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October 07, 2022

『歴史総合 近代から現代へ』山川出版社

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『歴史総合 近代から現代へ』岸本美緒、鈴木淳、山川出版社

 文科省が久々に放ったヒットが高校の歴史総合。近代化、大衆化、グローバル化という3つのキーワードを軸に近現代を学ぶのですが、特にずっと重視されてこなかった大衆化というテーマが必修授業に入った意味は大きいのではないでしょうか。

 ということで、ん十年ぶりぐらいに山川の教科書を購入。山川は進学校向け、中堅校向け、そうでない高校向けと3種類の教科書を発行。進学校向け『近代から現代へ』と『現代の歴史総合』にはそれぞれ専用の「ノート」もあり、用語解説も出しています。

 歴史総合が3種類あるのは山川だけで、他では実教出版が2種類。さすが気合いが違うというか、東大・山川連合の「新しい高校歴史の必履修科目はうちらが仕切るから」宣言が凄い。ということで、有隣堂の教科書コーナーでお取り寄せして、進学校向けの『近代から現代へ』を読んでみました。

 今年後半の読書のテーマは『歴史総合』にしようと思っていましたが、いや、面白かったです。素人なりに世界史、日本史の本は読んできましたが、やはり興味のあるところに偏った読書をしてきたので南アメリカ、アフリカ、南アジアなどは蒙を啓かれっぱなし。また、それなりに理解していたところでも、クリアカットに説明されていて感動しました。

 例えば以下の「日本の恐慌と満洲事変」から「日中戦争と国内外の動き」は凄い整理だと感じました。

・1928年、日本でも田中内閣で初の男子普選を行い、二大政党を目指したが、外交方針が手ぬるいと判断した関東軍は6月に田中首相に近かった張作霖を爆殺。
・29年には昭和天皇から叱責された田中内閣が退陣、浜口内閣が成立。
・30年のロンドン海軍軍縮条約を締結するも統帥権干犯問題で批判された浜口首相は狙撃され、退陣。
・31年には3月事件と7月事件を経て、9月に満洲事変が勃発。
・32年には満洲国が建国され、満州国承認に消極的な犬飼首相は5.15事件で暗殺され、斎藤内閣によって日満議定書が調印。
・33年10月には国際連盟から脱退(史料として朝毎読など新聞社によるリットン調査団報告を受けての勧告案を拒否すべしという共同宣言も掲載)
・高橋是清蔵相による円安利用の輸出促進も農村の人口過剰解決には至らず、36年のワシントン・ロンドン軍縮条約失効を前に、陸軍内の権力争いで劣勢になった皇道派がヤケで2.26事件を起こして、犬飼首相と軍備拡張に消極的な高橋蔵相を暗殺
・日本軍が華北分離を図るなか、共産党撲滅を優先する蒋介石を同じ36年に張学良が監禁、国共合作に方向転換させる西安事件が発生
・日中間の緊張が再び高まり、37年には盧溝橋事件で日中戦争に突入
・38年までに主要都市と鉄道は押さえたが重慶までは侵攻できず戦局は膠着。11月の東亜新秩序宣言で汪兆銘を重慶から脱出させ南京で政権を成立させるも無力で工作は失敗
・日本軍が南京事件などを起こして中国国内での抗日機運が高まるなか、39年7月には米国から日米通商航海条約の破棄を通告され、翌1月から経済制裁されまくるという負のスパイラルが見事に分かりやすく説明されています。

 この部分だけでも買って損はありません!

 このほか、個人的に参考になったと感じたところを以下に箇条書きしてみます。

・経済は自由放任策だった清には、需要の高い茶・生糸の輸出によって銀が流れ込み、アメリカ大陸から伝来した荒地でも育つトウモロコシやサツマイモなどの作物によって人口が増加(p.27)

・ロシアは16世紀末まで海港を持たなかったが、オスマン帝国と戦って黒海に領土を拡げ、バルト海にも進出してヨーロッパとの関係を持ち始めてた(p.32)

・北東ヨーロッパ地域が北西ヨーロッパへの穀物供給地と変化したことが東西ヨーロッパの違いを生んだ(p.36)

・大航海時代にインド航路が開けると華やかな模様のインド産綿織物が人気商品となった(p.36)

・産業革命によって、新しい機械の導入には多くの資金が必要になり、不況による倒産も多かったため、工場主は女性や子どもなどを最初から低賃金で雇った(p.37)

・太平天国の乱によって上海周辺の蚕糸業地域が荒廃したため、中国にかわって日本の生糸の輸出が伸び、日本向にはクリミア戦争や南北戦争で使われた中古の武器・艦船が輸入された(p.65)

・明治政府で武士の身分秩序が揺らいだのは、江戸初期に固定された禄高が戊辰戦争の功労によって正当性を失ったから(p.68)

・明治憲法は統帥権の補弼者が規定されず、教育勅語が国務大臣の副書なしに交付されるなど国家体制の基本がないがしろにされていた(p.77)。

・大津事件で切りつけられた後のニコライ二世はシベリア鉄道起工式に向かう途中で来日した(p.79)

・日本は日清戦争の賠償金を利用して金本位制を採用できた(p.81)

・豊田自動織機は木を多用し東アジア市場向け小幅の布を織れた(p.82)

・ドイツ皇帝ヴィレヘルム二世は社会主義者鎮圧法の延長を認めないことでビスマルクを退任に追い込んだ(p.86)

・世界恐慌の原因はアメリカでの農産品の価格低下で、農民の収入が減り、彼らの購買力が低下し、過剰となった商品が不良在庫となったこと。ドイツの賠償金支払いはアメリカの資金供与によって支えられていたため、NY発の恐慌がヨーロッパから世界に広がった(p.130)

・スターリンは米英との協力体制を確実なものとするため43年にコミンテルンを解散(p.149)

・1948年、チョコスロヴァキアではベネシュがマーシャル・プランの受け入れを表明したが、ソ連が撤回させて辞任に追い込んだ(p.153)

・戦後の日本のインフレは政府が軍需工場に未払い金を一括して支払ったため(p.163)

ドッジ・ラインでインフレは収束し、配給制度も1949年には廃止された(p.164)。

・カシミール地方の住民はムスリムが多数だったが、藩王がヒンドゥー教徒だったためインドへの帰属を求めた(p.186)

・サンフランシスコ平和条約に調印していなかったソ連の拒否権で国連に加盟できなかった日本では、鳩山首相が領土問題を棚上げすることで1956年に日ソ共同宣言に調印。ソ連が賛成にまわって国連加盟が承認された(p.191)

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