スポーツ

September 24, 2008

ペダルにハーフクリップを付ける

Fuji_truck_pro_2008

 Fuji Track Proがやっと入荷しました。いわゆるピスト。Pisteはフランス語で、英語で言えばトラック(Race-track)。日本では語感がいい言葉が使われるのですが、シンプル極まりない自転車の呼び名としては、なかなかいいんじゃないでしょうか。

 メーカーのFujiの前身は日米富士自転車。吸収合併された東食が倒産、カーギル社(Cargill Inc.)傘下で再建、自転車部門はアドバンス・スポーツ社(Advanced Sports, Inc.)に引き継がれて、今でもFujiブランドは健在です。

 そのFujiのピストがFuji Track。非常に安いこともあって大人気で、2008年モデルはほとんど売切れています。最初はFuji Trackの白、ハンドルはブルホーンのを買って、細々とカスタムしていこうかな、と思っていたのですが、なくてはしょうがない…ということで、上位機種のFuji Track Proを捜して、やっとサイズ56のを売っているところを見つけたという次第。

 このFuji Track Proですが、ペダルはNil。つまり、付属してません。自分で好きなのを付けろ、というわけなので、迷うことなく、三ヶ島(MKS)のロイヤルヌーボペダルにしました。

Fuji_truck_pro_mks

 これだけでは完成しませんで、ある程度の走りのためにはトゥクリップが必要となります。いろいろ悩んだのですが、最初はヒモで縛らないハーフクリップでいいだろうということで、同じ三ヶ島(MKS)のハーフクリップを購入。取り付けました。

 タイヤがVittoria DIAMANTE PRO LIGHTだったりして、ややオーバースペックなのですが、徐々に乗りこなしていこうと思います。


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October 16, 2007

ちゃんとしたボクシングを見たい

Olivales

 先日の論評にも値しないような世界タイトルマッチを別としても、すごい!と思うボクシングの試合に、ここ15年近く出会っていません。

 90年代以降、最も衰退したスポーツはボクシングではないでしょうか。

 ぼくがいっても詮方ないことですが、世界王者を決める団体を統一し、インフレ気味のランクをフライ、バンタム、フェザー、ライト、ウェルター、ミドル、ジュニアヘビー、ヘビーぐらいに再編し、価値を高めてもらいたいです。個人的に親父とは仲が悪かったのですが、ボクシングだけは一緒にみていた、というのも今となっては大切な思い出です。そんな試合の中には、いまでも、その話だけで酒が飲めちゃうような素晴らしい試合がありました。オリバレスvs金沢戦なんか残念ながら、DVD化されていなかったんですが、なんと、youtubeで見られるんですね。

 個人的なベスト3バウトは以下の通りです。

SS+ ルーベン・オリバレスvs.金沢和良 世界バンタム級 1971

 当時はまだWBCやIBFなどの団体はなく、世界バンタム級チャンピオンはただ一人。王者に君臨していたのはそれまで65勝61KOという怪物オリバレスのみ。13回の猛ラッシュで精力、気力とも使い果たした東洋チャンピオン金沢は14回、2度までもマットに沈められます。2度目の時は、さすがにこれで終わったと思ったのですが、なんと、気力を振り絞って立ち上がり、無敵のオリバムスに対して「てめぇ、ぶっ殺してやる」と叫びながら立ち向かっていったのです(ちなみに、テレビではなにか叫んでいるな、という程度しかわかりませんでしたが)。金沢の気迫と、最後の力を振り絞ったスイングはオリバレスをおびえさせますが、ついに3度目のダウンを喫し、TKO負け。

 オリバレスvs金沢の試合は1971年の年間最高試合に選ばれたんですが、いまもって日本プロボクシング史上、最高の試合でしょう(ファイティング原田vsエディ・ジョフレもありますが…)。ウエイトコントロールに苦しんだ上に、この試合で金沢に打たれまくったオリバレスは精彩を欠くようになり、72年には王座陥落。フェザー級となりますが、階級を上げたことで、それまでのようにだいたい5回以内にKOで決着をつけるという無敵の強さはなくなります。『明日のジョー』のラスト、破れかぶれになったジョーの強打におびえるホセ・メンドーサは、金沢戦のオリバレスがモデルだと思います。

 Bantamweight Ruben Olivares vs. Kazuyoshi Kanazawa II

 なぜタイトルがIIとなっているかといいますと、金沢はメキシコで一度、オリバレスとやってKO負けくらっているんですよ。だからこれは第二戦目なんです。しかし、互いにクリンチしないし、疲れまくっているのにフェアな試合ですよね…。これと、今、やられているような試合を同じ世界戦と呼びたくはありません。

 Number 199(1988/7/20)でビートたけしさんが金沢和良さんと対談しているんです。金沢さんは、奥さんの実家のお寺を嗣いで和尚になっていたんですが、酒場で出会って以来の友人だそうです。この対談は面白かった(pp.38-41)

たけし こん時おれ、新宿のジャズ喫茶のボーイやってたんだよな。「無知の涙」書いたあの永山則夫と早番、遅番組んでた。ちょうど安保闘争やなんかあって学校行かなくなって、何にもやることがない時でね。でもこれ観て、あれだけ人を熱狂させる人たちっていいなと思った。金沢さんが立ち上がって向かってくとこなんか、涙出てくるじゃない。もう圧倒的な感動があるな。

金沢 この試合の後、この人も引退しようと思ったんだって(中略)。

たけし まぁ、いまの審判だったら止めさせてると思うね。2度目のダウンしたあたりで、やらしてないよ。大体セコンドがタオル投げ入れてるんじゃないかぁ。最後に何と叫んだんですか?
金沢 「てめぇ、ぶっ殺してやる」って。逆に殺されちゃったけどね、漫画ですよ(笑)。あんなにせんだっていいのにね。でも、会場に来ていたメキシコ人たちも凄くこのシーンには感動したって、後で聞きました。
たけし おれ、これを観たとき、金沢って男悔い残ってないだろうな、って思ったね。

たけし (もう辞めたいと思っているんだ、という話の後)だけど、ここで投げ出してすっきりしちゃっていいのか。おれはイヤだよ。金沢さんの試合でいえば、おれ、いま8Rか9Rのあたりだと思っているからね(中略)14R、金沢さんが2回目のダウンのあと立ち上がったファイト、ワーッというあの叫びは、何ともいえないからさ。あれに感動するんですよ。おれもあそこまで追い込まれてなきゃいけないな、っていま改めて思ったね。


SS ロベルト・デュランvs.エステバン・デ・ヘスス 1978

 ガッツ石松は日本が生んだ偉大なるライト級王者でしたが、その石松を含め日本人選手などを相手にしなかったWBA王者ロベルト・デュランが、当時たった一度だけノンタイトル戦で敗戦を喫したWBC世界ライト級王者エステバン・デ・ヘススと統一戦を行った意地の試合。昔でいえば、世界チャンピオンと同級1位の指名試合といったところですが、団体が別れているのでやらなくてもいい統一戦を行ったところがデュランの偉いところ。それを受けたヘススも素晴らしい。12回、デュランがヘススの体を浮かせるアッパー気味の右のカウンターでKO。ぼくが見たパンチの中で、こんなのは見たことがありません。

Roberto Duran -vs- Esteban DeJesus III 1978

SA マービン・ハグラーvs.トーマス・ハーンズ 1985

 3階級制覇を賭けて挑んできたトーマス・ハーンズと初回から激しい打ち合いを演じ、得意のテンプルへの一撃から3回TKOで仕留めた試合。ハグラーのベストファイトでしょう。ハグラーはレナードにタイトルを盗まれれて引退しますが、ミドル級最強王者でしょう。生涯戦績 67戦62勝(52KO)3敗2分。あまりの強さに王者が対戦を忌避し、せっかくチャンスがめぐっても判定で盗まれることが相次ぎ、世界タイトルを取れたのはなんと54戦目。みんな強いと苦労したんです。当時、促成栽培なんか本当に一握りでした。

 Marvin Hagler VS Thomas Hearns

 ハグラーはベスト・バウトもまとめられています。

THE BEST OF MARVIN HAGLER

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January 22, 2007

ジュビロから福西が移籍加入!

 いやー、FC東京も代表の中核みたいな選手がどんどん移籍するようになったのか、と感慨深いです。

 ジュビロ時代の福西崇史選手は端正に顔に似合わないラフプレーがナニでしたが、味方になれば、逆に頼もしいことこの上ありません。

 将来、あのルックスがあれば、サッカー解説などでも喰っていけそうだし、そうなれば、あらかじめメディアの集中する東京で露出を増やすか…なんてことも考えたのか、それとも単にTDLが好きなのかということはわかりませんが、ボランチのポジションはただでさえ消耗が激しいですし、五輪代表など年齢別代表で抜ける場合が多いことが予想される07シーズンに、良い補強ができたと思います。

 ほんと、今回ぐらいの補強をやってくれれば、2年前も原監督は辞めずにすんだのに…なんて考えてしまいましたが、とにかく、新シーズンが楽しみです。

 それと、コレ最強。2ch福西崇史まとめサイト@Wiki

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September 02, 2006

稲本がガラタサライに移籍したのでトルコ語でも勉強しよう

 これは、前も書いたことあるんですけど、まだドーハの悲劇の前、『ナンバー』の記事で、サッカーのチーム、選手を応援するということは巡礼である、という小さなコラムが載っていて、感動したことがありました。約束の地に導いてくれることもあるし、悲しみのどん底に突き落とされることもある、と。しかし、とにかく、いろんなところに連れて行ってくれる、と。

 しかし、まさかトルコにまで連れていってくれるとは思いませんでした。

 そう、ずっと応援していた稲本がトルコのガラタサライに移籍したのです。プレミアから降格したWBAでも、監督からレギュラーを約束してもらえなかったのだから、いい選択だと思います。

 トルコ・リーグはスカパーでも放映されていないけど、少なくともチャンピオンズ・リーグの予選は放映されます。そこでの活躍が見られることを期待して、トルコ語でも、チラホラやってみようかな、と。

 なにせ、トルコ語はアルタイ語系。語順、助詞の置き方など日本人にはなじみやすいかもしれません。旅行いったらMerhaba!ぐらいは喋ってみたい。

 ということで、さっそく文法書と辞書を購入。

 日本語で勉強するなら、これっきゃない、ということらしいので、『エクスプレス トルコ語』大島直政、白水社を購入。

 辞書は日本語-トルコ語のは高いので、いつものようにLangenscheidt Pocket Polish Dictionaryシリーズのトルコ語-英語/英語-トルコ語辞典にしました。

 二冊あわせて4000円弱。これで新しい世界が広がるんですから、本は安い。

 できれば、カッパドキア巡りを含めてトルコ旅行の中でガラタサライ戦は観にいきたいと思うので、稲本には長く頑張ってほしいと思います。

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August 08, 2006

伊野波のDF起用に思う

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 反町監督が指揮を執るU―21日本代表がU―21中国代表との親善試合を2―0で勝ちました。しかし、このところの年代別日本代表を見ている中で、気になっていたことがまた行われていました。それは守備的ハーフのDF起用。

 これまでも阿部勇樹、青木剛がDFで起用されたことがありました。しかし、DFは云うまでもなく経験がものを言うポジション。最終目的がフル代表の強化ということであれば、本来、JリーグでDFのポジションで使われている選手を、DFとして起用すべきではないでしょうか。

 もし、引いて守ってくる相手を力でねじ伏せようということであれば、3バックでひとり余るという守備ではなく、2人のCBでなんとか守り抜くという形を、せめて親善試合なら試してほしいかった。

 昨日は反町監督の初戦ということもあり、負けられなかったのかもしれません。しかし、だからといって、貴重な海外での強化試合なのだから、その機会をムダに使ってほしくはなかったですね。もし負けたとしても「2人のサイドバックが高い位置をキープして、2人のCBとCMFのうちの1人で守りきるという形を志向していた」と説明すればいい。そうしたわかりやすい説明を行うのも監督の義務です。

 もちろんメディアへの取り上げられ方を考えれば、テレビ向けの20秒コメントが重視するのはわかるし、それ以上に結果だけがクローズアップされるのはわかります。

 しかし、もし仮に、結果を求めるあまりに、DFの強化枠が一人減ったり、あるいは本格的な強化につながらなかったりすれば本末転倒。個人的にはただでさえフル代表の強化にはあまりつながらないのではないかと思うオリンピック代表にはあまりリソースをかける意味は、ますますなくなるのではないでしょうか。アテネの五輪代表は、最初から最後までフル代表の敗者復活戦みたいな印象で「アテネ経由ドイツ行き」を果たしたのは駒野と茂庭だけという結果に終わりましたしね。

 それにしても、伊野波、よかったでしょ?実は、FC東京のPSMで初めて彼のプレーを見た時に、酷評してしまったんです。思い切りがない、前に進めるパスが出せないなどなど。でも、それはポジションをとるための「スモールスタート」というか慎重な出だしだったのではないかと思います。反省…。キャプテンは小学校6年以来だというけど、梶山、増嶋と共にチームを引っ張っていって欲しいと思います。

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April 17, 2006

日本代表・断幕プロジェクト

Banner

 久々のサッカーネタかもしれないが、まず、ドイツには行けそうもないことだけは確実になった。

 ということで、まあ、テレビ観戦なわけだが、「職も金も名誉も未来も、人生に関わるもの全て『代表』に張り込んでいる姿は、本当に感心もの」という人がいる。こうした人には本当に頭がさがる。

 ということで、Masterlow氏の「ダンマクをつくってドイツに行くヤツに持たせるべえ」プロジェクトに全面的に賛同し、ここに寄附を約束するとともに、バナーで宣伝することを決めた。

 みなさんも、ぜひ。

 考えてみれば、もうとっくの昔に2ヵ月を切っているんだなぁ…。

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March 21, 2006

WBC

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 スポーツで偉大なチームとはいつも偉大なのではなく、偉大であるべき時に偉大な結果を残すチームだと看破したのは誰だったか。

 もちろん今日の勝利は王ジャパンの勝利だけど、同時にすべての自分の息子とキャッチボールで遊んだお父さん、そして小中学生の子どもに野球の基本を教えてくれた草野球の指導者たちの勝利だと思う。基本に忠実に。その大切さを日本中の空き地や校庭で教えられた選手たちが世界一になったんだし。

 王ジャパンの展開するスモールベースボールは本当に魅力的だった。内野手はみんな二遊間の選手のような身のこなしをしてるし、全員、足が速い。外野手はみんな肩が強い。そして知性。ぼくはこのチームに自分のアイデンティティーを重ねられる。

 原型は長嶋監督が率いたアテネ五輪のアジア地区予選だと思う。内野手のうち、ショート、二塁、サードを全部ショートのうまい順番に並べて、ファーストは本来サードで、しかもゴールデングラブの小笠原をもってきた。これだと、内野はまず抜けない。誰も考えもつかなかったドリームチームだった。とにかく長嶋ジャパンの内野の守備位置の深さは凄かった。深く守ってるから、内野手の頭上や間を抜けるヒットなんか出ない。バッターのヤル気をなくさせる守備陣だった。

 今回のチームは、それと比べるとちょっと落ちる感じが最初はした。二岡は故障だし、松井稼頭央はメジャーで壁に当たっている。宮本も少し歳を重ねた。でも、川崎のショートっぷりはすごい。あんな元気で小気味いいショートは世界中にいない(決勝戦ではポロポロやってしまったけど)。決勝戦でのホームべースへのタッチは、日本人らしい細かなプレーの見本だった。メジャーでは「ショートは大男」というイメージがあって、松井も井口もショートをやらせてもらえないけど、やらせろよ、みたいな。もちろん西岡もセンセーショナルだった。

 そして全体にみられるフェア・プレー。

 だから不当なジャッジで負けても許せた(だいたい誤審とヘンな審判は大きな世界大会の華だし)。サッカーでいえばブラジルだって、最初のワールドカップのタイトルを獲るのは大変だったし、オランダなんかまだ獲ってない。でも、思い出すのはいつも、オランダかブラジルだ。

 そんなチームにひょっとして日本はなったのかもしれないと思う。それは日本野球が新しい価値観をBaseballに確立したということなのかもしれない。そういったチームをつくるという責務を野球に対して日本はひょっとし果たしたのかもしれないと思う。

 例えば、アメリカ戦。7回裏1アウト2塁の場面でロッテの藤田と藪田がグリフィーをライトフライ、ロドリゲスを三振にうちとって切り抜けた場面には驚愕した。こんなパフォーマンスは、サッカーも含めて日本の他のどんなメジャーな団体球技でも、見られなかったことだと思う。

 もっと、云わせてもらえれば、もうこの時点で日本の野球は世界一で、アメリカを圧倒していたと思う。サッカーでいえば74年のオランダや82年のブラジルとまではいわないまでも、少なくとも普通のワールドカップ優勝国ぐらいのレベルというか、そういった評価をされるまでに日本野球はいっていたと思う。

 韓国にまさかの負けを喫したというのも、いつも予選リーグでモタモタしながら決勝トーナメントに進出するワールドカップのイタリアみたいだ。

 そして決勝トーナメントに入ってからの快進撃。準決勝の韓国戦でいえば上原のピッチング。初回、相手のクリーンアップを高めの直球で空振りの三振にとった。日本も韓国も内野、外野は足が速い選手を揃えているから、みんな守備位置が深い。だからピッチャーはみんな低めに投げる。そうなると間を抜けるヒットはそうは出ず、ましてや連打は期待薄。そんな中で高めのボール球も使ってきた上原のピッチングに、韓国の打者はストライクゾーンの上下をワイドにみなければならくなっていったと思う。このコントロールは世界一だった。

 目立たないかもしれないけど松中はよくやったと思う。重圧のかかる4番にふさわしかった。

 それにしても、正直、これほど盛り上がるとは思わなかった。

まったくまとまってないけど、とにかく嬉しい。

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March 07, 2006

FC東京開幕戦の感想

fc_tokyo_opening_game_06

 日本の男が自分の歳をしみじみ感じる時というのは、スポーツを通した場合が多いと思う。

 最初に「あーあ」と思うのは、高校野球に出ている選手たちが皆んな自分より歳下と改めて感じたとき。次は、自分より歳下の相撲の横綱が誕生した時。ちょっと間は空くけど、プロ野球の選手に自分より歳上の選手がいなくなった時もガックリくる。

 そんな系譜のひとつが個人的に加わった。それは自分の贔屓にしているサッカーチームに自分より歳下の監督が就任した時、というもの。

 ガーロ監督はシャムスカ監督と並び称せられるブラジルの若手監督だと聞いていたが、はたして、初戦は2-0で危なげなく勝った。前半はサイドバックの徳永と規郎が上がりまくって、CB二人とCMF伊野波の三人だけで守っているような印象。両サイドバックが高い位置をキープしていたので、ルーズボールが面白いようにFC東京のものとなり、攻撃が続いた。でも、得点はカウンターからだったけど。

 1アシスト、1ゴールのリチェーリは、外人枠の問題やケガなどもあってなかなか出場チャンスに恵まれなかったけど、よくワンチャンスをものにしたと思う。1987年8月6日生まれの18歳というんだから、いやはや…。

 小学4年生の時から"引率"していた子たちが、4月からは中学生になって、それまでのキッズ・クラブから中学生クラブに入会したってのも、個人的には歳を感じてしまった開幕戦だった。

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February 11, 2006

蹴春来る、みたいな

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 FC東京のシーズンチケットが来た。席種がなぜか今年から変わったので安くなったのは嬉しい。

 2月末にはプレシーズンマッチもあるし、いよいよ蹴春来る、みたいな感じがする。

 ということだが、シーチケと一緒に、いっぱい、文書が入っていました。

 7/22の鹿島アントラーズ戦は味スタ、国立とも使用不可ということでアルウィン(松本平広域公園総合球技場)での開催になったけど、このチケはなぜか引換券になっていて、後で必要な人に配布するとのこと、とか 。なんか不思議。

 あと、MDP(マッチ・デイ・プログラム)が年間定期購読できるようになった、みたいな文書も入っていた。

 オマケのシートカバーは微妙かな…。

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December 17, 2005

ヒロミのグッバイ

hiromi_last_day_06

『ファンの集い~原監督からファンの皆様へのご挨拶~』には行くか行かないか最後まで迷っていた。

 まだ、書かなきゃならない原稿も大量に残っていたし、湿っぽいのは苦手だし、このイベント自体にも不純なものを感じていたから。補強らしい補強もせずにシーズンに突入させたフロントが、サポーターから愛されたヒロミを簡単に記者会見だけで解任できないから、申し訳程度のイベントを開いて、不満のガス抜きをしようという魂胆がミエミエだから。「何が『ファンの集い』だ。なめるな」と。

 でも、集まった人数が少なかったら、ヒロミも可哀想だし、まあ、彼の性格だから、明るくグッバイしてくれると思いなおして、出かけることに。

 そしたら、なんと大勢が集まっていたことか。ナビスコカップの優勝報告会並みとはいわないまでも、4700人ものサポがヒロミの挨拶を聞くためだけに集まっていた。

 「明るくやりますから」とはじめたヒロミの挨拶は、意をつくしたものだったし、選手とのやりとり(泣きじゃくっていたのは最年長の文丈)、MXTVの女性アナとのやりとりも楽しかった。

 最後に、集まったサポ全員が歌うYou'll never walk aloneを一人で受けるヒロミはさすがに寂しそうだったけど、ワールドカップイヤーにヒロミの解説が帰ってくるのも楽しみだ。

 つたない写真ですが、撮ったので、よろしかったらどうぞ。

Continue reading "ヒロミのグッバイ"

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December 10, 2005

またブラジルか…

 06年ワールドカップドイツ大会の組合せ抽選会が行われ、日本はF組4番となって、この組のシード国、ブラジルとグループ最終戦を戦うことになった。思い起こせば2000年のシドニーオリンピック、今年のコンフェデレーションズカップに続き、グループリーグ最終戦で当たることになったわけだ。

 さらに思い起こせば96年アトランタオリンピックでもブラジルと同じ組だったな…。02年のように日本がシード国にならない限り、ブラジルと当たることになっているんだろうか。オリンピックついでに思い起こせば、シドニーの時、スターは中田英で、ブラジルのエースはアレックス。ロナウジーニョは準エース級の扱いだった。

 どちらの大会もブラジルが取りこぼして、最終戦まで決勝トーナメント進出国がわからないという厳しい状況だった。今回も同じようなことにならなければいいけど。

 まあ、C組に入らなかったことだけでも感謝しなければ…。

 6/12 オーストラリア×日本(カイザースラウテルン)
 6/18 日本×クロアチア(ニュルンベルク)
 6/22 日本×ブラジル(ドルトムント)

 もしF組2位に入ってもベスト16の初戦はイタリア、ガーナ、米国、チェコのE国1位。大変だ。

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December 09, 2005

『ベルンの奇蹟』

bern

 クラマーさんの講演からはじまって、『ブンデスリーガ』も面白かったし、明日はワールドカップの抽選だし、すっかりドイツモードにはまっているものだから『ベルンの奇蹟』のDVDを購入、素早く鑑賞。よかった。

 そう、ヘルベルガー監督率いるドイツチームが、ウェンブリーでイングランドを叩きのめすなど4年間無敗のマジック・マジャールをスイス・ワールドカップで破った歴史を再現するドラマだ。主人公マテアスは父がソ連に抑留されている11歳の少年。ワールドカップで通算10ゴールをあげたヘルムート・ラーンの地元クラブのマスコットをやっているという設定(この子がまた、全然、可愛くないわけ。まあ、それが当時のドイツの状態だったと監督は言いたいのかもしれないけど…)。

 その家庭に父親が抑留から帰ってくる。もちろん、そうとう痛めつけられている。精神的にも肉体的にも。

 父親は外では再び炭鉱夫として働き、一家を支えようとするがPTSDのような症状が出てしまう。家では久しぶりに奥さんに求められても「もう少し待ってくれ」と弱気に逃げる。しかし、子供の前では「ドイツ男は涙をみせない」と強がる。もちろん家庭はすさみ、長男は家を出て理想郷だと信じる東に向かう(これって北朝鮮への帰還運動を思い出せる…)。

 そんな空気を一気に打破してくれたのがワールドカップ決勝だった、というわけ。後は実際に観てのお楽しみ。

 『ブンデスリーガ』でも触れられていたけど、アナウンサーのツィンマーマンの実況は、当時のドイツ人すべてが空で暗記できるぐらいだったという。2-0でリードされた後、2-2に追いつき、さらにラーンが勝ち越しのゴールをあげると思わず絶叫する。

"Rahn schiesst....Tor! Tor! Tor! Tor! "(ラーンがシュート…ゴール!ゴール!ゴール!ゴール!)
8秒の沈黙
"Tor fuer Deutschland!"(ドイツのゴールです)

 日本でいえば「前畑ガンバレ」か。この勝利と実況によって、ドイツは自信を取り戻したといわれるが、もちろん、映画でも忠実に再現されている。決勝当日の観客のCGがちょっとプアなのが玉に瑕か。

 サッカーファンなら観て損はないでしょ。泣けます。

 スポーツが人々の心を解き放つということは、本当にある。そのことが『ベルンの奇跡』なのかもしれない。

 マジック・マジャールが決勝当日、真っ赤なユニフォームを着ていたというのも、この映画を観て、はじめて心に焼き付いた。

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December 05, 2005

曖昧な言葉の罪悪

FC東京東京は原監督と契約延長をしない、ということを発表した。しかし、

 「クラブとして新しい風を送り込んだ方がいいと判断した」

 このコメントはないと思う。ハッキリと「最後まで優勝争いが出来なかったから解任した」というのなら納得する。しかし、そうコメントできないのは、強化担当の自分たちにも責任が及ぶからだ。

 プロ野球の監督経験者に聞いても、サッカーのクラブの人に聞いても、ある程度のチームをまかされたら優勝争いする、というのが留任の条件になるらしい。もちろん優勝できるかどうかは、最終的には運になるけど、最後まで争うことが大事。それはすごく納得的。

 だから「就任4年目で優勝争いが出来なかったから更迭」と言えばいい。言えないのは、そうハッキリ言うと、自分たち強化担当にも火の粉が降りかかるからだ。

 阿部ちゃんを大分にレンタルで出したのに、換えのきかないワントップのルーカスがケガをした時の用意していなかったフロントの責任はどうとるのか。ササを獲ってきたけど遅きにしっした。なぜ、こんな誰にでも分かる危険をあらかじめ予知できなかったのか。

 まあ、監督というのは理不尽な職業で、解任されるのが商売みたいなところはあるが、浦和の時もそうだし、FC東京でも、満足な補強もさせてもらえなかったシーズンに解任というのは、ヒロミがかわいそうすぎる。つか、人がいいから、クラブの財政事情