『百人一首 編纂がひらく小宇宙』田渕句美子
『百人一首 編纂がひらく小宇宙』 田渕句美子、岩波新書
これもジムでトレーニングしながらAudibleで聞いた本です。
聞き終えて、あらためて基礎情報をまとめなおしてみました。
最初は基礎情報。『百人一首』は小倉山荘で藤原定家が編纂したと一般的に考えられてきましたが、1951年、有吉保によって存在が明らかになった『百人秀歌』との比較で、定家が編纂した『百人秀歌』を元に後代のアンソロジストが『百人一首』をまとめたと考えられるようになってきました。
藤原定家が編纂した『百人秀歌』は京都在住の鎌倉幕府有力御家人であった宇都宮蓮生に献呈されますが、『百人一首』と比べて97首は同じですが、後鳥羽院と順徳院の歌が『百人一首』には含まれていません。
具体的に『百人一首』にあって『百人秀歌』にない歌は以下の二つです。
人も惜し人も恨めしあぢきなく世を思ふゆえに物思ふ身は(後鳥羽院)
百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり(順徳院)
元になった『百人秀歌』は合計101首の歌が収められていますが、『百人一首』にない歌は次の三つ。
夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき(一条院皇后宮[中宮定子])
春日野の下萌えわたる草の上につれなく見ゆる春の淡雪(権中納言国信)
紀の国の由良の岬に拾ふてふたまさかにだに逢ひ見てしがな(権中納言長方)
つまり101首の『百人秀歌』からマイナス3で98首となり、『百人一首』を再編集した人物が、そこに承久の乱で退位させられた二人の悲劇の天皇の歌を最後に加えて100首にしたと考えられています。
承久の乱の記憶がまだ鮮明な時代に、鎌倉幕府につらなる宇都宮家の僧、蓮生に献呈した『百人秀歌』に、いわば下手人の後鳥羽院と順徳院の歌は入れられなかったろう、と推察できます。そして、後の歌道研究者が天智天皇の「秋の田の かりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」から始まる『百人秀歌』を和歌の歴史全体をより感じやすくするために後鳥羽院と順徳院の歌が締めくくったのではないか、というのがこの本の結論です。
このほか、42番『契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは契』の「しぼりつつ」に関して「しほる」は「涙などで濡れる」という新しい解釈の可能性の紹介もされていました。
最後に個人的な話しを。宙組の『宝塚110年の恋のうた』は式子内親王に恋する藤原定家という物語調で和物のショーが進行していきました。
『百人秀歌』で定家が選んだ式子内親王の歌は『玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする』ですが、これは題詠というバーチャルな歌の世界で、男の視点で歌った歌。
一方、定家の歌は『来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや 藻塩の 身もこがれつつ』も題詠で、ここでは定家が女性の気持ちになって恋のを歌っています。
つまり、『宝塚110年の恋のうた』は女装した定家が男装の式子内親王が恋におちるという設定にもなるわけで、その奥深さは素晴らしいな、と(大伴家持の元歌も知らずに『海ゆかば』を批判しなくてすんで良かった、と胸をなでおろしますw)。
[目次]
序 章 『百人一首』とは何か――その始原へ
第一章 『百人一首』に至る道
1 勅撰和歌集というアンソロジー――撰歌と編纂の魔術
2 八代集という基盤――「私」から複数の人格へ
3 『三十六人撰』から『百人一首』へ――〈三十六〉と〈百〉の意味
第二章 『百人一首』の成立を解きほぐす
1 アンソロジスト藤原定家の登場――編纂される和歌と物語
2 『百人秀歌』と『百人一首』――二つの差異から見えるもの
3 贈与品としての『百人秀歌』――権力と血縁の中に置き直す
4 定家『明月記』を丹念に読む――事実のピースを集めて
第三章 『百人一首』編纂の構図
1 『百人一首』とその編者――定家からの離陸
2 配列構成の仕掛け――対照と連鎖の形成
3 歴史を紡ぐ物語――舞台での変貌
4 和歌を読み解く――更新される解釈
5 『時代不同歌合』との併走――後鳥羽院と定家
第四章 時代の中で担ったもの
1 歌仙絵と小倉色紙――積み重なる虚実の伝説
2 和歌の規範となる――『百人一首』の価値の拡大
3 異種百人一首の編纂――世界を入れる箱として
4 『百人一首』の浸透――江戸から現代まで
終 章 変貌する『百人一首』――普遍と多様と
『百人秀歌』 『百人一首』所収和歌一覧
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