『NOISE 下 組織はなぜ判断を誤るのか?』カーネマンその他
『NOISE 下 組織はなぜ判断を誤るのか?』カーネマン/ オリヴィエシボニー / キャス・R・サンスティーン / 村井章子(訳)
上巻ではノイズが発生する様々な場面が描かれていますが、下巻はノイズの原因と対処法がテーマとなっています。
上巻に引き続き医師、裁判官などプロ中のプロの判断に信じられないほどのバラツキがあり、それが社会的な許容限度を超えている実態が次々と明らかになっています。さらに、こうしたプロ中のプロは独立独歩で自分の直感的な判断を盲信するため、それを制限するためのアルゴリズムを事前に導入することに反対するので始末におえません。
こうしたアルゴリズムの有効性を端的に表している例としてあげられているのはアプガー・スコア。
アプガー・スコアは出生直後の新生児の状態を評価し、新生児仮死を判断するための基準です。出生時に呼吸循環不全を呈すると生命予後や神経発達障害などの問題にまでつながるため、新生児仮死の徴候を速やかに捉えることは重要でした。それまで個々の医師の判断に任されていたものを、「皮膚の色」・「心拍数」・「反応性(啼泣)」・「活動性(筋緊張)」・「呼吸」の5つの評価項目について、それぞれ0~2点の3段階に点数をつけ、その合計が10~7点を正常、6~4点を軽症仮死(第1度仮死)、3~0点を重症仮死(第2度仮死)とするという比較的単純なスケールですが、こうした単純な評価の上で医師が判断を行うことによって、全ての層で改善がみられたそうです。
医療の分野では精神科医の判断のバラツキが特に大きいため、アメリカ精神医学会はDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、精神障害の診断と統計マニュアル)を定め、この診断基準を元に保険診療がなされることになっており、DSM-Iが1952年に発表されて以降、現在ではDSM-5(2013)まで改定が進んでいます。マニュアル化された診断が精神医学の面白みをなくしてしまったという面もあるでしょうが、向精神薬の発達なども含めて、入院の短期化、症状の軽減など患者にとってはメリットの大きなマニュアルになっていると思います。
このほか、ルーレットに等しいとまで酷評しているのが難民認定を許可する審査官の判断。アメリカでの調査によると、申請の5%しか許可しない審査官と88%を許可する審査官がいたそうです。このほか、午後になれば許可率は落ちたりするわけで、難民に認定されるかは賭けをするようなものだ、と。
また、士業などの個々人のプロの判断だけでなく、組織にも判断ミスは付きもの。著者たちは人事領域である「人事評価」と「採用面接」を取り上げていますが、誤判断の防御策としてあげられているのが「判断ハイジーン」。衛生管理を意味するハイジーンという言葉が選ばれたのは、ノイズを減らすのは衛生管理と同じく、特定できない敵に対する防御だからとのこと。
これは手洗いのような衛生管理に似ており、どんな菌やウィルスを防いでいるのか分からないにしても確実にノイズを防止する効果を持つとしています。
組織として判断を下す時には会議など、最初の発言者に大きく左右されるようなやり方ではなく、判断を構造化して独立したタスクに分解した上で、一つひとつの項目に対して独立した多くの人が判断したものを、後で統合することで、力のある者の直感を遅らせる、みたいな手順が推奨されています。
官僚制度は複雑な社会をコントロールするための手段として多くの組織に導入されていますが、将来への予測などはサルがダーツを投げるようなものであり、大きく間違わないためにも、構造化すべきである、と。
人事、採用でも構造化された判断が有効だ、みたいな。
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