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August 04, 2022

『危機の外交 岡本行夫自伝』岡本行夫

Okamoto-yukio

『危機の外交 岡本行夫自伝』岡本行夫、新潮社

自伝は多くの自伝がそうであるように父母から描き始められるんですが、父親の脩三氏は中学時代に農業の重要性を説く折口信夫に感化され、折口が終生の師と仰いだ柳田國男を慕って農商務省のキャリアとなったということに驚く。

さらに農水省のキャリアだった父が二等兵で徴兵。それは小作擁護や反軍思想のためで輜重兵となったというのも信じられなかったのですが、そこまでは明確に書いていないにせよロシア語を学んだ後、京大閥の多かった731部隊に配属されることを前提にしていたのかもしれない、と続く展開は二転三転の驚愕。
 
 敗戦直前、731部隊は全ての証拠を隠滅し、先に撤退でき、父・脩三も亡霊のような姿で復員したというが、戦後は人格が変わってしまったというのが、外交的にはハードライナーなのに中国や韓国に対しては「あれだけのことをやったんだから仕方ない」という岡本さんの姿勢に現れていたんでしょうか。

また、硫黄島の玉砕には八百屋、パン屋、新聞配達店主などが多く、職業軍人の数は少なかったのは大本営が硫黄島の運命を知っていたからだったとか、沖縄戦について全島民の4分の1の12万人が死亡し日本軍の死者は9万4000人を上まわったのは酷すぎるなどと指摘しているのも印象的。

このほか、京浜安保共闘の一員として東京の下町の上赤塚交番を襲い射殺された柴野が子ども頃からの親友であったというも時代だな、と(k.1329)。

「ハル・ノート」を受諾していれば、日本とアメリカは開戦に至らず、しかも朝鮮半島、台湾、南樺太、全千島は、そのまま日本の領土、ないし植民地であり続けることができた(k.1039)というあたりは外交官的感想なんでしょうか。

以下は箇条書き的に(kはkindle番号)。

岡本さんのメンターであった牛場信彦氏は一時、外務大臣にもという声があったが、戦前、ベルリンに勤務して大島浩駐独大使のもとで「枢軸派」に強く傾いていたという過去を理由に固辞したというのは、なるほどな、と(k.1524)

《日本の首相が発言を始めるとジスカール・デスタン大統領は、これ見よがしに新聞を取り出して読み始める》というのも情けないけど、凄い話しだな(k.1680)。ちなみに、ジスカールが出席していたときの日本の首相は三木、福田、大平でした。ミッテランも鈴木首相の話しは退屈だったろかな、とか。

《ミサイルを格納するサイロは、敵の攻撃でいっぺんに破壊されないように広大な地域に散開している。林や農地や山間などにサイロが分布する。その広がりは日本を構成する四つの大きな島の一つである四国の面積に匹敵する。このことだけをもってしても、日本の核武装などは非現実的》(k.2099)というあたりはハッとさせられる。

《日本に向かって発射される北朝鮮の最初のミサイルを撃墜することは実際上、難しい。第二撃以降のミサイルを北朝鮮の発射基地内で破壊するのが「敵基地攻撃能力」だ。そうなれば、北朝鮮は、日本への第一撃も思いとどまらざるを得ない。つまり、敵基地攻撃能力とは、「北朝鮮を攻撃する能力」ではなく、「北朝鮮に日本を攻撃させない能力」なのである。それが抑止力》という説明も納得的(k.5699)。

今回のペロシ訪台でも出動した空母ロナルド・レーガンについて《横須賀にある第7艦隊の原子力推進空母ロナルド・レーガンは、艦載機を含めれば1隻2兆円もするだろう。随伴艦を含めれば3兆円近いはずだ。これだけの軍事アセットを日本の首都のすぐ隣に置くアメリカの戦略が、周辺諸国にアメリカの日本防衛の強い意思として伝わっている》(k.2265)というのはなるほどな、と。

湾岸戦争の時《海上保安庁から、「橋本大臣は巡視船派遣に賛成した、ただし自分が最初の船に乗っていくことが条件だ、と言っておられる」と連絡がきた。いかにも橋本さんらしい歌舞伎役者のごとき対応》(k.2637)というのまでは知らなかった。この派遣は後藤田官房長官が閣議でサインしないとツッパねて幻に終わったんですが(k.2656)、そりにしても橋本さんは海保庁が大好きで、行政改革の時に国交省から米国の沿岸警備隊みたいに独立させてやろうという申し出さえ行ったんですが、なぜそこまでシンパシーがあったのかまでは探れませんでした。

イラク戦争後、日本の自衛隊はサマワに駐屯しますが《ある日、僕と奥は南部の牧歌的な地を訪れた。僕らがまわってきたほかの町に比べて驚くほど静かで、戦争とは無縁だったので被害も受けていない。サマワという場所だった。  僕は言った。 「こういう場所にはどこの軍隊も必要ないね。自衛隊だってくるわけがない」  奥がニヤッと笑った。 「だから、ここに来ますよ。岡本さん賭けますか?」  僕は賭けに負け、バグダッドで夕食代を払わされた》ということだったのか(k.4434)。

《僕の外務省の先輩たちは中国の友人たちから、こう言われていた。 「日本は600万の中国人を殺傷したが、日本はラッキーだよ。その後、共産党の大躍進と文化大革命の時代に4000万人の犠牲者が出たのでみんな日本のことは忘れてしまったよ」 これは共産党の最も深刻なアキレス腱である。1950~ 60 年代の共産党の大躍進と文化大革命の時の記憶を国民から一掃するためには、それ以上の規模での蛮行が日本軍によって行われ、共産党がこれを撃退したと国民を教育する必要があった》というのもなるほどな、と(k.5217)。

《文在寅は人口わずか 28 万人の 春 川 市のローカル裁判所の判事を最高裁長官に抜擢し、「 65 年の日韓合意は個人としての韓国人犠牲者を拘束しない」という判決を出したのである。韓国には罪刑法定主義や法の不遡及は存在しない。民族の怨念が晴れない限り、日韓関係の前進はない》(k.5585)というのもなるほどな、と。

[目次]

刊行に寄せて 岡本さんの思い出 北岡伸一

第1章 父母たちの戦争
父・脩三の戦争
太平洋での戦争
母・和子の戦争
日本の降伏

第二章 日本人とアメリカ人
新しい日本の出発
日本人とアメリカ人
押し進む人々

第三章 敗者と勝者の同盟
日米同盟:有事は日本に有利、平時はアメリカに有利
日米同盟の金字塔――米ソ中距離核(INF)交渉
日本に駐留するアメリカ兵たち

第四章 湾岸危機――日本の失敗、アメリカの傲慢
失敗のプレリュード――ペルシャ湾への巡視船派遣
日本は湾岸戦争への対応になぜ失敗したのか
米中央軍に送り出した膨大な資機材
日本の屈辱

第五章 悲劇の島――沖縄
退職と新ビジネスの失敗
沖縄が僕の仕事になった
普天間

第六章 イラク戦争――アメリカの失敗、日本の官僚主義
成功したプレリュード――インド洋への給油艦派遣
イラク戦争と復興
日本のイラク復興支援
失敗したアメリカのイラク統治
兵士たちの献身
敗北

第七章 難しき隣人たち――日本外交の最大課題
日本の半永遠のくびき
困難な隣人・中国――日中は関係改善へ
さらに困難な隣人・韓国

第八章 漸進国家・日本
脆弱な安全保障哲学
周辺国から日本への脅威
分かれ道
超安全主義から決別できるのか

さいごに 日本の目指す道

あとがきにかえて 岡本代表のライフワーク 澤藤美子
刊行に寄せて 岡本さんの思い出 北岡伸

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