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February 10, 2022

『戦後革新の墓碑銘』高木郁朗、中北浩爾

Sengo-toyo

『戦後革新の墓碑銘』高木郁朗、中北浩爾、旬報社

総評・社会党ブロックの戦後革新勢力の「脚本家」として、保革伯仲時代から細川内閣、村山内閣成立に向けての地ならしというか化粧をほどこした感のある高木郁朗日本女子大学名誉教授のオーラルヒストリーを中北浩爾一橋大学教授がまとめた本。

個人的に国鉄改革の背景にある本については読もうと思っているので、著者が国労のブレーンとして活動していた部分だけでもと思って購入したのですが、結果として完読。

1939年生まれで1957年に東大文Iに入学した著者は青木昌彦、三谷太一郎、見田宗佑らが1年先輩にいる歴史研究会に入りびたり(樺美智子も所属)、後には法学部ではなく経済学部に進学、大河内一男ゼミに所属します。当時、共産党系の学生か、そこから分かれたブントが多かったなか、著者は社会党に興味を持つという珍しい学生として注目を集めます。また、江田五月、横路孝弘といった有力な社会党幹部の二世とも勉強会で知り合うなどして総評のスタッフとなります。また、社青同から今のパル・システムが生まれたあたりも書いています。

当時は「社会民主主義勢力の統一」をスローガンに統一社会党が生まれて5年もたっていない時期なのに、中国やソ連と仲良くするためには社会民主主義という言葉が禁句になっていったというあたりの回想は生々しい(p.48-)。

また、社会党から西尾末広が追放されたのは太田薫、向坂逸郎の思惑が一致したからだったが、当時は高揚したものの、長期的には失敗だったとしています(p.52)。

学生時代から総評にアルバイトとして出勤していた著者ですが、年金記録をみると当時から総評が年金を支払っていたというあたりはたいしたもんだな、と思いました(p.54。「総評退職者の会」というのがあって著者も会員)。

講座派、労農派、宇野シューレの分類も分かりやすい。講座派は「半封建・半資本主義」といった日本資本主義の「型」の抽出を重視したのに対して、労農派は資本主義の展開のプロセスを究明し、特に向坂グループでは『資本論』で描かれていた純粋な資本主義経済に接近していくかを示そうとした、と。また、宇野シェーレは経済学の研究資本に原理論、段階論、現状分析という3つのレベルがあるとするのが特徴だった、と(p.38)。こんなにあっけらかんとした説明はなかなか聞けません。

向坂とのエピソードでは「自宅で、風呂にいれてもらった人は、先生から向坂先生直系として認定されている」という話しや(p.61)、鞄持ちでモスクワに行った時に野菜が食べたいという要望にブルガリアまで探したキュウリがもってこられたなんていうのもさもありなん、という感じ(p.62)。さらには、結婚の報告に奥さんと自宅に行った時には「妻たるものはいつも夫から三尺遅れて歩きなさい」と説かれたといいます(p.81)。ま、時代ですから仕方ないにしてもw

著者はプラハの春の評価をめぐり協会派から離れるんですが、そうしたバックグラウンドには総評時代から大きな工場の現場レポートや聞き取り調査を熱心に行っていたことがあるのかな、と。それは著者がマルクス主義に最初に影響を受けたのが、社会学的なレポートともいえる『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』だったからかもしれません。また、こうした聞き取り調査の結果《熟練労働者が選挙活動などを含む組合活動の中軸であり、したがってまた戦後革新の中軸であることが示された》という結論になるわけですが(p.65)。

しかし、そうした話しの流れの中で東大三鷹寮時代の同期生で、後に厚労大臣になった柳沢伯夫さんから「社会党は年収400~1000万円ぐらいの有権者を相手にしているが、自民党は200~300万円の人々を票集めの対象にしている」と言われた、というエピソードも反省的にそえられているのは良心的だな、と(p.66)

国労がらみの現場レポートでは女性保護のために深夜労働禁止の労基法改正が行われれるなか、女性グループから戦時中に兵役に服した男性に代わって鉄道職場で働いていた女性の職を奪うものだという血判書が届けられたというエピソードも興味深かった(p.108-)。

フィールドワークを手広く行ったためでしょうか、タバコ製造工場は県庁所在地など一等地につくられていたため、後に自動車部品などとの合弁工場に発展していったという目配りも素晴らしいな、と感じました(p.221)。

さらに社会党の中期戦略を書く段階で、原発容認の方針を入れようとしたが、それが朝日新聞にすっぱ抜かれ、不寛容な原発反対グループからは「生活水準が低下してもかまわない」と強硬に反対されたとして、いつまでたっても変わらないな、と(p.156)。

連合発足にともなう話しでは、ナショナルセンターは単なる産別の利害を反映する連合体ではなく、労働者全体の利益を追求するからILOに代表を派遣する権利も持つという論議にはハッとさせられました。また、労働戦線統一を実質的に決めた六人委員会のひとり、全日通の中川豊委員長はそうした立場であり、それは富塚事務局長の配慮だったというのもなるほどな、と(p.172-)。

著者の「リベラル」に関する見解は、ガルブレイスによるもので、ようするにアメリカの民主党のリベラル派はヨーロッパの社会民主主義者だというものです。さらにアメリカ流の「パーティ」という用語は、出たり入ったりすることが自由な集まりをさすもので、固い信条と党への忠誠からなる党員によって構成されるものではない、という指摘にもハッとさせられました(p.196-)。

林野の分野で日本の林業を救うためには森林が「公共財」であるという方向性を労働側の委員として打ち出そうとしたら、財務省から「公共財という言葉を使うと財政責任が発生するので使ってはならない」というお達しがきたそうです(p.219)。

国鉄改革に関しては国労の企画部長だった秋山謙佑さんを高く評価していて、これはちゃんと関わっていたな、ということが分かりました(p.143)。

最後に水を差すようことを付け加えると『空想から科学へ』をマルクスの著作とか書いてあって、その一瞬だけ読む気が失せそうになりました。なんかの間違いか、新MEGAではマルクスの著作とかなってるんだろうか…とか(p.40)。全体としては「まあ、こういうものか」という感じはいなめないものの、こうした人たちも戦後の日本を支え、潔く散っていったんだという晴々とした寂しさを感じることはできました。

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