『治療文化論』中井久夫
NHK「100分で名著」の中井久夫スペシャル篇の3回目を録画で見ました。印象に残っている本だけど、GREPしても、全く残っていない…読んだのは岩波の同時代ライブラリー四刷だけど、一番忙しかった時期だからだったかな…と思いつつも諦めきれずにHDDのバックアップまで調べたらありましたので、以下そのまま、再掲することにします。99年4月に書いたものです。
『治療文化論』中井久夫、岩波書店
打ち止めとなった岩波書店の同時代ライブラリですが、手に入らなくなっては大変なので、欲しいと思っていたものを集めています。そんな中の一冊が中井久夫さんの『治療文化論』でした。4刷いってますから、このシリーズとしてはまあまあの成績だったのではないでしょうか。
SMOPに代表される正統精神医学に対する力動精神医学というものが、「森と平野の境界線上」で生まれたような個人によって担われている、という分析や、天理教の教祖を生んだ中井久夫さんの郷里の地形的分析など、とにかく読んでみてください、としか言いようのないぐらい面白い本なのですが、とりあえず、ご存知の方も多いでしょうが、精神分析医からみた治者イエスのメソッドみたいなのだけでも紹介しようと思います。山形孝夫さんの『治癒神イエスの誕生』にインスパヤされたと本人も書いているのですが、こんなところは「良いな」と思います。
--quote--
イエスの治療一般について、私は何とも申し上げられないが、「足を洗うこと」と「ひとびとの試みにあいつつも土に字を書く」「手をふれる」この三つには、ふつうあまり考えられていない意味があるのではないかと思う。
足はきわめて鋭敏なセンサーである。-中略-。
今は亡き岡村昭彦氏がボランティアとして、長野県のさる精神病院を訪ねられた時、まっ先になさったことは患者の足を洗うことであったという。
私なら岩塩か海の荒塩を投じて濃い目の塩湯にするだろう。私はこれで手足をあたためることは他の手段が何もない時の緊急蘇生法である。また、あるタイプの、ほとんど悪魔憑きのように吼える患者には、頬部冷却(左右のつり合いを回復させる)と咽喉甲状軟骨の下の冷却(ストレスに反応する内分泌器官である甲状腺の豊富な血管を収縮させる)と組み合わせて、頭寒足熱に持ってゆくことによって、一時的にではあるが鎮静に成功したこともある。
つまり、足を洗うということは、身体の最重要なセンサーの集中している部分の煤払いをすることであるかもしれない。
では、地面に字を描くことは‐。
これは問いかけに対決するでもなく、屈服するのでもない、第三の姿勢である。聴くという態度を端的に示しつつ、問いかける者をおのずと再考と鎮静に導く行為でありうる。
-中略-
「東大の先生にも治せなかった病を治した」と喜ばれたその六十何歳かの老治療師は、手かざしに代えて日本刀の刃をかざす治療を試みられて日もなく突然死を遂げられたとのことであって。この物語には、汲めども尽きせぬ教訓があるだろう。
(p189-194)
--end of quote--
中井先生は、自己治療とも言うべきものに積極的な評価を与えているのですが、ぼくも、ここだけは専門家のつもりでして、アルコールを適度に自己投与しながら音楽を聴いてリラックスするというのが得意です。この本を読んで、ますます、自分の治療法に自信をもったりして(ただし、時々、投与量を間違えて、薬漬けになってしまうのが珠に傷なのではありますが...)。
なんてのは冗談にしても、もし、本屋さんで見つけたら、ぜひ、どーぞ。
*1
SMOP(standardized branch-of-modern-medicine-oriented psychiatry)は標準化指向型・近代医学型精神医学
..........以下は別なところでアップした内容です.........
NHK「100分で名著」の中井久夫スペシャル篇は第2回「病」は能力である ~「分裂病と人類」~から見始めて、斉藤先生の解説になにひとつ付け加えることはないのですが、狩猟時代や大航海時代などでも微細な変化・徴候を読み取り次に何が起こるかを予測する能力を持つ者が必要で、統合失調症は人類のために必要だったから存在する、という仮説について思い出したことを…。
中井久夫さんは分裂気質を「S親和者」と呼ぶんですが、かすかな予兆を読むという能力の持ち主は、狩猟時代などにはなくてはならない人々だったろうという話し。ここで思い出したのが、「株」をやっていた患者が多かったという『世に棲む患者』の注。
《株を操作して生活している患者の方が多い。これは患者の慎重さ、微分回路的認知などに適している。株の売買では躁うつ患者やいわゆる正常人の多くの方が、人に追随して損をするようだ。もっとも不意打ちには弱く、スターリンの死に際しての暴落で発病したという患者を診ていたことがある》(p.74-)。
NHK的ではない部分ですが、放送内容の文脈に沿っても、決まり事を守ろうとする強迫観念が強い躁うつ患者は株の売買でもトレンドフォロワー的な傾向にあり、市場ではプロからハシゴを外されるみたいなのも読めて面白いな、と感じたりして。
近現代では決まり事をマジメに守る姿勢が重要視され、やがてそれ自体が目的化されるような強迫観念さえ生まれて鬱状態になったりする人が出てくる一方、逆に分裂気質の方々のような先を読むような能力は不必要になり、それが抑圧されることで発症する、みたいな。
これも思い出しなんですが映画『ゆきゆきて、神軍』のエピソード。崩壊した日本軍で、弱兵は人肉食のために殺される事が多かったらしいんですが「自分は水場があっちにあるとか分かったので殺されなかった」と語る元兵士がいたな、とか。
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