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April 09, 2022

『夢介千両みやげ』山手樹一郎

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『夢介千両みやげ』山手樹一郎、廣済堂文庫

 『夢介千両みやげ』は『桃太郎侍』などを生んだ山手樹一郎の代表作の一つらしいのですが、まったく知らない作品だったので、最初は御大・市川右太衛門が演じる侍みたいに悪人を追っかけてる途中で衣装替えをするようなものになるのかと思いましたが、主人公は農家の倅でした。

 これには時代背景もあるようです。『夢介千両みやげ』は敗戦直後の1947年から連載が始まりました。GHQの占領は1951年のサンフランシスコ講和条約まで続きますので、その真っ只中。血なまぐさいチャンバラものや仇討ちものは御法度ということで、素封家の百姓のひとり息子が大金を持って江戸に道楽修行の旅に出るというのは苦肉の設定だったのかもしれません。

 それにしても千両は今の円換算にして約1億円。夢介は二宮金次郎を生んだ小田原の素封家のひとり息子という設定ですが、そこまでの金持ちがいたかどうか。時代は赤穂浪士の討ち入りから約百年後というセリフがありましたので、19世紀初頭でしょうか。やがてペリー来航から激動に向かう直前。そんな時代にユーモラスな物語が展開されるわけですが、ひょっとして千両は占領にかけていたのかもしれません。心は錦だ、と。

 実際、人を疑わず、正義を貫く夢介の活躍に日本中が熱狂、国民的なヒーローになっていったそうで、続篇『夢介めおと旅』も書かれます。

 ということで、宝塚の原作ものでは、いつものようにファン心理をくすぐる全面カバーによる再版もされたので、廣済堂文庫のを買って読みました。せっかくなので、ご紹介させていただきます。

 驚いたのが厚さ。なんと821頁。でも、読みやすい!というのが第一印象。wikiの「日本の大衆文芸史上、最も安心して結末まで読む事のできる作家」という評価は納得です。

 二番手あーさの役は、やっと66頁になって登場したんですが、あまりのクズキャラぶりが凄すぎて心配になるほどでした。主演・彩風咲奈演じる夢介はカネはあるが色恋には興味のない前公演『City Hunter』の冴羽リョウとは正反対のキャラだけど、とぼけた性格は通底。ヒロイン朝月希和のお銀は色っぽいがやきもち焼きは『City Hunter』の薫と同じ。朝美絢演じる総太郎だけは救いようのないクズキャラという感じでした。

 あと、結構、色っぽいのも読者を飽きさせない人気作家の工夫なのかな、と思いました。あーさ総太郎のクズキャラっぷりが暴走する中、花組公演『元禄バロックロック』の綱吉の母・桂昌院に話しが及び、将軍様の風呂場の下女へのお手付きへと宝塚ワールドが拡大していくような場面もあり「すみれコード大丈夫か」と心配に。

 300頁超であーさ総太郎が最悪のクズキャラっぷりを発揮した後、320頁ぐらいで大人しくなって、もう出てこなくなってきました。和希そら演じるスリ小僧が大活躍はするんですが、半分超えて、もう配役的に新しい展開もなさそうかな、と思って、そこで読むのはやめました。

 にしても…『夢介』で咲奈に「おら」とか「ねえだ」とか言わせるのか…と不安になっていたんですけど、前トップの望海風斗さんも星逢と壬生で九州弁と東北弁で訛りまくっていたな、と雪組の宿命を感じて諦めました。

 咲奈は尻っ端折りしてるから、黒い股引を履いてるけど、おみ足のアウトラインはみんな結構味わえるんですが、江戸時代にあんなに脚の長いお百姓さんはいないんじゃw

 実は夢介の舞台には不安しかなかったんですけど、見事な痛快時代劇に仕上がっていました。脚本・演出担当の石田先生の見事な設定変更が素晴らしいな、と。

 まずヒロインお銀と和希そら演じる三太を「お救い小屋」で知り合った古い仲間に設定しているところが素晴らしかった。石田先生は三太の年齢を少年から青年に引き上げるとともに、二人の人物像に戦災孤児が劣悪な環境ゆえに盗みを働かざるをえなかったという裏設定を読み込み、さらに幕府が災害時につくった「お救い小屋」で知り合った古い仲間とすることで違和感なく物語の流れに乗せていました。

 捨てキャラが次々とダラダラ登場してくるだけの長い原作を95分に収めるため、テンポ良すぎる台詞回しで物語を進め、ラストに「痛快時代劇」そのもののカタルシスを持ってきて全体をうまく完結させた感じ。あと、宝塚的だな、と感じたのは二番手あーさ総太郎については主な三つのエピソードを全て盛り込んでいるところ。原作では省かれていた改心のシーンも入れて男役ファンの想いに応えています。四番手縣千の役はネタバレになるので書きませんが創作。見事!その分、手妻師春駒太夫や芸者浜次のエピソードなんかかは手短にまとめている感じ。娘2の夢白さんは原作の2人の人物像を合わせた感じ。

 とにかく原作の書かれた終戦直後のような暗い話題の多いこの時期に、楽しんでもらうだけの「痛快時代劇」を投入した意図は伝わってきました。宝塚の「和物」は傑作か駄作かの両極端が多いと思うけど、『夢介千両みやげ』は咲奈のキャラクターを生かした傑作になっていると思いました!

 『夢介千両みやげ』の分厚さにめげている方々には、廣済堂文庫なら総太郎の鬼畜エピソードが丸く収まる315頁まで読めばOKだとおもいます。講談社文庫では頁が違ってくると思いますが、副題でいえば「仲人嘘をつく」までですかね。簡単に読めると思いますので、ぜひ。

 相州(そうしゅう、相模)、道中師(旅人から盗む者)、切餅(二十五両)、紙入れ(財布)、肩書き(前科、悪名)みたいな今ではあまり使われない分かりにくい言葉も出てきますが、なんとなく意味は通じると思います。

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