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May 17, 2026

『増補新版 歌舞伎 家と血と藝』中川右介





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『増補新版 歌舞伎 家と血と藝』中川右介、講談社現代新書

 歌舞伎は文化的な「藝」の世界であると同時に、社会的な「家」と生物学的な「血」によって支えられています。本書は、その構造を江戸時代から現代まで一望にしており、旧版も読んでいましたが、再読となる部分も含めて改めて面白かったと感じます。

 考えてみれば、旧版の出た2013年からこれまでに、沢瀉屋の団四郎夫妻が女性セブンの記事をきっかけにして亡くなり、猿之助は廃業こそしていないもののまだ舞台には復帰できず、長いコロナ禍があり、福助の歌右衛門襲名がなくなり、児太郎の将来にも不透明さが生じ、華やかな高麗屋三代襲名もあったものの、藤十郎、吉右衛門、左團次らも世を去ってしまいました。しかし、何より十三世團十郎、八代目新之助が誕生し、菊五郎も二人になり、五代目歌六が人間国宝になったほか、時蔵など萬屋ファミリー(萬壽・時蔵・梅枝)の大出世がありました。これらを全て網羅するためには、頁数46%増の651頁という大増補にも十分納得できます。

[非政治的な女帝・玉三郎の裏で激化した、家の政治]

 13年前から振り返ってみると、個人的に一番の驚きは萬屋の躍進です。当代の六代目時蔵は今年の四月大歌舞伎で赤姫の代表である『本朝廿四孝』の八重垣姫をやったかと思ったら、團菊祭五月大歌舞伎の『六歌仙容彩』では小野小町をやり、さらに六月は三姫の雪姫を再演するなど女形の大役をまるで先代の歌右衛門のようにやり続けています。これはとても13年前には考えられないことでした。

 旧版の感想では9代目福助の7世歌右衛門襲名が発表されていたこともあり《6世歌右衛門の兄弟である芝翫さんの息子が継ぐという、久々の血のつながった成駒屋になるんですねぇ…酒飲みということだけでも、応援しちゃいたくなるんですが、あまりにも偉大な存在だっただけに、まあ、マイペースでやってもらえればいいと思います。
 偉大な5代目の遺言によって福助の名跡に空白はあってはならないということで、今の福助が歌右衛門襲名にあわせて、息子の児太郎が福助を継ぐそうですが、女形として大丈夫なのかな…とガッチリした体格を思い浮かべながら心配してしまいます》と書いたのですが、まさかの歌右衛門襲名の延期…。

 考えてみれば福助や児太郎がアクシデントに見舞われず無事に歌右衛門、福助を襲名していたら、時蔵にこんな役は立て続けに回ってこなかったと思います。だから、やれる時にやっておき、新興の萬屋を大きくしておこう、ということなのでしょうか。健康であることの意味、木挽町で立役を張ることへの絶対性、それを巡る家々の戦いのすさまじさを改めて感じてしまいます。

 旧版には《昭和の名優たちの息子は、誰も玉三郎を凌ぐことができなかったということを意味する》時代だと書かれましたが、六世歌右衛門から独占的に引き継いだ大役を他の女形に開放したあと、非政治的な玉三郎が幽玄の世界に浸っている間に、五世、六世の歌右衛門のような傑出した個人ではなく、集団的な政治が激化していたのかもしれません。

 時蔵一家は3代目家六から出ていますが、養子の2代目時蔵が義太夫を習っている女性の元に3代目家六が挨拶に出むいたら、なんとついでに17世勘三郎をつくってしまい、年の離れた兄となった初代吉右衛門がそれを苦々しく思ったなんていうエピソードを改めて思い起こしてしまいます。高麗屋もそうですが、結局のところ、子孫に恵まれた家は強い。

 現五代目歌六は人間国宝にもなっていますが、数々の浮名を流した鴈治郎系もしっかり子孫を残しているから、今後、栄えていくかもしれません。

 大きなスキャンダルに巻き込まれたものの、いずれ團子が猿之助を継ぐであろう澤瀉屋はさておき、新版が出たこの時点で心配になるのは松嶋屋。15世孝夫直系の千之助は2023年10月を最後に歌舞伎の舞台から遠ざかったままです。千之助はすでに26歳。11世仁左衛門が作った片岡少年俳優養成所から阪東妻三郎(バンツマ)や片岡千恵蔵が生まれたのですが、13世仁左衛門に見出された愛之助を含め松嶋屋の今後を考えると、血筋だけでは家の継承が保証されないことを改めて感じます。

[七世幸四郎のDNAが支配する現代歌舞伎]

 この間、成田屋、高麗屋が親子、三代で襲名披露して、2026年5月には紀尾井町の音羽屋も辰之助を襲名しましたが、この團十郎、幸四郎、松緑は全て七世幸四郎の男子直系。

 13年前は四代目猿之助の急成長と18代目勘三郎の急死という大きな動きがありましたが、増補新版では一般家庭出身の七世幸四郎の男系子孫たちがいつの間にか歌舞伎界の中心を占めるようになり、その子どもたちが超御曹司として扱われる時代になりました。

 七世幸四郎は一般家庭出身ということで若い頃に苦労したこともあり、門閥排斥を唱えていたのを考えるとなんとも皮肉な状況かもしれません。

 こうした状況を踏まえると、著者が本書を次のように結ぶのもよく分かります。

《團十郎の世襲宣言

 團十郎は五月と六月とも口上に出て、毎日異なる八代目菊五郎とのエピソードを話して話題になった。その一方、どの日も自分と八代目が同年生まれであり、息子たちも同年生まれだと紹介し、子供たちが、十四代目團十郎と九代目菊五郎になるだろうとも語った。

 それは、この團・菊両家を頂点とする歌舞伎が、今後も血によって家と藝を続けていくという宣言でもあった。

 かつて―――團十郎の曾祖父である七代目松本幸四郎は「門閥の御曹司だとか、公達だとかいわれる子役たちが、さして藝もよくないのに役の上でずんずん出世して行くのが癪にさわるようになってきて、いつか私は俳優の門閥排斥論を吐いたりするようになっていたのです。門閥の御曹司たちの全部が全部そういうわけではなく、実際に優れた天分があって出世される方もたくさんあるのですが、なかにはまた目に余るような人もありました。生意気盛りの私の目には、そういう人ばかりがうつるのです」と自伝で語った。

 当代の團十郎や菊五郎、そして新之助や菊之助は、はたして「さして藝もよくないのにずんずん出世する門閥の御曹司」なのか、それとも「実際に優れた天分があって出世される方」なのか。後者であれば、歌舞伎はまだまだ続いていく。》(p.632-)

 この問いに対する答えはもちろん出ていません。しかし、まさにその行方を見届けることに歌舞伎を観る醍醐味もあるのでしょうし、歌舞伎が「血」に支えられながらも、やはり「藝」によって正当化される世界でもあることを、本書は改めて教えてくれます。

[目次]

第一部 劇聖とその後継者たち―明治から大正(歌舞伎史との並走―市川團十郎家 その一;養子と実子―尾上菊五郎家 その一;東西分裂と襲名争い―中村歌右衛門家 その一;兄弟の明暗―片岡仁左衛門家 その一;フランス系アメリカ人の子―市村羽左衛門家・坂東彦三郎家)
第二部 新興と凋落―大正から昭和戦前(血統のない家―中村歌右衛門家 その二;歴史は繰り返す―尾上菊五郎家 その二;周縁からの出発―中村吉右衛門家 その一;劇界の毛利三兄弟―松本幸四郎家 その一;三人の二代目候補―中村鴈郎家 その一;孤児たちの苦難―守田勘彌・坂東三津五郎家 その一;大空位時代―市川團十郎家 その二;異端の一族―市川猿之助家 その一)
第三部 神なき時代―昭和戦後(二度殺された役者―片岡仁左衛門家 その二;早過ぎる死―市川團十郎家 その三;第二の帝政―中村歌右衛門家 その三;王朝交代―尾上菊五郎家 その三;三代目同時襲名―松本幸四郎家 その三;再び、帝劇へ―松本幸四郎家 その二;分裂した一族―中村吉右衛門家 その二;古くて新しい家―中村吉右衛門家 その二;二組の三兄弟―片岡仁左衛門家 その三;復権―守田勘彌・坂東三津五郎家 その二)
第四部 新たなる希望―平成から令和(相次ぐ悲劇―市川團十郎家 その四;菊五郎家と松緑家の明暗―尾上菊五郎家 その四;三兄弟の誰が継ぐのか―片岡仁左衛門家 その四;駆け抜けた十八代目―中村勘三郎家 その二;短命の家系と、もうひとつの家系―守田勘彌・坂東三津五郎家 その三;恩讐の彼方―市川猿之助家 その三;破棄された襲名ルール―中村歌右衛門家 その四;播磨屋と萬屋の近くて遠い関係―中村吉右衛門家 その三;二代・三人の四回の襲名―中村鴈治郎家 その二;二度目の三代同時襲名―松本幸四郎家 その三;新しい團菊―令和七年間の襲名)






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