映画・テレビ

November 03, 2017

『サッドヒルを掘り返せ』

 東京国際映画祭の出品作品『サッドヒルを掘り返せ』は最高でした。

 『サッドヒルを掘り返せ』はセルジオ・レオーネの映画史に残る傑作『続・夕陽のガンマン』(The Good, the Bad and the Ugly「善玉、悪玉、卑劣漢」)の、あまりにも有名なラストの決闘シーンが撮られた墓場(サッドヒル)のセットが、スペインの荒野に荒廃するがままになっているのを、映画ファンたちが復元しようという試みを描いたドキュメント。

 サッドヒルは映画のセットなので、土に埋もれた墓場を掘り返しても何も出できません。しかし、何も出てこないところを掘り返して、埋もれてしまった円形の闘技場のような石畳を見たいという無から有を生むプロジェクトが映画的だな、と。

 『サッドヒルを掘り返せ』の監督、プロデューサーのトークセッションでも、最初はYoutubeにでもアップできればということでスタートしたプロジェクトが、どんどん大きくなって、『続・夕陽のガンマン』マニアのメタリカのジェイムズ(コンサートのオープニングはいつも『続・夕陽のガンマン』のサッドヒルの場面)や、イーストウッド本人まで登場する作品になったと語っていました。

 それも、これもサッドヒルを復元したいというコケの一念がSNSなどを通じてどんどん広がり、人手や資金が集まっていきます。
 
 しかもこのセットはフランコ政権最後の時代に、軍隊まで動員して作られたという裏話も広がっていきます。

 改めて驚いたのは『続・夕陽のガンマン』はフランコ政権時代に政府の協力を得て撮られた作品だということ。もう、その部分でも歴史になってる。レオーネ作品は反戦、反ナショナリズムに仕上がっているというのも壮大な皮肉。それも含めて歴史的な作品だな、と。

 質問もしちゃったんですが、監督のぼくの質問への答えは「フランコ政権のラスト・ディケイドに『続・夕陽のガンマン』は作られた。政権としては外国から映画を撮りにわざわざスペインに来るのは政治が上手くいってる証拠とPRしていたし、内容が反戦、反ナショナリズムでも外国の話ならOKだった」みたいな感じでした。

 それにしても、フランコ政権時にフレッド・ジンネマンが『日曜日には鼠を殺せ』を撮ったのは凄いと改めて感じるし、続・夕陽のガンマン50周年に集まった人々が白人ばかりというのには、ひょっとしてサッドヒルの背景にフランコ時代への郷愁とかあるのかな、なんてことも思ったけど、さすがに聞けなかったw

 映画がヨーロッパでは本当に偉大な文化として扱われているし、プロジェクトも聖地巡礼でサッドヒルの墓場のセットの跡地に訪れるファンが多かったというのも驚く。これからは聖地巡礼だけでなく、聖地再構築がコアな映画ファンのトレンドになるかも。プロジェクトメンバーたちの語る「芸術は聖なる体験」という言葉には深く頷く。

 無から有を生むのは宗教の始まりというか。

 東京国際映画祭では、何年か前に見た『少年トロツキー』が良かったけど、『サッドヒルを掘り返せ』はそれを上回る収穫でしたね。トロツキーもサッドヒルも、こうした機会がなければ見られなかったのでありがたいな、と。残念ながら、コンペ外の作品なので不可能なのですが、もしこうした作品に大賞とか献上すれば、映画祭の価値も上がると思う。そうれば、こうした作品がもっと多くの人の目に触れるようになると思います。

 それにしてもブレードランナーをリメイクした監督に、サッドヒルの半分でもオリジナルの映画へのリスペクトがあれば…と。

 なお、11/3(金)横浜ブルク13上映『サッドヒルを掘り返せ』(東京国際映画祭共催)ギジェルモ・デ・オリベイラ監督の登壇が決定したそうです。ぜひ!

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October 02, 2016

『ハドソン川の奇跡』

 土日に映画の日(毎月1日は1100円)というのは働く者にとってありがたい限りですが、それを活用させてもらい『ハドソン川の奇跡』を観てきました。

 にしても、クリント・イーストウッドはいつから大傑作しか作らなくなっているんでしょうか。

 まだご覧になってない方は、この機会にぜひ。大傑作です。

 悪夢でうなされて目が覚めるいい歳の男は『父たちの星条旗』でも描かれていたし、エンディングでの現実への引き戻しは『アメリカン・スナイパー』を思い出させてくれました。緊張感あふれる印象的な夜の街中でのランも多くの作品で描かれていますが、そうしたイーストウッドのモチーフで手堅く描かれるのは表面上はタフである主人公の内面の弱さ。それをイーストウッドは真正面から見据えます。

 では、イーストウッドの主人公たちは、そうした決して変えることのできない過去に溺れそうになるマインド・ワンダリング(mind wondering)からどうやって抜け出るのでしょうか。

 それは自分がこれまでやってきた仕事の積み重ねしかないんでしょうね。

 イーストウッドの主人公はいつも、過去にさいなまれます。しかし、過去は絶対に変えられないし、人は今を生きるしかない。

 『ハートブレイク・リッジ』のトム・ハイウェイ軍曹は朝鮮戦争とベトナム戦争の苦い思い出をグレナダ侵攻で晴らすことができ、元嫁のアギー(マーシャ・メイソン!)がジョン・フォードの西部劇のように真っ白な服で出迎えてくれます。

 しかし、『許されざる者』では親友を失い、『父親たちの星条旗』では司令官を失い、『アメリカン・スナイパー』では自身を失います。

 今回の作品では

「この仕事を42年間やってきて、何百万人もの人を何百万万マイルも運んできたんだ」'I've been doing this for 42 years. I've delivered millions of people over millions of miles of the world over'
「ずっとパイロットとしてやってきたし、それが人生そのものだった」'I've been a Pilot, It's a whole of my life'

 というセリフが何回も語られます。

 しかし、そうしたキャリアが208秒の出来事で失われるかもしれないという危機が訪れます。そして、そうした理不尽なチャレンジをどう乗り切るのか、というのがテーマ。

 小泉さんは「人生には上り坂、下り坂のほかに『まさか』がある」と語っていましたが、乗客全員を救った英雄的な行動が、保険会社などの思惑から疑問が呈せられ、それに立ち向かわなければならなくなります。

 再び、このセリフが出来ます。

「40年間も空を飛んできたが、それが208秒の出来事で裁かれようとしている」'I've got 40 years in the air, but in the end I'm going to be judged on 208 seconds,'

 家族も支えてくれますが、悪夢にうなされながらの尋問の日々を戦うのは彼と副操縦士、それに組合や会社や同僚。

 しかし、ずっとひとつの仕事に打ち込んできた人間は、その積んできたキャリアによって理不尽な試練を乗り越えることができるわけです。

 『ダークナイト』のハービー・デント役が印象的だった副操縦士のアーロン・エッカートがよかったかな。某カルト教団の元信者であった彼が、事故直後の取り調べでI never drunkというセリフを言うのはイーストウッドが狙ったのだろうか。

 今回は、飛行機の大きさや事故に関わったすべての人々をリアルに再現することが必要だったということで、救助にあたった人々などを実際に映画へ出していますが、本当にリアルだな、と感じたのは、こうした救助隊の人たちが、それまで「最高のピッチャーはエカーズリーだ」「ユニフォームがいいだけだろ」みたいな会話をしていたのが断ち切られ、現場へ急行する場面のカッコ良さでした。

 イーストウッドは絶対にファンタジーなど描かないし、透明感ある演出と音で実はもの凄い現実を描いていきます。

 そして観客には、観たいものを、たとえそれが不十分でも見せます。

 イーストウッドの飛行モノは『ファイヤーフォックス』から始まりますが、なんともお粗末な「特撮」だけど、北極海を超低空飛行で飛んだ場合にどんなことが起こるかを再現していました。『アメリカン・スナイパー』でも銃弾の軌跡を見せてくれます。

 今回の作品でも、着水シーンなどはさらにリアルになったかもしれませんが、予算が許す限りで再現してくれています。

 観客が観たいものを見せる。だから、物語は力強く進むし、後につまらない解釈など残さない。

 イーストウッドの透明感はそうした種類のものなのかな、と改めて感じました。

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September 17, 2016

『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

Trumbo

 『ローマの休日(Roman Holiday)』は剣闘士を戦わせる見世物を楽しんだことを表す言葉でもありますが、奴隷の叛乱を描く『スパルタカス』の脚本もダルトン・トランボが書きました。トランボは第二次大戦後の希望さえも、奴隷たちの犠牲の上で築かれたということを忘れなかった脚本家です。

 ぼくが初めて彼の名前を知ったのは『ジョニーは戦場へ行った』(Johnny Got His Gun)を「みゆき座」で見た1973年。『ジョニーは戦場へ行った』はこの年のキネマ旬報読者選出洋画ベストワン(ちなみに邦画は『仁義なき戦い』)でした。

 『ジョニーは戦場へ行った』は生真面目すぎて面白くなかったかな…。日本でいえば新日文的といいますか。ルイス・ブニュエルが監督候補だったという話しも聞いたことがあって(当時のキネ旬かな)、それなら少しは面白かったかもしれない、と思っていました。

 でも、パンフレットのトランボの言葉は忘れません。

 当時はまだベトナム戦争が戦われていました。うろ覚えですがトランボは「朝、あなたはテレビのニュースが『昨日のベトナムでのアメリカ軍人の戦死者は〇〇人、民間人の死者は〇〇人、ベトコンの戦死者は〇〇人』と伝えるのを聞く。しかし、あなたは『大変だ!大量殺人が行われている』と血相を変えて外に飛び出すでもなく、朝食を平らげて会社に行くだろう」という書きだしで戦争の悲惨さから目をそらすな、と訴えていました。

 というわけで、当時からダルトン・トランボがどういう人間で、赤狩りにあって大変な思いをしたというのは知っていましたが、下獄までしているとは知りませんでした。

 第2次大戦が終わると1947年にはもう赤狩りが始まり、ハリウッド・テンは議会で侮辱侮辱罪で有罪判決を受け、リベラル派の多かった最高裁に上訴したもの、リベラル派の判事が相次いで死去するという不運で1950年にはトランボも下獄という流れだったんですね。
 
 当時の渋谷は本当に名画座の宝庫で、子どもの頃から観まくっていまたんですが、1943年制作のハンフリ・ボガート主演の傑作『サハラ戦車隊』なんかもまだかかっていたのを覚えています。しかし、脚本のジョン・ハワード・ローソンは、赤狩り以降、まったく映画界からオフリミットにされてしまっています。

 『サハラ戦車隊』はカタルシスとはこれだ!と思った見事なラストを最初に教えてくれたプログラム・ピクチャーでした。

 このように、赤狩りは才能狩りでもあったわけですが、トランボはそれに抵抗します。

 トランボの「共産主義者のファイトと、資本家の狡猾さで戦うんだ」という言葉、素晴らしいと思います(どう戦い、相手をぐうの音も出ないようにするかは見てのお楽しみ)。

 ロバート・リッチ名義で執筆したダルトン・トランボはアカデミー脚本賞を受賞するんですが、笑ったのが『狂熱の孤独』でジャン=ポール・サルトルもノミネートされていたこと。赤狩りしているバカどもは、サルトルの本など読んだことなかったのでしょうw

 以下ネタバレあり。

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September 03, 2016

『君の名は。』と清浄度Iの場所

 TwitterのTL上で見たという人がどんどん増えている感じが『シン・ゴジラ』と似ていたので、まあ、面白いんだろうな、ということで見てきました。

 物語はさておき、日常生活を小津、加藤など日本映画お得意のロー・ポジションで見せ、後半はロー・ポジションから仰角にふるロー・アングルで空を見せていたのが印象的(ロー・ポジションとロー・アングルは違う、なんて議論が大昔、加藤泰監督作品の映画論でやたら語られていたような記憶があるのですが、それを意識的にやっていた印象)。

 日本映画お得意のロー・ポジションは狭い部屋の中をいっぺんに効果的に見せてくれるし、そこで生活する人間の日常までも表現してくれるな、と。

 あと、ロー・ポジションで閉まる障子が田舎の生活を、閉まる電車のドアが都会の生活を表していたのかな。

 印象的だったのは、東京の風景。

 四谷、千駄ヶ谷、新宿などの見慣れた風景が、すでに懐かしい。

 アニメで描かれた実景が、妙に懐かしいのは、日本の風景が再開発によってつくるそばから壊されていき、移ろいやすいからかもしれません。

 あと、10年したら四谷の風景なんかも違ってくるかもしれないし。

 アニメにはそれほど詳しくはありませんが、奇しくもオウムサリン事件と阪神大震災があった1995年に公開された大友克洋の『MEMORIES』第2話「最臭兵器」で描かれた甲府市の忠実な描写や、同じく1995年公開の近藤喜文監督の『耳をすませば』の聖蹟桜ヶ丘の風景は、描かれた瞬間に懐かしいというか、もう帰ってこないものとしてあったような気がします。

 あと、口噛み酒はセクシー(その理由はContinue reading以下に書きますが、つまらないものは読みたくない、という方はご覧になりませんように…)。

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August 14, 2016

ゴジラという使徒

Yashima1

 『シン・ゴジラ』見に行ったら観客たくさんで驚きました。

 第一感、これって新世紀エヴァンゲリオンの第六話「決戦、第3新東京市」におけるヤシマ作戦の実写版、みたいな。これは第3新東京市直上を襲った第5使徒ラミエルを撃破するために、葛城ミサト作戦部長が立てた作戦を描いた回です。

  『シン・ゴジラ』では長谷川博己が政府のゴジラ対策チームのチーフを演じてましたが、男女を入れ替えて新味を出すのは脚本の基本ですからね。シン・ゴジラ、使徒にN2地雷を使ってちょっと侵攻を遅らせるとかクリソツ
シンジに対して葛城が「葛城さんじゃなくてもミサトでいいわよ」っていうのも石原さとみと同じかな(長谷川博己も竹野内豊も政治家とは見えなかったな。若手の官僚っぽい演技だった。そこは残念)。

 『シン・ゴジラ』のタンク車並びは、ヤシマ作戦の電源車っぽいし、電車の使い方なんかも似ていました。ラミエルが近接する敵を自動排除するという設定もシン・ゴジラと同じ。

 音楽もエヴァと共通でしたよね。DECISIVE BATTLEはヤシマ作戦のBGMでも使われていましたし。

 あと、ゴジラが何回も上陸するのも使徒と同じ。

 そこがどこかわからないというのは、初代ゴジラが太平洋戦争の直後の米軍爆撃の圧倒的な非対称性から作られた時からの伝統でしょうが。

 アニメと違うから、碇ゲンドウみたいに薄笑いしながらの命令とかはないけど。

 家やボートが流されたりするシーンや、生コンポンプ車での注入作業などは東日本大震災の影響でしょうが。

 米国、米軍との関係に今更ビックリしたというような愚かな反応はどうでもいいけど、サンプルを米国が回収して破棄したという話し(ラミエルが近接する敵を自動排除するという設定もエヴァにありました)もシン・ゴジラと同じ。ここはミグ25の亡命事件の時に、自衛隊からは官邸より米軍に最初の情報が行ってしまっていて、当時の後藤田官房長官が激怒したという話しを思い出しました。

 「この国のいいところは次のリーダーが早く決まるところ」というセリフは、中井久夫先生の『災害がほんとうに襲った時 阪神淡路大震災50日間の記録』から引かれたんじゃないかと思いました。同じ災害をテーマにしていますし。

 中井先生によると、ドイツの精神医学全書の「捕虜の精神医学」の項にはシベリアにおけるドイツ軍捕虜に比して日本軍捕虜を恥ずかしくなるほど称えた文献の引用があるんだそうです。いわく、ソ連軍が日本軍捕虜の指揮官を拘引するとただちに次のリーダーが現れた、と。彼を拘引すると次が。将校全員を拘引すると下士官、兵がリーダーとなった、と。こうして日本軍においてはついに組織が崩壊することがなかったがドイツ軍は指揮官を失うと組織は崩壊した、というあたり。

 もちろん肯定的に使われていると感じました。

 全体的にはとても面白かったです!

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April 17, 2016

NHKスペシャル『地震列島 見えてきた新たなリスク』

 熊本地震には驚かされました。

 14日夜に震度7という一報に接した時には、関東地方にほとんど揺れを感じなかったので、直下型だろうな、とは思ったんですが、その後も大きな揺れが続き、15日が本震という発表。阪神淡路の時も、中越地震の時も実は大きな横滑りが2~3回同時に起こっていたというのを聞いた記憶があるので、今回はやや時間差があったのかな、みたいな。

 あと、思い出したのは4月3日に放映されたNHKスペシャル『巨大災害 MEGA DISASTER Ⅱ 日本に迫る脅威  地震列島 見えてきた新たなリスク』です。

 この番組で教えられたのは、日本列島に地震が多いのは①北米プレート②ユーラシアプレート③太平洋プレート④フィリピン海プレートという4つのプレートに乗っているからだという従来の見方だけでは説明できず、マントルの粘弾性の観測によって、中がもっと「割れて」いることがわかり、その断層でも起こるから、ということでした。

 勝手にサマリーするとマントルの粘弾性は地殻にも影響を与え、GPSの観測によると、もの凄く複雑な動きが見え、そこに小さな地震の震源地を重ね合わせると、危険な断層が見えてくる、という内容だったと思います。

 素人考えですが、今回の地震は、見事に観測データに合っているな、と感じました。さらに番組では「本州の内陸部の地震と海底部の地震が心配される」みたいなこともナレーションで語られていました。

 地学はとても新しい学問で、ぼくが地学を習った高校生ぐらいの時(1970年代半ば)までは、プレートテクトニクス理論は定説になっていませんでした。

 庄司薫さんが『ぼくが猫語を話せるわけ』で、1960年ぐらいの時に当時の東大で聞いた授業のことを書いています。それによると、大学で教えられたウェゲナーの大陸移動説は「世の中にはこんな面白いことを考えていた人もいたんですね」と笑わせる授業のネタ扱いだったとのこと。

 ここに『地学のツボ』の感想を書いたら、著者の鎌田浩毅京大教授は気さくにメールをくれたんですが、その本の「あとがき」で鎌田教授は高校の数学は17世紀までの内容、化学は19世紀までに発見された内容、物理は20世紀初頭ぐらいまでの内容、生物は20世紀後半までに研究された内容が中心なのに対して、地学は《最先端の内容が教えられている》と力説していました。

 基礎となる理論が確定されて、様々な観測がなれている段階といいますか、地学ってのは発展途上の学問なんだろうな、と。素人の出る幕はなし、ということで、無意味な憶測をして、さらには、そこから不安にかられた予測みたいなことをSNSに書いて恥をかかないないように、これからも、じっくりとベンキョーさせてもらうかな、と思います。

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March 20, 2016

『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元国防長官の告白』

『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元国防長官の告白』

 WOWOWで撮れていた『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元国防長官の告白』を見ました。

 ぼくがマクナマラの名前を聞いたのは子どもの頃に戦われていたベトナム戦争のニュースでした。ウェストモーランド将軍とマクナマラ国防長官の名前はニュースコープの古谷綱正さんのイントネーションごと覚えているほどでしたが、どういう人物だったのかを詳しく知ったのは、やはりハルバースタムの『ベスト・アンド・ブライテスト』を読んでからです。

 ハルバースタムはマクナマラをダース・ベイダーのようなモンスターとして描いていて、フォードの社長時代などを描いている『覇者の奢り』も含めて彼のマクナマラ観にしばらく支配されていました。それが変わり始めたのは1997年6月20日にベトナムを訪問して、ボー・グエン・ザップ将軍やグエン・コ・タク外相と会談をしたことです。マクナマラは95年に回顧録(In Retrospect: The Tragedy and Lessons of Vietnam)を発表し、ベトナム戦争は間違いだったとして、ベトナムとの対話を希望したんです。

 良くも悪くも、なんというアメリカンな態度だと思いました。ベトナム側も提案を受け入れ、NHKも独自にスペシャル番組をつくったと思います。そこで印象的だったのは、戦争初期、米国側の調査団が入ったとたんにベトコンが猛攻撃を行ったおかげで米国世論が硬化したのだが、なんであのタイミングで攻撃したのか?という質問でした。ベトナム側の答えは「米国が調査団を送ったということは知らない。攻撃命令はずっと前に出されて、仮に中止したくても作戦終了まで連絡手段はなかった」というものだったように思います。

 ベトナム戦争の模様は毎日、日本でもテレビで放送されていたんですが、戦っていた北ベトナムやベトコンたちはほとんど見るすべもなかったんだな、というとてつもない非対称性に気づかされたんですね。ソ連などと違って、相手の考えていることがまるっきり分からない状態で、タイトルになもっている『フォッグ・オブ・ウォー』の度合いもより濃かった、と。

 この『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元国防長官の告白』ではグエン・コ・タク外相との対話が語られています。

 マクナマラは双方があれほど血を流さずとも目的を達することが出来たのではないか、とグエン・コ・タク外相に問うんです。「あなた方は340万人の死者を出した。これは米国の人口規模に直すと2700万人に達する。それで確かに独立したが、統一を含めて我々が初期段階で与えようとしたもの以上を得ることが出来たのか?あまりにも人的被害が大きいとは考えないのか?それを悲劇とは思わないのか?」と。

 正直、あれだけ絨毯爆撃をやって、枯れ葉剤まで蒔いたヤツがよく言うわと思ったんですが、グエン・コ・タク外相の答えは、ざまえみろと思うと同時に、悲しくもなりました。

 元外相は「あなたは歴史を知らない」「アメリカは隷属させようとした」「我々はソ連や中国の駒(ポーン)ではない。我々は1000年もの間、中国と戦ってきたのだ。我々は独立のためならどんな圧力にも屈せず、最後の1人まで戦い続けたろう」と言いました。

 悲劇ですね。

 マクナマラは「キューバ危機の時、ケネディ政権はフルシチョフの立場に立って物事を見ることによって、ソ連がキューバの独立を助けたと言えるという花道をつけてやることで、全面核戦争を回避することが出来た。しかし、ベトナムではそれが出来なかった」とも語るんですが、中東をはじめアジアのことを知らなさすぎだな、と。

 1960年代前半の米国は呪われたかのようにベトナムにのめり込んでいきます。撤退を開始しようとした矢先にケネディは暗殺されるし、北爆を開始したのもトンキン湾の誤解からだし、最初は地上部隊は送らない方針だったのに、海兵隊をベトナムに送り込まざるをえなくなったのは空軍基地を守るためだったというんですから。

 一度間違うとどんどん泥沼に入るというのは福島第一原発事故と似ているな…と思って見ていました。

 それにしてもマクナマラの経歴は凄いんです。

 第2次大戦中、日本とドイツを絨毯爆撃したルメイの部下で、ケネディ政権では国防長官としてルメイの上司となったというんですから。キューバ危機の時、ルメイは「キューバを破壊すればいい」と主張して対立した、と語っていましたが、とんでもないヤツに日本は勲章をやったんもんです。

 マクナマラは日本のほとんどの都市を焼け野原にしたことも問題だが、その後で原爆を投下したのは問題だとも語っているんですが、ルメイは「もし勝たなかった、我々が戦争犯罪人になるぞ。それでもいいのか」と主張したそうです。

 マクナマラは戦争の問題点について「互いにルールがなく法律に縛られないこと」と主張。枯れ葉剤の使用についても「もし法律で使用が禁止されていたら、使わなかった。もっとも私が使用許可を与えたかは覚えていない」と。戦争に関する法律はジュネーブ条約しかなかったわけですが、果たして、これだ戦争が非対照的になってしまった現在、それに意味があるのでしょうかね。

 しかし「残念なことに、人間には後知恵でしかわからないことがあるのだ」と語るマクナマラは少なくとも正直です。

 『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元国防長官の告白』は11章仕立てですが、最後のタイトルは"You can't change human nature"「教訓11:人間の本質は変えられない」。

 マクナマラはT・S・エリオットの詩で締めくくります。「好奇心にかられて探求の旅に出る。色んな場所に訪れ、色んな知識を得ていく。でも、最終的には、はじめにいた場所に戻って、その場所こそ、探求の目的地であったことを認識する」ある意味で今の私だ、と。これはたぶん、『四つの四重奏』のリトル・ギディング。

 "We shall not cease from exploration, and the end of all our exploring will be to arrive where we started and know the place for the first time"

 とりあえず5章を見つけました。ご興味を持たれた方は、DVDなり探してみてください。

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February 11, 2014

富塚と『クレムリンに立ち向かった男たち』

Polac_mundial

 ヨコハマフットボール映画祭で上映された『クレムリンに立ち向かった男たち -ポーランド代表 ベスト4の真実』がよかった。

 個人的には何がよかったかって、ポーランドの自主管理組合「連帯」を支援する日本での集会が延々と写し出されていたこと。日比谷の野音での集会で、おそらく総評主催のもの。日本の労働者がわけわかんなく「Solidarity」と連帯の旗を縦書きに書いた旗を立てていたのは微笑ましい。でも、ポーランド人の心にはちゃんとヒットしていた。

 途中、何回も「連帯に連帯する」みたいなアピールが当たり前だけど、日本語で聞こえてきて、集会の最後は国労委員長の富塚がガンバロー三唱をしていた。ダラ幹と批判され続けてきた富塚だけど、ポーランド人の心にはしっかりと残っていた。異様さという点では昔のオウムを思い出さずにはいられない、今のネトウヨみたいな行動とは真逆。当時は格好をつけただけと批判されていた昭和な社会党の行動は実は、こうやって、ちゃんと記録されている。

 ベトナム人に会うと、日本の学生がB52を飛ばすなと戦ってくれたり、ニクソンに会いに行く佐藤首相を激しくデモで阻止しようとして、ヘリコプターでしか行けなくなったみたいなことは、本当に感動したと言ってくれる。

 ベトナムを爆撃するなとか、正しい要求を掲げる労働組合を弾圧するな、みたいな、ごく普通の生活者としての日本の労働者のプロテスト感覚というのは、世界に伝わっているし、それは、いま世界で感じられる日本人への尊敬に寄与しているんじゃないかと感じています。

 今じゃわかりにくいレギュレーションだけど、ワールドカップの二次リーグでソ連と引き分けて事実上、ベスト4を決めた後のボニエクのインタビューは素晴らしかった。まず「ソ連の選手をリスペクトしている」と語り、ソ連ユニを着てインタビューを受けたボニエクは真の英雄。

 「勝った勝った」と叫ぶ、これを言ってはいけないかもしれないけど、クロアチアの一部の選手みたいな偏狭な国家主義者みたいなことは全くなくて、「彼らも苦労している」と同情を寄せる優しさを持っている。でも事実上、今日は彼らに勝てて、さらにユニを交換してそれを戦利品のように獲得して満足している、みたいな個人的な感情も素直に表している。

 にしても、この映画を観る前は、ずっとポーランド代表の中心はスペイン大会でもラトだと思っていた。でも、圧倒的にボニエクだったんだな、みたいな。なにせラトは74年から見ていたから…

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February 09, 2014

ヨコハマフットボール映画祭2014

Indonesia

 忘れもしない東日本大震災の1ヵ月ぐらい前に第1回が始まったヨコハマフットボール映画祭が4回目となり、11日まで横浜の「ブリリア ショートショート シアター」で開催されています。

 2011年2月に見てわりと良かったのがインドネシアの『ロミオ&ジュリエット フーリガンの恋』。首都ジャカルタとバンドンのチームの対立を中心に描かれていて、何でもありの荒々しい手法が新鮮でした。クロージングパーティで酒を飲みながら話したのも懐かしいのですが、そのアンディバクティアール・ユスフ監督の最新作『インドネシア・コネクション』を見ることができました。

 何が驚いたかって、『ロミオ&ジュリエット』の時には昭和30年代の地方都市っぽく描かれていたジャカルタが、超高層ビルの乱立する最先端の都市となっていたこと。主人公が所属するプロサッカーチーム、ジャカルタ・メトロポリタンのドレッシングルームの様子とか「プレミアの金満クラブかよ」というぐらいの豪華さ。

 『ロミオ&ジュリエット』ではフーリガンを描いたアンディですが、40歳代になったいま、切り込むのは八百長問題。Jリーグに外資規制があるのも、八百長を仕切るシンガポールあたりの華僑グループからの支配を及ぼさないためだという説もありますが、代表FW、スポーツ大臣まで巻き込んで進む物語は、当日、上演後に解説してくれたの柳下毅一郎さんではありませんが「実際にあった話しをベースにしているんじゃないのか」という感じ。

 また、物語のベースには、インドネシア系住民の中国系住民に対する反発があるのかな、みたいなことも思いました。父親との葛藤、幼なじみのジャーナリストの描き方など不満な部分はありますが、今回も熱のこもったパワーで押されました。

 『ラブ・セレソン』はアマゾンのど真ん中にある都市マナウスで開かれる「ペラダオ」というアマチュアチームを集めた大会ながら、自称世界一の規模を誇るサッカー大会のドキュメンタリー。アマゾン流域の各町からチームを集め、徐々に勝ち上がっていくんですが、試合で負けてもチームが帯同している「クイーン」が出場するミスコンで上位に残れば、敗者復活戦でさらに戦えるという不思議なレギュレーション。撮っているのがドイツのクルーのためか、徹底的に理解できない…というのを全面に出しているのが可笑しい(ドイツ語の先生のインタビューが途中でドイツ語になっていたのは制作がドイツだからなんですかね…)。

 日本で言えば社会人野球の都市対抗が夏の高校野球レベルの盛り上がりになって、そこになぜかミスコンまでトッピングされるという感じでしょうか。空軍のチームの試合、応援している部隊が、自軍がゴールを上げると全員で腕立て伏せをやり始めるあたりが「どこの世界も変わらないな」と笑わせてくれました。

 ミスコン本番などでは女性たちが天使祝詞(日本語でいえば「めでたし 聖寵充ち満てるマリア、 主御身とともにまします…」)を円陣を組んで唱えているのは「なるほど」な、と。一方、サッカーの試合前に男たちが円陣を組んで唱えていたのは、たぶん「主の祈りを」だったと思いますが、とにかく、ブラジルにはサッカーじゃかなわないわけですわw

 『ロスト・ワールドカップ』は今、流行っているというフェイク・ドキュメンタリー。リネカーやバッジョ、アベランジェ前FIFA会長までが「1942年にパタゴニアでワールドカップが開かれていた」という昔の川口探検隊みたいな作品のドッキリの仕掛け人として出ているのが笑えました。そして、ここでも悪者になるのはドイツ人というのがなんとも…。

 仕事の関係で連帯やヨハネ・パウロ2世などの盛り上がりとともにポーランド代表が旧ソ連と戦う『クレムリンに立ち向かった男たち』も見たかったたんですが、なんとか期間中に見ようと思っていまして、今年も楽しみです!

 皆さんもぜひ!

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February 25, 2012

ヨコハマ・フットボール映画祭を堪能

Offsidegirls

 先週から始まっているヨコハマ・フットボール映画祭ですが、初日の『テセ』は鑑賞券を忘れて行けず、二週目にようやく行けました。

 観たのはイランの『オフサイドガールズ』と『テヘラン25時』、ベトナムの『ぼくらのサッカーチーム』でした。

 『オフサイドガールズ』はイラン映画の底力を感じたというか、ごくフツーに良かったです。
 
 この映画はイランでは女性のサッカースタジアムでの観戦が禁じられているのですが、ワールドカップ出場がかったバーレーン戦にどうしても駆けつけたくて変装してまで行ってしまう、と。

 彼女たちにこうした行動をとらせたのは、日本とのワールドカップ予選で応援する日本人の女性サポータを見たからだ、と劇中で語られます。多くの国の女性にとっては、自由に明るく振る舞う日本人女性サポはまぶしい存在なのかもしれない、ということを、改めてこのセリフから思いました。

 また、06年の時の日本ではスタジアムに入ろうとしたイラン人観客に死者が出たんですが、そのこともシナリオに深く刻まれていました。つか、なんていうか、こんなに日本のワールドカップ予選の戦いがいろんな意味で世界に影響を与えているとは思ってもみませんでした。

 遠くのアウェーに駆けつける、礼儀正しく明るく清潔で、しかもとても自由な感じも与えているであろう多くの日本人サポ。彼らは、どれほど国際貢献しているんだろ、とも思いました。

 あと、田舎で羊飼いをやっている隊長っぽい男の、演技らしからぬ演技が素晴らしいと感じしましたね。昔、IJPC(イラン・ジャパン石油化学)の総務部にいた人に教わった本なんですが、『イラン人の心』岡田恵美子、NHKブックスという本がいいんですよ。ホメイニ革命前のイラン人の心情が実にわかる感じなんですが、イランは歴史が長いし、都市生活も長いから(テヘラン、イスファハン)、人情がきめ細かいというか繊細。

 ということで家では放牧生活している現場の若い隊長って実にいい。普段は偉そうに怒鳴りまくっているんだけど、捕まえた女の子たちにあんまり「トイレに行かせて」とせがまれると「仕方ない…」と行かせてあげるし、「喉がかわいた」とせがまれると、「しょうがない」という感じで護送しているバスを降りてオレンジジュースを人数分買ってくるし、最期にワールドカップ出場したんだから踊ろうよと住民たちに囲まれると踊りの輪に入っていて…という。ああいうフツーの人が、たぶんイランの宝なんだと思いました。

 しかし、監督のジャファール・パナヒが自宅軟禁されていたというのも知らなかった。実は、そういわれて、うっすらと後で思い出したのですがは日本でも公開されていたんですね。DVDも出ているみたいですが、ぜひ。

 『テヘラン25時』も面白かったというか、ライブで見たサッカーの中でもあの2-2の試合は、奇跡ベスト10には確実に入るものでした。

 『オフサイドガールズ』もそうだけど、イランの女性たちは、自分や家族のクルマの中だと一応、安全なのか、大声を出しまくる感じがします。

 そういえば『彼女が消えた浜辺』の冒頭のシーンでも、そうだったわな、とか思いながら観ていました。

 『ぼくらのサッカーチーム』は昭和40年代ぐらいに日本でやっていたプログラムピクチャーみたいな感じ。あるいは吉本新喜劇といますか、笑いに説明が入るというか、二度繰り返すみたいな。

 でも、老人が結構、尊敬されているのかなと思ったし、中国の古典なんかもやっぱり読まれているのかなとか、薬物汚染はベトナムでも問題あるのかよとか、貧富の格差が拡大しているみたいだとか、子供たちは勉強を相当やってるみたいだなとか、資本はオイルマネー頼みなのかなとか、いろいろ感じながら観ていました。あと、フジフイルムがアジアの映画では大活躍しているんだな、とかも、

 やっぱサッカーを媒介にしていると、等身大によくわかるというか、肌感覚でハッキリする感じ。

 こうした映画は「ヨコハマ・フットポール映画祭」じゃなきゃ観られなかったと思います。

 明日までなので、ぜひ!

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