『身近な薬物のはなし タバコ・カフェイン・酒・くすり』松本俊彦
『身近な薬物のはなし タバコ・カフェイン・酒・くすり』松本俊彦、岩波書店
松本さんが話題になったのはストロング系のチューハイの危険性とアルコールと自殺の関係性を説いたからではないかと思うのですが、「ほぼ日」で糸井さんが褒めて、シンポジウムなんかも開いたということで、読んでみよう、と思った本です。
目次が素晴らしく、こうした本を読んだことのある方なら、目次だけを読んでも、大まかな流れを掴めると思います。
著者の伝えたい最も重要なメッセージは人類に最も大きな健康被害をもたらしている薬物はアルコール、タバコ、カフェインがビッグスリーで、それほど深刻な問題をもたらしていないにもかかわらず、厳しい規制の対象とされてきたのがアヘン(オピオイド類)、大麻、コカのリトルスリーだ、ということだと思います。
近代以降の世界では《コーヒーや茶、カカオ(チョコレート) に砂糖を添加することによってカフェインの消費量は増えますし、タバコはカフェインの代謝を早めるので、これもまたカフェインの消費を促進します。そして、カフェインの摂り過ぎで興奮した脳を冷却して眠りにつくには、大量のアルコールが必要となり、さらに翌朝、二日酔いのぼんやりした脳を覚醒させるためにカフェインが必要となる……。まさに「濡れ手に粟」のアディクション・ビジネス》(k.158、kはkindle番号)が展開されることになった、と。
それにしても思うのは、アメリカはいつも極端から極端に世論が振れるな、ということ。米国民は建国以来、ラム酒やウィスキーで日がな一日酩酊するという自由を謳歌していたのですが、ドイツ憎しの機運が高まった第一次世界大戦では、当初のビール禁止から禁酒法まで行ってしまったそうです。そして、大恐慌に際して政府支出を増やそうにも酒税収入が途切れて有効手段が打てずに、そうした状況はルーズヴェルトがニューディールやるために禁酒法を撤廃するまで続いた、と。
ロシアはイワン雷帝がウォッカの酒税を収入の柱にしたため浴びるように飲む習慣が蔓延。それを嘆いたニコライ二世は禁酒法を施行したが、やはり税収不足に見舞われてロシア革命を引き起こしてしまうあたりは、アルコールと政治の関わりの深さを思い知りました。ちなみに、レーニンは過度な飲酒癖を持つものをボルシェビキに入れなかったが、それを解禁したのはアル中のスターリン、みたいな感じらしいです。
こうしてみると日本の国税庁がビール会社の発泡酒に執拗な攻撃を仕掛けたわけがわかりました。酒税が絶たれると国が揺らぐことを知っているんだな、アイツら、とw
医療用麻薬フェンタニルはヘロインの数十倍も強力なオピオイド(アヘン)で健康被害は爆発的に拡大していますが、米国が最初にオピオイド危機を体験するのは南北戦争。《自身もモルヒネ依存症に陥った元南軍兵士にして薬剤師ジョン・ペンバートン(一八三一~八八) が、自身と人々をモルヒネ漬けの生活から脱却させるべく、様々な香辛料とともにコカインを混ぜて開発した薬用飲料が、コカ・コーラの始まり》(k.211)というのは知らなかったです。
第三章はアルコール禁止の難しさだったんですけど、日本でもコロナ禍で菅政権が飲食店でのアルコール販売自粛を打ち出して、内閣支持率が激減して交代させられたのを思い出します。まさにアルコール規制は為政者の失脚を招くな、とw
市販薬の過剰摂取について書かれた7章は衝撃的でした。
なぜ若年層、特に女性に市販薬の過剰摂取が起こっているのか?
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ドラッグストアが毎年、1000~1500軒ずつ増えて市販薬にアクセスしやすくなったから
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なぜドラッグストアがこれだけ増えても潰れないのか?
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薬九層倍で利益率が高く、コンビニでも売っているような生活用品をより安く販売でき、客を集め、安いコスメも売って若い女性を来店させるようにしているから
↓
さらに政府は医療保険の増加を防ぐため、市販薬の購入を推奨し、ドラッグストアなどで殆どの薬(95%)を薬剤師なしで販売できるようにして、税金も控除するようになったから
という「物語」は怖い。
喫煙者を徹底的に糾弾する正義の禁煙ファシズムは、そもそも健康志向がファシズムなど富国強兵から始まったから、狂気のようになる、みたいなあたりも面白かった。
哲人皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスも政務の苛立ちを日々アヘンによって鎮めていたといわれているそうですが、著者の結論は以下の3点です(k.3897-)。
・第一に、 薬物の違法/合法は医学的にではなく、政治的に決定される、ということ
・第二に、「よい薬物」も「悪い薬物」もなく、あるのは「よい使い方」と「悪い使い方」だけ、ということ
k.3911
・最後に、「悪い使い方」をする人は何か別に困りごとを抱えている、ということ
[目次]
第1章 本当に有害な薬物とは?
最大規模の害を引き起こす薬物
嗜好品と文化
薬物文化のグローバル化と「サイコアクティブ革命」
米国が体験した二つのオピオイド危機
わが国の医薬品乱用・依存
医薬品乱用の背景にあるもの
第2章 アルコール(1) ストロング系チューハイというモンスタードリンク
ストロング系チューハイへの警鐘
ストロング系とは?
なぜストロング系は危ないのか?
なぜストロング系は愛されるのか?
アルコールによる健康被害
アルコールによる他者・社会への害
第3章 アルコール(2) 人類とアルコールとの戦い
理性を曇らせる飲み物
ジンとの戦い――ジン・クレイズとジン規制
米国におけるアルコール規制
他の国々におけるアルコール規制
なぜアルコール規制はむずかしいのか
第4章 アルコール(3) 人間はなぜ酒を飲むのか?
生き延びるためのアルコール
アルコールのために集い、つながる人々
なぜ一部の人は飲みすぎるのか?
アルコール問題の背後にあるもの
第5章 カフェイン(1) 毒にして養生薬、そして媚薬
「不自然」なドラッグ
不思議と非難されない依存性薬物
カフェインの薬理学
エナジードリンクをめぐる問題
毒にして養生薬
媚薬としてのカフェイン
第6章 カフェイン(2) 人類とカフェインの歴史
ヨーロッパに「近代」をもたらした薬物
カフェインの起源と人類との出会い
カフェインに対する社会の反応
カフェインが引き起こした悲劇
人が集える場所をつくる薬物
第7章 市販薬 セルフメディケーションは国民の健康を増進したか?
市販薬乱用・依存の現状
なぜ若者たちは市販薬にアクセスするようになったのか?
市販薬は本当に安全なのか?
「濫用等のおそれのある医薬品」指定をめぐる諸問題
「モノ」の管理・規制だけでなく、痛みを抱える「ヒト」の支援も!
「ダメ。ゼッタイ。」はもうおしまいにしよう
第8章 処方薬 医療へのアクセス向上が作り出す依存症
「選択的に」忘れられる薬害
睡眠薬・抗不安薬依存症とは?
睡眠薬・抗不安薬依存症の周辺
なぜベンゾ類はかくも問題となったのか
対策の功罪と精神科医療の課題
本当に解決すべきなのは「不安」なのか?
第9章 タバコ(1) 二大陸をつないだ異教徒の神器
近年とみに立場が悪くなっている薬物
タバコとは――その薬理作用と有害性、依存性
タバコの起源と文化的意義
タバコへの弾圧と抵抗
タバコ嫌悪に底流する差別意識
第10章 タバコ(2) 社会を分断するドープ・スティック
人を怠惰な馬鹿にする薬物?
社会システムによるタバコ依存症の拡大
タバコの衰退
健康ファシズムの暴走なのか?
公衆衛生政策は現代の「異端審問官」なのか?
第11章 「よい薬物」と「悪い薬物」は何が違うのか?
「ビッグスリー」と「リトルスリー」
薬物を使う人類
「身近な薬物」と「身近ではない薬物」の違いとは?
なぜ大麻は違法化されたのか?
国際的潮流の大転換
「よい薬物」も「悪い薬物」もない
あとがき
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