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November 18, 2022

『戦争は女の顔をしていない』

Svetlana-alexievich

『戦争は女の顔をしていない』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

 第2次世界大戦というか独ソ戦に、旧ソ連の赤軍は大量の女性を動員します。今のプーチン政権の特別軍事作戦とは違い、動員というよりは情熱をもった志願という形が多かったと言います。そして、彼女たちの話しは、無敵の赤軍による大祖国戦争の勝利という旧ソ連の神話とは違った戦場の姿を浮かび上がらせてくれます。

 と同時にロシアの半数がこうした女性で占められているなら、希望もあるな、とか。

 女性の動員数は100万超。従軍した女性に加えて、パルチザン部隊や非合法の抵抗運動に参加した女性もいました。旧ソ連の場合、看護師や医師のほかにも、戦車兵や狙撃兵など戦闘員として戦った女性も少なくないのが特徴。多くは、戦地では男性と変わらぬ任務に就き、同じように身体的、精神的な傷を負いました。それもこれも「祖国のため」「大義のため」だったわけですが、戦後は「男ばかりの戦地で何をしていたのか」と家族や同じ女性たちからはさげすみを受け、結婚することを諦め、勲章をしまい込み、従軍経験をひた隠しにして生きていたような人も多かったといいます。

 『少女同士よ敵を撃て』を日本語のAudibleで聴いて良かったなと思い、そのネタ本というか、インスパイアされた『戦争は女の顔をしていない』を選んだんですが、ほんと、泣かせてくれるんですよね。糸井重里さんが《“3種読み”をするんです。単行本と電子書籍とオーディオブック。紙・電子・音の3種を駆使》して、と語っていますが、新しいメディアはやっぱり使った方が可能性は広がるな、と。

 それにしても『戦争は女の顔をしていない』は人類が文字を得て、初めて得た女性によるリアルな戦争体験収集なのかもしれません。ドキュメンタリーはインタビューであり、体験した人がいったん言語化したものを共有するという人類史的な体験の受容経験にも想いを致すといいますか、こうした形で感情を含めた共通の体験を深めることで、共同体はつくられていったのかもしれないなんていうことまで考えさせられました。

 聴き取りに応じた彼女たちは軍医、看護師、衛生指導員(衛生兵)、運転手、通信兵、炊事兵、洗濯係、高射砲兵、狙撃手、機関銃兵、歩兵、砲兵、工兵、狙撃手、飛行機パイロット、あるいは被占領地でのパルチザン、非公然活動家などさまざまな職種に従事していました。

 「ニーナ・ヤーコヴレヴナ・ヴィシネスカヤ曹長、戦車大隊衛生指導員の話」は特に凄かった。若い女性が志願して前線へ向かい、激しい戦火の中で、必死に役割を全うするという、このまま一本の長編映画が撮れそう。《新聞の匂いがする他人の真実》とは違う心の奥底の真実だな、と。

 また、工兵は戦争終了後もナチスの残した地雷撤去の作業に従事し、終戦後に多くの人命を失うというのは知りませんでした。

 実は途中で「この手のは、しばらく読んだり聞いたりするのはやめよ…申し訳ないけど気分が暗くなる」とも思いましたが、やはり凄い作品だと思います。

 「突撃の顔は人の顔ではない」なんていう話しも、女性という目線があったからでしょう。さらには白兵戦の時に「ボキボキ」骨が折れる音がする、というあたりはゾッとしました。これは砲兵中隊衛生指導員の話し。突撃部隊と共に敵陣に突入して白兵戦が始まると、とどめとして口や目を突きボキボキ骨の折れる音が聞こえてくる、と。胸部や腹部ではなく最初に口と目。このおぞましい光景を17~18歳の女の子が目の当たりにしていたとは。

 「男たちは順応していった。でも、わたしたちは違った」という言葉もありますが、それがどれほど大変なことだったのか。

 ウクライナの土は雨に濡れると、こねたパンのようになって遺体を埋めるのにも難儀したとかの話しも、いまのウクライナ侵攻に思いを馳せます。

 こうした実戦の話しの他にも軍服の洗濯は民間人が担当していたのですが、そうした「洗濯部隊」にも政治将校というか部長代理がついていたのには驚きました。重いものを持ち上げ鼠径ヘルニアになったり、シラミ駆除の液体で爪がなくなっても手洗いしていた女性には勲章が与えられ、終戦後、故郷に帰る時にはドイツで服が渡された、そうです。

 後半の「いまいましい女と五月のバラの花」でやっと現地妻の話とか恋愛についてふれられます。少尉に恋したことを誰にもうちあけたことがなかったのに、その彼が死んで埋葬する時に、部隊から「まずはお前から」と言われ、皆んな知っていたということは彼も知っていたかもしれないと思い、土をかける前に初めて死んだ彼にキスをしたとか泣ける…。

 戦死した夫が夢枕に現れて、ジプシー占いに会える方法を聞き、試したということを話す女性もいました。夫はあらわれたものの、ずっと泣いているだけだったので可哀想になって三日でやめた、とか。

 「受話器は弾丸を発しない」あたりも泣けるし、「ふと、生きていたいと熱烈に思った」にある最後の証言はやはりすごかった。

 著者の故郷であるベラルーシではルカシェンコ独裁政権誕生以来、著作は発禁状態で、それはノーベル賞受賞後の今に至るまで続いているとのことで、さもありなん、と。

 Audibleなので、100分で名著も読んでみました。

Svetlana-alexievich-2

[目次]

人間は戦争よりずっと大きい
思い出したくない
お嬢ちゃんたち、まだねんねじゃないか
恐怖の臭いと鞄いっぱいのチョコレート菓子
しきたりと生活
母のところに戻ったのは私一人だけ……
わが家には二つの戦争が同居してるの
受話器は弾丸を発しない
私たちの褒美は小さなメダルだった
お人形とライフル
死について、そして死を前にしたときの驚きについて
馬や小鳥たちの思い出
あれは私じゃないわ
あの目を今でも憶えています……
私たちは銃を撃ってたんじゃない
特別な石けん「K」と営倉について
焼き付いた軸受けメタルとロシア式の汚い言葉のこと
兵隊であることが求められたけれど、かわいい女の子でもいたかった
甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信
工兵小隊長ってものは二ヶ月しか生きていられないんですよ、お嬢さん方!
いまいましい女(あま)と五月のバラの花
空を前にした時の不思議な静けさと失われた指輪のこと
人間の孤独と弾丸
家畜のエサにしかならないこまっかいクズジャガイモまでだしてくれた
お母ちゃんお父ちゃんのこと
ちっぽけな人生と大きな理念について
子供の入浴とお父さんのようなお母さんについて
赤ずきんちゃんのこと、戦地で猫が見つかる喜びのこと
ひそひそ声と叫び声
その人は心臓のあたりに手をあてて……
間違いだらけの作文とコメディー映画のこと
ふと、生きていたいと熱烈に思った

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