『安倍晋三 回顧録』安倍晋三、橋本五郎、尾山宏、北村滋、中央公論新社
『安倍晋三 回顧録』安倍晋三、橋本五郎、尾山宏、北村滋、中央公論新社
回顧録は第二次政権のコロナ対応から始まり、厚労省を徹底批判しています。《厚労省幹部からは、絶対に責任は負わないぞ、という強い意思を感じました。責任を取るのは首相なのだから、そんな心配する必要はないのですが、あきれてしまいました。厚労省は、思考が停止していました》(k.308。kはkindle番号)など。
アビガンが承認されなかった理由も興味深かったです。《薬事承認の実質的な権限を持っているのは、薬務課長です。内閣人事局は、幹部官僚700人の人事を握っていますが、課長クラスは対象ではない。官邸が何を言おうが、人事権がなければ、言うことを聞いてくれません》(k.405)。薬害エイズ事件の時、技術系の元厚労省血液製剤課長は逮捕され、禁固1年、執行猶予2年の刑を受けましたが、薬務局長や事務次官らは不起訴だったことが影響していたといいます。
アビガンに関してはこんなエピソードも紹介されています。《実は、北朝鮮の高官もアビガンをほしいと言ってきました。人道的な問題で、微妙な案件でしたが、その後の対応については、ご想像にお任せします》(k.409)。しかし、その後も続く厚労省のミスは本質は役人の劣化ではないかと語っています。《役人が劣化してしまった、ということではないでしょうか。調査はいい加減、それを取りまとめれば、普通は誤りに気がつくことも、目を通していないから気がつかない》(k.3510)。
また、財務省も厳しい。財務省は経済成長は無視して財政均衡しか考えず、民主党政権にもスリ寄って行った、と。《社会保障と税の一体改革は、財務省が描いたものです。当時は、永田町が財務省一色でしたね。財務省の力は大したものですよ。 時の政権に、核となる政策がないと、財務省が近づいてきて、政権もどっぷりと頼ってしまう。菅直人首相は、消費増税をして景気を良くする、といった訳の分からない論理を展開しました。民主党政権は、あえて痛みを伴う政策を主張することが、格好いいと酔いしれていた。財務官僚の注射がそれだけ効いていたということ》(k.1157)。
そして消費税増税を延期した安倍政権を倒そうともしていた、と。《財務省と、党の財政再建派議員がタッグを組んで、「安倍おろし」を仕掛けることを警戒していたから、増税先送りの判断は、必ず選挙とセットだったのです。そうでなければ、倒されていたかもしれません。 私は密かに疑っているのですが、森友学園の国有地売却問題は、私の足を掬うための財務省の策略の可能性がゼロではない。財務省は当初から森友側との土地取引が深刻な問題だと分かっていたはず》k.3934。
外務省も《そもそも日本のロビー外交は弱いのです。日本大使館の議会担当者は、2年くらいで異動しちゃうわけで、なかなか米国の議員に食い込めなかった》(k.1925)と弱さを批判します。
官僚批判は内閣法制局人事にも及びます。《内閣法制局といっても、政府の一部の局ですから、首相が人事を決めるのは当たり前ではないですか。ところが、内閣法制局には、長官を辞めた歴代長官OBと現在の長官が集まる参与会という会合があるのです。この組織が、法制局では絶対的な権力を持っているのだそうです。そこで、法制局の人事や法解釈が決まる。これは変でしょう。国滅びて法制局残る、では困るんです》(k.1430)。
国内政治もリアル。《衆参同日選は選択肢にはありました。ただ、同日選に、中選挙区時代ほどのメリットはないとも思っていた》《応援に入る衆院議員が自分の後援会の力をどこまで出すかと言えば、4、5割程度》《でも、小選挙区制が導入されてからは、政党選挙の色合いが濃くなり、個人後援会を持たない若い衆院議員が増えた。彼らは、党の組織や地方議員の後援会に乗っかって戦っている。これでは同日選をやっても参院にそれほどプラスには働かないと思った》(k.2598-)というのはなるほどな、と。
そして、日本の政治として、あまりにも選挙が多すぎる、と。《首相というポストにいれば、こういう失言や辞任があり得ることも織り込み済みで、常に人事をやらないといけないのです。政策通で答弁が安定している、資金面も極めてクリーンだという人だけで人事を回していたら、限られたメンバーばかりを登用することになる。それでは党内が持ちません》(k.4361)、《自民党総裁として衆参合わせて6回の国政選挙と、総裁選3回を勝たなければ、歴代最長にならなかったわけですから、今後誰が総裁、首相になっても、とんでもなく大変です》(k.4603)。
外交関係で印象的だったのは以下のあたりでしょうか。
軍事力の行使についても、ロシアは結構、汚れ仕事を買って出てくれるのです。シリアでイスラム過激派組織「イスラム国(ISIL)」の拠点を空爆したのも、ロシアでしょう。世界中がシリアの原油を買いあさり、ISILはそれを資金源にしていた。そのISILを一掃しようとしたわけです。そういう役割も、国際社会では重要です。ただ、トランプが主張していたように、何の条件も付けずにロシアに首脳会議の枠組みに戻ってもらう、というのでは、誰も納得しない(k.1799)
欧州では、誰かがチャレンジしない限り、党首選は行わない国が多い。定期的に党首選をやっている国は少ないのです。日本の首相は、国政選挙に加えて定期的な党首選があり、審判の機会にしょっちゅうさらされている。国政選挙と関係なく、自民党の総裁を決めるという派閥の論理が残ってしまっているのですね。この仕組みを改めないと、選挙で国民に約束したことを内閣は実行できなくなってしまいます(k.2093)
大統領との電話会談も、オバマの場合、 15 分から 30 分程度と短めでした。米国の大統領は忙しいから長い時間は取れないのだろうと思っていました。 しかし、トランプは違った。結構、時間が取れるんです。トランプは平気で1時間話す。長ければ1時間半。途中で、こちらが疲れちゃうくらいです。そして、何を話しているかと言えば、本題は前半の 15 分で終わり、後半の7、8割がゴルフの話だったり、他国の首脳の批判だったりするわけ(k.2212)
キャメロンも、中国に傾斜してしまった欧州首脳の一人です。 12 年にチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ 14 世を英国に招待し、会見しました。中国の弾圧を受けてインドに亡命したダライ・ラマとの会見に、中国は激怒し、報復として英国との交流を止めてしまった。焦ったキャメロンは、人権問題を棚上げし、中国に接近しました。それが、西側諸国で真っ先に中国主導の国際金融機関・アジアインフラ投資銀行(AIIB) への参加表明につながっていく(k.2346)。
ロシアの外交当局は基本的に中国と仲が良い。私が「中国は不良ですよ」と言っても、ロシアも不良だから、不良仲間は大切にするという感覚なのかなと思いました》《16 年秋には米大統領選があり、オバマの任期切れは近かった。次期米大統領が選ばれるまでの間隙を狙って日露を前に進めようと考えていたのです。 トランプ米大統領は、日露交渉に反対しませんでした(k.2685)。
米国は 17 年、対北朝鮮の軍事オペレーションを本気で検討し、圧力をギリギリまで高めていました。米本土を標的にされることを看過できなかったわけです。秋に米軍は空母3隻の打撃群を西太平洋や日本海などに展開しました。空爆を想定したB 52 戦略爆撃機はたびたび飛来し、ミサイルを搭載した米潜水艦も、日本海近海で運用されていました。金正恩としては自国の安全保障に関し相当の焦りがあったと思います。それが 18 年の方針転換につながったのかもしれません(k.3626)。
目次
第1章 コロナ蔓延 ダイヤモンド・プリンセスから辞任まで
第2章 総理大臣へ! 第1次内閣発足から退陣、再登板まで
第3章 第2次内閣発足 TPP、アベノミクス、靖国参拝
第4章 官邸一強 集団的自衛権行使容認へ、国家安全保障局、内閣人事局発足
第5章 歴史認識 戦後70年談話と安全保障関連法
第6章 海外首脳たちのこと オバマ、トランプ、メルケル、習近平、プーチン
第7章 戦後外交の総決算 北方領土交渉、天皇退位
第8章 ゆらぐ一強 トランプ大統領誕生、森友・加計問題、小池新党の脅威
第9章 揺れる外交 米朝首脳会談、中国「一帯一路」構想、北方領土交渉
第10章 新元号「令和」へ トランプ来日、ハメネイ師との会談、韓国、GSOMIA破棄へ
終章 憲政史上最長の長期政権が実現できた理由
資料
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