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December 18, 2025

『移動と階級』伊藤将人

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『移動と階級』伊藤将人、講談社現代新書

 恥ずかしながら「移動資本」という概念を初めて知りました。移動できる資力、経験、機会などが明らかに年収によって違ってくることもあり、移動には社会、経済、政治的な問題が関わってくる、と。

 00年代で一番印象に残っているのは"Bowling Alone" Robert D. Putnamで、そこで社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)という概念を知って驚いたんですが、ひょっとしてそれ以来かも。パットナムは「つながり」の欠如が民主主義や幸福を損なうと説いたのですが、本書は「移動」という、一見個人の自由に見える行為が、実は極めて構造的な「資本(Asset)」であることをことを突きつけてきます。

 移動資本が高い人はどんどん資本力を高め、観光だけでなく仕事でもどんどん移動して成功するチャンス、ネットワークを構築する機会を高め、さらに資本は豊かになるし、経験を高めることでますます移動しやすくもなる一方、交通インフラが脆弱で年収も低めな地方在住者は移動機会が少なく、「実質的な移動能力(モビリティ・ケイパビリティ)」の面でどんどん差が広がるばかりというのは考えてみれば当たり前ですが、ここまで可視化されると驚きとなります。

 日本国憲法第22条では居住、移転の自由が保障されていますが、移動資本やネットワーク資本というものが移動可能性に強く関係しています。

 実際、日本の半数弱の人々は自分を「自由に移動できない人間」だと思っており、5人に1人は移動の自由さに満足しておらず、3人に1人が他人の移動を「羨ましい」と思っている、というのは、衝撃的な数字でした。このほか、日本では3人に1人が直近1年以内に都道府県外の旅行をしたことがなく、海外旅行に行けなかった理由の1位は「料金が高い」から、と。

 「富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなる」という「マタイ効果」がこんなにも見事に現れているとは…

 また、家族の有無や体力などでも移動経験は奪われ、これによる男女差もある、というのも納得です。このほか女性の自動車事故の重症比率は男性の1.5〜1.7倍高いというのは衝撃的です。衝突実験に使われるダミーは177cm,75kgぐらいの男性サイズで、女性サイズで実験が行われるようになったのは2010年代以降とのこと(確かに友人のうち女性ではパスポートを持っていなかったり、新幹線などもあまり乗らない人もいます)。

 個人的には都心で生まれ、新幹線、航空機など高速移動手段を簡単に使え、外国を含めていつでも、どこでも行ける環境にはありましたし、社会人になってからも日本国内は全都道府県で一泊以上させてもらいました。また、海外にも行かせてもらっていたのは、特権的だったのかも…と感謝してしまいました

 さらに個人的な話しを付け加えると、新聞記者が経験豊富に感じるのは移動資本が大きいからなのかも…。記者は社費(組織の資本)を使って、通常ではアクセスできない場所や人へ移動できます。この「移動の機会」が、個人の知見やネットワークとして蓄積され、結果として大きな「移動資本」を形成していくというのはプロフェッショナル層における格差の源泉とも言えそうです。

 「移動すればするほど人は成功する」みたい本もありますが、移動格差というものがこの社会に存在するということに目を向ける必要があるのかもしれません。

 ウーバーイーツは移動の再分配であり、都市では3回配達すると1000円もらえることがセーフティネットになっているというあたりもおもしろかった。これは、動けない富裕層・多忙層やリモートワークなどで働ける中流の人々が金を払って「移動」をアウトソーシングし、その食事を運ぶのは動くことで稼ぐ労働層が自分の移動を「資本」として切り売りし、セーフティネットとするという関係です。都市部における移動の需要と供給が、そのまま階級構造を反映しているという指摘は、都市の見え方を一変させます。

 このほか
・旅行による二酸化炭素の増加は、気候が激しさを増すことにつながり、移動の困難さも生むという再帰的な関係がある
・米国でクルマを寝床にするノマド労働者は白人が多い
・通勤が現代社会の豊かさをつくった

 なんていうあたりも印象的でした。

 また、書評でヒステリックに内容を否定するものが散見されるのは、移動できないということが格差である、ということを認めたくない人が多いのかも…などとも考えてしまいました。

【目次】
第1章 移動とは何か?
第2章 知られざる「移動格差」の実態
第3章 移動をめぐる「7つの論点」
第4章 格差解消に向けた「5つの観点と方策」
「移動」をもっと考えるためのブックリスト

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