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May 23, 2023

『組織・チーム・ビジネスを勝ちに導く 「作戦術」思考』小川清史

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『組織・チーム・ビジネスを勝ちに導く 「作戦術」思考』小川清史、ワニブックス

 作戦術=Operational Artとは戦略=全体最適を念頭に置きながら個々の戦術(現場)をコントロールする術のこと。

 元陸将(西部方面総監)の著者はウクライナ侵攻を巡る的格なコメントが素晴らしいな、と感じていて、これまでは共著を2冊読んだのですが、単著は初めて。全体を俯瞰してマトリクスに整理して落とし込み、そこから現状をフィードバックして考えるシステマチックな思考方法は動画などでもうかがえましたが、それは全体最適を念頭に置きながら戦術をコントロールするということを常に意識しているからなんだろうな、と感じました。もちろん、経営者向けの本なのですが、上司から指示を受けた際の応答・行動、部下への指示の出し方、同僚とのコミュニケーションはどうあるべきかなど中間管理職、一般社員にも役立つかな、と。

 ただ、歴史解釈などが最新の研究成果などを踏まえていないため(これは致し方ないのかもしれませんが)、最後の「作戦術」思考の事例集などはちょっと疑問に思うところもありましたが、ま、それぐらいは致し方ない。文春とか、もっと良い編集者のいるところで書いてもらったら、さらに素晴らしいものを書ける方なんじゃないかな、と思います。

 さて、全体最適を念頭に置きながら現場をコントロールすることの重要性を意識しはじめたのは、自衛隊幹部候補生として派遣された民間企業にこうした「作戦術」思考が欠落しているところをみたところからだそうです。その遠因として小川さんは、明治維新で国のあり方を設計するにあたって、藩の廃止でリーダーとなる人材を育てる制度がなくなったことだ、としています。明治維新の当初は各藩で育てられた数多くのリーダーがいたものの、現場を管理する人間が少なかったため、大学で現場実務を担う官僚を育成したんですが、そうした官僚をコントロールするリーダーたる人材育てられなくなった、と。

 小川さんは《「全体最適を追求できる人材は、OJT(On the Job Training:実際の業務を通じて知識・技術を習得させていく教育)ではつくれない。OJTだとどうしても個別最適な人材となる。全体最適の追求を学ぶには、それ専用の特別な教育が必要》(k.284、kはkindle番号)としています。その上で経営者に対しては《① 企業のビジョンを明確にして、全体最適からみた個別最適を追求すべき ② 個別最適のみの追求に走りがちな各現場をコントロールして組織の全体最適を達成できるような人材を育てるべき ③ 可能であれば全体最適を追求する専門部署も》(k.189)と提言しています。

 そして《実はこれは軍事の世界でも大きな課題であり、かつてアメリカやロシア(ソ連)はこの「戦略と戦術の齟齬」の問題に大いに頭を悩ませていました。そこで、 戦略と戦術の中間に「作戦」というレベルを設定し、戦略がしっかりと個別の戦術に反映されているか、個別の戦術が戦略目標に寄与する内容になっているかを調整・コントロールする技術を磨いていった》(k.236)として作戦術史を説明するくだりが本書の白眉でしょう。

 小川さんがウクライナ侵攻を平均月2回ぐらい解説する番組を観ているうちに、作戦術思考を最初に取り入れた旧ソ連軍を引き継いだロシア軍がなんで兵力的に劣るウクライナ相手に苦戦しているのか、ということが常に疑問でした。『独ソ戦』大木毅、岩波新書で絶賛されていたドイツ軍、日本軍を圧倒した旧ソ連軍の連続縦深打撃が見事なものだっただけに、なおさら(連続縦深打撃とは火力集中で前線を叩いた後に機動部隊で包囲殲滅するという近代的戦術)。

 これは《ソ連国土のように戦場が広くなり、 敵陣に深く攻め入るほど、軍本部から前線の状況を把握するのが難しく なり、従来の戦術と戦略のみの概念に基づく戦い方(軍中央本部が命令・指示を出して前線の部隊を運用する戦い方)では 部隊の運用も戦果の把握も極めて困難》(k.435)という条件があったため《戦略と戦術の間に「作戦」というレベルを設定し、そのレベルでの運用概念として作戦術が編み出されました。その作戦術の理論として、敵防御陣地の縦深への、あらゆる攻撃手段による同時攻撃という「縦深作戦コンセプト」などが発展》(k.438)した、と。

 このためソ連軍の作戦術では《・現在の作戦の特質を把握すること ・作戦計画・命令を作成すること ・大単位部隊(正面軍と軍)と編成部隊(軍団と師団)の任務を決めること ・戦闘中の部隊を継続的に支援すること ・大単位部隊の編制と装備を決めること ・将校と指揮統制機関に対する予行訓練を計画・実施すること ・戦域における軍事作戦計画を作成すること 〈デイヴィッド・M・グランツ著『ソ連軍〈作戦術〉縦深会戦の追求』より筆者加筆》(k.455)を行うそうです。

 こうした革新的なソ連の作戦術に対して、米軍はベトナム戦争で、マクナマラ国防長官がヒトラーのように軍事作戦に直接関与し《・戦場でのコストパフォーマンスを数値化 ・計画を徹底的に重視(PDCAサイクル) ・成果を数値化するため、死体・捕虜の数、 鹵獲 した兵器数、破壊した地下トンネル数を累積・評価 ・中央集権化を強化するため、軍事マニュアルを改訂して、指揮官が自主積極的に行動することを抑制 ・成果を目に見える形で示すため、(戦略がないにもかかわらず )大規模な北爆》(k.500)を行うなど、個別最適を追求したため、最も重視すべき「アメリカ国内世論」という重心を忘れて敗北した、と批判しています。

 そして米国ではこの失敗以降「戦術と作戦術は軍人にまかせる、戦略(政戦略)は政治家が担当する」という原則を確立し《米陸軍では作戦術の要素として「重心」の他に、「望ましいエンドステート」「決勝点」「作戦系列と努力系列」「作戦速度」「期区分と移行要領」「作戦限界と転換点」「作戦リーチ」「策源」「リスク」という 10 点》(k.550)を明確にして、さらに作戦術のベースは「第三の波」の思考に置き、《1982年に「エアランド・バトル」という新しい軍事ドクトリン(原則)を盛り込んだ軍事マニュアル(FM100-5)をつくるに際して、米陸軍の上層部は「第三の波」の軍隊を目指すべく、直接トフラーと議論を交わすことで彼の理論の理解を深めた》(k.626)としています。

 このほか《軍事の世界では、1870~1871年の普仏戦争後、フランスに勝利してドイツ統一を果たしたプロシア軍において、モルトケ参謀長によって新たな人事施策が出されました。  統一するまでの間は、出世の順番として何よりもまず「やる気のある将校」、「積極的に仕事をする将校」優先でした。  ところが、統一後は、「それいけどんどん」タイプでは、軍縮しなければならない軍組織の全体最適が達成できなくなります。  そこで、出世の順番を ①「やる気がなく」頭が良い将校、 ②「やる気がなく」頭の切れが劣る将校、 ③「やる気があって」頭の切れが劣る将校、最後が ④「やる気があって」頭が良い将校、に切り替えた》(k.930)というあたりも面白かった。

 さらに民法の精神、具体的には所有の概念をもっと学ぶ必要性があるとか、「学歴」は新しい〝身分〟だとか、クリアカットな言い方に好感が持てます。

【目次】
第一章 今の日本に欠けているのは「作戦術」思考
第二章 なぜ作戦術が必要なのか
第三章 「理想のチーム」に求められるリーダーシップ
第四章 “本質”を見抜く力を鍛える
第五章 「作戦術」思考の事例集

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