書籍・雑誌

August 26, 2021

『蹴日本紀行』宇都宮徹壱

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『蹴日本紀行』宇都宮徹壱、エクスナレッジ

 アフターコロナのリベンジ旅行やワーケーションなどを利用して「全国のスタジアム巡りをするのも楽しいかも」「四国のこじんまりとしたスタジアムの巡礼なんかはどうだろう」と想像しつつページをめくっていました。いずれは日本百名山や百名城のように、日本100名スタジアムなんかも選ばれるようになるのかもしれません。

 印象的なのは空が美しい各地のスタジアム写真。北海道から沖縄まで、いつのまにか、こんなにも美しいスタジアムが建てられていたとは驚きでした。

 大宮、岡山、鳥栖など交通の要衝にはJのクラブがあるという著者の指摘はなるほどな、と。免許は持っているものの、マイカーは使わない主義という都会育ちの著者の移動手段は鉄道などの公共交通機関。必然的に全国各地の珍しい駅舎や車両のイメージも収められることになります。

 Jリーグがあろうがなかろうが47都道府県を平等に扱う構成なので、各地の主な輩出選手も記されていて「長崎は出身選手こそ多くないものの小嶺監督に育てられた小林、高木や国体選抜で選んだ森保など、現役で活躍しただけでなく、良い指導者を多く産んでいるな」などということもわかります。

 写真を中心とした紀行文という体裁の本なのですが、暮れなずむ空や山並みをバックにしたスタジアムの美しさには圧倒されます。空の美しさは列島の環境が改善された証しでしょうし、新潟は夕陽の美しさが県全体の自慢とか。

 2002年の日韓ワールドカップを期に、自治体と母体となるクラブが協力しながら、地域おこしなどを目的に本格的なスタジアムが建設されるようになり、そこを拠点としたJリーグのチームが根づいていった日本全国の姿がこの本には収められています。それはフットボールという断面で切り取った今の列島の姿なのかもしれません。

 紀行文は公共交通機関の発達や中産階級の拡大にともなって増えていったと言われますが、たとえ経済が多少下り坂になったとしても、成長期に蓄積された素晴らしいインフラに支えられたクラブとスタジアムの存在は、47都道府県それぞれの特性を生かして、それぞれの場所で充実した生活を送ることのできるようになった証しのようにも感じます。

 さらに自治体から施設の管理指定業者に指定されたクラブが、自分たちの利用だけにとどめず開放する試みも紹介されています。それは、地域との繋がりにワンクッション置くことで、従来の建てたら建てっぱなしというハコモノ建設政策から行政も脱却していこうとしている姿なのかもしれません。

 英国のフットボールファンの中には下位リーグのスタジアムを巡って、土地の風景を楽しむというような集まりもあって羨ましいな、と思っていましたが、日本でも十分、そうした楽しみが可能になってきたと感じます。生きているうちに、もう1回ぐらいワールドカップが日本には来ると思っているのですが、そしたら、こうした施設が海外から来る代表チームのキャンプやトレーニングに利用されていくことでしょうし。

 「鉄分」がわりと多めなこの本を読んでいると、旧国鉄が全国各地に「鉄道の町」を持っていたことも思い出しました。そうした土地である盛岡にはグルージャ、大宮にはアルディージャ、吹田にはガンバ、米子にはガイナーレ鳥取、鳥栖にはサガンなど、旧国鉄時代から大きな機関区や工場、操車場(貨物ヤード)などが置かれた場所にはフットボールクラブが多く誕生しているな、と改めて感じます。

 行政の中心で士族が住んでいた県庁所在地などには大規模な施設をつくるスペースがなくなっていたために、そうした中心部の周辺には働く人たちが集められました。そんな「中心から少し外れた場所」にはスタジアムを建設できる用地も残ったわけで、交通の要衝=来ては去る人々の多い土地には、フットボールクラブとサポーターとの程良い距離感も生まれやすいのかもしれません。

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TRANSACTION MAN

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"TRANSACTION MAN: The Rise of the Deal and the Decline of the American Dream"Nicholas Lemann

 ジムの有酸素運動でエアロバイクをこぎながら、英語のサビ落としを目的にAudibleで聞いている本の10冊目。"The Tyranny of Merit: What's Become of the Common Good?" Michael J. Sandelから能力主義の問題について読んでいるのですが、"Head、Hand、Heart:The Struggle for Dignity and Status in the 21st Century" David Goodhartに続いて聴いたのは“The Big Test”でSATの歴史を描いたレマンが巨大企業の役割の変化から不平等の拡大を説明しようとしたこの本(邦題は『マイケル・ジェンセンとアメリカ中産階級の解体』)。

 この本は倒産したGMのディーラーとオバマ、黒人解放運動の舞台となったシカゴから始まります。最終的には2008年の金融危機によって工場が放棄され、小売店も経営者が変わり、街も犯罪に苦しむゲットーになった、みたいな。

 企業レベルではGMとモルガン・スタンレーの興亡を描いています。GMはディーラーの従業員とともに、数十万人の自社従業員に寛大な利益をもたらす安定した生涯の仕事を提供してきましたが、08年の金融危機で倒産。ウォールストリートで投資銀行の模範だったモルガン・スタンレーは従来ベースのビジネスモデルを破棄して取引ベースのモデルに移行したものの、同じように倒産。しかし、政府による救済により救済されます。

 フランクリン・ルーズベルトの経済補佐官だったアドルフ・バールは、大企業が経済支配する社会を予想して「大きな政府」による安定した雇用と年金制度に貢献。米国の経済界はフォード、ロットフェラー、モルガンなどの一代で築いた企業の文化が変化し、1970年代までに大株主も新しい体制の下で落ち着きを取り戻した、と。それは社会主義的というより飛躍した資本主義(galloping capitalism)かもしれなかった、と。

 企業が社会制度のように振る舞うことに成功したときがアメリカの福祉国家の姿だった、とバールは語ったというのですが、それは日本も同じだったかもしれません。

 しかし年次昇給を約束したGMのような企業と労組、そこで働く人々との交流と教会などを嫌う反組織派も現れ、勝利します。そのため現代の代表的な人物はほぼ完全に反組織的性格であり、トランザクションマン(Transaction Man、市場志向の人間)と呼ぶことができまる、と。トランザクションマンは、金融商品の取引、プライベートエクイティ、ベンチャーキャピタル、ヘッジファンドなどの分野で、文字通りトランザクション(取引)の仕事をしている、と。組織派の人々は大企業に勤め、そうしたコミュニティの柱になりたいと感じていましたが、トランザクションマンは、そうした組織の破壊者であり、グローバルな地球市民になることを目指していた、と。

 アメリカのビジネスは動きが遅くなり、日本とヨーロッパの競争相手に対して脆弱になったとする人々を代表するハーバードビジネススクールのマイケル・ジェンセンは、企業は株主価値を最大化する必要があると主張。コストを削減し、仕事をアウトソーシングし、株を買い戻す経営者が賞賛された、と*1。しかし、ジェンセンやフリードマンなどの解決策は極端ではなかったか、と。

 重視された株主価値を最大化するために、投資家たちは高賃金、企業研究所、厳格な規制、再分配課税など、非常に優れた業績を上げた企業や政府の建物を解体。その結果「取引」が始まった、と。ウォール街は強力になり、アメリカの納税者の負担もあって金融危機も乗り切ることができた、と。

 しかし、こうしたトランザクションマン・エコノミーの40年間は、ほとんどのアメリカ人にとっては辛い日々となり、賃金の伸びは鈍く、平均余命も停滞しました。

 また、2000年のインターネットバブル崩壊は、市場が企業の真の価値を決めるのが得意ではない可能性も示しました。不正会計のエンロン、ワールドコム、ノーテルなどの企業が崩壊したからです。2008年の金融危機はモラルハザードがさらに進みました。住宅ローンブローカーは住宅という商品を、返済が必要なローンではなくパッケージ化された金融資産と考え、定職を持たないような人々にも貸し出しました。すべて英語で書かれた契約書をスペイン語しか話さない人々にサインをさせ、収入のない人々には「収入を発明」して記載させることまでした、と。

 経営資本主義が株主の多様性に取って代わったように、今や株主資本主義は完全に民主化された経済に取って代わられ、企業、組合、政府はもはや機会と富を生み出す必要がなくなった。LinkedInの創業者であるピーター・ティールにとって重要なのはインターネットに対応したネットワークだけでした。リード・ホフマンとのセクションでは、ピーター・ティール流のネットワーク効果が説明されます。それは利用者が増えるにつれ利便性があがるサービス。ネットワーク効果を狙う企業は小さな市場からはじめますが、トランプを支持したピーテー・ティールや、ブルームバーグを担ぎ出したマーク・ピンカスも生み出します。

 こうした話しは面白かったけど、正直、このネットワークの部分は消化不良のような気もします。ということで、次はReid Hoffman"Blitzscaling: The Lightning-Fast Path to Building Massively Valuable Compan"を聴いてみます。

*1 "Theory of the Firm"は企業と市場の境界があるなか、どのトランザクション(取引)が内部で実行され、どんなトランザクションが市場で行われるのかなどを検討。また、企業は階層などで構造化されているが、その相互作用は何か?完全競争が企業の行動の適切なモデルではないとみられるようになった時代、株式を持たないプロの経営者に任せる転換にもなり、「株主価値の最大化」の時代が生まれた、みたいな。

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July 20, 2021

『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』

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『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』高橋昌一郎、講談社現代新書

 ユダヤ系科学者の科学史、東欧史、科学者の評伝としても読める本。

 個人的には、第一次大戦後のハプスブルグ帝国の崩壊と、ソ連、ナチスによる蹂躙の歴史に興味があったので、ハプスブルグ崩壊後のハンガリーの混乱ぶりは驚きました。

 ティモシー・スナイダーの『赤い大公 ハプスブルク家と東欧の20世紀』『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』『ブラック・アース ホロコーストの歴史と警告』を読んでいたのですが、スナイダーはポーランドとウクライナが中心だったので、第一次大戦後のハンガリーのめまぐるしい動きは、権力の空白の恐ろしさを実感できました。スターリニストによる赤色テロ→隣国ルーマニアの介入→スターリニストの亡命とソ連国内での粛清→ナショナリストによる白色テロで国力を失えば、それは簡単にソ連やナチスに蹂躙されるわな、と。

 ハンガリーは行ったことはないのですが、精神科医の中井久夫が『家族の深淵』のなかの「「ハンガリーへの旅から」で平均海抜200メートルの《周囲の山々の手前の平野のかなりの部分までが他国領で》こうした無防備な国で《強大国と境を接する小さな国の兵士はどういう気持ちで軍人になるのだろうか不思議に思った》ほどの《地政学的な不幸》を思うところを思い出しました(p.268-)。

 評伝としては私有財産を放棄した聖人のようなエルデシュと世俗的なノイマンの対比も面白かった。

 ユダヤ系科学者の科学史としては、改宗ユダヤ人化学者ハーバーの悲劇が印象的です。ドイツ人以上にドイツ的たらんとしたハーバーは、第一次大戦での毒ガス兵器の開発に尽力しますが、敗戦。ナチスが政権を奪取すると追放、彼が開発した毒ガスはユダヤ人虐殺に使われます。

《ベルリン大学に入学した当時のノイマンは、「戦争を早期終結させるためには、非人道的兵器も許される」という「化学兵器の父」フリッツ・ハーバーの思想から影響を受けた可能性がある》(k.1820)《ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道主義」、そして、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」》(k.1826)だったと著者は結論づけています。

 バンバーガーが「ブラック・サーズデー」の1ヵ月前にデパートの所有権をR・H・メーシー社に売却した利益でプリンストン高等研究所がつくったというのも知りませんでした。

.......Quote(kはkindleの位置)..........

彼の死後、生前の論文を集めて出版された英語版『フォン・ノイマン著作集』は、全六巻で合計三六八九ページに及ぶ。第一巻「論理学・集合論・量子力学」、第二巻「作用素・エルゴード理論・群における概周期関数」、第三巻「作用素環論」、第四巻「連続幾何学とその他の話題」、第五巻「コンピュータ設計・オートメタ理論と数値解析」、第六巻「ゲーム理論・宇宙物理学・流体力学・気象学」というタイトルを眺めるだけでも、彼の論文がどれほど多彩な専門分野に影響を与えたか、想像できるだろう(k.13)


ある日曜日の午後、一一歳のノイマンと一緒に散歩をしていた一二歳のウィグナーは、ノイマンから「群論」を教えてもらったという。ウィグナーは、後にノーベル物理学賞を受賞することから推測できるように、幼少期から数学も抜群に優秀だったが、群論はまったく未知の概念だった。その当時、ノイマンの数学はすでに大学院レベルに達していた(k.61)

機雷の衝撃波を検証するためには、連続的に変化する非線形の衝撃面の状態を記述する偏微分方程式が必要であり、その方程式を解くためには、膨大な計算が必要になる。そのためにノイマンが中心になって進めたのが、コンピュータの開発だった(k.101)


ノイマンは、戦後の占領統治まで見通して皇居への投下に反対したのであって、事実そのおかげで日本は命令系統を失わないまま三ヵ月後に無条件降伏できた。その意味で、ノイマンは無謀な「一億玉砕」から日本を救ったとも考えられる(k.125)

スタンリー・キューブリック監督の風刺映画『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』には、車椅子に乗る大統領科学顧問ストレンジラブ博士が登場する。そのモデルはノイマンだと言われている(k.142)

ノイマンの「一度読んだ本や記事を一言一句たがわずに引用する能力」は、生涯にわたって続いた(k.241)

九歳のエルデシュは、「任意の2以上の自然数nに対してnと2nの間に素数が存在する」という「チェビシェフの定理」に簡潔な数論的証明を与えて数学界の脚光を浴び、「ブダペストの魔術師」と呼ばれるようになった(k.276)

(エルデシュは)「私有財産は数学の邪魔」と信じ、手に入った金は、ほとんどすべて他人に配った(k.290)

エルデシュは、一九九六年に八三歳で亡くなるまで、五〇〇人以上の共著者とともに一五〇〇編以上の論文を発表した。数学史上、これ以上の数の論文を書いた数学者は、一八世紀のスイスの天才数学者レオンハルト・オイラーだけである(k.297)

そもそもユダヤ人がヨーロッパで姓を名乗ることを許されたのは、一六世紀である。ただし、彼らは自由に姓を選べたわけではなく、自然由来の姓を名乗るように強いられた歴史がある。「ノイマン(新しい人)」や「フリードマン(自由な人)」や「ゴールドマン(金のある人)」のように接尾辞「マン(mann)」の付く姓は、明らかにユダヤの出自(k.337)

後にセゲーは、ケーニヒスベルク大学教授になったが、ナチス・ドイツに迫害されてアメリカに亡命し、スタンフォード大学教授となり、ジョージ・ポリアをはじめとする数多くのユダヤ人科学者を救出した。やがて彼らが、現在の「シリコン・バレー」の拠点を形成していくことになる(k.382、セゲーはブダペストの数学者でノイマンが10歳の時に指導)

一九一九年三月には「ハンガリー革命」が起こり、ベーラ・クンが共産主義政権を樹立して、「ハンガリー・ソビエト共和国」の成立を宣言した。  クンは、旧皇帝派の貴族や旧帝国軍人ら五〇〇人を粛清する「赤色テロ」を行った。「レーニン・ボーイズ」と呼ばれる革命派の労働者や人民軍兵士が、軍用トラックに乗ってブダペスト中を走り回り、カトリック教徒や裕福なユダヤ人に襲いかかった(k.107)

四月になると、隣国ルーマニア王国が「赤色革命の飛び火を防ぐ」という大義名分でハンガリーに侵攻し、後にブダペストを占領した。共産主義政権は崩壊し、クンはソ連に亡命。その後、スターリンの粛清によって銃殺された(k.413)

(ルーマニアが撤退した後)政権を握ったホルティは、クン以上に残忍だった。彼は、「赤色テロ」の報復に、旧共産主義政権の関係者五〇〇〇人に拷問を加えて殺害するという「白色テロ」を実行した。 さらに、ホルティ政権の中枢を担った旧皇帝派の貴族は、もともと疎ましく思っていたユダヤ人を排斥した。その結果、ハンガリーの内政は再び混乱し、経済は落ち込んだ(k.422)


二〇世紀初頭のヨーロッパでは、「化学こそが人類の生活を向上させる」という「化学ブーム」が生じていた。化学肥料によって生産革命が起こり、食糧生産が劇的に増加し、世界中の飢饉や貧困が減少したためである。そこでマックスは、ベルリン大学応用化学科への進学を息子に勧めた(k.435)

(改宗ユダヤ人のハーバーが)一九〇八年以降、化学者カール・ボッシュとともに開発した「ハーバー・ボッシュ法」は、空気中の窒素と水素から化学肥料の原料となるアンモニアを化学合成する方法で、「空気からパン」を限りなく生み出す夢の技術とみなされた。
 実際に「ハーバー・ボッシュ法」による人工アンモニア由来の食糧がなければ、世界人口の五〇億人は生存できないという試算もあるほど、現在も全世界の食糧生産に影響を及ぼす化学工業の中心的技術である。
 さて、そのアンモニアは、窒素を栄養源とする植物の化学肥料にもなるが、「硝酸」に化学変化させれば、火薬の原料にすることもできる。  第一次大戦が勃発すると、イギリス海軍は海上を封鎖して、ドイツが火薬の原料となる「硝石」を輸入できなくした。しかし、「ハーバー・ボッシュ法」による火薬の大量生産に成功したドイツは、第一次世界大戦で使用する爆薬の原料すべてを国内で調達することができた。その方法をもたらしたハーバーは、ドイツ科学界の「英雄」だった(k.470)

(妻が抗議の自殺をしても)ハーバーは、毒ガス研究を止めなかった。その後も彼は、イーペルで使われた塩素ガスを強化した「イペリット・ガス」、さらに毒性の強い「ツィクロン・ガス」を開発し続けた(k.490)

献身的にドイツに尽くしたハーバーに対して、一九三三年、ナチス・ドイツは、公職追放を宣言した。その理由は、彼は改宗したが、両親と祖父母がユダヤ教徒だからだった。
 ナチス・ドイツの科学諮問委員会では、当時のドイツ科学界を代表する物理学者マックス・プランクが「ハーバーのような優秀な科学者がいなくなったら、ドイツの物理学と化学は大変な損失を被ります」と擁護した。  これを聞いたヒトラーは激怒し、「それならば我々は、今後百年間、物理学も化学もなしでやっていけばいい」と言い放った。この事件以降、多くの優秀なユダヤ人科学者が、堰を切ったように連合国側に亡命するようになった(k.)

(ノイマンが第二次世界大戦後、ソ連に対する先制核攻撃を主張したのは)「英雄」ハーバーの思想から影響を受けた可能性は十分考えられるのではないだろうか。そもそも彼がベルリン大学応用化学科に進んだのも、父の勧めに加えて、ハーバーに憧れた一面があったからかもしれない(k.517)

(治安の悪化したベルリンでの学生生活を心配した父によってノイマンはスイスの大学に編入するが)スイス連邦工科大学といえば、アインシュタインが一八九五年に受験して不合格となった難関校である。アインシュタインは、予備校に通って翌年に合格したものの、この失敗が尾を引いて大学に研究者としては残れず、スイス特許局に勤めることになった(k.532)

ゲームについては、一九二一年、ソルボンヌ大学の数学者エミール・ボレルが最初に数学的応用に触れた論文を発表している。それに敬意を表したのか、ノイマンは「ゲーム理論」をフランス語で発表、次作の「戦略的ゲーム理論」を通常のドイツ語に戻して書いている。  ボレルの論文は、「ポーカー」で勝つための確率や「ブラフ」の利益率を検討し、数学的なゲーム理論が政治学や経済学にも応用できると述べている。そこからボレルを「ゲーム理論の創始者」とみなす意見も一部にあるが、それには無理があるというのが、数学史学界の大方の見解である(k.710)

ノイマンが、ナチスに対しては「尽きることがないほど強い憎悪」を抱いていた。ここで重要なのは、その「憎悪」以上に彼に「幻滅」を抱かせたのが、自由主義陣営の「宥和政策」だった(k.1306)

水滴は、表面張力で形状を維持しているが、そこに力を加えると分離する。原子核も電荷が抵抗力になっているが、そこに中性子が衝突すると、水滴と同じように、原子核が二つに分離するのではないか。そのイメージは、細胞が増殖する際の「細胞分裂(cell fission)」に似ている。彼らは、これを「核分裂(nuclear fission)」と名付けた(k.1416)

「マンハッタン計画」は、テネシー州オークリッジの精製工場で原材料となるウランやプルトニウムを生成する「プロジェクトX」と、ロスアラモス研究所で原子爆弾を設計し製造する「プロジェクトY」の主軸二本で進められていた。「X」と「Y」は、機密保持のために付けられた暗号名(k.1755)

ベルリン大学に入学した当時のノイマンは、「戦争を早期終結させるためには、非人道的兵器も許される」という「化学兵器の父」フリッツ・ハーバーの思想から影響を受けた可能性がある。
 ロスアラモスでは、「非人道的兵器」を開発する「罪悪感」に 苛まれていた若い物理学者リチャード・ファインマンに対して、「我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない」と断言して、彼を苦悩から解き放っ
た(k.1820)

ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道主義」、そして、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」(k.1826)

日本が真珠湾攻撃成功で沸いていた頃、ノイマンは、未来のコンピュータやロボット、そしてブラックホールに関連する基礎研究を進めていた(k.1690)

七月一六日の「核実験成功」のニュースは、外国通信社が配信している。日本の大本営も情報を得ていたし、物理学者の湯川秀樹は広島が投下目標であることまで知っていて、友人に広島を離れるように伝えたという証言も(k.1914)一発だけでは、それしかないと日本が判断して抗戦を続けるから、二発にしたというのが定説(k.1918)もし日本が降伏しなければ、八月一九日に「東京ジョー」と名付けられたプルトニウム型原子爆弾を東京に投下する予定があった。それでも日本が抗戦を続けたら、札幌から佐世保まで、全国一二の都市へ順番に原爆を投下する計画もあった。大本営の「抗戦命令」が、どれほど時代錯誤で非科学的な妄想だったか(k.1928)ナチス・ドイツはユダヤ人を「大量虐殺」したが、当時の日本の戦争犯罪者は、日本人を「大量虐殺」した(k.1938)

 一九四四年の夏から秋にかけては、原爆設計の最終段階に差し掛かり、ノイマンは、爆縮設計の責任者として超多忙だった。彼の自由時間は、プリンストンとロスアラモスを往復する列車の中だけだったが、そこで彼は、コンピュータの「論理構造」を考え続け、手書きのメモを何枚も書いた。
 そのメモを受け取ったゴールドスタインは、一〇一ページのタイプ原稿にまとめた。そこに描かれているのは、ハードウエアとソフトウエアの分離した、かつて人類史上に存在したことのない、まったく新たな機械の定式化だった。
 その後、この定式化が「バイブル」となって、世界中に「ノイマン型」コンピュータが誕生することになったわけである(k.2088)

同じハード(機械) を使いながら、ソフト(プログラム) を変換すれば、多目的に対応することができる。その「プログラム内蔵方式」の概念を史上最初に明確に定式化したのが、ノイマン(k.2165)

ノイマンは、「純粋数学」の限界を見極めて、「応用数学」の重要性に目を向けるべきだと主張しているわけである。「経験的な起源から遠く離れて『抽象的』な近親交配が長く続けば続くほど、数学という学問分野は堕落する危険性がある」というのが、ノイマンが未来の「数学」に強く抱いていた危機感(k.2330)

ラッセルによれば、終戦後に設立された「国際連合」のような緩い機関では、とても将来の世界平和を保障できない。彼は、連合国が民主的な「世界政府」を樹立し、そこにソ連の加盟を要求するべきだと提案した。  共産党による一党独裁政権の頂点に立ち、恐怖政治でソ連を支配するヨシフ・スターリンが、そんな要求に応じるはずがない。そこで、その拒絶を「開戦の理由」にして「正当な戦争」に踏み込めばよいというのが、ラッセルの主張だった(k.2474)

(ソ連への先制核攻撃のために)アメリカは、第二次大戦終結直後から原爆の大量生産を開始し、一九五〇年を迎えた時点で、ようやく二九二発を保有することができた。これでソ連に圧倒的優位に立てたと思った瞬間、フックス事件が起こった(k.2549)

人類史上稀に見る天才ノイマンは、数学における「集合論」と物理学における「量子論」の進展に大きく貢献し、過去に存在しなかった「コンピュータ」と「ゲーム理論」と「天気予報」を生み出した。彼の生み出した「プログラム内蔵方式」の「ノイマン型アーキテクチャー」がなければ、現代のあらゆるコンピュータ製品はもちろん、スマートフォンも存在しない
(k.2707)

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July 17, 2021

"Head、Hand、Heart" David Goodhart

Headhandheart

"Head、Hand、Heart:The Struggle for Dignity and Status in the 21st Century" David Goodhart

 ジムの有酸素運動でエアロバイクをこぎながら、英語のサビ落としを目的にAudibleで聞いている本の9冊目。

 やたら出てくるのがCognitiveという単語。敷衍していえば認知力と経験的知識に基づいた学習能力みたいな感じでしょうか。

 社会的流動性を可能にする教育の役割の重要性と、実際には格差固定・拡大につながっている問題はサンデルの"The Tyranny of Merit"、"The Vanishing Middle Class"Peter Temin、"How Democracies Die" Steven Levitsky, Daniel Ziblatt、"Our Kids"Robert Putnamと米国の事例を中心に読んで(聴いて)きました。この本も学習能力による達成(Cognitive achievement)が実力主義として蔓延し、技術的(手)と社会的スキル(心)の価値を切り下げ、そうした仕事をする人々を疎外している例をイギリス社会で検証する、みたいな内容。

 例えば1976年、シェフィールドには45,000人の鉄鋼労働者と4,000人の学生がいたのですが、トニーブレアが「教育、教育、教育」という"マントラ"を唱えてから20年後の2017年には、5,000人の鉄鋼労働者と60,000人の学生の街に変わりました。教育マントラによって、オックスブリッジを中心とした権威的な大学を排他的なエリートたちだけのものから、50%が学位を持てるるように変えたわけです。卒業生数の増加は学位に付随する経済的プレミアムを低下させるとともに、現在、求人の40%が学位を要求するようになったそうです。

 にしても「エデュケーション・マントラ」という言葉には苦笑しました。アメリカ人、イギリス人、そしてヨーロッパ人の夢は、大学に行って専門職に就くという狭すぎるものになっている、と。

 しかし、この過程の中で進んだのは賃金の停滞と、知識労働とみなされない仕事の士気をくじくような地位の下降でもあった、と。

 結果、オックスブリッジ以外の英国の大学は、低い役に立たない学位を与えるだけで、学生は債務に苦み、雇用主からはベンチマークとして活用されるぐらいになってしまった、と。こうした改革以前、学位は並外れた認知能力や文化的特権を意味していましたが、それが標準的にとれる資格となると、かつての機能を失うばかりではなく、職業訓練への投資も減らされていきます。

 バスと長距離バスの運転手の時給は、1975年以来22%上昇したが、広告および広報マネージャーの時給は111%上昇したという例を示した後の、グッドハートの「マネージャーの仕事は、バスの運転手や介護福祉士よりも役立つと本当に主張できますか?」という問いは、Bullshit Jobと通底しています。尊厳のある高齢者の飲食を助け、入浴させ、認知症の人とコミュニケーションを賢明な優しさで行うには、上質なスキルが必要なのに、と。ちなみに、こうした介護職や看護師などはピンク・カラー・ワーカーという言葉で呼ばれるようになっているみたいです(寡聞にして知りませんでした)。

 こうした全体的な傾向は自己陶酔的なリベラルな政策立案者によって形づくられたわけですが、大学に行かない人々への心理的影響または経済地理学への影響についてはほとんど考えられなかった、と。グッドハートは前の本でも大都市の大卒リートがリベラルな世界観を押しつけたことが、ブレグジットの反発を引き起こしたと主張しているようですが、こうした考え方はサンデル、パットナムなどと似ています。

 一方、大陸のヨーロッパでは「実用的な職業知能」と「基本的な仕事」をしている人々への敬意を維持できていて、それは教育制度によるものだ、としています。しかし、こうしたシステムの再調整には時間がかかりそうです。資格と官僚主義への依存の過剰がいかに不必要な労働につながったか、という見方も可能かな、と。

 終わり間際の「コンピュータのハード、ソフト開発に携わる就業人口の割合は現在でも4%」というのは聞き違いかな?

 著者はプロスペクト誌の創設者で、現在は中道左派のシンクタンクにつとめているみたいです。

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July 16, 2021

『南北朝武将列伝 北朝編』

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『南北朝武将列伝 北朝編』亀田俊和、杉山一弥(編)、戎光祥出版

 亀田俊和先生の「はしがき」、杉山一弥先生の「あとがき」を読んで、急ぐ読書計画もなかったので、足利基氏からゆっくりと読み進めたんですが、思ったより時間がかかってしまいました。

 東国から西国へと下っていくんですが、全体を読み終えると、東国は薩埵山体制の崩壊、近畿は管領、四職の体制構築、中国・九州は南朝の征西大将軍・懐良親王をめぐる混乱をそれぞれベースにしています。

 ということで、必然的に同時代の武将たちの話しとなるので、内容は重複しています。例えば、東国なら観応の擾乱からの高一族の滅亡→直義の没落→ 薩埵山体制とその崩壊→上杉氏復活の流れの中で、それぞれの武将がどう振る舞ったか、みたいな。

 ぼくの知識が不足しているからなのでしょうが、それぞれの先生方が担当する武将の戦いの規模、ロジスティクスについて、どのぐらい肌感覚があって書いているのかがいまひとつわからなかった感じがしたのが、少し残念。

 ぼくが中世史の素人からなんでしょうが、「家の存亡をかけて何故あんなに簡単に叛旗を翻すことができるのか?」という疑問がどうしても出てきてしまいます。《南朝・幕府いずれに与しても一方からは攻撃を受ける以上、より優勢な側や好条件を提示した側に所属しようとするのは当然の判断》(『南北朝武将列伝 南朝編』p.295)ということは分かってはいるのですが。

 それとも、織豊時代から徳川の世に慣れてしまっていて、山城にこもれば独立を貫くことができるというリアリティをぼくらが失っているからなのか、と考えてしまいました。

♪暴虐の雲 光をおおい
敵の嵐は 荒れ狂う
怯まずすすめ われらが友よ
敵の鉄鎖を 打ち砕け
起て同胞よ 行けたたかいに
聖なる血に まみれよ
砦の上に われらが世界
築き固めよ 勇ましく♪

という『ワルシャワ労働歌』の「砦の上に築いたわれらが世界」を戦国の国衆は持っていたのかも、とか。

 足利尊氏がやはり一番面白かったというか、素人なので知らなかったことばかり。
《充行の袖版下文は陸奥将軍府の北畠顕家も同時期に大量に発給している。後醍醐に信頼されている自分なら、事後承諾してもらえると尊氏は考えていたのではないだろうか》
「この世は夢のごとくに候」で始まる願文を清水寺に奉納したのは光厳の院政が開始されて二日後。しかも、光厳の弟である光明天皇の皇太子は成良親王(後醍醐皇子)で、後醍醐上皇も可能だった。
後醍醐が吉野に逃れた後、形式的にせよ尊氏は幕府の発足を見送っている。
高師直は尊氏、直義の共通の執事。
南朝も尊氏と直義が政務を分担したように、南朝も後醍醐と雑訴決断所が分担する体制となった。
高師直は吉野を破壊したが、後村上天皇には賀名生への退去の猶予を与えている。
義詮は伯父直義を異常に嫌悪。
武蔵野合戦で尊氏は征夷大将軍らしい戦いぶりで関東の武士たちを信服させた。
新千載和歌集は尊氏という武士執奏による史上初の勅撰和歌集。
尊氏は合戦に天才的に強く、武家政権700年の歴史の中でも最も将軍らしい将軍。
萬広寺に伝来している尊氏のものと伝えられている歯は「う触」が激しく、精神的にも肉体的にも休まる時がなかったことをものがっている。

 赤松円心、則祐のあたりまで読み進めた頃、室町幕府が義満のあとにすぐ混乱に陥ったのは、南朝、北朝がそれぞれ指名した守護が乱立したからなんだろうな、と中世史の素人としては、当たり前の事実に思いいたりました。にしても、円心、則祐とも結果オーライの出たとこ勝負でのし上がっていったんだな、と。考えてみれば細川もそうというか、三管領家は家格がかならずしも高くないというのがよくわかりました。

 後半では大内義弘が面白かった。応仁の乱でも最初は畠山義就が、後半は大内政弘がひとり混乱させる原因をつくりつづける印象なのですが、義弘も百済の末裔とか言って朝鮮王朝の後ろ盾を求めようとしたり、多くのドメスティックな守護とは違う視点を持ってた感じがしました(p.391)。

 島津氏でようやく読了。島津は鎌倉時代から全く幕府なんか怖くなかったんだろうな、と。やられたと思ったのは秀吉だけ?

 個人的には月組公演『桜嵐記』とともに読んできた印象。贔屓の子が新人公演で尊氏か高師直、高師泰あたりをやるとなったら、勉強のために送らざるをえなかったけど、幸い、南朝派の武将だったので助かったw宝塚関連では星組公演『婆娑羅の玄孫』をご覧になって、佐々木(京極)道誉にご興味を感じた方は、『南北朝武将列伝 北朝編』をぜひ!と思います。『桜嵐記』で出てくる楠木正儀とのエピソードなんかも載ってます!

Sasaki-doyo-episode

[目次]

第一部 東国武将編

足利基氏 東国の安定に尽くした初代鎌倉公方(杉山一弥)
高師冬  常陸攻略で活躍した関東執事(杉山一弥)
畠山国清 伊豆に散った薩埵山体制の功労者(杉山一弥)
上杉憲顕 上杉一族繁栄の礎を築いた重鎮(駒見敬祐)
岩松直国 尊氏と直義の間で揺れ動く新田一族(駒見敬祐)
河越直重 平一揆を束ねる武蔵武士の名門(駒見敬祐)
足利氏満 鎌倉府の勢力拡大に成功した二代公方(石橋一展)
宇都宮氏綱 初期の鎌倉府を支えた「薩埵山体制」の柱石(石橋一展)
小山義政 鎌倉府と対峙し続けた不屈の闘将(石橋一展)
吉良貞義・満義・貞家 尊氏に蹶起を促した一門の長老(谷口雄太)
小笠原貞宗・政長・長基 内乱に翻弄された信濃守護家(花岡康隆)
桃井直常 一貫して忠誠を尽くした熱烈な直義党(亀田俊和)
土岐頼遠 猛将のたった一度の過ち(木下聡)
土岐頼康 美濃・尾張・伊勢を押さえる東海の雄(木下聡)

第二部 西国武将

足利尊氏 室町幕府を樹立した南北朝時代の覇者(亀田俊和)
足利直義 兄との対決に惑う幕府軍総司令官(田中誠)
足利直冬 必然ではなかった父尊氏との対決(花田卓司)
足利義詮 幕府を軌道に乗せた二代将軍(花田卓司)
高師直  権勢無双を極めた初代幕府執事(山田敏恭)
高師泰  兄師直に劣らぬ軍事的才覚(山田敏恭)
石橋和義 栄光と挫折を一身に味わった一門の名門(谷口雄太)
斯波高経・義将 室町幕府重職・三管領家筆頭への道(谷口雄太)
六角氏頼 近江守護の礎を築いた佐々木氏惣領(新谷和之)
京極導誉 尊氏・義詮の信任厚い〝バサラ大名〟(新谷和之)
仁木頼章 尊氏を補佐し責務を全うした執事(亀田俊和)
仁木義長 〝勇士〟と称えられた歴戦の猛将(亀田俊和)
細川和氏・頼春 管領・守護家につながる細川氏嫡流(川口成人)
細川顕氏・直俊・定禅・皇海 細川氏の繁栄を象徴する四兄弟(川口成人)
細川清氏 初期幕府屈指の叩き上げの武闘派(亀田俊和)
細川頼之 義満を支え細川氏繁栄の礎を築いた管領(川口成人)
赤松円心・則祐 室町幕府樹立最大の功労者(花田卓司)
山名時氏・師義 大勢力を築いた中国地方の重鎮(伊藤大貴)
武田信武 尊氏に忠義を尽くした武田家中興の祖(花田卓司)
大内義弘 幕府体制の安定化に貢献した西国の雄(松井直人)
一色範氏・直氏 九州統治を担った鎮西管領(小澤尚平)
少弐頼尚・冬資 征西府と対峙する九州北部幕府方の中心(小澤尚平)
今川了俊 強硬姿勢で九州制圧を進めた鎮西探題(新名一仁)
畠山直顕 国大将と守護をつとめた日向攻略の責任者(新名一仁)
島津貞久・氏久 三ヶ国守護を保持する南九州の重鎮(新名一仁)

 

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June 25, 2021

"The Tyranny of Merit: What's Become of the Common Good?" Michael J. Sandel

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 ジムの有酸素運動でエアロバイクをこぎながらAudibleで聞いている本の8冊目。いろんな書評が日本語でも英語でも読めるので、サマリーも含めて、必要な方はそちらをご覧になってください。

 かなり前に聴き終わっているので、今回は個人的に面白かったところをだけを書いてみます。

 まず、この本はキリスト教にルーツを持つ文化への皮肉に満ちていると感じました。また、クリントンからオバマにいたる民主党政権が実力主義というか功績主義を助長したというのも皮肉でしょうか。

 トランプもサンダースもオバマやヒラリーと違ってopportunityという言葉はあまり使わず、勝者と敗者の固定化の弊害に言及することが多かったことを強調し、オバマやヒラリーを実力・功績主義の権化みたいにこき下ろし、オバマの"You can make it if you try"のようなフレーズを批判しているのは素晴らしいかな、と。

 第2章では人間の無力さを認めるはずのキリスト教神学の予定説が逆に実力によって勝ちとった功績主義を助長した、みたいなことが書いてあって、個人的には一番面白かったところです。予定説によると、成功者は道徳的によりふさわしい(deserving)ために勝利したのであり、社会的競争で敗けた者は道徳的に劣とっているからだな、みたいな自己責任論をかえって助長した、みたいな。

 実力によって勝ちとった功績(Merit)を「単なる代償」と定義すれば、実力・功績主義(meritocracy)は「実力によって勝ちとったものだけに基づく個人の評価のシステム」であり、かえって不平等を正当化し、階級の固定化が進展する、と。しかも、重要なことは、こうした「権力、道徳、権威、社会への信頼」についての疑問は別にテクノクラートに解決してもらわなければならないような問題ではなく、トランプ政権を誕生させた白人労働者のような民主主義に参加する普通の人々によって解決できる可能性もある、と(もちろんサンデルはトランプに批判的ですが)。

 キリスト教にルーツを持つ社会ならば、マタイ伝では二つの矛盾する譬え話があることが常識となっているハズです。20章のぶどう園の喩えでは、長く働いた者も短く働いた者も同じ給金を受け取る再分配システムが理想的に描かれていますが、25章のタラントンの喩えでは「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる」と新自由主義的な裁きが下ります。

 サンデルととしては、どんな仕事をしていても、敗者の感覚だけが残るようなことは避けるべきで、具体的には教育しか手がないのだったら、大学入学にくじなど運の要素を導入して社会的および経済的流動性を上げたらと提案しています。

 それよりも、米国の下院議員の95%と上院議員の100%が大学を卒業しているが、アメリカの成人の2/3は大学の学位を持っていないという数字や、中年の死亡率は全体として変化していないが、実は大卒者の死亡率は40%減少したのに対し、大学の学位を持たない人の死亡率は25%上昇している、なんていう数字は説得力あるな、と。

 貧困は才能がないために社会に貢献していないという考えを批判しているところは、Bullshit Jobのブルーカラーの仕事の方がはるかに社会に貢献しているという指摘の裏返しなのかな。サンデルは仕事には誇りが必要だけど、グレーバーは仕事自体、どうでもいいものになってきている、みたいな違いはあるかな、と(つか企業会計が不死の法人への貢献を重視しすぎているのが根源にあるのかな、と愚考しながら聴いてました)。

 でも、今やひとつのスキルで生涯かせげるような仕事はほとんどなくなり、人々は常に再訓練して適応しなければなりません。くじで大学入学をかちとった人は、こうした努力し続ける才能がなければ、長い人生に振り切られてしまうでしょうし、そうしたことは、再度、実力・功績主義を助長するかもしませんし、たとえ平等な機会が与えられても、それを行うことができない人々は現状でも数多いですからね。

 

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June 05, 2021

『緋色のヴェネチア』塩野七生

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 雪組公演『ヴェネチアの紋章』の原作だったので、読んでみました。

 ブローデル『地中海』を読まないと…まではいわないまでも、割と複雑な時代背景があるので、そこら辺どうだったんだろ…と思いましたが、脚本と演出が素晴らしく、皆さんスッキリ理解なさったみたいで良かったです。で、さらに理解を深めために、ご参考になれば…と感じたのが塩野七生さんの当時の時代のまとめとエピローグ。

 ヴェネチアなどイタリアの都市国家はトルコ、スペイン、フランス、オーストリアに囲まれていたんですが、27歳という若き神聖ローマ皇帝兼スペイン王カール5世の軍が「ローマ略奪」を行った1527年当時の君主は、オスマントルコがスレイマン(33歳)、フランスがフランソワ1世(33歳)、オーストリアのフェルディナント1世 (後に神聖ローマ皇帝)が23歳と皆若く、比較的聡明でした。

 長命が予想される若き専制君主に囲まれ、しかも、時代は封建制から官僚を使った絶対王権に向かって行く中、交易を中心とする都市国家として生きながらえていくことはヴェネチアにとって大変なこと。ヴェネチアは元首アンドレア・グリッティの元、協調外交を繰り広げるわけですが、絶対絶命となるスペインとオーストリアからの挟撃を避けるために、息子(庶子)でイスタンブールで商人として成功していたアルヴィーゼ・グリッティはウィーン包囲で圧力をかけるスレイマンからハンガリー大公に任命され、オーストリアを牽制して挟撃を防ぐ、というのが話しの骨格。

 ベネチアの法律では、庶子であるアルヴィーゼ・グリッティは政治に参加する権利を持てなかったので、イスタンブールに渡り、商業に従事していましたが、皮肉にもそこで政治的キャリアを持つ機会を得たわけです。史実では、オスマン帝国のスルタンとヨーロッパ諸国の間の仲介などを行うのですが、その時代の最も重要な政治問題のひとつと考えられていたのが「ハンガリー問題」。そこで彼はオスマントルコの力によって王となっていたヤーノシュ1世を補佐するハンガリー大公となり、さらには王位まで狙った、と。

 こうしたステータスはトルコから得たもので、実際、彼は「名誉なこと」と考えていたようで、彼は「知識に富んだ創意工夫」でさらに高い評価を得ていきます。

 もちろん、そこには恋愛や友情がからむのですが、それは読んでのお楽しみ。

 それにしても、アルヴィーゼ・グリッティは魅力的な人物です。インターネットで調べたぐらいですが、彼はベイオール(Beyoglu、貴族の息子)として知られて背が高く、美しい黒髪の持ち主だったようです。主演の彩風咲奈さんも、この線に沿ってビジュアルを整えています。

 『緋色のヴェネチア』が書かれたのは1988年、その前の1981-2年に出された『海の都の物語 ヴェネチア共和国の一千年』では、アルヴィーゼ・グリッティはイスラム教に改宗してると書いてますね(中公文庫の下巻、p.327-)。

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 同じ宝塚で宙組は昨年、『壮麗帝』でスレイマン大帝を描きました。『壮麗帝』はスレイマンと寵妃ヒュッレムを描いた作品でしたが、このヒュッレムは『ヴェネチアの紋章』ではロクサーヌとして出てきます。ロクサーヌは「ルーシ(ロシア)の女」の意で、元はといえば、ロシア人奴隷でしたから。王妃となったロクサーヌは名宰相と言われたイブラヒムと対立し、自分の息子であるセリムにスルタンを継がせることにも成功します。付け加えるならセリムは政治や軍事に関心を持たず官僚たちにまかせ、飲酒に耽って、最後は酔っ払って頭を打って死ぬんですが、その前に1570年にはヴェネチア共和国が支配していたキプロスを遠征で奪います。これにピウス5世が衝撃を受けてスペインとヴェネチアはレパントの海戦でトルコ艦隊を撃破し、「普遍のヨーロッパ」の時代がやってくるのですが、このセリム、大酒飲みで最期は酔っ払って頭を打って死んだとか。色々あるな、とw

 Alvise Grittiに関しては、以下のイタリア人名辞典が詳しかったです。

https://www.treccani.it/enciclopedia/alvise-gritti_(Dizionario-Biografico)/

 なお、『緋色のヴェネチア』は『小説 イタリア・ルネサンス1〈ヴェネツィア〉』と改題されて新潮文庫から出ています(ぼくは古本の朝日文庫で読みました)。

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May 27, 2021

『連星からみた宇宙』

Rensei

『連星からみた宇宙 超新星からブラックホール、重力波まで』鳴沢真也、ブルーバックス

 《夜空に輝く星の半分は「連星」であるという事実は、不思議とあまり知られていない-中略-じつは北極星も、3つの星が回りあっている「3重連星」だ》という紹介文にそそられて読みましたが、昔のブルーバックスとは桁違いの分かりやすい文章と、それを視覚的に助けてくれるイラストで新しい宇宙論をワクワクしながら読み進めることがでました。

 最初に驚いたのが恒星はだいたい連星で、われわれの太陽の兄弟星みたいな星もあることが報告されている、ということ。太陽から110光年にある七等星「HD 162826」は年齢、質量、半径、表面温度、化学組成がほとんど同じだそうです。太陽系に一番近いのは約4光年先にあるケンタウルス座アルファ星ですが《この星は3重連星ですので、もしも太陽とも重力的に結びついているならば、4重連星》ということも考えられる、と。

 しかし、多重連星はあるにしても《多重連星はかならず「2つの星だけが近くにある」ということです。別の言い方をすると「3つ以上の星が接近していることはない」ということ》《3つの星がもし近づくと、お互いの間で働く重力が複雑になって、公転軌道が安定しません。そのために、3つの星のうちの1つがやがて遠くに弾き飛ばされたり、他の星と衝突したりしてしまいます。3つの星が重力的に安定して回りあうには、2つの星が連星として近くを回りあい、もう1つは連星から遠く離れたところを回るという形にならざるをえない》というあたりも面白い。

 連星のつくられ方は4つが考えられるとのこと
①主星から伴星が飛び出してできた(親子説)
②1つの星が分裂してできた(分裂説)
③別の場所で生まれた伴星を主星がつかまえた(捕獲説、他人説)
④同じ場所で同時に生まれた星が連星になった(双子説)

Rensei-irast

 恒星は《分子雲コアの中で、2つ(以上)の星が「双子」のように同時に生まれ、それがそのまま連星になったと推測できるのです。「はじめに」で書いた「連星でなければ、星ではない」の表現は、星の誕生の時点では誇張ではなさそう》です。

 中には《非常におかしな連星が「赤い新星」を生むことがあるという話をしました。これは、じつは共通外層天体でのことでした。この天体の場合、中に取り込まれた小さなB星が共通外層の中を公転するうち、ガスとの摩擦で公転のエネルギーを失い、らせんを描きながら中心部の大きなA星のコアに向かって落下》したような連星in連星もある、と。なんというセンス・オブ・ワンダー!

 また、恒星の多くが連星であるということは、新星にも深く関係するのですが、新星にも様々な種類があることもよく理解できました。《「肉眼新星」は、平均的には数年で1つくらいは出現します。過去 80 年ほどの間でもっとも明るくなった新星は、じつは1975年に日本の高校生が肉眼で発見したもの》だそうです。

 また、白色矮星の激しい爆発の結果生じるIa型超新星は白色矮星の質量が均一であるため、ピークの明るさが一定しているし、非常に明るく光るので遠い銀河でも観測できるため、「標準光源」となる、と。この非常に明るく、超遠方の銀河で発生しても地球で観測できるものが「Ia型超新星」で、これによって、遠方の銀河の後退速度を測ることができ、宇宙が膨張速度も分かった、と。これによって、現在のダークエネルギー研究が発達していった、ということで、宇宙論自体も連星研究から発達していった様子が、素人でも僅かながら理解することができました。

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May 14, 2021

『戦国佐竹氏研究の最前線』

Satake

『戦国佐竹氏研究の最前線』日本史史料研究会(監)、佐々木倫朗(編)、千葉 篤志(編)、山川出版社

 ファミリーロマンスでは相馬氏と関係あるとかないとか言われてきたなので、佐竹氏には多少関心があったのですが、地味ながら非常に面白く読ませていただきました。

 家康に秋田への国替えを命ぜられて以降、明治維新までその地を治めていたわけですが、印象としては地味な存在。しかし、平安時代後期から始まり、約470年居住した常陸国では北条氏と対抗し、上杉謙信と連携して北関東の武士団をまとめ、織田信長や豊臣秀吉ともいち早く連携をとり、小牧長手の戦いの秀吉と連動して北条氏と対抗していたとは驚愕しました。佐竹氏は一時、全国400近い諸大名のなかで第8位の54万5765石を領するまでに発展したのですが(与力大名含む)、関東の支配を巡って北条氏に果敢に対抗しただけでなく、南奥を巡って伊達氏と争うなど活発に活動。バイプレイヤーとして要所要所で正しい判断を下していく姿は大したものだと思いした。

 指摘しておきたいのはアンソロジーとは思えないほどの統一感。最初に最も重要な転換期となる義重・義宣親子から入り、中世の歴史を辿って、北条氏に押されていたけど、棚ぼた的に秀吉期に北関東の雄となったものの関ヶ原を期に秋田に移封されたという流れが、北条氏、上杉謙信、武田信玄という戦国のメインプレイヤーたちとの関係も含めて飽きずに読ませ、織豊期による日本統一にうまく乗った地方の大名というのはこういう姿だったのかと理解させてくれます。しかし、ほとんどいい目しか出なかった判断も、豊臣と名護屋での在陣で世話になった石田三成との関係もあって、東軍として出陣できず、出羽国久保田へ国替えとなり54万石から、久保田藩(秋田藩)へと20万石に減転封となったのも物語を感じさせてくれます。最後に描かれているのが真言宗の大寺院の最高権力者となるも、家康の不興を買って追われる佐竹出身の高僧の運命というも中世から近代の流れとマッチしている感じ。

 とにかく、この本、東国らしい大名として佐竹氏を発展させた佐竹義重と、近世への転換を迫られて新たな佐竹氏を生みだそうとした、その子義宣という出だしから、いきなり面白い。太閤検地によって理論上は同じ石高なら改易が可能となったが、それは大名に服属する国衆でも同じことで、佐竹氏に完全服従しなかった国衆はこの過程で滅ぼされる、というあたりは「こうしたことが全国各地で起こったんだろうな」と感じさせてくれます。

 佐竹氏は政治的な一族だな、と思うのですが、それは富士川の戦いのあと、源氏の統領の座を巡り、義光流の佐竹を義家流の頼朝に討たれ、一時は奥州に逃れるものの、奥州藤原氏を討つために出陣した頼朝の傘下に加わって御家人として鎌倉時代を生き抜くあたり(p.47-)。この後も、北朝方の尊氏に呼応したりして勢力を拡大していきます。
 
 複雑な一族内の争いや、北条氏に対抗するための謙信との連携など中盤も面白かったのですが、織豊時代はさらに全国統一の流れともあいまって、ダイナミックな展開が待っています。佐竹氏は現存する信長の天下布武朱印状三通のうち1通を持ち、恭順の姿勢を賞されて常陸介に叙任されたというのは知りませんでした。秀吉の北条攻めにも参陣し、常陸・下野国を安堵してもらい、同盟関係の洞(うつろ)でも完全に従わなかった大掾氏と江戸氏を滅ぼして豊臣政権に参加とか、運が味方した部分もあったにせよ、北関東の田舎大名とは思えない正確な判断力が素晴らしい。

 そして、朝鮮出兵のために名護屋でも在陣するのですが。狭い空間で佐竹一族、家臣、国衆らが同陣することで、近世的な家臣団形成の始まりとなったというあたりもうなりました。これは、誰かが書いていたことですが、明治以降の「日本人意識」も軍隊生活から生み出されたというのとパラレルなのかな、と。

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『ほんものの魔法使』ポール・ギャリコ

Magic-arther Magic-arther-2

『ほんものの魔法使』ポール・ギャリコ、矢川澄子(訳)、創元推理文庫

 小説を読むのは久々ですが、楽しく読了できました。

 なんで読んだかというと、雪組公演『ほんものの魔法使』の原作だから。単に原作だからということでは読んでいなかったかもしれませんが、ちくま文庫は品切で、仕方ないから"THE MAN WHO WAS MAGIC by Paul Gallico"の英語版でざっと読もうかと思ったらGoogle BookにもKindleにもない…「なんでだろ?ポール・ギャリコは映画の原作が多いからどっかで押さえられているのかな?」と飢餓感が生まれたからかな、と自己分析。とにかく絶版になっていたのを創元推理文庫で復刊してくれたは嬉しかったです。しかも、帯には主演のあーさ(朝美絢)のひとり写り!創元社は商売がわかってます。

 この小説、ものいう犬モプシーとはるばる山のむこうから旅してきた魔法使アダムが手品師の総本山ともいうべき都市「マジェイア」にやってきて…というファンタジー。旧約のアロンのつえ(Aaron's rod)がヘビに変身する話しや、五つのパンと二匹の魚を増やし人々に食べさせる新約のイエスによる奇跡のアナロジーなどをつかって、魔法と手品(科学的な知見を利用した合理的な技)の違い、合理性ばかりを追求して自然の奇跡を忘れた人々への警告などを描いています。原書は読んでいないのですが、英語では同じMagicという言葉で魔法と手品を表すことが物語の大きな伏線になっているんですかね。

 ともあれ、宝塚ファンとして。雪組のあーさとあがちんが台詞をしゃべってくれてるような感覚で読み進めることができました。一番、胸キュンとなったシーンはここ。

.....Quote.....
「アダム、やめてください」モプシーはにわかに真剣な口調になって、後脚で立ちあがると、前足を主人の膝にかけた
p.120
.....End of Quote.....

 あーさの膝に前足をかける犬に扮するあがちんモプシー…想像するだけでたまらん…脚本・演出の木村先生も、きっとこの場面を舞台上に再現してくれると確信しています。

 主人公アダムはあーさに合ってる!真面目なPUCKみたいなイメージ。

 あがちんの「喋る犬モプシー」も楽しみ。どんなつくりになるんでしょう?あがちんの演じるあーさにしか言葉がわからない皮肉屋の犬モプシー!『アリスの恋人』のたまきちがウサギの耳付けたみたいに、でかい図体に可愛いしっぽとか付けるんでしょうか?楽しみでしかありません。

 106期の華世京くんは凄く良い役のニニアン。完全に三番手の役です。研2なのに凄い抜擢。

 悪役のマルヴォーリオは桜路くんが似合いすぎ。マルヴォーリオと組むメフィスト星加梨杏くんも初めての黒い役?ゼルボの紗蘭令愛くんもこのグループ。

 原作は手品師が中心で女性はその助手という役回りだけなので、舞台化にあたっては、かなりオリジナルの役をつくっている感じですかね。

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