書籍・雑誌

February 08, 2026

『古今和歌集 新古今和歌集』(日本の古典をよむ 5)

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『古今和歌集 新古今和歌集』(日本の古典をよむ 5)原文編

 こんなことを書いても仕方ないかもしれませんが、今年に入って本を全く読めていません。

 トランプがマドゥーロを捕獲して始まった2026年、イランでは民衆が神権政治に異議を唱えて大きなデモを起こし、中国ではプーさんが軍事部門の粛清を進めるなかで一部では反発も起きたみたいだし、日本では早苗ちゃんが衆院を解散して総選挙に突入、立民と信濃町が野合するなど世の中の動きが早く、それを追ってる方が面白すぎて…。

 まあ、備忘録的に、こんなグチを残してもいいかな、と。

 そんな中でジムワーク中に聴いていたのが『古今和歌集 新古今和歌集』。心が安まるというか、頭の中の動きが少し沈静化するというか。

 これは紀貫之らによって編まれた最初の勅撰集『古今和歌集』と、鎌倉初期、後鳥羽上皇の命により藤原定家らが編んだ『新古今和歌集』から約300首を選んで収録した本。

 それにしても『新古今和歌集』で、西行は全20巻の中で最多となる94首をとられていたんですね。

 西行の歌で一番好きなというか、印象に残っているのは、会社を辞めて、東海道を歩いてみようと思っていた時期、中山峠でも出会ったこの歌碑の歌です。

年たけて また越ゆべしと 思ひきや 命なりけり 小夜の中山

 ということで、まだ社会学や歴史関係の本は全く読めていないので、ネット上の経済関係のジャーナリストがお勧めしていた『ヘイル・メアリー』を遅まきながらAudibleで聴いてます。スーパー・ボウルでもヘイル・メアリー(神頼みのロングパス)が見られるかなw

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January 03, 2026

『睡眠の起源』金谷啓之と『知覚の現象学』

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『睡眠の起源』金谷啓之、講談社現代新書

 ヒドラと人類の分類は6億年も前で、脳を持たないのにヒドラも「眠る」そうです。植物であるオジギソウでも睡眠に似た状態があり、オジギソウに麻酔薬を作用させるとお辞儀をしなくなるように、植物にも麻酔が効くみたいな驚きが本書から得られます。となると、睡眠を司る器官は脳に限定されるものではないという考え方が可能です。睡眠に関与する遺伝子がショウジョウバエや哺乳類でも同様に作用することも証明され、睡眠の仕組みが脳だけでなく、筋肉や腸といった末梢神経にも関わることが示唆されています。

 『睡眠の起源』は、睡眠を脳の副産物ではなく、身体そのものの根源的なあり方として捉え直す契機を与えてくれました。ここでは、その視点をメルロ=ポンティの『知覚の現象学』と重ね合わせることで、「睡眠=意識以前の身体的地平」という読みを提示してみしたいと思います。

 ちなみにヒドラはマウスなどの哺乳類に求められるような倫理的ケアが必要ないとのこと。なぜなら脳がないから。それでも眠る、と。

 睡眠と覚醒は表裏一体にあって、この中の鳥の研究でも示されていたように眠らない個体の方が子孫を守れたり、多く繁栄できたりする、みたいな例もしめされています。ヒドラさえ眠るなら、睡眠が通常で、覚醒が得たものではないかという考えが興味深かったです。あるいは、睡眠とは覚醒時に溜まったものを解消する行為、という考え方も。

 そこから睡眠の起源とはなにか、そもそも意識はどこからくるのかという疑問から、実は運動が意識を形成するという哲学的な考え方が再評価されているという流れの中でメルロー=ポンティの『知覚の現象学』が見直されているというところに感動したので、「意識はいつ生まれるのか」という問題を復習してみようと思います。四十年前、『知覚の現象学』竹内芳郎、小木芳孝、みすず書房は学部の頃、ただガリガリと読んだんですが、改めて読んでみました。金谷さんの議論は新書という形態も含めて科学的記述が中心ですが、それは同時に「意識は脳の中に局在するものではない」という哲学的含意を持っていると感じました。そして、この含意を最も鋭く言語化してきたのが、『睡眠の起源』でも言及されているメルロ=ポンティです。

 「睡眠こそがデフォルトであり、覚醒(意識)は運動のために獲得された付随的な状態である」という逆転の発想は、メルロ=ポンティの意識とは「われ能う」という命題と共鳴していると感じます。ヒドラのような原始的な生物でも、外界の刺激に対して「逃げる」「捕らえる」という運動を必要とします。運動をするためには、「自分の体」と「それ以外の世界」を区別しなければなりません。メルロ=ポンティが言う「意識とは『われ能う』である」という言葉を、『睡眠の起源』に即して解釈すれば、動く必要が生じた瞬間に、生物は世界を意味ある対象として知覚し、意識が点灯するということになります。つまり、動かない植物には(我々の知るような)意識は不要ですが、動く動物はターゲットへ向かうために「ここではないどこか」を志向しなければならなず、その志向性こそが意識の芽生えなのかな、と。

 メルロ=ポンティは『知覚の現象学』で知覚の現象学的構造を明らかにしようとした、と言われています。中心的なテーゼは「知覚の優位性」。彼はデカルトの「我思う、我あり」という心身二元論を否定し、意識の本質が肉体とどのように結びついているかについて、意識の道具的側面と、肉体への内臓的な居住を強調する議論を展開しています。感覚は直接的で自明であるように思えますが、実際には混乱しており、代わりに中心的な位置を占めるのは身体だ、と。ヘーゲルの「主人と奴隷」のように、労働する奴隷が真の主体性を獲得する一方で、享受する主人こそが他者に依存する存在となり、実は身体が意識を決定する、と。つまり、意識(主人)が身体(奴隷)を支配しているようでいて、実は身体がなければ意識は何もできないのかもしれません。

 メルロ=ポンティの「運動が意識を生む」あるいは「運動こそが世界の意味を構成する主体である」という考え方は『知覚の現象学』で主に第1部「身体」のIII「自己の身体の空間性、および運動性」の節で展開されています。

 最初に強調されるのは身体図式の重要性。

 《〈身体図式〉とは、私の身体が世界内存在である〔世界にぞくする〕ことを表現するための一つの仕方》だ、と(p.176)。

 《もし身体空間と外面的空間とは一つの実践的体系を形成しており、そのうち前者はわれわれの行動の目的として対象がその上に浮き出して来ることのできるための地、もしくはそれがその前に現出して来ることのできるための空虚だとするならば、あきらかに行動のなかでこそ身体の空間性は完成されるのであり、自己の運動の分析によって、身体の空間性もよりよく了解することができるようになるはずである。身体を運動において考察することによって、身体がどのように空間のなかに(のみならず時間のなかに)住まうかもよりよく解るのであって、それというのも、運動というものは、空間と時間とを単に身に蒙るだけでは満足せず、それらをみずから進んで身に引き受けるものだからであり、空間と時間とを、既成の状況の平板さのなかでは消え失せているその根源的意味のなかで把え直すものだからである。そこでわれわれとしては、身体と空間との根本的諸関係をあらわに見せるような病的な運動性の一症例をつぎにとり上げて、それをじっくり分析してみたいものだと思っている》(p.179)。

 こうした視点から考えると睡眠は身体図式の再構築の時間と位置づけられるかもしれせん。つまり、日中の運動によって摩耗・混乱した「身体と世界の境界線(身体図式)」を、一度入力を遮断して(睡眠)整え直す作業であり、メルロ=ポンティの考え方からすれば、覚醒(運動/意識)が「図」であり、睡眠がそれを支える「地」となるかもしれません。「地」が安定していなければ、「図」は鮮明に描き出せませんから。

 《私の身体全体も、私にとっては、空間中に配置された諸器官の寄せ集めではない。私は私の身体を、分割のきかぬ一つの所有のなかで保有し、私が私の手足の一つ一つの位置を知るのも、それらを全部包み込んでいる一つの身体図式(schema corporel)によってである》(p.172)。

 ヒドラには脳がありませんが、網状神経系があります。メルロ=ポンティは身体を「触れるもの」であると同時に「触れられるもの」でもあるという両義性でも語っていると思います。そうなるとヒドラの睡眠は能動的に世界に働きかける運動をやめ、世界の中に完全に浸りきる受動状態として捉え直すことが可能かもしれません。

 最初の方にも触れた通り、金谷啓之さんは『睡眠の起源』の中で脳がないからヒドラの実験には倫理的ケアが不要とやや疑問をいだきつつ書いていますが、こう考えると、脳以前の身体そのものが持つ根源的な生という哲学的な深みのある議論をしようとしているのかもしれません。金谷さんが明らかにしたヒドラが眠るという事実は、倫理とは脳を持つ主体にのみ向けられるべきものなのかという問いも、私たちに静かに突きつけているのかもしれません。

 身体図式(schema corporel)とは意識せずに身体の各部位の位置や関係性を把握し、無意識下で身体の動きを調整する「身体の内部モデル」のことで、身体のイメージや自己の身体感覚を指し、運動、知覚、自己認識の基盤となる概念です。

 さらに付け加えるとメルロ=ポンティは「志向的弧」(仏: arc intentionnel、英: intentional arc)という考えも示しています。これは心身二元論を批判し、身体が世界と関わり、行為し、知覚する能力を説明するための中心的な概念であり、身体図式とも深く関連しています。これによって身体図式が単なる静的な身体の配置図ではなく、世界の中で可能な行為のシステムとして動的に機能することを可能にしています。

 具体的には意識的な思考とは異なり、身体レベルでの「機能する志向性」や「潜在的志向性」によって私たちが意識せずとも環境に適応し、効率的に行動できる、と。

 《それはもはや経験の経過で確立された諸連合の単なる結果ではなくて、相互感覚的世界における私の姿勢について包括的な意識、ゲシュタルト心理学の意味における一つの〈形態〉だ、ということになろう》(p.174)。

 《意識とは一つの投射活動であって、諸対象を自分自身の行為の痕跡として自分のまわりに投下するが、また逆にそれらの諸対象を支えとして他の自発的諸行為と移行してくもの》(p.230)なので《人間は〈精神〉だから物を見るのだとも、人間は物を見るから〈精神〉だとも言うことはできない》のであり《意識が或る物についての意識であるのは己の背後に己れの航跡を残していく》。そして疾病によって分解された場合は《己の上部構造の土台の方は崩壊してしまったのにその上部構造だけをなをも維持しようとする〔病者における〕意識の努力なので》(p.231)あり、《意識とは、原初的には〈われ惟う〉ではなく〈われ能う〉である》(p.232)。

 ヒドラは餌を捕らえる運動をすることで初めて、世界は「単なる空間」から「餌がある場所」へと意味化されます。脳のないヒドラにおいて、運動は純粋な反射に見えます。しかし、メルロ=ポンティに従えば、その運動の繰り返しが世界に意味の澱を溜めていくことになります。意識とは、最初からそこにあるスポットライトではなく、運動という船が進んだ後に残る『航跡』のようなものとして、後天的に、かつ身体的に立ち現れるのではないか、と。

 金谷さんが指摘するように、筋肉や腸といった末梢が睡眠に関与している事実は、メルロ=ポンティの「身体図式」は脳内に閉じこもった計算機ではなく、全身の肉的なダイナミズムであることを裏付けています。睡眠中、私たちは「われ能う」という志向性を解除し、身体図式をメンテナンスすることで、翌朝再び世界を『意味あるもの』として構築し直す準備をしているのかもしれません。

 運動は単なる位置の変化ではなく、身体が環境との間に結ぶ「対話」であり、人間が世界を理解できるのは、身体が運動を通じて常に世界へ自分を投げ出している(投企)からです。つまり、運動が止まれば、世界が持つ「意味」もまた崩壊する、と。

 それにしても、かつて難しく抽象的な議論だと思っていたメルロ=ポンティの『知覚の現象学』が、四十年後の今、ヒドラの収縮運動という具体的な生物学として目の前に現れたのですから、本当に素晴らしい読書体験でした。

 『睡眠の起源』は、睡眠を説明する本であると同時に、「意識とは何か」「身体とは何か」を問い返してくれます。ヒドラの眠りを通して、メルロ=ポンティが思索した〈われ能う〉以前の生の地平が、思いがけず現代科学の中から立ち上がってくる本書は、その驚きを改めて与えてくれる稀有な新書でした。

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December 18, 2025

『移動と階級』伊藤将人

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『移動と階級』伊藤将人、講談社現代新書

 恥ずかしながら「移動資本」という概念を初めて知りました。移動できる資力、経験、機会などが明らかに年収によって違ってくることもあり、移動には社会、経済、政治的な問題が関わってくる、と。

 00年代で一番印象に残っているのは"Bowling Alone" Robert D. Putnamで、そこで社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)という概念を知って驚いたんですが、ひょっとしてそれ以来かも。パットナムは「つながり」の欠如が民主主義や幸福を損なうと説いたのですが、本書は「移動」という、一見個人の自由に見える行為が、実は極めて構造的な「資本(Asset)」であることをことを突きつけてきます。

 移動資本が高い人はどんどん資本力を高め、観光だけでなく仕事でもどんどん移動して成功するチャンス、ネットワークを構築する機会を高め、さらに資本は豊かになるし、経験を高めることでますます移動しやすくもなる一方、交通インフラが脆弱で年収も低めな地方在住者は移動機会が少なく、「実質的な移動能力(モビリティ・ケイパビリティ)」の面でどんどん差が広がるばかりというのは考えてみれば当たり前ですが、ここまで可視化されると驚きとなります。

 日本国憲法第22条では居住、移転の自由が保障されていますが、移動資本やネットワーク資本というものが移動可能性に強く関係しています。

 実際、日本の半数弱の人々は自分を「自由に移動できない人間」だと思っており、5人に1人は移動の自由さに満足しておらず、3人に1人が他人の移動を「羨ましい」と思っている、というのは、衝撃的な数字でした。このほか、日本では3人に1人が直近1年以内に都道府県外の旅行をしたことがなく、海外旅行に行けなかった理由の1位は「料金が高い」から、と。

 「富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなる」という「マタイ効果」がこんなにも見事に現れているとは…

 また、家族の有無や体力などでも移動経験は奪われ、これによる男女差もある、というのも納得です。このほか女性の自動車事故の重症比率は男性の1.5〜1.7倍高いというのは衝撃的です。衝突実験に使われるダミーは177cm,75kgぐらいの男性サイズで、女性サイズで実験が行われるようになったのは2010年代以降とのこと(確かに友人のうち女性ではパスポートを持っていなかったり、新幹線などもあまり乗らない人もいます)。

 個人的には都心で生まれ、新幹線、航空機など高速移動手段を簡単に使え、外国を含めていつでも、どこでも行ける環境にはありましたし、社会人になってからも日本国内は全都道府県で一泊以上させてもらいました。また、海外にも行かせてもらっていたのは、特権的だったのかも…と感謝してしまいました

 さらに個人的な話しを付け加えると、新聞記者が経験豊富に感じるのは移動資本が大きいからなのかも…。記者は社費(組織の資本)を使って、通常ではアクセスできない場所や人へ移動できます。この「移動の機会」が、個人の知見やネットワークとして蓄積され、結果として大きな「移動資本」を形成していくというのはプロフェッショナル層における格差の源泉とも言えそうです。

 「移動すればするほど人は成功する」みたい本もありますが、移動格差というものがこの社会に存在するということに目を向ける必要があるのかもしれません。

 ウーバーイーツは移動の再分配であり、都市では3回配達すると1000円もらえることがセーフティネットになっているというあたりもおもしろかった。これは、動けない富裕層・多忙層やリモートワークなどで働ける中流の人々が金を払って「移動」をアウトソーシングし、その食事を運ぶのは動くことで稼ぐ労働層が自分の移動を「資本」として切り売りし、セーフティネットとするという関係です。都市部における移動の需要と供給が、そのまま階級構造を反映しているという指摘は、都市の見え方を一変させます。

 このほか
・旅行による二酸化炭素の増加は、気候が激しさを増すことにつながり、移動の困難さも生むという再帰的な関係がある
・米国でクルマを寝床にするノマド労働者は白人が多い
・通勤が現代社会の豊かさをつくった

 なんていうあたりも印象的でした。

 また、書評でヒステリックに内容を否定するものが散見されるのは、移動できないということが格差である、ということを認めたくない人が多いのかも…などとも考えてしまいました。

【目次】
第1章 移動とは何か?
第2章 知られざる「移動格差」の実態
第3章 移動をめぐる「7つの論点」
第4章 格差解消に向けた「5つの観点と方策」
「移動」をもっと考えるためのブックリスト

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December 17, 2025

『菅義偉 官邸の決断』菅義偉

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『菅義偉 官邸の決断』菅義偉、ダイヤモンド

 2023年から週刊ダイヤモンドで連載されていた、約8年にわたる内閣官房長官と首相として過ごした総理官邸での日々を振り返った本。首相経験者の回顧録は読み物として面白い本が多く大好きなジャンルなんですが、これは歴代首相のオーラルヒストリーを含めた回顧録の中で一番面白くなかったかな。

 もちろんアベノミクスを安倍首相と二人三脚で進めたことは偉大な実績だと思います。何しろ《安倍政権が発足するまでは、有効求人倍率が0・5倍を超えることすらほとんどない状態が続いていた。それが安倍政権発足後は順調に増えて、16年6月には史上初めて1倍を超え、働きたい人が働ける環境をつくり出すことができた》んですから(k.764、Kはkindle番号)。

 歴代首相には、どこか余裕というか人間的な深みを感じさせる部分があると思うんですが、そうしたものがあまりなく、菅さんは何が好きで嫌いなのかなんていうこともあまりよくわからないし、外国要人とのこぼれ話なんかもない。

 今の話題とリンクするので面白かったのは総理に就任した当時のトランプ大統領からは電話会談で「24時間、いつでも電話してほしい」と伝えられたことですかね。「いつでも電話してほしい」というのは高市首相だけじゃなかったんだ、とw

 あとは、安倍首相との関係で自分のことを秀吉に対する秀長のようにとらえ、2026年の大河ドラマを楽しみにしていると書いているぐらいかな…。でも、それって深みを感じる話しではないし…。

 あるのは、課題とそれの対処だけ。まあ、それでもいいんですけどね…。あと、好感持てるのは常に西暦で書いていること。アホな右翼っぽく元号を硬直的に使わないことかな。

 菅さんが嫌ったのは縦割り省庁と古い慣行だな、というのはよくわかります。

 2019年の台風19号では大規模な洪水が予想されていましたが、これに備えて利水容量の事前放流を実施し、水位を低下させるとで、ダムへの流入量ピーク時に洪水調節容量を超える量の貯留が可能となったんですが《19年当時、日本に1470あるダムの合計容量のうち、水害対策に使えるのは、国土交通省が所管する「多目的ダム」のみ。ダム全体の約3割に当たる570のダムにとどまっていたのだ。では残りの900ものダムはなぜ水害対策に使えないのか。それらは経済産業省が所管する電力用のダムや農林水産省が所管する農業用水用のダムといった「利水ダム」だからだ。経産省や農水省には「水害対策は国交省の仕事」という考えがあり、自らが所管するダムが水害対策に利用できるという発想に至らなかったのだ。これこそ「縦割り」行政の弊害というほかない》(k.131)と。

 また、農協改革の発端については《農協の実態には世間が驚くこととなった。例えば、農協が多くの農家の要望を取りまとめて農薬を一括購入しているにもかかわらず、実に市場価格の2倍以上の値段で売られているといったことが確認された。農家を第一に考えるべき農協が自身の利益を優先していた実態が、この農薬販売の慣行に象徴的に表れていたのである》(k.563)みたいなのはよくわかるのですが…。

[目次]

はじめに

官房長官編

第1章 危機管理の要諦
大規模風水害をダム放水で減災
アルジェリア邦人人質事件の衝撃
誤解流布で猛反発された「特定秘密保護法」
安倍政権「最大の危機」となった平和安全法制
「熊本地震の初動対応」の成果と課題

第2章 産業を生かす
訪日外国人4000万人の道を開いた「観光立国」政策
全国に眠る観光資源を掘り起こせ
60年ぶりの農協大改革
TPP交渉の舞台裏を明かそう

第3章 国家安全保障
沖縄基地問題 解決に向けた大きな一歩
紛糾する沖縄県議会
国際的な観光地への飛躍
尽きることのない拉致問題解決への思い

第4章 国民目線の政策
携帯料金「4割値下げ」発言の舞台裏
「夢の新薬」オプジーボの薬価引き下げ
寄付総額1兆円に達したふるさと納税制度
現場の悲鳴がきっかけとなった外国人材の拡大策
金融改革で激変した投資マインド

第5章 時代に選ばれた保守政権の使命
天皇陛下の「生前退位」
21世紀にふさわしい未来志向の「安倍談話」
先送りされてきた「アイヌ新法」

第6章 新型コロナ対応Ⅰ、そして首相へ
未曽有の感染症との闘い
コロナ感染防止と経済再開の両立
空白の許されないコロナ対応と安倍総理退陣

総理編

第7章 新型コロナ対応Ⅱ
首相就任とコロナワクチン「1日100万回」宣言
コロナワクチン争奪戦と「ワクチン外交」
世界が注目した「孤独・孤立問題」への対処

第8章 100年後を見据えて
縦割り打破の象徴、経済安全保障政策
カーボンニュートラルの実現へ
トップダウンだからできたデジタル庁創設
少子化問題解消に応える不妊治療の保険適用
原爆「黒い雨訴訟」の上告取りやめ
原発処理水の海洋放出を強く決断

第9章 国際社会と共に
東南アジア歴訪とインド太平洋構想
日米首脳会談で再確認した信頼関係
東京五輪「開催支持」確約得たG7
「無観客開催」となった東京五輪

おわりに

書き下ろし後記「しかるべきときに決断を下す」ことがリーダーの要諦である

資料編

演説・スピーチ
総裁選出馬会見
第203回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説
第75回国連総会における菅内閣総理大臣一般討論演説
第204回国会における菅内閣総理大臣施政方針演説
令和2年度 防衛大学校卒業式 内閣総理大臣訓示
内閣総辞職に当たっての内閣総理大臣談話
安倍元総理国葬 弔辞

年表

菅内閣 閣僚等名簿

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December 07, 2025

『日本史の法則』本郷和人

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『日本史の法則』本郷和人、河出新書

 東京大学史料編纂所教授を退任する本郷先生は、専門である日本中世政治史の本と研究史のほかに日本史を通じるような本を三冊書きたいとのことで、これはそうした著作の習作という位置づけでしょうか。

 ぼくは、どうも権門体制論というのは当為(建前、理想論)を重視しすぎていると感じているので、本郷先生たちのように、実情に即して武家政権を「東国国家」、朝廷を「西国」の王権と位置づける二つの王権論の方がスッキリしていると感じています。

 二つの王権論に立てば日本は一つの国ではなく、歴史も一つではない、と。しかも、日本の歴史は「ぬるい」。

 本郷和人先生が「日本史はぬるい」と言い始めたのは、『乱と変の日本』あたりからでしょうか。この中でコジェーブが「人間の歴史を学びたいのであれば、日本の歴史を学べ」と述べていることを「はじめに」で紹介し、日本は気候、異民族支配などの影響がないところで歴史が展開されたので、人間がどのように発展するかを見る上で、もっともいい教科書になるとしていました(p.22-)。おそらくここはコジェーヴの『ヘーゲル読解入門』の第2版にある「日本化についての註」からきています。

 世界史は戦争に次ぐ戦争の血で血を洗う歴史でしたが、本郷先生はそれと比べると「ぬるい」と。根絶やしにするぐらいの虐殺は織田信長による一向一揆、徳川幕府による島原の乱など割と限定されています。

 朝廷は朝鮮半島の進出を諦め、唐からの侵略の不安もなくなるとすぐに進取の気質を失い、統治は緩み、不満を抱いた東国武士の叛乱を招きます。

 東国武士たちは自分たちの土地は自分たちで支配することを目指し、源氏の御曹司を立てて独自の政権を打ち立てますが、貨幣経済には対応できず、将軍家、得宗家、執権という二重、三重の権力構造を整理できなかった、と。しかも無学なため、元から丁重に送られた使者にきちんと対応しなかったことから元寇を招いてしまった、と。当時の北条家は有力者でさえ息子に「腹が立ったからと言って部下をむやみに切ってはならない」と教えざるを得ないほど野蛮だったという限界を超えられず、足利幕府が誕生。

 室町幕府の有力者たちは京都に住み、各地の「守護大名」に任じられ、任国の武士や土地を直接支配する領国支配を確立しました。ところが、ここでも京都に住む管領たちが緩み、応仁の乱が起こり、幕府に見切りをつけた守護が任国に帰ろうとしますが、すでに守護代や国人に実質的な権力が移っており、そうした戦国大名たちは自国の統治に専念するようになります。また朝廷側も政治権力の奪取を狙っていましたが、南北朝の混乱を治められず権力に自ら終止符を打つことになります。

 また、日本人は建前の平等よりも平和を選び、神・阿弥陀如来の前では平等とするキリスト教、一向宗は無力化される、と。

 鎖国については様々な議論はありますが、徳川幕府は第三国経由で海外情勢を知りつつ、国を閉じることに成功し結果的に、植民化の波をかぶることなく明治にこぎつけ、富国強兵で世界に互す「緩くない」時代に突入して破綻した、という感じでしょうか。

 なお、これもジムの間にAudibleで聴きました。

[目次]

1 日本は一つ、ではない――この国は西高東低
2 歴史も一つ、ではない――もしも、あのとき……
3 日本の歴史は、ぬるい――変わるときは外圧
4 信じる者は、救われない――信じると大虐殺が……
5 地位より人、血より家――世襲が、強い
6 日本社会は平等より平和を選び、自由をはぐくんでいた

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『となりの史学 戦前の日本と世界』加藤陽子

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『となりの史学 戦前の日本と世界』加藤陽子、モリナガ・ヨウ、毎日新聞出版

 現代の国際情勢を考える際、特に中国やロシアの歴史認識には驚かされます。プロパガンダと一蹴するのは簡単ですが「なぜ彼らはそう考えるのか?」と考えれば、本書は不可解に見える歴史認識の『文脈』を解き明かす方法を紹介してくれます。

 《歴史に学ぶとは、ある事象が生起した文脈、コンテクストを理解する》という加藤先生による本書は《近代日本が一度ならず干戈を交えた相手国、つまり戦争をした相手国との二国間での歴史共同研究の最前線からの実況報告を行っています。[日本と中国][日本とロシア][日本と英国][日本とドイツ]、それぞれの場合において、戦争終結後の和解と共存の真の方向性を探るために開催された国際会議の成果を中心にして伝えようと努めました》とのこと(あとがき)。

[中国]

 まず、日本に対して無茶なプロパガンダを仕掛けている中国に関して、個人的には「なんであんなメチャクチャな歴史認識なんだろう」と不思議に思うわけですが、その背景には《中国では、1911年の辛亥革命時に掲げられた、「建設」(近代化)と「統一」(統一国家の形成)という二大目標が、いまだ達成されていないとの認識があるために、現代を見つめる時は、「1911年の視点」になるという。 そうであれば、中国とその国民の関心は、「建設」と「統一」が未完成である理由へと向かおう。二大目標の達成を阻んだ最大の障害として日本を位置づける見方》があるという説明は納得的(k.227、kはkindle番号)。さらに、こうした夜郎自大な歴史観に民族復興プロパガンダが加わるわけですから、ハチャメチャになるのかな、と。

 最近、琉球王朝に関する虚文を主張していますが、これは日清戦争の原因にもなった、というのは面白かった。《中国側は、「当初は重視されなかった『虚文』を重視し、琉球王の復封」を図ろうと動いた。その理由は、「これを座視すれば朝鮮との朝貢・冊封関係に波及しかねない」との懸念に突き動かされたためという。本来の伝統的な冊封概念は、中国と朝貢国との1対1対応で完結するはずである。しかし、琉球をめぐる日本との競合の中で、対琉球関係を対朝鮮関係と連動するシステムとして捉えるような、新たな国際関係認識が中国側に生まれたと見られる》(k.260)というんですから、何事も歴史的背景があるんだな、と。

 また、太平洋戦争終結後、蒋介石は日本が建設したインフラの維持・活用を目指したんですが、こうした《技術者留用に警戒感を抱いたのがアメリカだったことだ。1945年10月という早い段階でアメリカ海軍の作戦部長によって作成された文書「中日関係:日本の対中国政策」からは、日本人技術者の留用が日本政府主導でなされているのではないかとの警戒感がにじみ出ていた。日中の技術協力関係は、アメリカが疑念を抱くほど良好に動き出していたのだ》というのは知りませんでした(k.721)。

 清末の中国では日本から流入してきた新名詞(東語、和製漢語)が使われていたのですが、中国の民族主義者?厳復は、「拓都」などの新語を編み出したのですが、ほとんど使われることがなかった、というのは面白いな、と。

 「田中上奏文」の偽造も面白かったというか、なんでも偽造するんだな、と思うと同時に《偽書かどうかは措くとしても、日本の現実の行動が上奏文に書かれている通りだとの中国側の対日批判のトーンは、この後も維持された》というのは、今も続いているな、と(k.1291)。

[ロシア]

 《文化面での日ソ関係の結びつきを忘れてならないことは、歌舞伎の最初の海外公演が、1928年、モスクワとレニングラード(現・サンクトペテルブルク)で行われたことを想起するだけでも十分だろう》というのは知らなかったです(k.1721)。スターリンの日本に関する個人蔵書に「エロ・グロ・ナンセンス」に関するものがあるほか、日本の僧侶の腐敗ぶりが女色が生々しく描写されている頁にスターリンの注記がある、というのには唸りました(k.1834)。

 また、1930年代の定義についての《国際経済からみれば、イギリスが金本位制を離脱した1931年から、アメリカが民主主義国家の兵器廠と自ら位置づけた1940年までとまとめられる時代》《あるいは、ヴェルサイユ・ワシントン体制を桎梏だと認めた日本やドイツが、軍事力を背景に実力で国際秩序の改変を図ろうとした10年とも総括できる》という見方はなるほどな、と(k.1747)。こうしたことからソ連を敵として日中英米がまとまろうとする構想と、ドイツを核として反ヴェルサイユ体制国としての日独中ソが連合する構想の二つがあり、各国は二股をかけていた、と。

 ミッドウェー海戦大敗後はドイツの求める日本の対ソ参戦要求に応ずる余力がなくなったが、日本はドイツに対して独ソ和平斡旋をしていたというのは、凄い同床異夢だったな、と(k.1877)。

 《パノフ氏が挙げる、日ロ両国の国民性の類似点には、つい目がいった。いわく、両国民には、力への敬意、他国民への猜疑心及び不信感、集団組織と集団思考への欲求等々、共通項があるという。力への敬意という点は面白い。ロシアと日本を歴史的な視座で眺めれば、ロシアはビザンツ文明、一方、日本は中華文明の影響を周辺部として受けてきたという点で共通項を持つという》というのもなるほどな、と(k.2139)。

 ロシアはビザンツ文明、日本は中華文明の影響を周辺部として受けてきたという点で共通項を持ち、議会制、ナショナリズム、私的所有権といった「近代ヨーロッパ文明」に対抗しようとしてもがいた、と。また、総力戦を主導した日本陸軍と新官僚の中には元共産主義者が多かったのも共通点です。

 スターリンは専門家に個人教授してもらってもヘーゲルを理解できなかったのですが、それは『法の哲学』などで語られる自由とは所有のことであり、自由は外部から束縛を受けないだけではなく、自分の身体、人格、財産などが自己自身のもとに在ることで初めて具体的に自由となるというあたりがわからなかったのかな、とか考えてしまいました。

 また、晩年のレーニンがスターリンの暗殺者から身を隠したのが古儀式派の人々の村だったというのはゾクゾクしました(k.2266)。

[イギリス]

 イギリスとドイツについては印象に残ったところを引用して終わります。

 《アンソニー・イーデン外相は、1945年7月段階で米国に天皇制温存の必要を働きかけはしなかった。その理由を二人の教授はイーデンの記録に語らせていわく、「私は米国側に、天皇は存続させるべきであると、勧告するつもりはない。米国側は必ずや、このような勧告の受入れを望んでおり、不本意ながらもわれわれに同意したと言うだろう」(158頁、傍点筆者)。イーデンは、自国民を説得するのに難しい天皇制温存の問題をイギリス人の口から言わせようとするアメリカの底意を見抜いていた》(k.2450)。

 《日中戦争中、日本側が英米の艦船を長江から追い出したいと考えていた理由の一半は、防諜という側面から説明できる》(k.2615)。

 《第二次世界大戦で日本が連合国に敗北し、占領期間を経て1951年9月に締結された対日平和条約が、サンフランシスコ平和条約であった。話は込み入ってくるが、当時、中華人民共和国を招請すべきとするイギリスと、中華民国を主張するアメリカの意見が対立した結果、「中国」代表は招請されていない。またイギリスは、韓国について、日本と戦争状態になかったとして招請に反対し、これにアメリカも同調した結果、韓国は署名国となれなかった》(k.2690)。

[ドイツ]

《日本とドイツは、その位置ゆえに、ユーラシア大陸にのびるロシアを東西に牽制しうる二国だった》(k.2864)。

 《日露戦争が勃発した少し後の1904年4月、英仏協商が成立するが、この帰結がドイツ外交にとっていかに重い意味を持ったか(162頁)、本論考はよく伝える。中東と北アフリカでの英仏対立が解消し、アジアでの戦争で日本がロシアに辛勝した暁に来るのは、欧州におけるイギリスとドイツの対立しかない。日露戦争を第ゼロ次世界大戦とみる解釈は近年有力だが、この論考からも支持できる見方だと思われる》(k.2900)。

 《第二次世界大戦の決定的要因を、海洋での支配をめぐる争いとナガシマ氏は看破する。中国に対する日本陸軍の戦い、ソ連に対するドイツ陸軍の戦いは、共に中ソ両国が、退却しうる広大な大陸後背地を持っていたために、勝敗の決定要素は、英米からの中ソへの物資を運ぶ海上輸送路をいかに効果的に遮断するかにかかっていたからである》(k.2,993)。

 近代日本が歩んだ『近代ヨーロッパ文明への対抗』という道筋が、ロシアやドイツと共通していたという指摘は、日本の戦前の行動を世界史的な潮流の中で理解する視点も与えてくれるかもしれません。

[目次]

第1章 日中の戦争観――歴史認識を問い直す【日本と中国1】

●海の向こうは……世界の中の日本と中国

●重慶で私も考えた 中国重慶の国際会議で触れた中国研究の最前線

●自国の利己追求に歴史が「使われる」時代

●敗者の帰還と満洲体験 帰還者は帝国崩壊をどう捉えたか

●中国と中国人にとっての1945年

 

第2章 競存から緊張へ変化した日中関係――私たちは今、何をすべきか【日本と中国2】

●苦難の中の日中関係 対立と共存

●日中関係、どこからやり直すか

●歴史の中に存在する多彩な中国像

●日本・中国・台湾 三国関係を追う

●世界政治を揺るがした「田中上奏文」の謎に迫る

●「田中上奏文」はどのようにして作られたか

 

第3章 西洋と東洋を結ぶ架け橋へ――何が日ロ関係を転換させたか【日本とロシア】

●ロシアが残した日本史への刻印

●花も実もある日露関係 拮抗する二国関係において「真実ならざるもの」を見抜く

●日本とソ連、それぞれの1930年代

●ソ連と日本 タフな交渉と戦争の時代

●ロシアの対日参戦の正当性を探る

●日ロの類似点が導く対ロ交渉の到達点

●帝政ロシアからソ連を経てロシアへ

 

第4章 明治日本はイギリスに何を求めたのか――日本人の英国観の変遷【日本と英国】

●一つに収斂(ルビ:しゅうれん)しない日英関係の姿

●ギャップに満ちた日英関係

●現代の米中対立と戦前の日英攻防

●戦後ロンドン金融市場の変容

●イギリスの平和思想と国際連盟への期待

 

第5章 東アジアの国際情勢にみる日独関係――「同盟」の真のかたちとは【日本とドイツ】

●東アジア情勢の中で語られる日独関係

●日独関係における相互イメージ

●日本とドイツ、人と技術の交流

●長期政権を築き、新時代を拓いた桂太郎

●桂太郎の複眼的思考を書翰から読み取る

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December 01, 2025

『新しい階級社会』橋本健二

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『新しい階級社会』橋本健二、講談社現代新書

 アンダークラスは未婚の人が多いため少子高齢化と密接に関係しているので、次は中流階級の落ちこぼれがアンダークラスになるという予想が衝撃的。

 歴史人口学者の速水融さんによると江戸時代、江戸と大阪ではほとんど人口が増えなかったが、これは集まった人々が子どもを残せない今のアンダークラスと同じような賃金しかもらっていなかったから、とのこと。今のアンダークラスの賃金も次世代の労働力を再生産する費用を含んでいません。

 こうした格差拡大は1980年前後に始まり、日本社会は後戻りができないまでに固定化され、いまや「新しい階級社会」が成立し「中流幻想」は過去の夢だ、と。自由、平等、民主主義は結果的に格差を生み、その固定化に寄与したのかもしれません。

 農民や自営業の「旧中間階級」はコロナ禍で没落し、変わって上昇したのが「新中間階級」。安定した雇用で家族や資産を形成できる大企業や官庁のホワイトカラー層で高学歴の持ち主。コロナ禍では日々の労働から賃金を得ていた旧中間階級とアンダークラスが感染を拡大した、という推察には「どうしたら良かったんだ」と考えさせられました。

 格差と政治意識について書かれた第8章が白眉。

 所属階級と思想・支持政党の分析・考察を行うと、保守層とリベラル層はアンダークラス、旧中間階級、正規雇用労働者、新中間階級、資本家階級の全てでそれぞれ2~3割いて、階級と考え方の左右はあまり対応していませんでした。思想傾向で分けると、新自由主義的右翼クラスタは外国人嫌悪を示すのですが、意外なことにそこは高学歴で平均年収も高い、と。

 また、日本に無党派の人が多いのは、リベラル、平和主義、無関心、伝統保守、新自由主義右翼という5つの考え方のクラスタに合った政党がないから、という推論はなるほどかも。

 かつての自民党支持層の中心だった伝統的保守は再分配に寛容ですが、アンダークラスの大量出現により、再分配に否定的な新自由主義的右翼が台頭。こうしたクラスタが参政党や保守党の支持に回り、国民民主には伝統的保守の一部が自民から流出した、と分析。

 新自由主義右翼が新興政党に流れれば、自民党は彼らを切り離して「伝統保守」の立場を取るかもしれないかも、と。

 なお、ジムで運動しながらAudibleで聴きました。

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『渤海国の謎』上田雄

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『渤海国の謎』上田雄、講談社現代新書

 月組公演『雨にじむ渤海(パレ)』の予習として読んだのですが、上田雄先生は名著『遣唐使全航海』の著者だけに、本当に面白かったです!

 唐と新羅によって668年に滅ぼされた高句麗の遺臣たちが建国した渤海国は、唐と新羅に挟み討ちされそうになったので、日本に応援を求めて使節を派遣したのが727年。 ところが使節が着いたところは出羽(秋田から青森あたり)で、そこで使節は蝦夷の民に殺されてしまい、生き残った8人がなんとか都まで辿り着き、ほぼ初めての朝貢使いと感激した朝廷は帰りの船をつくり、渤海と朝廷の<返礼の>使節も乗せて帰らせた、というのが長く続く渤海使の始まりです。朝廷としても、その頃ようやく種子島や屋久島からも使節が来たようなので、外国との朝貢が続いたと大喜びしたわけです。

 その後も冬の季節風に乗ってくるので日本に着いては、たびたび船を失って、新造船で送ってもらうことが続き、あげくには日本に帰る朝廷の使節に便乗して日本に向かうようになるとか、とにかく面白いです!

 唐と新羅に復讐するぞ!と考えていた渤海の勇ましい王も、日本側の野心家貴族<である>藤原仲麻呂も亡くなり、対新羅という面での国交は意味がなくなったけど、平安貴族は冬を凌ぐ革製品が欲しく、渤海も繊維製品が欲しかったので、その後は交易主体のやり取りが続いた、という経緯も興味深いです。

 平安貴族は意中の女房を射止めるための飛び道具として毛皮、特に黒貂の製品に目がなかった、というのはよくわかります。確かに、天井だけしかないような家では重ね着した上に着る毛皮はありがたかったろうな、と想像できます。

 契丹の耶律阿保機によって滅ぼされ、ほとんど痕跡もなく破壊され、その地に再び国家が建設されたのは1000年後の満洲国だったとは…中原からすれば台湾と同じように「化外の土地」by李鴻章だったわけですが…。

 草原しかないような土地を中心にロシアのウラジオストックから北朝鮮、中国の遼東半島までを一時は支配した旧高句麗の遺臣たちがつくった渤海。その都である東京龍原府を発掘したのは、関東軍として出征していた若き考古学者、斉藤優だったそうです。『雨にじむ渤海(パレ)』のファーストシーンはこの発掘シーンだったら…とか妄想を膨らませています。
 
 しかし、唐と新羅に攻め込まれるのを恐れて日本と親交を結び、冬の季節風に乗って日本に着岸、夏の季節風に乗って帰る使節を29回もやりとりしていた、と**<いう事実にも驚かされます。

使節と朝廷側の応接貴族は共通言語であった漢詩を通じて交流し、雅楽にも渤海から伝えられたものが残るほか、ポロの一種の「打鞠」(大河の『光る君へ』でも描かれていた)ももたらされた、というのは知りませんでした。

 やがて唐も新羅も北方民族に滅ぼされ、四方を海に囲まれた日本だけが歴史を紡ぎ、さまざまな記録を残すとともに、東シナ海をまたにかける民間交易により、遣唐使などをわざわざ派遣しなくても文物がやりとりされるようになった、みたいな成り行き腑に落ちました。

 遣唐使たちのカネがなくなると天皇から渤海経由で砂金が届けられるほどの信頼関係があったとは驚きでした!

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November 01, 2025

暇と退屈の倫理学』國分功一郎

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『暇と退屈の倫理学』國分功一郎、新潮文庫

 ジムでエアロバイクを漕ぎながら聴いた本で、スピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガー、ユクスキュル、コジェーブらの考察を検討し「暇」と「退屈」の根源的意味を掘り下げています。

 人類は約1万年前に、中緯度帯で遊動生活から定住生活に移ったのですが、定住革命は新たな権力をもたらすとともに、日々刻々と新しい環境に注意する必要がなくなったことで、慣れによる退屈を生み出したとします。人類は「定住革命」によって社会的には経済格差や大きな権力を発生させるとともに、個々には暇と退屈を生んだ、と。

 近代では退屈な時間を何かに熱中・没頭することで、幸福に満たされようとするわけですが、実はこれには苦痛が伴う場合が多いとも指摘。これは慢性疼痛の患者に痛みを与えると、脳内では快感としてとらえられる、と増補版で補強されています。

 第三章と第四章では消費と労働、そして疎外について考察し、第五章では、ハイデガーの『形而上学の根本諸概念』という講義録を元にした退屈論を丁寧に考察します。続くユクスキュルの「環世界」概念とハイデッガーの存在論的分析の批判はこの本の白眉でしょう。

 ハイデガーは退屈を3つの形式に分けます。

 退屈の第1形式は「何かに退屈させられること」。たとえば、列車を待っているけれどなかなか来ないから退屈することなどが1番目の退屈。

 退屈の第2形式はパーティに出るなど気晴らしをも「退屈すること」。気晴らし逃げ込んでもなぜか退屈な気分に支配されることが2番目の退屈。

 退屈の第3形式は「なんとなく退屈」という気分が湧き上がること。これといった理由もなくなんとなく退屈だというのが第3形式の退屈で、第1形式→第2形式→第3形式と進むにつれて、退屈が深まっていくとハイデガーは考えました。なぜなら、第3形式では一時的な気晴らしの可能性すらないから。

 こうした退屈に対するハイデガーの対象方法は現存在として何かを決断し、何か内心に燃えるものを見つけることですが、國分功一郎さんはこれに対して、第2形式からの逃避として第1、第3を考えるのではなく、むしろ動物的に逃避したほうがいい、とします。

 ここで重要になってくるのがユクスキュルの環世界概念。

 ユクスキュルは普遍的な時間や空間などはなく、動物それぞれに独自の時間・空間として知覚される、と主張しました。地球上の生物は時間と空間を共有していると考えられるかもしれませんが、時間の流れ、空間さえも異なるものとしてとらえられている、と。人間は「限界」という丸い球体の中心から世界を眺めている限界球体的存在ですが、自らの世界認識を客観的・普遍的と誤解しているにすぎない、と。こうして第六章でユクスキュルの環世界の議論をしたあと、7章ではコジューブの言う「歴史の終わり」や「動物」としての人間論(『ヘーゲル読解入門』第2版の「日本化についての註」)を勘違いとして批判します。

 コジェーヴはイエナの戦いで歴史は終わり、その後の戦争はフランスで実現された普遍的な革命的勢力の空間における拡張に過ぎないことと考え、哲学者であることを辞め外交官になります。彼はロシア革命、第一次世界大戦、第二次世界大戦も経験しますが、それはもう意味がないと考えたのです。さらにフォードをマルクス主義者とみなし、米国はマルクス主義の「共産主義」の最終段階に既に達しているとみて、ソ連や中共への旅行を通して、アメリカの生活様式は世界を覆うと確信しますが、それは動物性への回帰にすぎないとも考えていました。しかし、外交官として訪問した日本で、彼は「歴史の終わり」の後でも動物としてではなく、人間としての生活様式を発見します。日本では戦国時代を終わらせた徳川幕府は250年の平和を実現し、歴史を終わらせたとコジェーブは考えました。

 《究極的にはどの日本人も原理的には、純粋なスノビスムにより、まったく「無償の」自殺を行うことができる(古典的な武士の刀は飛行機や魚雷に取り替えることができる)。この自殺は、社会的政治的な内容をもった「歴史的」価値に基づいて遂行される闘争の中で冒される生命の危険とは何の関係もない。最近日本と西洋世界との間に始まった相互交流は、結局、日本人を再び野蛮にするのではなく、(ロシア人をも含めた)西洋人を「日本化する」ことに帰着するであろう》(『ヘーゲル読解入門』アレクサンドル・コジェーヴ、上妻精・今野雅方訳、国文社、1987年 246-247頁)。

 自由、平等など価値ある社会を実現するための現存在をかけて立ち上がることは、もう近代の欧米社会ではできなくなっていますが、同じような状態に陥った日本人は動物になることなく、スノビズムによって人間らしく生きようとした、と。

 本書ではアレントによるマルクスの労働に関する悪質な読み替えを批判していますが、こうしたコジェーブの考え方についても観察が浅く、そもそも動物的で何が悪いのか、とまで論考を進めます。

 本書ではノヴァーリスの「哲学とはほんらい郷愁であり、どこにいても家に居るように居たいと願うひとつの衝動である」を印象的に引用しますが、人間にとっての退屈を分析して深めたハイデガーは、人間にとっての「退屈」は分析したが、「愉しみ」や「郷愁」を理解していなかったのではないかと批判します。

 賢い犬種でさえ盲導犬育成は困難だそうで、動物はそれぞれの環世界から移動することは非常に難しいのですが、人間は高い環世界移動能力を持っています。人間は動物のように、何か特定の対象に「とりさらわれ」続けることができないのです。逆に言えば人間は動物とは異なり1つの環世界にひたることができないために、退屈に悩まされてしまうのだ、と。ならば、動物のように「とりさらわれる」ことを楽しめば、退屈から解放されるのではないかに、というあたりが結論でしょうか。

[目次]
まえがき
序章 「好きなこと」とは何か?
第一章 暇と退屈の原理論 ウサギ狩りに行く人は本当は何が欲しいのか?
第二章 暇と退屈の系譜学 人間はいつから退屈しているのか?
第三章 暇と退屈の経済史 なぜ"ひまじん"が尊敬されてきたのか?
第四章 暇と退屈の疎外論 贅沢とは何か?
第五章 暇と退屈の哲学 そもそも退屈とは何か?
第六章 暇と退屈の人間学 トカゲの世界をのぞくことは可能か?
第七章 暇と退屈の倫理学 決断することは人間の証しか?
結論
あとがき

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October 25, 2025

『50万円を50億円に増やした投資家の父から娘への教え』たーちゃん

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『50万円を50億円に増やした投資家の父から娘への教え』たーちゃん、ダイヤモンド社

 投資家というのは、生命の危機を感じると、その投資ノウハウを公開するもんでしょうか。山崎元さんは癌で余命宣告を受けた後、18歳になる息子さんに向けて『経済評論家の父から息子への手紙お金と人生と幸せについて』を残しましたし、清原達郎さんもガンで声を失い、投資家を引退して『わが投資術』を書いてくれました。本書も、著者のたーちゃんもガンで余命宣告されたのを機に、残された娘さんたちに投資のノウハウを残そうとした本です。

 基本としているのはバリュー株投資。それを選んだのは《〝バリュー株投資の父〟といわれるベンジャミン・グレアムや、そのグレアムに学んだ〝投資の神様〟ウォーレン・バフェットといった名だたるアメリカの投資家たちが、バリュー株投資をすすめていることを知った》から(k.593、kはkindle番号)。

 この本は資産バリュー株投資→収益バリュー株投資→シクリカルバリュー株投資、という順で説明していきます。

[資産バリュー株]

 まず資産バリュー株ですが、そのメリットは《資産持ちで財務が安定している割安な株を買うので、株価が下落しづらい点にある。軒並み大きく株価が下がったリーマンショックのときでも、資産バリュー株は資産価値が評価され、下落幅が小さかった》(k.777)とのこと。

 株式は割安だと判断した時に買い、高くなったら売って儲けるわけですが、では、そもそもバリューをどう判断するのか。さきほども紹介した〝バリュー株投資の父〟と呼ばれるベンジャミン・グレアムが提唱したグレアム指数で簡易的に判断できます。PER(株価収益率)とPBR(株価純資産倍率)を掛け合わせて算出されるグレアム指数が22・5以下なら「割安」、大きく超えていると「割高」の可能性があると判断できる、と。

[収益バリュー株]

 次ぎは収益バリュー株。収益バリュー株が多い業界は、銀行・金融、商社、鉄鋼、自動車、海運、電力・ガス、建設、医薬品など安定した収益を確保できる企業が多く、PERやPBRは低い、と。

 収益バリュー株で重要なのは営業キャッシュフロー。普通、投資家は損益計算書をじっくり見るものですが、しばしば「厚化粧」が指摘されることもあります。《経営者の目線で考えてみてほしい。「投資家は損益計算書ばかりを重視する」とわかっていれば、なるべく見栄えのする損益計算書をつくろうとしてもおかしくない。実際、損益計算書には法律ギリギリの〝厚化粧〟が施されることがあるんだ(なかには限りなくグレー、あるいはアウトなものさえある)》(k.1439)というあたりも実践的。

 営業キャッシュフローは企業が本業で得た現金の流入と流出を示すもの。商品の販売やサービス提供による収入から、仕入れや営業活動に必要な経費を差し引いた金額を指し、キャッシュフロー計算書の中で「営業活動によるキャッシュフロー」として記載されています。

 また、《収益バリューは、キャッシュフローの現在価値をはかる「DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法」というもので計算する。これは、企業が将来生み出すキャッシュフローを現在の価値に割り引いて、企業価値を算出する方法》(k.2294)だそうで、あとで勉強してみます。

 シクリカルバリュー株は「景気敏感(シクリカル)かつ割安(バリュー)」のこと。景気には波がありますが、このサイクルを利用して、景気回復局面で大きな上昇余地を狙います。このシクリカルバリュー株投資については、ぜひ、本書を読んでください。
 このほか、時価総額別のリターンについての《大型バリュー株は12・87%、大型グロース株は10・77%、小型バリュー株は14・87%、小型グロース株は9・92%——というものだった。つまり、大型株も小型株もバリュー株のリターンはグロース株を上回る》(k.648)、《統計データで「中期経営計画は80~90%くらいの確率で達成できない」と証明されている》(k.663)、《岩井コスモ証券によると、個人の株式取引の7割以上が信用取引だというデータもある》(k.2508)、《2025年1月10日現在、信用評価損益率は「マイナス7・48%」となっている。つまり、「信用取引を行っている人の損益はマイナスになっている」ことが、公式に発表されているのだ》(k.2522)、《この信用評価損益率は、プラスに転じることはほとんどない。0%まできたら「天井に近い」といわれている》(k.2524)という数字に基づく情報は貴重。

《日本企業は買収が苦手だからのれん代がかさむことが多い。こんな企業は得てして経営も下手だ》(k.966)というあたりもなるほどな、と。

 売買のタイミングに関して出来高が急に増えた時というのは実践的アドバイスだと思いました。出来高が顕著に増えるタイミングは、株価の天井か底であることが多く、手だれの投資家が抜けて、下手な投資家が入ってくるケースが多いから。

 暴落時の買うべきタイミングは「ストップ安の銘柄が100を超える」「売買代金が東証プライム市場の時価総額の1%を超える」「新聞やテレビで株価がトップニュースになる」が揃った時で、みんなの投げ売りが終わったあとに下落となる二番底がくるのは、信用取引の清算期限の半年後以降、と。

《配当というのは業績が最も高いときに一番高くなる。つまり、そこから業績が悪くなれば、配当も下がり株価も下がる可能性がある。だから、景気後退期に高配当投資をすると痛い目に遭うことがある》(k.2037)《配当性向(企業が稼いだ利益のうち、どれだけを株主に配当として還元するかを示す割合)は最高でも30%くらいまでがいい。それ以上は株主還元をしすぎている》(k.2045)というのも実践的なアドバイス。

 《これまでの僕の経験上、投資に向いていない人は「調べものをしない」「なんでも後回しにしてしまう」という共通点がある》(k.2187)というのは、まったくその通りだな、と。昔から「株ぐらいやった方が良いよ」と勧めてきたけど、実際に証券口座を開いて入金し、売買しているのは5〜6人しかいません。ちゃんと調べて、やるべきことはキチンとやる、ということだけで、人間界では「よく出来た人」なのかも。新NISAの口座保有率は25%だけど、実際に売買しているのは20%ぐらいだと思うから、それだけで勝ち組かもしれません。

[目次]

医師として働きながら
元手50万円を50億円に増やした
個人投資家たーちゃんの投資ヒストリー

PROLOGUE 愛する娘たちへ――父さんの投資法を教えよう
父さんの投資法を教えよう
「シクリカルバリュー株投資」ってなに?

PART0 そもそも「株式投資」って何か知っているかい?
「株」はなぜ生まれたのか?
「株主」になるのは「王様」になること?
八百屋に野菜が並んでいるように、株も市場に並べればいい

PART0.5 父さんは株で50万円を50億円に増やしたんだ
神童扱いからの落第生…最底辺の高校しか受けられない
お金持ちになりたくて医学部を目指したけれど……
ほどほどに働きながら株式投資で儲ける
自分がプレイするゲーム会社に投資して株が爆上がり
ほとんどが合格する「医師国家試験」でまさかの不合格
働きながら29歳で“億り人”になった!
リーマンショック直撃で一時資産3割減
働きながら30代で資産6億円突破!
株よりも子育てを優先した“ほぼ空白の10年”
FIREして“雀荘通い”をしてみたものの……
投資家・フリーランスの麻酔科医・ジム経営、三足のワラジ
ステージ4の直腸がんが判明し4度の手術

PART1割安株を見つけ出そう――「バリュー株」の選定術
まずは「バリュー株投資」を押さえておこう
知っておきたい株の4タイプと攻略法
「グロース株」のトータルリターンは「バリュー株」より低い
実は危うい「グロース株投資」の真実
そもそもバリュー(価値)とは何か?

PART2 安いから買うんじゃない「資産」があるから買うんだよ――資産バリュー株投資
①資産バリュー株の「特徴」
資産バリュー株ってなんだろう?
資産380億円がわずか800万円で放置されている?
「昔からある会社」が有利なワケ
「資産バリュー株」のメリット・デメリット
②資産バリュー株の「探し方」
7つのステップで探してみよう
簡易的に割安株を見つけられる「グレアム指数」とは?
Xの情報は参考になるけれど……
③資産バリュー株の具体的な「探し方」
「決算短信」のチェックポイント(売上高・貸借対照表)
「決算短信」のチェックポイント(土地・有価証券)
▼土地の場合
帳簿価格との差額が1000億円近い土地
▼有価証券(株)の場合
「事業等のリスク」をチェックしておこう
「受注残」もチェックしておこう
④「資産バリュー株」の売りどき
➊シナリオが崩れたとき
❷もっといい株が見つかったとき
➌短期間で上がりすぎたとき
絶対に売ってはいけないタイミング

PART3 安いだけじゃない、「稼ぐ力」を見極めて買おう――収益バリュー株投資
①収益バリュー株の「特徴」
100倍株(ハンドレッドバガー)を逃して反省……
②収益バリュー株の「探し方」
③収益バリュー株の具体的な「探し方」
▼損益通算書のチェックポイント
▼キャッシュフロー計算書のチェックポイント
④収益バリュー株の「売りどき」

PART4 赤字の会社こそ大儲けできるんだ――シクリカルバリュー株投資
①シクリカルバリュー株の「特徴」
「シクリカルバリュー株」の株価はどうやって上がる?
クリティカルヒットが出やすい投資法
景気は4年で循環する
②シクリカルバリュー株の「探し方」
目の前の数字でなく、その先の数字を読む
いま業績が良い会社が「買い」ではない
シクリカルバリュー株で重視する「PSR」とは?
③シクリカルバリュー株の具体的な「探し方」
決算の数字として表れる前に「買いどき」を知る方法
「シクリカルバリュー株投資」を難しいと思わないで!
なぜ韓国の造船会社に投資したのか?
④シクリカルバリュー株の「売りどき」
「シナリオ」を考えて投資をするレッスン
「数量の増加」と「赤字での新規設備投資」がポイント

PART5 儲ける人はちゃんと記録をつけて考えているんだ――「投資レポート」の書き方
僕が作成した投資レポートを見せよう
投資レポートを自分でつくってみよう
「増資」で乗り切ろうとする会社には投資しない
ナンセンスな経営判断をするサラリーマン経営者
▼「資産バリュー株」のチェック
▼「収益バリュー株」のチェック
投資レポートについての補足
「これぞ!」という銘柄があれば集中投資していい

PART6 小さな違いが大きなリターンにつながるんだよ――利益を最大化する「+α」の投資術
●適時開示
●IR担当者への質問
●ネットワークを広げる
●インフレの捉え方
●信用取引
●株価下落時の行動
●株価暴落時の行動

EPILOGUE 50億円を稼いだ先に見えてきたこと
毎月200万円使うと決めてみたけれど……
FIREしたけど退屈すぎた……半年で気づいた“働く意味”
僕がいなくなっても株式投資が力になってくれる
著者について

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