『遺伝子 親密なる人類史 下』シッダールタ・ムカジー
『遺伝子 親密なる人類史 下』シッダールタ・ムカジー、田中文 (訳)、早川書房
ギリシア哲学の時代から始まった遺伝子に関する編年体による説明は2000年代初頭の人間の全遺伝情報=ヒトゲノム解読、山中伸弥教授らによるiPS細胞の作製に成功、ジェニファー・ダウドナらが開発した新技術「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」によるゲノム編集と進みますが、下巻の後半からは近未来におけるヒトの遺伝子編集の是非について多くの頁を割いていす。
時代はゲノム解析からゲノム編集へ、解読から書き換えへと進むわけです。メンデルの発見から150年といいますか、その再発見からわずか100年の間に,人類はかつて想像もできなかったような「技術」を手に入れたことになります。
ヒトゲノム計画は、遺伝性疾患によって起こる病気の原因を突き止めるための、遺伝子の解明にありました。その解読が完結すると、まず単一遺伝子の異常が引き起こす遺伝病の原因遺伝子探しが始まります。
しかし、上下巻を通奏低音のように流れる血友病のように単一遺伝子の異常によるものは意外と少なく、環境を含む複数の要因がからむ事例が多いとのこと。
1999年にペンシルバニア大学の遺伝子研究に被験者として参加していたジョン・ゲルシンガー(18歳)が重篤な感染症を併発し、死亡した事件など、まだまだ課題は多く、遺伝子を改変するより、環境を変えた方が治療効果は高い場合もあるというのはホッとしました。
また、出生前診断も拡大していきます。これは、障害者にかかる経費を減らそうとする社会的な欲求が背景にあるのですが、例えばアイスランドでは出生前診断によってダウン症の新生児がゼロになっているとのこと。
ヒトが自分の仕様書とも言うべき遺伝子を読み解き、書き換えるようになった未来では、病気、悲しみ、変異、弱さ、偶然は少なくなるが、個性、やさしさ、多様性、傷つきやすさ、選択の自由は失われるかもしれないという著者の言い方には、なるほどな、と思うと同時に「自分をよりよくするために」操作したいという欲望は変わらないだろうな、とも感じます。
個人的にはエピジェネティクスがルイセンコの環境因子が形質の変化を引き起こしと獲得形質が遺伝するという学説に似ているというあたりが印象的でした。日本でも1960年代までは、ルイセンコ学説が幅を効かしていて、ウィルス学がプラウダに載った記事に大きな影響を受けていたという中井久夫さんが書いていたようなことは、本当にあったんだ、と改めて驚かされます。
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