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April 20, 2026

『100分de名著ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』『哲学探究』』古田徹也

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『100分de名著ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』『哲学探究』』古田徹也、NHK

 ウィトゲンシュタイン。そのあまりにもカッコ良いアフォリズムに感心することはあっても、何を言いたいのかが分かるまでに何十年もかかりました。

 学生の頃に初めて論考を読んで、読了はしたものの、さっぱり分からず、その後も『反哲学的断章』などを読んでみたし、修士のゼミでも読んだんですが、担当教授が独我論的な読み方で、個人的にはさっぱり分からない状態が続くものの、いろいろ読んでいくうちに、「言語ゲーム」は、語りえぬものの先にあるものだったのだな、とようやく思い至る、みたいな感じでした。

 言語ゲームについては、数列の並びから規則(ルール)を理解できれば、言葉が理解できたことになり、規則(ルール)は、この世界を世界たらしめている、みたいなことが分かった感じはしましたが、語りえぬものの中身については、カギ括弧の中に入っている状態でした。『哲学者廣松渉の告白的回想録』で《『小論理学』『大論理学』『法哲学』などは「要するに、何も分からないけれども、ただ一生懸命読んだ(笑)」(p.125)》という状態が続いていました。

 情けないことに、特に分からなかったのが写像理論とその限界あたりでしたが、今回、初めて納得できました。

 アフォリズムの格好良さに惹かれつつも、その本質を掴めずに数十年。修士のゼミで読み込み、関連書籍を漁ってもどこか霧の中だったのですが、この薄い解説本で初めて「一本の線」が繋がる感覚を覚えました。

[論考]

 簡単に整理すると

1.論理空間と世界の関係
2.命題は事態の模型である
3.模型化できないものは語れない
4.だから倫理や価値は「示される」しかない
5.第七命題の「語り得ないものについては沈黙しなければならない」につながる

 ということになります。『論考』では、基本となる写像あたりが分からなかったのですが、「太陽が西から昇る」模型は作れるが、「西が太陽から昇る」模型は作れない。つまり、論理的にあり得ないことは、ジオラマ(模型)にすらできない。だから語ることもできない。この「写像(コピー)」という潔い割り切りが、かえって難解に響いていたのかもしれませんが、以下、恥も外聞もなく引用だけで説明していきます。

《無限とも言えそうな可能性の空間を、ウィトゲンシュタインは「論理空間」と呼びます。事実となる可能性が高かろうと低かろうと、論理的にありえないわけではない事態の総体──それが、ウィトゲンシュタインの言う論理空間です。》(k.251、kはkindle番号)

《論理空間に含まれる事態のうち、成立している事態──つまり、事実──によって構成されているのが「世界」です。このように整理していくと、「論理空間のなかにある事実が世界である」(1・13)の意味がわかってきますね。》(k.258)

《命題の意味とは、それが写し取っている事態であり、命題のなかの語の意味とは、それが指し示している対象(もの)である。このように定義すると、諸々の「命題」と諸々の「事態」が一対一対応し、命題のなかの諸々の「語」と世界のなかの諸々の「もの」が一対一対応する、ということになります。》(k.271)

《要するに、「机の上に本がある」という文(命題)は、机の上に本があるという事実(事態)を写し取った像であり、一種の模型であるということです。》(k.275)

《「太陽が西から昇る」は有意味な命題ですが、「西が太陽から昇る」は論理的に破綻しており、そもそも意味をなしません。前者はジオラマや映像やイメージなどで表現できますが、「西が太陽から昇る」模型をつくることは不可能です。》(k.310)

《「世界は確かに存在しているし、それは事実なのだから、命題もどきどころか絶対的な真実を表現している命題だ」と思う人もいるでしょう。でも、試しに世界が存在するとはどういう事態なのか、頭のなかで想像してみてください。あるいは、「世界が存在する」ということを表現するジオラマづくりに挑戦してみてもいいでしょう。》(k.317)

 要するに、世界は模型化できる命題によってのみ言語化される、ということならば、言語に反映されるという仕方でのみ示される世界は、その価値については語りえないということで、命題そのものの体系である世界は無意味であるとして哲学を終わらせようとしたのが論考の最後を飾る第7命題「語り得ないものについては沈黙しなければならない」なんだ、と。

[言語ゲーム]

 言語ゲームについてもより深く理解できるようになったと感じています。特に家族という概念から膨らませて、《言葉が話せるようになるというのは、単に言葉を覚える、語彙を増やすことではなく、その言語(日本語、ドイツ語、等々)が深く根を張った場所で生活していけるようになるということ》(k.718)であり《「言語ゲーム」は、原語(ドイツ語)では「シュプラッハシュピール(Sprachspiel)」です。「シュプラッハ」は言語・言葉を意味しており、「シュピール」のほうはゲームという意味のほかに、遊びや演技、演劇といった意味も含んでい》(k.724)ることの重要性に気づかされました。

 ここの演技の重要性で思い出したのは、経済学者スラッファが指であごを擦り上げるジェスチャーを見せ、「これの論理形式は?」とウィトゲンシュタインに尋ねた事が言語ゲームの考え方を深めるきっかけになったという伝説。このジェスチャーは単に指であごを擦り上げるという写像を示しているのではなく、ナポリでは「侮蔑」を意味するとのことです。

 これは、事実と言語は同じ形式を共有する、という『論考』の言語観を崩壊させたと説明されることが多いと思いますが、そうではなく《「アスペクト」というキーワードを用いるなら、同じ振る舞いを、本当に痛い様子と、その振りをしている様子という、二重のアスペクトのもとに捉える能力を身につけるということで》(k.1263)あり言語ゲームを身につけていくことは、こういうことなんじゃないか、と理解できるのではないかと思いました。

 ナポリの侮蔑のジェスチャーは、単なる身体動作ではなく、その共同体のなかで意味を持つ行為です。ここから、言葉や身振りの意味は、それが使われる生活の場面のなかにある、という発想も見えてきます。

《言葉の意味を深く理解するためには、実際に生活を営んで経験を重ねることに加えて、もう一つ重要な要件があります。それは、馴染みのある物事の別の顔を捉える、あるいは別の角度から認知するという、いわば二重の観点をもつこと》(k.983)で、《言葉の意味を理解しているとは、一方では「別の言葉で置き換えられる」ことであり、他方では「どんな言葉にも置き換えられない」ことがわかる、ということでもある》(k.1056)と。

 ここから敷衍して、心とはどこにあるのか、という問題にも言及されます。《私たちの「心」は身体のなかにある自閉的な器官──身体内に隠された秘密の小部屋のようなもの──ではなく、他者とのコミュニケーションの只中に立ち現れてくるものだ》(k.1236)と。そこからさらに、人間は他者を求めて理解したいと思いますが、その前提となるのは、コミュニケーションを取ろうとする相手が、完全には予見可能であってはならないということです。AIやブラウザのように正解を持っているということではないわけです。

 最後に引用される『文化と価値』に収録されている《人は思想に対して値札をつけることができるかもしれない。値の張る思想もあれば、安い思想もある。(中略)では、思想の代金は何によって支払われるのだろうか。私の考えでは、勇気によってだ》は、ぼくも大好きな『反哲学的断章』の《思想に対して値札をつけることができるだろう。ある思想の値段は高く、ある思想は安い。さて思想の代金は、なにによって支払うのか。勇気によって、とわたしは思っている》(丘沢静也、青土社、1988、p.141)と同じで少し感動しました。『反哲学的断章』では、《まちがった思想でも、大胆にそして明晰に表現されているなら、それだけでじゅうぶんな収穫といえる》も思い出します(p.198)。

 長年「分からないまま付き合ってきた」ウィトゲンシュタインでしたが、この本を読んで、ようやく『論考』から『哲学探究』への流れがつながった気がしました。

[放送・テキストの構成(全4回)]

第1回:言語の限界はどこにある?(『論理哲学論考』)
世界と言語の対応関係(「写像理論」)と「語りえないことについては、沈黙しなければならない」という結論

第2回:哲学の謎は解消できる(『論理哲学論考』)
言語の正確な分析により哲学的な問題が消滅するという考え方

第3回:言葉の意味は「使い方」に宿る(『哲学探究』)
前期の「写像理論」を自ら乗り越え、「言語ゲーム」という新たな概念の提示

第4回:沈黙から「表現」へ(『哲学探究』)
日常生活における言葉の役割と、沈黙ではなく開かれた哲学への転換

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