『遺伝子 親密なる人類史 上』シッダールタ・ムカジー
『遺伝子 親密なる人類史 上』シッダールタ・ムカジー、早川書房
ジムで運動しながらAudibleで聴いた本。
メンデルがヨーロッパの片隅で発見し、一時期は忘れ去られていた遺伝の法則と、ダーウィンの進化論が出会って遺伝学は歩み始めたのですが、そのダーウィンの従兄弟が心酔した優生学をナチス・ドイツが悪用、いきなり民族浄化に使われるという負の遺産を背負いながらの研究史となります。しかし、第二次世界大戦後のワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の発見をへて、遺伝学はクローニングなどの技法も加わり、生命科学というより人間社会をも変貌えていく壮大なストーリーが前半。
血友病のロシア皇帝家系の悲劇が通奏低音になっているのも、よく考えられた構成だと思いました。
メンデル~ダーウィン~DNA発見までは割と書評で書かれているので、第三部「遺伝学者の夢」の後半を中心に書いてみたいと思います。
ここでは、1970年から2001年にかけての遺伝子解読と遺伝子の「乗り換え」や「組み合わせ」、クローニングの進展が描かれています。
その中で大きな影響を与えたのがアシロマ会議。「浜辺のアインシュタインたち」では、1975年に開催されたアシロマ会議で、遺伝子操作の安全性と倫理について議論され、遺伝子操作技術の適切なガイドラインが策定されました。1970年代初頭、遺伝子組み換え技術が急速に発展し、科学者たちはその潜在的なリスクについて懸念を抱き始めました。抗生物質が効かない毒物を精製しようとしたり、遺伝子操作が健康に与える影響が問題視されました。特に人間の遺伝子操作に関する倫理的なガイドラインが求められ、それ以降、これに基づいて研究が進めることになりました(そうでなければ研究費が支給されないので)。
こうした時代に、創業4年で史上最大級のIPOを実現したジェノテック(Genentech=genetic engineering technology、遺伝子工学技術)が研究者とベンチャーキャピタルの2人によって誕生します。創業者の1人である研究者ボイヤーはインスリンの製造に的を絞ります。当時、先進国では糖尿病が増える中、インスリンはブタやウシの膵臓から直接、つくるしかなく、慢性的に不足だったのです。アシロマ会議では人間の遺伝子操作はほぼ禁止されましたが、遺伝子操作によって生産されるインスリンはグレーゾーンながらかろうじて対象外だったので、DNA操作によってまず人工的なインスリンづくりが始まります。
ジェノテック社は51個のアミノ酸で出来たインスリンづくりに成功したのですが、動物由来のインスリンよりも安全性の面で優れていることも後で判明します。当時、AIDSの蔓延によって血友病患者向けの液凝固因子製剤が問題になっていたのですが、遺伝子操作によって生産するため輸血を必要としない治療薬が開発でき、安全に多くの命を救ったのです。
当時、ジェネティック社の中には「クローニングか、死か」というTシャツを着ていた研究者がいました。最初は遺伝子をクローニングできなければ会社は死ぬという意味だったのが、AIDSの流行で、人間由来の血液製剤が使えなくなる中で、文字通り人工的にクローニングできなければ患者が死ぬという問題に変わっていく過程がスリリング。
遺伝子組換えをまだ問題視するヒトがいますが、こうした歴史は知らないんでしょうね。
下巻も楽しみです。
[目次]
この時期の研究は、遺伝学の未来を大きく変えるものであり、現代の遺伝子研究の基盤を築いた重要な時代です。
プロローグ 家族
第一部 「遺伝といういまだ存在しない 科学」
遺伝子の発見と再発見(一八六五〜一九三五)
壁に囲まれた庭
「謎の中の謎」
「とても広い空白」
「彼が愛した花」
「メンデルとかいう人」
優生学
「痴愚は三代でたくさんだ」
第二部 「部分の総和の中には部分しかない」
遺伝のメカニズムを解読する(一九三〇〜一九七〇)
「目に見えないもの」
真実と統合
形質転換
生きるに値しない命
「愚かな分子」
「重要な生物学的物体は対になっている」
「あのいまいましい、とらえどころのない紅はこべ」
調節、複製、組み換え
遺伝子から発生へ
第三部 「遺伝学者の夢」
遺伝子の解読とクローニング(一九七○〜二○○一)
「乗り換え」
新しい音楽
浜辺のアインシュタインたち
「クローニングか、死か」
用語解説(五十音順)
〈監修にあたって〉
原注
索引にかえて
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