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April 06, 2026

『日本史 敗者の条件』呉座勇一

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『日本史 敗者の条件』呉座勇一、PHP新書

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。野村克也監督も愛した江戸時代の大名・松浦静山の言葉を、日本史のプロがビジネスの視点で徹底解剖したのが本書です。源義経から山本五十六まで、誰もが知る英雄たちが「なぜ、あと一歩で破滅したのか」。その共通点を探ると、現代の組織運営にも通じる驚くべき教訓が見えてきます。PHPの月刊誌「Voice」の連載をまとめたビジネスマン向けの本であるため、PHP新書として刊行されています。

[現場監督が強すぎると組織は壊れる? 義経と山本五十六の共通点]

 源義経は短期決戦で平家を滅ぼしましたが、これは源頼朝の望んだ結果ではありませんでした。屋島合戦や壇ノ浦合戦を独断で強行したことで、見事な勝利を得ましたが、他の東国武士たちが大きな勲功を得る機会を奪い、不満を鬱積させてしまった、と。さらに、平家滅亡によって最も利を得るのが後白河法皇であるという構図に思い至らなかったとされます。

 西郷隆盛は戊辰戦争では有能な前線指揮官でしたが、維新政府のトップとなっても現場主義を捨てきれませんでした。「征韓論」の通説は一次史料には乏しく、むしろ疑わしいとされており、西郷の使節志願そのものが唐突で、周囲も真意を測りかねたという。西郷自身は、自分が朝鮮で殺害されることで開戦の大義名分が立つと考え、その意図を板垣退助への書簡で示してはいます。あるいは、対外戦争によって国内(特に士族)の不満を外に逸らす「遠略」とも解釈できるが、最終的には現場主義に囚われ、西南戦争という叛乱に乗ってしまった、と。さらに、海軍の薩摩閥が味方するという甘い見通しから、海への備えを怠った点も熊本城の攻防戦で最終的な失策となりました。

 山本五十六の連合艦隊は、軍令部と機動部隊に挟まれた中途半端な組織でした。しかも、山本本人もミッドウェー作戦の意図を双方に十分に伝えず、真珠湾攻撃の時と同様「認められなければ辞任する」と迫るのみだった。さらに、ミッドウェー占領が目的なのか、米空母をおびき出しての撃滅が目的なのか曖昧で、本人自身も「本社と現場」の意思疎通を妨げる要因になっていた、と。こうした姿勢は現場の声を吸い上げつつ大局的に判断するという理想的なリーダー像とは対極的な振る舞いだったとしています。

[有能な官僚は、なぜトップに立つと失脚するのか? 光秀と三成の限界]

 明智光秀については、織田信長の四国政策転換により、長年長宗我部元親との取次を務めていた光秀が司令官から外されたことが、謀叛の背景に影響したとする見解。光秀は、与えられた目標の達成には優れていたが、自ら目標を設定し優先順位を決めるトップには向いていなかったとされます。

 石田三成は豊臣秀吉の信任を得て辣腕を振るった官僚でしたが、カリスマ的な「オーナー社長」である秀吉を失った後は精彩を欠いていきます。組織が分裂し主導権争いが激化していくのに、多数派工作といった政治的な駆け引きが苦手で多数派を構築できませんでした。関ヶ原の戦いでは最近の学界の新論を紹介しながら、「小早川秀秋の裏切りは、実は開戦直後だったのか?」という問い鉄砲に関しては白峰説支持、笠谷説批判で論を展開しています。

 田沼意次再評価論の批判も面白かった。意次も異例の昇進で絶大な権力を握った人物。1990年代あたりから、それまで汚職政治家との評価されていた田沼意次の評価が見直されましたが、最近の日本史学界隈では田沼の手掛けた事業は場当たり的で、ほとんど失敗という批判的な評価への揺り戻しが起きているとのこと。

[ブラック企業化する織田軍団と、耳に心地よい声しか聞かない上皇]

 承久の乱は鎌倉武士の勝利というより、義時追討の院宣を出せば東国武士が朝廷側につくだろうという甘い見通しありきの戦略による後鳥羽上皇の自滅だった。これは周囲に幕府への不満を語る西国武士が集まったため、鎌倉が多くの武士から支持されていないと誤解、自己と権威を過信するあまり、耳に心地よい取り巻きの声に依存したことが悲劇をもたらした、と。

 織田信長は部下の不満に気付かず、知行に対してこれだけの軍備を用意しろという基準も示さずに結果だけを主観的に評価するような、いわば「ブラック企業」的な統治を行っていたという評価。新しく獲得した土地も検地などをほとんど行わなかったため、知行とそれに比例する軍役を正確に把握できず、極端な成果主義で競争だけを煽る仕組みを作ってしまったので、「これではやってられない」と感じた浅井長政、松永久秀、荒木村重などから相次いで離反された、と。

[目次]
【第一章】現場主義・プレーヤー型
源義経:最強プレーヤーはなぜ「独立」に失敗したか
西郷隆盛:情に流された英雄の末路
山本五十六:大作戦を破綻させたコミュニケーションの欠如

【第二章】サラリーマン社長型
明智光秀:「三日天下」を招いた決断力不足
石田三成:最大の敗因は組織づくりの軽視
田沼意次:官僚の枠を超えられなかった改革者の限界

【第三章】オーナー社長型
後鳥羽上皇:自身の権威を過信した「名君」の誤算
織田信長:部下の謀叛を招いた「ブラック企業」の長

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