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May 22, 2023

『政治家の酒癖 世界を動かしてきた酒飲みたち』

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『政治家の酒癖 世界を動かしてきた酒飲みたち』栗下直也、 平凡社新書

 

 酔っ払いは「行動の詩人」になるというか、徹夜麻雀も2日目に突入すると全ての言葉が詩に聞こえてくるような不思議な感覚を味わうことがあるのですが、『人生で大切なことは泥酔に学んだ』に続く栗下直也さんの快著も行動で詩人の魂を示すエピソードや箴言に満ちています。

 また、この本はプーチンのウクライナ侵攻がなかったら成立していなかったのかもしれないと感じます。当たり前ながらほとんどが酔っ払い政治家のことを書いているのに、全体の締めが「飲まないプーチン」だから。なんと目次のラストは「ウラジミール・プーチン 人間は酒を飲まなくても合理的な判断をするとは限らない」です。

 様々な政治家の酒に酔った醜態を書いたあと、栗下さんはプーチンの行動をみて看破するのです。《酒を飲まなくても、体を鍛えて節制しても、まともな判断ができるとは限らない》と(p.183)。オバマでもローマ法王でも誰との会談でも遅れるプーチンに「それだけ遅刻するなら、戦争の判断だけ早々と下すなよ」と思ったはずだ、と。いずれにしても彼は人間は酒を飲まないからといって合理的な判断ができるとは限らないことを示してくらたのだ、と。

 「おわりに」では、さらに一歩進めて《正論ではカバーできないところを補うのが政治家の仕事でもあった》のに、本音なき建前が横行してしまっている、とコンプライアンス全盛時代の問題点をついています。個人的に思い出したのは尊敬する立川談志師匠のエピソード。談志師匠は知り合いの防衛庁長官に免許の取消を勘弁してほしいと頼んで断られると「そんなことでお前は国を守れるのか」と怒鳴ったといいます。個人的には至極正しい感覚だと思うのですが、どう考えても今では通用しない論法でしょう。その理由を栗下さんはこう説明してくれています。人間は本来適当な生き物なのに、つい最近、品行方正な社会になったので戸惑っている人が多いのだ、と。

 たがら、酔って戦艦から艦砲射撃して漁民を殺した黒田清隆首相(大日本帝国憲法を発布した時の総理大臣)や、パンツ一丁で招かれたホワイトハウスを彷徨って外出しようとしたエリツィンや、あまりにも酷い酩酊ぶりに呆れた娘から玄関で水をぶっかけられた宮沢喜一首相やなどが懐かしく感じられるのかもしれません。

 また、政治家とそれを選ぶ人々の問題点も軽いタッチで描いています。それはイケメン政治家。《どこの国でもどこの時代でもイケメンは人気があるが、政治はたいがいうまくない。だからといって非イケメンが政治的手腕に長けているわけでもないので、せめてイケメンを選んでいるのかも》(p.116)、と。米国の民主党で大統領候補がなかなか投票では選ぶことができず、結局、イケメンだからということで選ばれたあげくに当選してしまったピアースは南北戦争の原因をつくってしまい「酔う以外にやるべきことはない」と漏らし、史上最低の大統領投票では常にワーストの席を争っています。ピアースは35回目の投票で大統領候補に担ぎ上げられたのですが、確かに103回の投票の末に選ばれて、クーリッジに歴史的敗北を喫したジョン・W・デイビスもイケメンで、「面倒臭いからイケメンを選ぶ」という選挙民の悲しい人間の性も教えてくれています。

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