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December 12, 2022

『日本インテリジェンス史』

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『日本インテリジェンス史』小谷賢、中公新書

 日経、東洋経済の書評でも取り上げられていたので読みました。

 取り上げられている旧ソ連のスパイ事件なども「こんなことがあったな」と思い出します。内閣官房長官でもあった石田博英が「フーバー」のコードネームを持つKGBのエージェントだったことをアメリカ議会で証言したレフチェンコ事件やMIG23亡命など、今では信じられないことだな、と。

 当時はスパイ防止法などもなく、戦前の陸軍と海軍の対立などが持ち越されたような縦割り行政がインテリジェンスの世界も続いたのは改めて驚きます。

 ベレンコ中尉がミグ25で亡命した時も自衛隊基地に着陸すれば問題なかったのに、燃料不足から民間空港に降りたことから、各省庁がしゃしゃり出て、税関が密輸品として扱うことも検討していたというあたりは笑えました(p.112)。

 こうしたインテリジェンスの縦割り行政は敗戦後、旧軍関係者はインテリジェンス活動を通じて占領軍に取り入り、影響力を回復しようとしたのに失敗したのと、当時の喫緊の課題は日本国内の治安だったため、防衛庁・自衛隊の情報部門の要職は警察官僚が独占した、という事情があったようです。本来はインテリジェンスを束ねるべき内閣調査室長のほか公安調査庁も活動していましたが、冷戦期の日本のインテリジェンスは、米国の下請けとして機能していたとのこと。

 「情報が回らない、上がらない、漏れる」という停滞した状況が変化したのは冷戦後のことで、防衛庁情報本部や内閣衛星情報センターが新設されたあたりから。衛星を自主開発したのは米軍施設などを撮影できないシャッターコントロールを受けるのを嫌ったとのこと(p.160)

 そして本格的なインテリジェンス改革を実現したのは第二次安倍晋三政権で、内閣情報調査室がインテリジェンス・コミュニティーの中核となり、国家安全保障会議(NSC)と有機的に結びついた、という歴史の流れが把握できます。

 『インテリジェンス都市・江戸』藤田覚、朝日新書によると、江戸幕府は御庭番衆、目付、勘定奉行、京都所司代から江戸と京都、長崎に町奉行を置く鉄壁の情報収集体制を整えていたということですが、約200年ぶりにインテリジェンス改革がなされたということでしょうか。

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