機種だとエンジントラブルなどが起きたら全機出動できなくなるので必ず2機種以上つくるのが決まりになっている、というあたりもなるほどな、と。

 

[主な目次]

 

第1章 プーチンは核を使うのか

■ロシアの核に対するアメリカの態度

■アメリカの核状況の中国への影響

■日本の防衛体制の諸問題

 

第2章 宇露戦争、約100日のエンドステート、優勢、劣勢の見方

■軍人なら絶対にしない、ロシア軍のバカげた作戦

■アメリカのエンドステート

■優秀な火力が必要な理由

 

第3章 ウサデン(宇宙・サイバー・電磁波)という戦場

■ロシアの電子戦にやられた2014年のウクライナ

■日本政府の防衛装備品の輸出規制緩和方針

■QUAD首脳会談とバイデンの台湾有事発言

■自衛隊トップのNATO参謀長会議出席

 

第4章 防衛政策の展開

■防衛費倍増方針にまつわる問題

■自衛隊統合司令部の新設について

 

第5章 インテリジェンス、兵器備蓄、ランチェスターの第二法則

■ウクライナ侵攻と台湾有事

 

第6章 第4次台湾危機と安倍元総理の功績

■見逃された最高指揮官としての憲法改正

■政権を潰す覚悟で成し遂げた平和安全法制

■アメリカの有識者のイメージを払拭した講演

■災害派遣で見た安倍元総理のリーダーシップ

■見逃された最高指揮官としての憲法改正

 

補章 『トップガン・マーベリック』と次世代戦闘機

■どうなる日本の次世代戦闘機

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January 04, 2023

『世襲』中川右介

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『世襲』中川右介、冬幻舎新書


 今朝の新聞で【竹下登氏の生家 150年の酒造撤退】という記事が載っていました。実は竹下登さんの母は、教員として松江に赴任していた戦前日共の最大のイデオローグである福本イズムの教祖、福本和夫の教えを受けていました。実家である造り酒屋のブランドは「出雲誉」ですが、最初は「大衆」という名前にしていました。その名付け親はもちろん福本和夫から感化された竹下さんの母。

 『世襲』では《田中・竹下・金丸・小沢たちは、激烈な党内抗争・派閥内抗争で資金を使い、権謀術策も駆使し、法にも触れながら絶大な権力を得たが、その栄華は短く、世襲もできない》(p.195)とありますが、同時に、それは田中派的な日本における「共同富裕」の終焉にも重なるな、と。

 企業の世襲篇では、民主的な運営をしようとして世襲を廃そうとすると、川又、塩路、石原、ゴーンとかえって長期独裁体制による停滞を生むんだ日産などの例が紹介されていますが、意図とは逆なことになってしまうのが人の世だな、と。

[第3部 歌舞伎の世襲史]

 本書は政治、企業、歌舞伎の三部構成ですが、團十郎襲名披露もあったので歌舞伎篇から逆に読んでいきました。

 歌舞伎の世襲の最初は團十郎から。初代は元禄時代に江戸歌舞伎を創始し、明治の九代目が歌舞伎を今の高尚な地位に引き上げたので「なぜ市川團十郎は特別なのか」という問いは無意味で「市川團十郎を頂点とする世界が歌舞伎の世界」なのだ、と(p.379)。子役を登場させ、父子共演を始めたのも初代と二代目だというのですから、興業システムも創造したんでしょう。十三代目が襲名披露の十一月も十二月も演じた助六を完成させたのも二代目。四代目は修行講という演劇学校みたいなものも創設、歌舞伎界の統率者になっていった、と。

 そのため五代目幸四郎は2人の娘を嫁がせてまで七代目と縁組しようとしたんですが、離縁されます。しかし八代目が自死してしまい、河原崎家に養子となっていた九代目が堀越家に復縁して襲名。ちょうど明治維新と重なったこともあり、武士が愛した能・狂言は新政府によって弾圧され、幕府に監視されていた歌舞伎が外国の賓客にも見せられる日本の伝統芸能の地位を確立。九代目は実子に継がせることはできませんでしたが、七代目幸四郎が長男を高麗屋悲願の團十郎として十代目を襲名させます。この孫が現・十三代目で《独善的なイメージもある十三代目だが、どこにどんな役者がいるのか、劇界全体を見ており、機を見て抜擢する先見性を持っている。役者の才能を見抜く力もある。團十郎として劇界最高位に立つという自覚があるのだろう》というので楽しみです(p.481)

 このほか、菊五郎は五代目も六代目も「養子をもらった後、妾が子を産む」ことになるあたりも面白かった。しかし、この実子は役者として大成できず、養子の梅幸の長男・秀幸に菊五郎が継ぐことになるのですから、実子相続というのは難しいな、と。

 江戸歌舞伎はシェイクスピアのグローブ座より古く長く芝居を打ち、團十郎は十八番を通じてソフト的パワー、著作権を確立したという意味でも世界の演劇シーンをリードしているのかもしれません。一月にやる十六夜清心などでも、あの内容の芝居を上演出来るのは今の世界でも先進国だけではないでしょうか。

[第2部 世襲企業盛衰史]

 企業編は自動車産業と鉄道産業。

 高度な教育だけが高所得の源泉という認識が浸透し、高度な教育を受けた層だけが集まるような地域ができたりして中間層が瓦解。成功は世襲となっていくという姿に重なっていきます。

 一般的に世襲社長が優秀な可能性は低いので一族企業は社長交代時期に売り抜けが相場のセオリーと言われていますが、そうした悲喜劇を回避する手段は出来の良い婿養子をとる、という戦略が有力だというのもスズキなどでよく理解できるのも企業篇です。また、世襲を否定すると、川又、塩路、石原、ゴーンとかえって長期独裁体制による停滞を生むということが日産などの例でもよく分かります。

 トヨタはあくまで例外、みたいな。

 しかし、トヨタの社史では《豊田一族よりも財界で出世したことが、誰かの逆鱗に触れた》のか奥田の扱いは小さいそうで、なんだかな、と(p.313)。

 《豊田大輔が有名になったのは、2021年3月、宝塚歌劇団の星蘭ひとみと結婚すると報じられてからだ。緊急事態宣言下の5月8日に帝国ホテルで「結婚を祝う会」が約200人の出席者のもとで開かれ、話題になった》というあたりまでフォローしているのはさすがだな、と(p.314)。ちなみに父・章男も大輔もファミリービジネス出身者が多く「教育の質、投資価値、卒業生の年収」を元にした大学ランキングでは全米655の大学中1位となっているバブソン大学の大学院を卒業しているんだな、と。

 鉄道事業篇では東武の根津一族が途中から鉄道経営に携わったとは知りませんでした。子供の頃、根津美術館が近くにあって、就職してからも二代目の根津嘉一郎さんとは知己を得て、よく美術館に泊まって仕事をしているなんていう話しもうかがったことがあります。

 小林一三はその事業を『大衆本位』と言いましたが、戦前「百貨店へ行く庶民がいないのなら、庶民が行ける百貨店をつくればいい」という発想は素晴らしいな、と(p.323)。さらに、東宝グループもつくり、TOHOシネマズは小林一三の「全国百館主義」を原点として小林ブランドを強調しています。しかし、小林公平さんは婿養子だったんすね…息子の公一も一三翁とは似ても似つかない体躯だったんですが、なるほどな、と…企業グループがでかくなりすぎて一族のボンボンでは治めきれなくはなっていますが、公一が社長になれなかったのは男系直系じゃなかったから、ということもあるのかな、とか…。

[第1部 戦後政治世襲史]

 強調されるのは政治家の世襲は戦後のことだ、ということ。吉田茂、岸信介、佐藤栄作、鈴木善幸、麻生太郎、安倍晋三と現首相の岸田文雄と宮沢喜一は親戚で、8人で戦後77年のうち、33年も政権を握っている、と。

 確かに貴族院は廃止され、帝国議会の衆議院議員も反吉田は公職追放となったから、その間に優秀な官僚を議員に育て、その子たちが跡を継ぐ構造だったんだろうけど、戦前の衆議院議員のことをもっと知りたいとも思った(無意味かw)。さらに、小選挙区では公認を得られないと当選が難しくなり、中選挙区みたいな一発逆転の可能性が低くなり、小選挙区で当選をし続けると殿様みたいになってしまい、その利権にしがみついてる周りが殿様をもり立てつつ、若殿も用意するように仕向けるという構造もあるのかな、と。

 最近でも故・安倍晋三元首相の実弟である岸信夫前防衛大臣が長男・信千世氏を後継者として指名しました。岸信千代氏は慶大商学部なんですかね?岸氏は年末に「飲食の提供はございません」というパーティーを会費2万円で開き、その資金は世襲させる際に譲る政治団体に引き継がれるそうです 。中川右介さんは《東大を出ればいいというものではないが、学歴・学力の劣化は出身校リスト(127ページ)を見れば一目瞭然だ》と「はじめに」で皮肉っぽく書いているけど、こうもシレッと世襲されると、こんなことも言いたくなるわな、とw

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 あと、他人の飯を喰っていなかったり、企業などに就職しなかったのした二世の政治家はダメだな、という感じがします。

 竹下登氏の生家 150年の酒造撤退という記事が載っていましたが《田中・竹下・金丸・小沢たちは、激烈な党内抗争・派閥内抗争で資金を使い、権謀術策も駆使し、法にも触れながら絶大な権力を得たが、その栄華は短く、世襲もできない》(p.195)とあります。

 実は竹下登さんの母は、教員として松江に赴任していた日共・福本イズムの教祖、福本和夫の教えを受けており、実家である造り酒屋のブランドは最初「大衆」という名前にしていました(現在の「出雲誉」)。名付け親はもちろん福本和夫から感化された竹下さんの母。これは田中派的な日本における「共同富裕」の終焉にも重なるな、と。

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December 31, 2022

『第三次世界大戦はもう始まっている』エマニュエル・トッド

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『第三次世界大戦はもう始まっている』エマニュエル・トッド、文春新書

 今年の最大の出来事は日本では安倍元首相の銃撃でしょうし、世界ではロシアのウクライナ侵攻でしょう。こうした大きな出来事は多面的な見方が必要で、戦争問題については、『湾岸戦争は起こらなかった (la guerre du Golfe n'a pas eu lieu)』(1991年)みたいに、フランス人哲学者はいつも「別な視点」を提供してくれます。

 大きな戦争が起きるとフランス人の人文系の学者さんが極端なことを言って物議をかもす、というのは三題噺みたいな感じになっていて、それはそれでなかなか重要な社会的役割だと思っています。

 当時、ボードリヤールは「湾岸戦争は起こらないだろう」という予言で敗北をして大ハジをかいてしまいました。しかし、そこからがボードリアールの腕のみせどころで、ボードリヤールはテレビで湾岸戦争をみている人々にこうささやきかけはじめたのです「これは本当に戦争かい?」。永遠の予告編のような、テレビ画面。それはリアリティに近づくことは情報よりはイマジネーションが必要になるかもしれない世界をあらわしている、みたいな。それは現実の反映は現実の隠蔽を生み、それが現実の不在にもつながるみたいな消費世界とパラレルになっていて、「実験動物のように何の反応も示させない敵を、電気処刑し、麻痺させ、ロボトミーを施すウルトラモダンなプロセス」は「そんなものは戦争じゃない」(p.93)とまで書いています。そして米軍までもがボードリヤール的な発想を借りたかどうかはわかりませんが、湾岸戦争を "Hyperwar" と呼ぶことになってしまったことは、情報というのは消費される対象を選べないんだな、と思いましたが「残っているのはスペクタクルへの意思だけである」とかいう言葉は印象的でした。

 湾岸戦争はあっという間に集結してしまったので、確かに「はたしてこの戦争は起きているのか」と不思議な気持ちになってきたことも思い出しますが、とにかく、ロシアは悪という一面的な見方だけが正しいのか、という視点をもつことは重要だったな、と。

 とはいっても、この『第三次世界大戦はもう始まっている』は、戦争を仕掛けたのはプーチンでなく米国とNATOであり、クリミアとドンバス地方を守ることは旧ソ連からの民族自決主義の原則からも論理的には正しいし、米英の方が予測不能なことを世界ではやっているみたいなトッドの言い分はいろんなところで読めるので、それほど目新しいものではありません。

 それよりも、人口学者としての専門家からみた「共同体家族のロシアと核家族のウクライナは相容れない」みたいなところの方が面白かった。ロシアの家族システムは共産主義と親和性の高い結婚したら父親と息子家族が同居する共同体家族でウクライナの家族システムは結婚したら子供は親と同居しない自由主義的な西欧と同じ核家族だ、みたいなあたり。そしてウクライナはかつてはポーランド領で最もヨーロッパ的だけど地位の低いリビウ、中心であるキエフ、ロシア人の多いドンバス地方と3つに分けられるみたいなあたりも。

 米国は思っているほど強い国でもない、みたいなところでは訴訟費用のGDPに占める割合が高すぎて、それは生産性とは関係ない、みたいなところも面白かった。*1

 また、バルト三国は1917年の選挙でボルシェビキに対する得票が非常に高く、その後のソ連の秘密警察づくりにも大きく関与するなどしたため、ロシアに対してはアンビバレンツな国民感情を持っているとか、ポーランドはやたらとロシアに対して自殺行為のような戦争を仕掛けるので、戦争の展開によってはウクライナのリビウを占領したり、ロシアに攻撃したりするような不安があるかも、というあたりも新鮮でした。

 そしてロシア経済は高度な教育をベースにしてソフト、ハードとも意外と強く強靱だ、みたいな指摘もなるほどな、と。

 目次が充実というか詳細なので、それだけみても、内容はかなりわかりそうです。

1 第三次世界大戦はもう始まっている

"冷酷な歴史家"として

「戦争の責任は米国とNATOにある」

ウクライナはNATOの 〝事実上〟の加盟国だった

ミュンヘン会談よりキューバ危機

「NATOは東方に拡大しない」という約束

ウクライナを「武装化」した米国と英国

ウクライナ軍が抵抗するほど戦争は激化

「手遅れになる前にウクライナ軍を破壊する」が目的だった

米国にとっても「死活問題」に

我々はすでに第三次世界大戦に突入した

「二〇世紀最大の地政学的大惨事」

冷戦後の米露関係

戦争前の各国の思惑

超大国は一つだけより二つ以上ある方がいい

起きてしまった事態に皆が驚いた

米国の誤算

ロシアにとっても予想外

共同体家族のロシアと核家族のウクライナ

「国家」として存在していなかったウクライナ

「親EU派」とは「ネオナチ」

ネオナチと手を組んだヨーロッパ

家族構造とイデオロギーの一致

共産主義を生んだロシアの家族構造

家族構造の違いから生じたホロドモールの惨劇

ボリシェヴィズムが初期から定着したラトビアの家族構造

「ヨーロッパ最後の独裁者」を擁するベラルーシの家族構造

「近代化の波」は常にロシアからやって来た

国家建設に成功したロシアと失敗したウクライナ

プーチンの誤算

ロシアはすでに実質的に勝利している

西欧の誤算

欺瞞に満ちた西欧の〝道徳的態度〟

オリガルヒへの制裁は無意味

「ロシア恐怖症」

「消耗戦」が始まる

暴力の連鎖

中国はロシアを支援する

米国と西側の経済は耐えられるのか

経済の真の実力はGDPでは測れない

ウクライナ相手に貿易赤字だった米国

経済における「バーチャル」と「リアル」の戦い

対露制裁で欧州は犠牲者に

米国の戦略目標に二重に合致したウクライナ

NATOと日米安保の目的は日独の封じ込め

現実から乖離したゼレンスキー演説

エストニアとラトビアという例外

予測可能な国と予測不能な国

ポーランドの動きに注意せよ

最も予測不能な米国

「ネオコン一家」ケーガン一族

世界を“戦場”に変える米国

米国の危うさ”は日本にとって最大のリスク

核を持つとは国家として自律すること

「核共有」も「核の傘」も幻想にすぎない

米国に対する怒り

西洋は「世界」の一部でしかない

長期的に見て国益はどこにあるか

4「ウクライナ戦争」の人類学

第二次世界大戦より第一次世界大戦に似ている

軍事面での予想外の事態

経済面での予想外の事態

正しかったミアシャイマーの指摘

ミアシャイマーへの反論

米国は戦争にさらにコミットする

時代遅れの「戦車」と「空母」

米国の戦略家の"夢"を実現

ポーランドの存在感

真のNATO"に独仏は入っていない

ウクライナの分割

この戦争の〝非道徳的な側面"

ウクライナ西部のポーランド編入

ウクライナ侵攻に対する各国の反応

家族構造における父権性の強度

人類学から見た世界の安定性"

「民主主義陣営vs専制主義陣営」という分類は無意味

露中の「権威的民主主義」

ロシアと中国の違い

ロシアの女性とキリスト教

現在の英米は「自由民主主義」とは呼べない

「リベラル寡頭制陣営vs権威的民主主義陣営」

日本・北欧・ドイツ

リベラル寡頭制陣営の「民族主義的な傾向」

権威的民主主義陣営の「生産力」に依存

「高度な軍事技術」よりも「兵器の生産力」

米露の生産力

ヨーロッパ経済はインフレに耐えられるか

真の経済力は「エンジニア」で測られる

本来、この戦争は簡単に避けられた

西洋社会が虚無から抜け出すための戦争

第一次世界大戦は中産階級の集団的狂気

英国は病んでいる

「地政=精神分析学」が必要だ

なぜ中国よりもロシアが憎悪の対象になったのか

「反露感情」で経済的に自殺するドイツ?

現時点では一歩引いた方がいい

マリウポリから脱出したフランス人の証言

「ウクライナに兵器を送るべきだ」の冷酷さ

米国が”参戦国” として前面に

"軍事支援" でウクライナを破壊している米国

..................
*1
米国商工会議所(ILR)によると2016年現在で、米国の訴訟費用は国内の総生産の2.3%を占めます。

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December 24, 2022

今年の1冊は『歴史総合 近代から現代へ』山川出版社

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 毎年、細々とやっている今年の1冊は、やはり山川の高校教科書『歴史総合』でしょう。それなりに近現代史の本は読んできたつもりでしたが、高校の教科書にもこんなに教わることが多いとは。流行の学び直しにも最適の1冊だと思いますので、ぜひ、冬休みの期間中などにも読んでみてください。山川は進学校向け、中堅校向け、そうでない高校向けと3種類の教科書を発行するほどの力の入れようなんですが、これは進学校向けです。また、写真の用語解説や学習ノートなどもぜひ。

 個人的に評価出来ない省庁No.1の文科省ですが、歴史総合の導入だけは褒めたいと思います。

 また、歴史総合の導入に合わせて、その意義などを解説する本も多く出版されましたが、『歴史学のトリセツ』小田中直樹、ちくまプリマー新書は、歴史好きの素人には抜けているような基礎を教えてもらいました。それはランケ以来の近代歴史学史の解説。近代歴史学は国民国家とともに始まり、史料収集なども国民国家の制度に乗ったものであるため、ナショナルヒストリーにならざるを得なかったが、それが限界でもあるため、世界システム論的な大きな流れの中で見直そうということになった、みたいな背景がよくわかります。

 岩波も新書でシリーズ歴史総合を学ぶを出していますが、この①『世界史の考え方』は参考になりました。
第一章のテーマは「近代化の歴史像」。紹介されている本は大塚久雄『社会科学の方法』、川北稔『砂糖の世界史』、岸本美緒『東アジアの「近世」』。
第二章「近代の構造・近代の展開」で紹介されているのは遅塚忠躬『フランス革命』、長谷川貴彦『産業革命』、良知力『向う岸からの世界史』。
第三章「帝国主義の展開」で紹介されているのは江口朴郎『帝国主義と民族』、橋川文三『黄禍物語』、貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』。
第四章「二〇世紀と二つの世界大戦」で紹介されているのは丸山真男『日本の思想』、荒井新一『空爆の歴史』、内海愛子『朝鮮人BC級戦犯の記録』。
第五章「現代世界と私たち」で紹介されているのは中村正則『戦後史』、臼杵陽『イスラエル』、峯陽一『2001年の世界地図 アフラシアの時代』。
 全て新書などですが何冊か読ませてもらいました。

 目が弱くなって、Audibleがありがたくなっています。基本的にジムの運動の最中に英語のサビ落としで英語の本を聞いていたのですが、日本語の『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬がやはり素晴らしかったので、そこから『戦争は女の顔をしていない』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチも聞きました。ロシアが変革を起こすとしたら、それはこうした女性たちではないかな、と年末に期待を込めて…。

 睡眠がブームになっていますが、Audibleで聞いた"Why we sleep"はためになりました。睡眠は学習、精神状態を改善し、ホルモンを調節し、癌、アルツハイマー病、糖尿病を予防し、老化を遅らせ、寿命を延ばすというんですから、積極的にフィットネス・トラッカーとAPPを使って睡眠管理に励んでいます。

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December 21, 2022

『16テーマで知る鎌倉武士の生活』

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『16テーマで知る鎌倉武士の生活』西田友広、岩波ジュニア文庫

 良書の宝庫、岩波ジュニア文庫は素人の歴史好きにとっては本当にありがたいシリーズです。

 「御家人」という言葉も、頼朝の地位が確立するにつれ、頼朝の家人に「御」が付いたものとか知らなかったし、
・平安時代の地方社会では、律令制による、戸籍に基づいて一般民衆を兵士として徴発する軍団制が、軍司の子弟を中心とする健児制に移行(p.17)

・義経は八番目の子でありながら、偉大な叔父の八郎為朝に遠慮して九郎を通称とした(有名な話しらしいですが、知らなかった… p.105-)

・公領では郡司や保司などが、荘園では下司や公文(国衙や領家に対して提出する文書を作成する者)などの荘官が、下知での土地の管理を行っており、これらはまとめて「荘公下職」と呼ばれていた(p.160)

・直義は御家人と「本所一円地住人」を区別して動員しようとしたが、混乱が長引くなかで、動員に応じない場合は敵方とみなすようになり、直接主従関係の無い武士も守護から軍役を賦課される国人となっていった(p.195)

 なんかは勉強になりました。

 著者の西田友広さんは東京大学史料編纂所の准教授で共編著書には『現代語訳 吾妻鏡』吉川弘文館で第70回毎日出版文化賞を授賞していますが、担当した10巻では寛喜の大飢饉を乗り越えて制定された「御成敗式目」などを担当しています。

 「おわりに」のまとめが素晴らしい!

--quote--

 この本では、一六のテーマから鎌倉武士、すなわち、源頼朝に従って鎌倉幕府を作り上げ、その鎌倉幕府のトップである鎌倉殿に仕えた武士の姿を見てきました。鎌倉武士の生活のあり方については個別の章で具体的に見てきましたので、ここでは、政治や社会の動きの中で鎌倉武士のあり方をまとめておきましょう。

 社会における武力の担い手として登場してきた武士たちは、次第にその政治的地位を高め、平清盛は武士として初めて政権を掌握しました。一方、一一五九(平治元)年の平治の乱で清盛に敗れた源氏は逼塞を余儀なくされます。平治の乱によって伊豆国に流罪となった源頼朝は、一一八〇(治承四)年に挙兵し、南関東の武士たちを味方にすることに成功して鎌倉に入ります。こうして、鎌倉を本拠地として鎌倉殿と呼ばれるようになった源頼朝と、頼朝を主君として仕える武士、すなわち御家人とからなる政治勢力が誕生します。平氏の主導する朝廷に対する反乱軍・反政府武装勢力としての出発でした。

その後、頼朝は後白河上皇と接触して官軍・政府軍へと立場を変えることに成功し、平氏、さらに奥州藤原氏を滅ぼして唯一の武家の棟梁となります。反乱軍・反政府武装勢力から出発し、戦乱の中でその権力を拡大してきた頼朝とその御家人たちは、一一九一(建久二)年には、日本全国の治安維持にあたる存在として、社会の中にその位置づけを確保しました。こうして鎌倉殿をトップとする武家政権である鎌倉幕府が誕生し、御家人たちは幕府から守護や地頭に任じられて、治安維持や年貢の徴収・納入などを行うことになりました。

 鎌倉時代中期以降になると、分割相続の行き詰まりなどから困窮する御家人が現れる一方、荘園制の展開の中で、社会全体で所領をめぐる紛争が頻発するようになり、治安維持を役目とする幕府御家人の負担は増加していきます。幕府内では北条氏の役割が増加して北条氏への権力集中が進みますが、御家人以外を動員することのできない幕府は治安維持の役割を十分に果たすことができなくなっていきます。

 治安維持に関する負担と不満が幕府に集中する中で、後醍醐天皇が挙兵し、有力御家人であった足利尊氏がこれに応じて、一三三三(元弘三)年、鎌倉幕府は滅亡します。しかし、滅亡したのは北条氏とその家来たちがほとんどで、多くの御家人たちは幕府から離反しました。御家人たちは、南北朝の戦乱の中で国人へと姿を変え、後の時代を生きていくことになります。

--end of quote--

目次
鎌倉武士とは
鎌倉武士の誕生
鎌倉武士の住居
鎌倉武士の食生活
鎌倉武士の服装
鎌倉武士の武装
鎌倉武士の合戦
鎌倉武士の武芸
鎌倉武士の人生
鎌倉武士の教養
鎌倉武士の娯楽
暴力と信仰
鎌倉殿への奉公
守護と地頭
女性の地位
鎌倉武士の行方

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December 20, 2022

『治療文化論』中井久夫

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 NHK「100分で名著」の中井久夫スペシャル篇の3回目を録画で見ました。印象に残っている本だけど、GREPしても、全く残っていない…読んだのは岩波の同時代ライブラリー四刷だけど、一番忙しかった時期だからだったかな…と思いつつも諦めきれずにHDDのバックアップまで調べたらありましたので、以下そのまま、再掲することにします。99年4月に書いたものです。

『治療文化論』中井久夫、岩波書店

打ち止めとなった岩波書店の同時代ライブラリですが、手に入らなくなっては大変なので、欲しいと思っていたものを集めています。そんな中の一冊が中井久夫さんの『治療文化論』でした。4刷いってますから、このシリーズとしてはまあまあの成績だったのではないでしょうか。

SMOPに代表される正統精神医学に対する力動精神医学というものが、「森と平野の境界線上」で生まれたような個人によって担われている、という分析や、天理教の教祖を生んだ中井久夫さんの郷里の地形的分析など、とにかく読んでみてください、としか言いようのないぐらい面白い本なのですが、とりあえず、ご存知の方も多いでしょうが、精神分析医からみた治者イエスのメソッドみたいなのだけでも紹介しようと思います。山形孝夫さんの『治癒神イエスの誕生』にインスパヤされたと本人も書いているのですが、こんなところは「良いな」と思います。

--quote--

イエスの治療一般について、私は何とも申し上げられないが、「足を洗うこと」と「ひとびとの試みにあいつつも土に字を書く」「手をふれる」この三つには、ふつうあまり考えられていない意味があるのではないかと思う。

足はきわめて鋭敏なセンサーである。-中略-。

今は亡き岡村昭彦氏がボランティアとして、長野県のさる精神病院を訪ねられた時、まっ先になさったことは患者の足を洗うことであったという。

私なら岩塩か海の荒塩を投じて濃い目の塩湯にするだろう。私はこれで手足をあたためることは他の手段が何もない時の緊急蘇生法である。また、あるタイプの、ほとんど悪魔憑きのように吼える患者には、頬部冷却(左右のつり合いを回復させる)と咽喉甲状軟骨の下の冷却(ストレスに反応する内分泌器官である甲状腺の豊富な血管を収縮させる)と組み合わせて、頭寒足熱に持ってゆくことによって、一時的にではあるが鎮静に成功したこともある。

つまり、足を洗うということは、身体の最重要なセンサーの集中している部分の煤払いをすることであるかもしれない。

では、地面に字を描くことは‐。

これは問いかけに対決するでもなく、屈服するのでもない、第三の姿勢である。聴くという態度を端的に示しつつ、問いかける者をおのずと再考と鎮静に導く行為でありうる。

-中略-

「東大の先生にも治せなかった病を治した」と喜ばれたその六十何歳かの老治療師は、手かざしに代えて日本刀の刃をかざす治療を試みられて日もなく突然死を遂げられたとのことであって。この物語には、汲めども尽きせぬ教訓があるだろう。

(p189-194)
--end of quote--

中井先生は、自己治療とも言うべきものに積極的な評価を与えているのですが、ぼくも、ここだけは専門家のつもりでして、アルコールを適度に自己投与しながら音楽を聴いてリラックスするというのが得意です。この本を読んで、ますます、自分の治療法に自信をもったりして(ただし、時々、投与量を間違えて、薬漬けになってしまうのが珠に傷なのではありますが...)。

なんてのは冗談にしても、もし、本屋さんで見つけたら、ぜひ、どーぞ。

*1

SMOP(standardized branch-of-modern-medicine-oriented psychiatry)は標準化指向型・近代医学型精神医学

..........以下は別なところでアップした内容です.........

NHK「100分で名著」の中井久夫スペシャル篇は第2回「病」は能力である ~「分裂病と人類」~から見始めて、斉藤先生の解説になにひとつ付け加えることはないのですが、狩猟時代や大航海時代などでも微細な変化・徴候を読み取り次に何が起こるかを予測する能力を持つ者が必要で、統合失調症は人類のために必要だったから存在する、という仮説について思い出したことを…。

中井久夫さんは分裂気質を「S親和者」と呼ぶんですが、かすかな予兆を読むという能力の持ち主は、狩猟時代などにはなくてはならない人々だったろうという話し。ここで思い出したのが、「株」をやっていた患者が多かったという『世に棲む患者』の注。

《株を操作して生活している患者の方が多い。これは患者の慎重さ、微分回路的認知などに適している。株の売買では躁うつ患者やいわゆる正常人の多くの方が、人に追随して損をするようだ。もっとも不意打ちには弱く、スターリンの死に際しての暴落で発病したという患者を診ていたことがある》(p.74-)。

NHK的ではない部分ですが、放送内容の文脈に沿っても、決まり事を守ろうとする強迫観念が強い躁うつ患者は株の売買でもトレンドフォロワー的な傾向にあり、市場ではプロからハシゴを外されるみたいなのも読めて面白いな、と感じたりして。

近現代では決まり事をマジメに守る姿勢が重要視され、やがてそれ自体が目的化されるような強迫観念さえ生まれて鬱状態になったりする人が出てくる一方、逆に分裂気質の方々のような先を読むような能力は不必要になり、それが抑圧されることで発症する、みたいな。

これも思い出しなんですが映画『ゆきゆきて、神軍』のエピソード。崩壊した日本軍で、弱兵は人肉食のために殺される事が多かったらしいんですが「自分は水場があっちにあるとか分かったので殺されなかった」と語る元兵士がいたな、とか。

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December 12, 2022

『国鉄』石井幸孝

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『国鉄』石井幸孝、中公新書

 元JR九州の初代社長、石井幸孝さんの『国鉄 「日本最大の企業」の栄光と崩壊』が出たので読んでみました。

 技術系の九州の初代社長が書いた国鉄史はどんなもんなんだろうかと、六章「鉄道貨物の栄枯盛衰」から読んだら、微妙なダブりはあるもの、生意気を言い方ではありますが、非常によく全体を勉強なされていると思ったのでしっかり最初から読もうか、という感じでしっかり読了しました。

 著者の石井幸孝JR九州会長・社長には、パーティなどの席でお見かけしたぐらいで、直接、お会いして詳しくお話しをうかがったようなことはありませんでしたが、国鉄改革の最終盤の1986年、急遽、九州総局長となったことは鮮明に覚えています。その時は国鉄改革最終盤。田村剛国鉄九州総局長が「エホバの証人」だったことをカムアウトして、家族が離ればなれになって暮らすべきではないという信仰上の理由でJR九州社長にならずに辞めたという印象的な経緯があったから(よくある妻が入信した後、夫と息子が続く、みたいな感じだったと聞いたことがあります)*1。

 この件は、エホバうんぬんよりも井手・松田・葛西の国鉄改革3人組による、国体護持派への最後の粛清人事の一環とも言われていますが、その後も時々、信仰生活を続けているという話しも流れてきたのを覚えていますので、エホバ問題+国体護持派vs改革3人組の確執で辞めたんだろうな、と個人的には思っています。で、石井さんは、その余波で発令された九州総局長からそのままJR九州の社長となった方。ちなみに3人組は本州3社のそれぞれの要職を占めた一方、三島・貨物の初代社長は、JR四国の伊東弘敦さんは技術系、北海道の大森さんは貨物局長もやった事務系、貨物の橋元さんは国鉄最後の副総裁でした。ま、運賃収入の9割以上が本州3社なんで、本州3社が完全民営化すれば国鉄改革は成功だし、その上、九州まで上場を果たし、もしかしたら貨物も…ということであれば、凄いことなんですが。

 本に戻ると、東海の葛西さんみたいに、勝ち誇るような筆致で国鉄改革の経緯を語るのではなく、太平洋戦争の敗戦からという長いスパンをとって、国鉄がなんで失敗したのかを冷静に、技術的観点多めで書いているのが特長でしょうか。

 類書と比べると技術的要素のほか、組合問題、財務、関連事業など様々な経営的要素に目を配って書いており、《「鉄道」というものは万人が知っているようで、実は経営から現場のカンまで本当によくその本質を心得ている人が少なく、わかりにくい》と何回か書いているのですが(p.161など)、国鉄改革についての本の中でも大きく長い視点で書かれている良書です。

 東条内閣の「まづ勝利、旅行はそれから」という旅行制限の標語を紹介するところからはじめるなど、出だしも好調。敗戦後については

・戦争で破壊された車両の修理のため、引込線のあった軍需工場は車両工場に転換。鉄道はほぼ唯一の働き場だったので、技術将校を含めて多くを雇用
・駅構内での浮浪者宿泊などに対応するため、連合軍の指示で司法警察権を持つ鉄道公安職員の制度も49年にできた
・産業の中で最初に立ち上がったのは鉄道の車両工業
・ミズーリ艦で降伏文書が調印された日に第三鉄道輸送司令部と国鉄との協議が行われ、敗戦にもかかわらず整然と運行されている状況から、当初の直接運営の方針を取りやめ、運営は日本側に任されるなど、終戦処理は鉄道から始まった
・GHQは状態の良い車両を押収、進駐軍専用車とした
・当時の一等車は白帯が引いてあったが、担当者がこれを気に入り、以降、進駐軍専用車両は完全消毒の上、目印として白帯を付けられて運行された、と整理しています。

 満鉄からの引き揚げ者も含めて一気に増加した人員はコスト的に国鉄の経営の足を引っ張り続けます。同時に、戦争で疲弊した施設、車両の本格的な補修は後回しにされ、鶴見線などの重大事故につながっていきます。

 こうした悪循環を断ち切ろうとしたのが民間出身の石田礼助総裁でしたが、いかんせん高齢での就任ということもあって改革は途中で頓挫。マル生での敗北もあって、現場は労働組合との交渉なしに生産性向上運動はおろか日乗業務さえまわせなくなり、国鉄改革=分割民営化への道を経営陣も職員も転がっていきます。

 こうした中、さすが技術屋さんの本だな、と思ったのが無煙化=効率の悪すぎる蒸気機関車を廃止し、ディーゼル化を進めた経緯について詳しく章を独立させて書いてある「第4章 鉄道技術屋魂」のところ。戦後のインフレで、国鉄の物件費の1/3を占めていた石炭の価格は48年に戦前比331倍となった、とのこと(47年の一般物価は戦前比60~65倍、p.22)。今も昔もインフレだとエネルギー価格は一般物価より急激に上がりやすいのでしょうか?

 「第5章 鉄道現場と労働組合」は職員局などの方々の協力も得て書かれたんだと思いますが、わかりやすくあっけらかんとした叙述がわかりやすい。

・組織の問題点として系統別意識の高いキャリア組が全体の0.4%しかおらず、組合の組織にも影響した
・各組織では予算と定員増が最大の関心事となった
・戦前には運転局がなかったが、GHQの指示でやっと独立できたほど
・各現場には「手職」から「掛職」への出世があったが、機関士には上の職分がなかった
・戦争時に最も働かされたし、ベテラン機関士は助役より待遇も良かったが戦後は逆転
・そうしたことが不満で国労から動労が分裂
・国労に残った系統では事務系、工作系が主流に
・蒸気機関車の運転技能は機関区の誇りだったがディーゼルで無意味となり、労働運動に向かわせた
・列車を止めるという戦闘力の高さを総評が利用
・保線業務などの施設系の全施労は公明党系で「黄害」の撲滅に取り組む
・山本竜也氏による科学的な貨車入れ替え法も発表されたが、人員整理につながると現場が拒否
・訓練を受けていない現場長を労働問題の最前線に立たせる現場協議制を公労委が提言して、国鉄現場は完全に終了
・勢いを得た労働側もスト権ストで自滅

 など技術屋さんらしく、あまり忖度せずに組合問題について書いているのは好感をもてました。

 ここでも鉄道車両と鉄路は自動車と道路、船と港湾、航空機と空港という他の輸送機関とは違い国が違えば共通性がないということが強調されています(p.176)。また、鉄道車両と鉄路は国鉄が一体的に整備してきたけれど、他の輸送機関のように上下別々に整備すべきだったという議論にもつながります。

 「第6章 鉄道貨物の栄枯盛衰」も貨物部門の方の協力を得たんでしょうけど、読み応えありました。

 目的地へ直行せずに操車場から操車場へたらい回しする「ヤード継走」方式のために貨物は操車場で滞留し、2500億円の収入のために5000億円の経費をかけていた。終戦直後からそのムダが指摘されていたにもかかわらず、民営化直前まで続けていたことが、ストや運賃値上げとともに鉄道貨物衰退の要因だった、と批判しています。そうした入れ替え作業を30-40%効率化する提案も葬り去られました。

 結局、国鉄貨物はヤードを廃止して、拠点間直行で蘇るんですが、そこから終章にかけての東海道以外はダイヤに余裕があるし、CO2排出量でも所要時間でも有利として、新幹線コンテナ輸送を提言するには驚きましたけど…。

 「第7章 国鉄衰退の20年」では持論の《自動車、航空機、船舶は決して「装置産業」ではない。完全な上下分離であって、下部構造(高速道路や空港、港湾など)の経営責任は上部の輸送事業者にはない》《上下分離のない国鉄の構造的な特異性に議論が及ば》なかったのは、JRでもうまくいかない問題にもつながる、ことを力説します(p.252)。

 最後まで読んだら、さらに驚いたことに、この本全体のキモが整備新幹線網などを使った貨物新幹線構想になっていました。

 三島・貨物の扱いの悪さを九州の初代社長として感じつつも、なんとか上場にこぎつけ、実は太平洋戦争敗北を起因とする国鉄改革の最期の仕上げはJR北海道とJR貨物だという主張は凄いな、感心しながら読んではいました。しかし、貨物新幹線構想は、旅客と貨物というあまりにも単価の違う運賃のことを捨象して考察しているんじゃと思いました。あと、積み替えのシステム、積み替えをする首都圏の場所の問題とか。貨物新幹線は国鉄時代からずっと考えられてきたけど、基本的には一顧だにされなかったという過去もありますし。でも、そこを除けば、本当に面白い本です。鉄道ファンにもお勧め。

目次
第1章 戦後の混乱と鉄道マンの根性
第2章 暗中模索の公社スタート
第3章 栄光としのびよる経営矛盾
第4章 鉄道技術屋魂
第5章 鉄道現場と労働組合
第6章 鉄道貨物の栄枯盛衰
第7章 国鉄衰退の20年
第8章 国鉄崩壊と再起
終章 JRの誕生と未来

著者等紹介
石井幸孝[イシイヨシタカ]
1932年、広島県生まれ。1955年、東京大学工学部卒業、日本国有鉄道入社。開発期のディーゼル車両設計(キハ81形、DD51形等)に従事した後、経営全般に転進。広島鉄道管理局長、工作局長、常務理事・首都圏本部長などを歴任する。1987年の分割民営化にあたってJR九州社長となり、条件の悪い三島会社であるJR九州の経営を軌道に乗せる。1997年、会長就任、2002年退任。鉄道史・交通史を研究すると共に、鉄道の未来についても提言を行う。

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https://www.jstage.jst.go.jp/article/kotsuken/1986/3/1986_2/_pdf

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『日本インテリジェンス史』

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『日本インテリジェンス史』小谷賢、中公新書

 日経、東洋経済の書評でも取り上げられていたので読みました。

 取り上げられている旧ソ連のスパイ事件なども「こんなことがあったな」と思い出します。内閣官房長官でもあった石田博英が「フーバー」のコードネームを持つKGBのエージェントだったことをアメリカ議会で証言したレフチェンコ事件やMIG23亡命など、今では信じられないことだな、と。

 当時はスパイ防止法などもなく、戦前の陸軍と海軍の対立などが持ち越されたような縦割り行政がインテリジェンスの世界も続いたのは改めて驚きます。

 ベレンコ中尉がミグ25で亡命した時も自衛隊基地に着陸すれば問題なかったのに、燃料不足から民間空港に降りたことから、各省庁がしゃしゃり出て、税関が密輸品として扱うことも検討していたというあたりは笑えました(p.112)。

 こうしたインテリジェンスの縦割り行政は敗戦後、旧軍関係者はインテリジェンス活動を通じて占領軍に取り入り、影響力を回復しようとしたのに失敗したのと、当時の喫緊の課題は日本国内の治安だったため、防衛庁・自衛隊の情報部門の要職は警察官僚が独占した、という事情があったようです。本来はインテリジェンスを束ねるべき内閣調査室長のほか公安調査庁も活動していましたが、冷戦期の日本のインテリジェンスは、米国の下請けとして機能していたとのこと。

 「情報が回らない、上がらない、漏れる」という停滞した状況が変化したのは冷戦後のことで、防衛庁情報本部や内閣衛星情報センターが新設されたあたりから。衛星を自主開発したのは米軍施設などを撮影できないシャッターコントロールを受けるのを嫌ったとのこと(p.160)

 そして本格的なインテリジェンス改革を実現したのは第二次安倍晋三政権で、内閣情報調査室がインテリジェンス・コミュニティーの中核となり、国家安全保障会議(NSC)と有機的に結びついた、という歴史の流れが把握できます。

 『インテリジェンス都市・江戸』藤田覚、朝日新書によると、江戸幕府は御庭番衆、目付、勘定奉行、京都所司代から江戸と京都、長崎に町奉行を置く鉄壁の情報収集体制を整えていたということですが、約200年ぶりにインテリジェンス改革がなされたということでしょうか。

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