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May 12, 2022

『世界史の考え方 シリーズ歴史総合を学ぶ①』岩波新書

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『世界史の考え方 シリーズ歴史総合を学ぶ①』成田龍一、小川幸司、岩波新書

今年の4月から高校では18世紀以降の近現代史を日本史と世界史にわけずに教えるということで、岩波新書から「歴史総合を学ぶ」シリーズ全3巻が刊行されることになり、その第1巻がこれ。各章のテーマに関連した基本書3冊を紹介し、それを成田、小川氏とゲストが読み解く、という構成。

これまでの歴史研究者は専門とする時代や地域の歴史像を提供していればよかったのですが、いまや同時代の各国史や経済などの分野との対話が求められるようになり、総合的なビジョンを提供しなければならなくなってきたのかな、と。

第一章のテーマは「近代化の歴史像」。紹介されている本は大塚久雄『社会科学の方法』、川北稔『砂糖の世界史』、岸本美緒『東アジアの「近世」』。

第二章「近代の構造・近代の展開」で紹介されているのは遅塚忠躬『フランス革命』、長谷川貴彦氏『産業革命』、良知力『向う岸からの世界史』。

第三章「帝国主義の展開」で紹介されているのは江口朴郎『帝国主義と民族』、橋川文三『黄禍物語』、貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』。

第四章「二〇世紀と二つの世界大戦」で紹介されているのは丸山真男『日本の思想』、荒井新一『空爆の歴史』、内海愛子『朝鮮人BC級戦犯の記録』。

第五章「現代世界と私たち」で紹介されているのは中村正則『戦後史』、臼杵陽『イスラエル』、峯陽一『2001年の世界地図 アフラシアの時代』。

紹介されている15冊は新書、ジュニア新書、山川世界史リブレットや文庫がほとんどで、高校生でも読み解けるものでありつつ、遅塚忠躬『フランス革命』や川北稔『砂糖の世界史』など大人の読者にとっても必読の読書案内にもなっています。個人的には山川世界史リブレットを知りませんでしたので、何冊か読んでみることに。

大学の教科書レベルでも有斐閣アルマから出ている佐々木卓也『戦後アメリカ外交史』、久保文明ほかの『アメリカ政治』などは感心して読ませてもらったのですが、ぼくが若い頃に読んだ社会科学系のイデオロギッシュな内容とは次元の違う、晴々とした歴史像を得られるようになってきているのは、本当に素晴らしいことだと感じます。『アメリカ政治』では、日米安保が両国国民にずっと広く支持されてきた、みたいなことがサラッと書かれていて、そのクリアカットぶりに驚いたんですが、時代は変わったな、と。

さて、本書。

近代は後戻りの出来ない「革命の時代」という言い方にしびれました(p.52)。各地で自由や所有権、公論と代表議会、戦争と平和のルールなどの生徒や規範が「近世」に各地で蓄積されたが、ヨーロッパは覇者のように振る舞った、と。

「産業革命」は、アドルフ・ブランキ(ブランキストという名の元祖であるオーギュストの兄)がフランス革命のアナロジーで表現、エンゲルスが広めた。イギリスでは進歩、発展が選ばれて定着しなかったが、トインビーによって一般化され、世界史の画期として扱われるのは第二次対戦後だったというのは知らなかった(p.92)。

「高校の世界史の授業で、最初に教わったのが帝国主義でした。それで父の本棚にあった『帝国主義の時代』を手に取ったのですが、教科書に書かれていないことも載っていて面白い」と『アメリカ政治』の中心的筆者である久保文明さんが最近、日経の書評欄で語っていて時代を感じて面白かったんですが、『世界史の考え方』でも第三章に『帝国主義と民族』が取り上げられてます。江口朴郎は代々木のイデオローグという第一印象で、まともに読んだことなかったんですが、民族主義とマルクス主義をつなげ弟子たちが民衆の戦争責任を追求していった過渡期の考察としてだけでなく、一周回って、割と大切なことも言ってるんじゃないかと感じたので読み返してみるかな(多分しないと思うけどw)。

ロー対ウェイドの最高裁判決の文章がリークされて大問題になっていますが、今アメリカで共和党支持者のプロライフは、女性の自己決定権の否定につながるとプロチョイス側は否定するんですけど、19世紀後半から20世紀前半の米国の人種主義の歴史から見ると、衛生学という科学的知見を装った断種法や異人種間結婚禁止法の問題がみえてくる、というあたりは皮肉で面白かった(p.186)。女性解放の英雄的存在だったマーガレット・サンガーは貧しい移民や黒人に「劣等な子孫」をつくらせないことが重要と主張。1944年までに全米で4万2000人が断種された、というのは知らなかったな(p.185)。キャンセルカルチャーの暴挙はサンガーにも及んでいるということで、いやはや、と。

こうした問題に関連して、カルフォルニアでも戦前は異人種間結婚禁止法が施行され、帰化不能外国人とされた中国人に変わって海を渡った日本人も、家庭を持とうとすれば、日本との間で写真のやり取りで決める「写真婚」しか方法がなくなり、それが「恋愛至上主義」の米国人から野蛮視され、文化摩擦の要因になった、という視点は新鮮でした。米国の衛生法などの法体系は誰を国民とし、誰を排斥するかの選別の歴史でもあり、それはナチスのニュルンベルク法のモデルにもなった、と。

ここで思い出したのがシヴェルブシュの『三つの新体制 ファシズム、ナチズム、ニューディール』。『三つの新体制』はファシズム、ナチズム、ニューディールが似ていることを説き明かした本です。ルーズヴェルトのニューディールは私益に対する公益の優先が主張されており、彼の『前を向いて』はナチスが書いたとしてもおかしくない、と見られていたという議論や、ドイツ、イタリアだけでなく、アメリカ、ソビエト・ロシアでも第一次世界後にはナショナリズムが高揚し、先立つレッセ・フェールの50年間に破壊されたものを取り戻すことが主張されたそうです。それは個人主義によって廃棄されそうな共同体や工業によって脅かされる手工業、文化だった、と(p.98)。結局、ナショナリズムはグローバル経済に対する抵抗として組織されていったのかもしれないな、と。

経済だけでなく、文化面でも米ニューディールとナチスとの親和性というのはあったんだな、と改めて『世界史の考え方』と『三つの新体制』には考えさせられました。

後半では荒井信一『空爆の歴史』についての議論からの、アフリカ史を専門とスル永原陽子先生の議論が素晴らしかったです(p.244-)。空爆は1911年からのイタリア・トルコ戦争から、毒ガスはエチオピア戦争から第一次世界大戦前に使用開始された、と。また、民衆に対する無差別暴力はアフリカでの植民地戦争や米西戦争での地上での焦土戦で生まれたそうです。野蛮な集団に対する無差別大量虐殺と一定数を労働力として使うための収容所はスペインのキューバ、米のフィリピンでのゲリラ戦がルーツだ、と。アウシュビッツには植民地的なルーツがあり、日本も日清戦争で東学党に対して行っているのですが、ゲリラへの殺戮思想は植民地戦争と関係がある、と。

これに関しては「戦争責任」についても考えさせられました。『世界史の考え方』でも「戦争責任」という日本の言葉は訳し難いという議論もありましたが、語源的にも「責任を取る」とは謝罪を意味するのでもなければ、義務の遂行を意味するのでもない。むしろ、各自が自分の判断で自分の行動を律する態度のことですから*1。

イスラエルがグローバルな多文化主義の流れの中で「純粋なユダヤ性」を、強調せざるを得ないのは「国民国家の最大のジレンマ」であり、それは他の国民国家すべてが直面している問題だ、というあたりもなるほどな、と(p.310-)。

しかし、最後の最後で編者の小川さんが、民主主義の旗手のような国が人種主義や植民地主義の抑圧を生み出したことが、ジェノサイドや難民問題などを産んでいると一昔前のような感じでお気楽なことを言ってるのにちょっと呆然としました(p.355)。こんな綺麗事で締めるんなら、新しい世界史観とかも適当にwとかいう高校生の本音が聞こえそうで残念でした。

[目次]
刊行にあたって(小川幸司、成田龍一)
はじめに(小川幸司)

Ⅰ 近代化の歴史像
 第一章 近世から近代への移行
  1 近代世界の捉え方
  2 中国史(岸本美緒)から見ると
  3 岸本美緒との対話

第二章 近代の構造・近代の展開
  1 国民国家の捉え方
  2 イギリス史(長谷川貴彦)から見ると
  3 長谷川貴彦との対話

Ⅱ 国際秩序の変化と大衆化の歴史像
 第三章 帝国主義の展開
  1 ナショナリズムの捉え方
  2 アメリカ史(貴堂嘉之)から見ると
  3 貴堂嘉之との対話

第四章 二〇世紀と二つの世界大戦
  1 総力戦の捉え方
  2 アフリカ史(永原陽子)から見ると
  3 永原陽子との対話

Ⅲ グローバル化の歴史像
 第五章 現代世界と私たち
  1 グローバル化の捉え方
  2 中東史(臼杵陽)から見ると
  3 臼杵陽との対話

あとがき(成田龍一)

*1
「責任」に対応する英語てはresponsibility で語源は、respondere(レスポンデレ) というラテン語。意味は「応答する」。ある行為に対応しようすると必然的に結果が伴いますが、だいたい行為を行わないと何の結果も生まれませんし、それは「責任」という言葉ではないんじゃないのかな、と。

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