『国鉄』石井幸孝
『国鉄』石井幸孝、中公新書
元JR九州の初代社長、石井幸孝さんの『国鉄 「日本最大の企業」の栄光と崩壊』が出たので読んでみました。
技術系の九州の初代社長が書いた国鉄史はどんなもんなんだろうかと、六章「鉄道貨物の栄枯盛衰」から読んだら、微妙なダブりはあるもの、生意気を言い方ではありますが、非常によく全体を勉強なされていると思ったのでしっかり最初から読もうか、という感じでしっかり読了しました。
著者の石井幸孝JR九州会長・社長には、パーティなどの席でお見かけしたぐらいで、直接、お会いして詳しくお話しをうかがったようなことはありませんでしたが、国鉄改革の最終盤の1986年、急遽、九州総局長となったことは鮮明に覚えています。その時は国鉄改革最終盤。田村剛国鉄九州総局長が「エホバの証人」だったことをカムアウトして、家族が離ればなれになって暮らすべきではないという信仰上の理由でJR九州社長にならずに辞めたという印象的な経緯があったから(よくある妻が入信した後、夫と息子が続く、みたいな感じだったと聞いたことがあります)*1。
この件は、エホバうんぬんよりも井手・松田・葛西の国鉄改革3人組による、国体護持派への最後の粛清人事の一環とも言われていますが、その後も時々、信仰生活を続けているという話しも流れてきたのを覚えていますので、エホバ問題+国体護持派vs改革3人組の確執で辞めたんだろうな、と個人的には思っています。で、石井さんは、その余波で発令された九州総局長からそのままJR九州の社長となった方。ちなみに3人組は本州3社のそれぞれの要職を占めた一方、三島・貨物の初代社長は、JR四国の伊東弘敦さんは技術系、北海道の大森さんは貨物局長もやった事務系、貨物の橋元さんは国鉄最後の副総裁でした。ま、運賃収入の9割以上が本州3社なんで、本州3社が完全民営化すれば国鉄改革は成功だし、その上、九州まで上場を果たし、もしかしたら貨物も…ということであれば、凄いことなんですが。
本に戻ると、東海の葛西さんみたいに、勝ち誇るような筆致で国鉄改革の経緯を語るのではなく、太平洋戦争の敗戦からという長いスパンをとって、国鉄がなんで失敗したのかを冷静に、技術的観点多めで書いているのが特長でしょうか。
類書と比べると技術的要素のほか、組合問題、財務、関連事業など様々な経営的要素に目を配って書いており、《「鉄道」というものは万人が知っているようで、実は経営から現場のカンまで本当によくその本質を心得ている人が少なく、わかりにくい》と何回か書いているのですが(p.161など)、国鉄改革についての本の中でも大きく長い視点で書かれている良書です。
東条内閣の「まづ勝利、旅行はそれから」という旅行制限の標語を紹介するところからはじめるなど、出だしも好調。敗戦後については
・戦争で破壊された車両の修理のため、引込線のあった軍需工場は車両工場に転換。鉄道はほぼ唯一の働き場だったので、技術将校を含めて多くを雇用
・駅構内での浮浪者宿泊などに対応するため、連合軍の指示で司法警察権を持つ鉄道公安職員の制度も49年にできた
・産業の中で最初に立ち上がったのは鉄道の車両工業
・ミズーリ艦で降伏文書が調印された日に第三鉄道輸送司令部と国鉄との協議が行われ、敗戦にもかかわらず整然と運行されている状況から、当初の直接運営の方針を取りやめ、運営は日本側に任されるなど、終戦処理は鉄道から始まった
・GHQは状態の良い車両を押収、進駐軍専用車とした
・当時の一等車は白帯が引いてあったが、担当者がこれを気に入り、以降、進駐軍専用車両は完全消毒の上、目印として白帯を付けられて運行された、と整理しています。
満鉄からの引き揚げ者も含めて一気に増加した人員はコスト的に国鉄の経営の足を引っ張り続けます。同時に、戦争で疲弊した施設、車両の本格的な補修は後回しにされ、鶴見線などの重大事故につながっていきます。
こうした悪循環を断ち切ろうとしたのが民間出身の石田礼助総裁でしたが、いかんせん高齢での就任ということもあって改革は途中で頓挫。マル生での敗北もあって、現場は労働組合との交渉なしに生産性向上運動はおろか日乗業務さえまわせなくなり、国鉄改革=分割民営化への道を経営陣も職員も転がっていきます。
こうした中、さすが技術屋さんの本だな、と思ったのが無煙化=効率の悪すぎる蒸気機関車を廃止し、ディーゼル化を進めた経緯について詳しく章を独立させて書いてある「第4章 鉄道技術屋魂」のところ。戦後のインフレで、国鉄の物件費の1/3を占めていた石炭の価格は48年に戦前比331倍となった、とのこと(47年の一般物価は戦前比60~65倍、p.22)。今も昔もインフレだとエネルギー価格は一般物価より急激に上がりやすいのでしょうか?
「第5章 鉄道現場と労働組合」は職員局などの方々の協力も得て書かれたんだと思いますが、わかりやすくあっけらかんとした叙述がわかりやすい。
・組織の問題点として系統別意識の高いキャリア組が全体の0.4%しかおらず、組合の組織にも影響した
・各組織では予算と定員増が最大の関心事となった
・戦前には運転局がなかったが、GHQの指示でやっと独立できたほど
・各現場には「手職」から「掛職」への出世があったが、機関士には上の職分がなかった
・戦争時に最も働かされたし、ベテラン機関士は助役より待遇も良かったが戦後は逆転
・そうしたことが不満で国労から動労が分裂
・国労に残った系統では事務系、工作系が主流に
・蒸気機関車の運転技能は機関区の誇りだったがディーゼルで無意味となり、労働運動に向かわせた
・列車を止めるという戦闘力の高さを総評が利用
・保線業務などの施設系の全施労は公明党系で「黄害」の撲滅に取り組む
・山本竜也氏による科学的な貨車入れ替え法も発表されたが、人員整理につながると現場が拒否
・訓練を受けていない現場長を労働問題の最前線に立たせる現場協議制を公労委が提言して、国鉄現場は完全に終了
・勢いを得た労働側もスト権ストで自滅
など技術屋さんらしく、あまり忖度せずに組合問題について書いているのは好感をもてました。
ここでも鉄道車両と鉄路は自動車と道路、船と港湾、航空機と空港という他の輸送機関とは違い国が違えば共通性がないということが強調されています(p.176)。また、鉄道車両と鉄路は国鉄が一体的に整備してきたけれど、他の輸送機関のように上下別々に整備すべきだったという議論にもつながります。
「第6章 鉄道貨物の栄枯盛衰」も貨物部門の方の協力を得たんでしょうけど、読み応えありました。
目的地へ直行せずに操車場から操車場へたらい回しする「ヤード継走」方式のために貨物は操車場で滞留し、2500億円の収入のために5000億円の経費をかけていた。終戦直後からそのムダが指摘されていたにもかかわらず、民営化直前まで続けていたことが、ストや運賃値上げとともに鉄道貨物衰退の要因だった、と批判しています。そうした入れ替え作業を30-40%効率化する提案も葬り去られました。
結局、国鉄貨物はヤードを廃止して、拠点間直行で蘇るんですが、そこから終章にかけての東海道以外はダイヤに余裕があるし、CO2排出量でも所要時間でも有利として、新幹線コンテナ輸送を提言するには驚きましたけど…。
「第7章 国鉄衰退の20年」では持論の《自動車、航空機、船舶は決して「装置産業」ではない。完全な上下分離であって、下部構造(高速道路や空港、港湾など)の経営責任は上部の輸送事業者にはない》《上下分離のない国鉄の構造的な特異性に議論が及ば》なかったのは、JRでもうまくいかない問題にもつながる、ことを力説します(p.252)。
最後まで読んだら、さらに驚いたことに、この本全体のキモが整備新幹線網などを使った貨物新幹線構想になっていました。
三島・貨物の扱いの悪さを九州の初代社長として感じつつも、なんとか上場にこぎつけ、実は太平洋戦争敗北を起因とする国鉄改革の最期の仕上げはJR北海道とJR貨物だという主張は凄いな、感心しながら読んではいました。しかし、貨物新幹線構想は、旅客と貨物というあまりにも単価の違う運賃のことを捨象して考察しているんじゃと思いました。あと、積み替えのシステム、積み替えをする首都圏の場所の問題とか。貨物新幹線は国鉄時代からずっと考えられてきたけど、基本的には一顧だにされなかったという過去もありますし。でも、そこを除けば、本当に面白い本です。鉄道ファンにもお勧め。
目次
第1章 戦後の混乱と鉄道マンの根性
第2章 暗中模索の公社スタート
第3章 栄光としのびよる経営矛盾
第4章 鉄道技術屋魂
第5章 鉄道現場と労働組合
第6章 鉄道貨物の栄枯盛衰
第7章 国鉄衰退の20年
第8章 国鉄崩壊と再起
終章 JRの誕生と未来
著者等紹介
石井幸孝[イシイヨシタカ]
1932年、広島県生まれ。1955年、東京大学工学部卒業、日本国有鉄道入社。開発期のディーゼル車両設計(キハ81形、DD51形等)に従事した後、経営全般に転進。広島鉄道管理局長、工作局長、常務理事・首都圏本部長などを歴任する。1987年の分割民営化にあたってJR九州社長となり、条件の悪い三島会社であるJR九州の経営を軌道に乗せる。1997年、会長就任、2002年退任。鉄道史・交通史を研究すると共に、鉄道の未来についても提言を行う。
*1
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kotsuken/1986/3/1986_2/_pdf
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