『がん 4000年の歴史 上』シッダールタ・ムカジー
『がん 4000年の歴史 上』シッダールタ・ムカジー、早川書房
『遺伝子』があまりにも面白かったので、ムカジーのデビュー作もジムの有酸素運動の際に「聴く」ことにしました。
読んでいて圧倒されるのは、がん患者の苦しみ。20世紀後半では不治の病だったと思いますが、治る込みがない絶望に加えて、それでも治癒を目指した研究者が進めた暗中模索のがん治療が、患者の苦しみと犠牲の上に成り立っていること。想像を絶する副作用を予告された上で藁にもすがる気持ちで臨床試験を受けた人々の犠牲的精神の上で現代の医療が成り立っているんだな…と。標準治療の凄さというか、まやかしの多い代替「療法」には怒りさえ感じます。
個人的な話しですが、数年前、親友をがんで失いました。その友人は再発した後、バカ高いビタミンC療法みたいなものにすがり、亡くなりました。しかも、彼は医者の息子だったんです。もし、この本を読んでいたら説得できたかもしれません。現在、受けられる手術や抗がん剤、放射線による標準治療は「並みの治療」ではなく、チャンピオン中のチャンピオン、パウンドフォーパウンド(PfP)の井上尚弥みたいな治療方法だ、と。
がんは原題(The Emperor of All Maladies)のように「すべての病気の皇帝」ですが、それを克服しようとする人間の執拗さ、敗北と希望の不安の克服、普遍的な解決策を求める衝動と傲慢さは、人間の本質そのものかもしれません。
白血病からスタートしたのは、初めて化学物質がいったんは寛解に導いたからなのか…と知らないことばかり。
抗がん剤は細胞毒性抗がん剤であり、化学療法が転移した固形がんに対して上手く効いたのは1960年ぐらいが初めてというのには驚きました。ガンを殺すか患者を殺すギリギリの攻防で進められた化学療法とはなんと凄惨な歴史なのかと驚かされます。
しかし、それまで転移したら対処もできなかったわけで、化学療法はありがたい話しなんだな、と。考えてみれば20世紀末ぐらいまでは、ほぼオワと考えられていたわけですから、凄い進歩です。ちゃんと早期発見の健診も受けて、これまでの研究の成果に感謝しなければ、と思います。小児白血病など、かつては致命的だったがんのいくつかは、今ではかなり治癒可能になっていますし。
また、薬剤投与群とプラセボ投与群とに無作為に分けて、バイアスのない中立な方法で検証できる方法を考案したのはブラッドフォード・ヒルという名のイギリスの統計学者ですが、がん治療には医療関係者だけでなく、人類の叡智を結集したものだな、と。
麻酔も消毒もない時代から、乳がんの拡大根治手術が必ずしも有効でなかったことにも驚かされます。
がんの症状について《これは隆起するしこりの病である》と初めて記したのは、紀元前2625年前後に活躍した偉大なエジプト人医師、イムホテブでした。ただし、治療は行われないとも書いています。
乳がんは割と「見える」がんであったため、ウィリアム・S・ハルステッドによって19世紀後半には根治的乳房切除術が実施されます。しかし、それは乳房だけでなくリンパ節や肩甲骨まで切除するものになっていくというエスカレーションは恐怖でした。
全ての方に一読をお勧めします。
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