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September 17, 2022

『ジョン・フォード論』蓮實重彦

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『ジョン・フォード論』蓮實重彦、文藝春秋

夏にはいつも映画の本を1冊読むことにしているんですが、今年はこれかなと思って『ジョン・フォード論』を読みました。

ぼくは子供の頃から名画座の多い渋谷で育ったことや、中学生の頃に有楽町スバル座で『駅馬車』がなぜか再ロードショー公開されたのを観に行くことができたり、その後もハワード・ホークスらとの再評価もあってフィルムセンターなどでも観ることができたという幸運に恵まれました。

その後、さらにレーザーディスクでRKOなどの作品が大量にリリースされる時期などもあり、太平洋戦争前後の、それまで観ることのできなかった作品も今はなきWaveで買ったりして、割と長い期間、意識して観てきたと思います。とはいっても、1917『誉の名手』(Straight Shooting)からのフィルモグラフィをみるとほんの一部だな…とは思いますが。

とにかく、まあまあ意識してジョン・フォードは観てきた中で出会ったのが蓮実重彦さんの『映像の詩学』年所収の「ジョン・フォード、または翻る白さの変容」でした。その批評に驚いて、もう40年か…と驚くと共に、白いエプロンとともに「投げる」所作がフォードの主題だ、と指摘したのが本書。しかし、その解明に相応しい言葉を批評する言葉は手にできていない、と道半ばであることも正直に告白していることにも感動します。

とにかく、本書の魂は第5章「身振りの雄弁 あるいはフォードと「投げる」こと」にあります。

そこで蓮實さんは《映画では可視的なイメージだけが意味を持つと高を括り、不可視の説話論的な構造へと思考を向けまいとする者の視界の単純化をみじめなまでに露呈させている》として、凡庸な批評を批判。《映画は、可視的なショットの連鎖と不可視の物語の構造という厄介な問題を見る者に提起する》するのだとします。蓮實さんが1970年代に提起した白いエプロン問題、2000年代になって言及した投げる動作という「可視的なイメージ」だけでなく、それこそ処女作のショットとの関連なども含めた「不可視の説話論的な構造」に想いをはせることが映画を観たことだ、という主張には深くうなずかされます(p.302)。

そして映画を見るとは一瞬の変化をとらえる動体視力の体験でありもフォードの「投げる」アクションは《そのつど変化するまごうかたなき誘惑の記号にほかならない》と(p.272)。

このほか『わが谷は緑なりき』(1941)と『リオ・グランデの砦』(1950)と10年の間隔を置いても男性がマッチでランプに火を灯すと闇のなかからモーリン・オハラが現れるという演出を再現しているという指摘は驚きしまた(モーリン・オハラがたった5本しかフォードの映画に出ていないのにも驚きましたが)。《太い木をめぐって演じられた身振りのことごとくが生命の維持につながるというフォード的な主題体系の見事というほかはない一貫性》(p.112)が語られた後にも『わが谷は緑なりき』で歩けなくなったロディー・マクドウォールが再び自ら立つ場面に言及されるところなども感動的でした。

このほか鏡の不在(p.152)、死をひきよせるダンス(p.180)、システム不全に陥った社会の犠牲者たちを幽閉された存在として描くが、そうした人間が現状を打破するヒーローとなること(p.201)などが指摘されます。

それにしても、『アパッチ砦』はインディアンへの悪辣な工作に憤ったジョン・ウェインがかたくななヘンリー・フォンダを諫めるという作品であり、どうしてジョン・ウェインが救いようのない人種差別主義者のレッテルが貼られるのか疑問です。

フォード自身も作品ごとに軍国主義者、差別主義者、リベラル、人道主義者とみなされてきましたが、そもそも《ハリウッドはその種の道徳的価値判断の共有を糧に生きのびてきた文化産業》だ、という偏見はアメリカでも根強いようです(p.228)。こうした傾向は、人は所詮見たいようにしか現実を見ないし、他者への想像力はないし、コミュニケーションを望んでいるようで実は自らの信じるストーリーを繰り出すだけの存在でしかない、ということを改めて知らされます。こうした傾向はフェミさんたちの批判も含めて、どんなジャンルの作家の批判にも当てはまるし教条主義的批判の虚しさを表すな、とは思いますが、それにしても悲しいな、と。

とにかくジョン・フォードの映画を観て人種差別、軍国主義、家父長制、愛国主義だけしか感じないような方々は、コミュニケーションの中から言語や誇張された絵画表現などの一要素ばかりに注目して《何かを何かとして見ることのできない》ような「意味盲」なのかな…と思ってしまいます。

未見の古い作品を見直すことは難しいけど『アパッチ砦』、『静かなる男』、『荒野の女たち』ぐらいは見直したいな、と感じました。

読了後、斜め読みした『捜索者』だけを論じた"The Searchers"がAudibleにあればエアロバイクこぎながら聴こうと思ったけど、Audible版はなかった…残念。

 これから、ジョン・フォードの作品を見てみようという方には、比較的見やすい作品として『捜索者』『リバティ・バランスを射った男』『シャイアン』あたりをお勧めします。

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