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October 14, 2022

『曾国藩』岡本隆司

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『曾国藩 「英雄」と中国史』岡本隆司、岩波新書

 『袁世凱 現代中国の出発』『李鴻章 東アジアの近代』に続く岡本隆司先生による清末の列伝3部作のおそらく完結編。サブタイルを改めてみてみると、あくまで中国の伝統的な英雄の枠内に収まろうとする曾国藩と、近代化の中でより実務的に振る舞おうとした李鴻章、そうした伝統とは一線を画した科挙に落ちた袁世凱という3人の人物像と時代感覚が伝わってくるような気がします。

 また、李鴻章(2011)、袁世凱(2015)、曾国藩(2022)と行きつ戻りつ書いたのも、《「散文」と比喩しては、なお文学的すぎるかもしれない》という『李鴻章』のあと、「嫌いな人物に正面から向き合」って『袁世凱』を仕上げ、中国的な「英雄」の姿を描く『曾国藩』で締めくくるというのが、完結してみれば、かえって自然な流れのようにも感じます。

 科挙合格者の中でもエリートの曾国藩は、葬儀で帰省中に儒教の正統性や道教を全く認識しない名教之奇(名教の奇変)である太平天国の乱に立ち向かわざるを得なくなり、新たな時代を先取りする形で鎮めた「英雄」で、しかも、自らは決して皇帝の座を狙おうとはしない読書人的官吏にして文人という立場を守った人でもありました。その本質は《開発地主の祖父に似た晴耕雨読の篤農家・読書人》でした(p.209)。

 曽国藩は科挙でも優等第二甲から翰林院庶吉士となった超エリート、全体の十六位で翰林院編修だった李鴻章も優秀でしたが天津の開発など経済にも目を向けます。しかし、ドロップアウトした袁世凱から素行は悪くなるとともに、急速に世俗的となり、それに比例して権力の本質には近くなり、袁世凱などは名ばかりではありますが皇帝にもなってる。

 この三人、詩人だった毛沢東、散文的で経済に目を配った鄧小平、権力への執着が強く感じられるような習近平にも似ているように感じます。

 とにかく超エリートだった曽国藩は腐敗した清朝の中央政府から派遣された役人ではなく、それぞれの地元の郷紳が民を指導するような地方自治からことを期待したけど、西欧への不満が高まる中で、洋務運動が西欧に加担していると士民から見られるようになって一気に人心を失うという過渡的な不幸を味わいます。ちなみに科挙の主席合格者は状元といいますが、1894年(光緒20年)の状元であった張謇は合格後も官職に就かず、地元である江蘇省南通で実業救国を掲げて綿紡工場を開設して軌道に乗せたりしています。

 しかし、梁啓超などから浮上する「中国」という自尊自大の国名とナショナリズムの萌芽も《儒学名教の維持を強調しながら、忠君勤王にふれないこと、つまり曾国藩たちにとって、護るべきはあくまで儒教であり、清朝の存亡は第一の問題でなかったことがみてとれる》(p.89頁)のではないでしょうか。

 曽国藩はその文才で数々の名言・キャッチコピーを生み出し、岳飛の言葉を元にした「不要銭、不怕死(金を求めず命をかける)」というスローガンで湖南の郷紳たちの心を掴んだというのですが、この言葉はのちに同郷の毛沢東も使った、というのは知りませんでした(p.78)。

 科挙に合格して故郷に錦を飾った曽国藩の初年度の年収は、ご祝儀もあって銀座二千両で《銀一両に数万円の価値はあろうから、二千両なら一億円にも及ぶ》(p.36)というあたりや、湘軍の規律を正すために厳刑峻法につとめ「曾剃頭(首切りの曾)」と呼ばれ忌まれたというのも知りませんでした。

 清朝は小さな政府の代表格のような存在で《曾国藩がつくった団練・郷勇の軍事支出は、自辨・現地調達が原則となる。湘軍の経費も曾国藩が自らまかなっており、これを「就地籌餉」(しゅうちちょうしょう)と称した》んですが、これが制度化されていった過程は、各省自立と清朝滅亡に重なります。

 1860年という年はインドではセポイの反乱が鎮圧され、イタリアでは赤シャツ隊を率いたガリバルディがシチリア・ナポリを征服し、アメリカではリンカーンが大統領に選ばれ、日本では桜田門外の変が起き、曾国藩がなお太平天国と安徽省で激闘を繰り広げている中、英仏連合軍は北京を占領、円明園を破壊するという大きな転換の年だったというのもなるほどな、と(p.124-)。しかし、第二帝政のフランスはまもなく普仏戦争に敗れ、清朝はかろうじて破局を免れます(p.175)

 曾国藩の生涯は「末世に危を扶け難を救う英雄は、心力労苦を以て第一義とす」ようなものだったと感じますが、それでも郷党からは即位が待望されていたとは知りませんでした(p.191-)。そして、反満・攘夷思想を持つ同郷の先学、王夫之の全集復活事業も行うのですが、これに毛沢東など革命家が影響を受けたというのは、凄い話しだな、と(p.193)。

 詳しいことは「B面の岩波新書」に掲載された、国際日本文化研究センターの瀧井一博教授による『文明の傀儡としての「英雄」 岡本隆司『曾国藩 「英雄」と中国史』を読んでいただければいいのですが、岡本隆司先生のご著書はこれまでも拝読してきたので、蛇足ながら書いてみました。

『文明の傀儡としての「英雄」 岡本隆司『曾国藩 「英雄」と中国史』
https://www.iwanamishinsho80.com/post/takii_kazuhiro

『李鴻章』岡本隆司
http://pata.air-nifty.com/pata/2015/04/post-65cc.html
『袁世凱』岡本隆司
http://pata.air-nifty.com/pata/2015/05/post-43ee.html
『「中国」の形成』岡本隆司
http://pata.air-nifty.com/pata/2020/10/post-cef0c4.html

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