『戦後アメリカ外交史』佐々木卓也、有斐閣
『戦後アメリカ外交史 第三版』佐々木卓也、有斐閣
子どもの頃から割りと世界の動きを見るのが好きで、アメリカの大統領選挙なども新聞や雑誌、テレビぐらいでしか追えないにしても、ずっとウォッチしていたちもりだったので、そうした思い出を慈しむような気分で読んでいたのですが、勘違いしていたというか、第一印象のままの見方をしていた部分を随分、修正してもらいましたし、知らなかったことも教えてもらいました。
例えば、以下のようなこと。
・チェンバレンが対ドイツで米と共同して対処しなかったのは、蔵相時代に債務問題の折衝で不信感を抱いたから(p.29)
・ルーズベルトはチャーチルとスターリンが首をかしげたけれども中国を四大国に加えた(p.62)
・トルーマンは朝鮮休戦交渉の最中と仏軍がベトナム軍に追い込まれた時、中国が台湾海峡で砲撃に出た時など複数回に渡って原爆使用を検討、示唆(p.78)
・ゴルバチョフはSDI計画(スターウォーズ計画)に怯えてレーガンとの軍縮交渉に応じた訳ではなく、科学的にムリだと判断してしていた(p.175)
また、独立戦争をした仲ではあったものの、19世紀を通じて米英関係は改善され、アメリカの裕福な家庭の女性はイギリス貴族との結婚を望み、チェンバレン植民地相(息子がナチスと妥協したネヴィル)、カーゾン外相の妻、首相となるチャーチルとマクミランの母親はいずれもがそうした結婚だったとか。エドワード8世の世紀の恋もその流れなのかな。
あとは、イラク戦争は本当にやらんでもよかったな、と改めて思います。中東諸国に民主的選挙を求めたらムスリム同胞団やヒズボラ、ハマスが台頭し、開戦時に慎重な対応求めたヨーロッパ諸国のご機嫌を取るためにNATO拡大したら、アフガン戦争では基地まで提供したプーチンが怒るし(p.262-)
以下、箇条書きで面白かったところを。
・米ソはどちらも理念国家だったのでソフト・パワーが重要な要素となった(p.25。中国は理念国家じゃないからソフト・パワーは弱い?)
・アイゼンハワー・ダレス時代のアメリカはソ連に対しても東西交流によって変化をもたらそうとして、そうした留学生のひとりがペレストロイカの立役者となるヤコブレフ(p.89)
・ニクソンの現実主義「ソ連はつねに自己利益のために行動するが、アメリカも同様である。デタントはそれを変えることはできない。わが国がデタントから望むことができるのは、デタントが周辺地域における衝突を最小化し、少なくとも主要地域で衝突に代わる可能性を与えること」(p.126)
・ペンタゴン・ペーパーズが暴露したのは63年のゴー・ジン・ジェム政権の転覆に対するケネディ政権の関与、トンキン湾決議をめぐるジョンソン政権の不明朗な議会・世論操作(p.129-)
・レーガンはキッシンジャーに近いゾンネフェルト国務省審議官によるソ連と東欧諸国との有機的な繋がりを認めるという発言を「東ヨーロッパの人々に大して奴隷の運命を甘受すべきと言っているのに等しい」とデタントの非道徳性を非難(p.133)
・ニクソンショックを前に米国が日本に事前通告しなかったのは、佐藤政権が沖縄返還にあたって繊維の自主規制を求めたことに対処できなかったから(縄と糸の取引)。しかし、これで対中国政策に米国の拘束はなくなり、田中首相は日中国交正常化に向かう(p.139)
・ヴァンス国務長官はブレジンスキー国家安全保障問題担当補佐官としばしば衝突し、テヘラン大使館の人質奪還作戦に反対して辞任(p.151)
・ブッシュからクリントンへの転換は外交と内政に境界線を引くことのできる「冷戦型」大統領から、経済と安全保障の境界が曖昧となる「ポスト冷戦型」大統領への移行を象徴(p.197)
・ロシアはNATOの東方拡大には反対だったのでクリントンは非NATOの東欧諸国に対して「平和のためのパートナーシップ(PfP)を提唱し、95年までにロシアを含め27ヵ国がPfPに加盟したが、旧東欧諸国はより確実な安全保障を求めてNATOが拡大した*1
・レーガン、ブッシュと12年間も共和党政権が続いたのでクリントン政権には外交面で即戦力の人材を欠き、カーター政権の人材が起用されたが、国際問題への対応が遅れた(p.205)
・クリントン時代、40年ぶりに共和党は下院で多数派となったため、その立場を経験した議員がほとんどおらず、ギングリッジ下院議長に権限が集中した(p.213)
・2000年の大統領選挙でゴアが敗北した一因はイランとイラクへのミサイル技術拡散を防ぐためのロシアへの経済支援が上手くいかなかった問題(p.226)
・クリントン訪中で米中関係は一気に深まると予想されたが、江沢民がいったん認める方向だった共産党以外の政党や宗教団体の活動に圧力を加えたことで人権問題が深刻化、米国議会は台湾安全保障強化法を可決(p.233)
・NATOの集団的自衛権が発動されたのはアフガン戦争が初(p.247)
・フランスがイラク侵攻に反対したのは原子炉建設や武器輸出などで関係が深かったから(p.236)
・アフガン・イラク戦争に費やした戦費は7500億ドルと通貨価値を考慮するとベトナム戦争を上まわり、第二次大戦に次ぐ規模(p.267)
・オバマがロシアのクリミア併合で慎重な態度をとったのは、ロシアが地域大国にすぎず、国際秩序を根底から揺るがすことはできないと判断したから(p.303)
・オバマ政権の軍事支出はブッシュ政権を上まわった(p.322)
・トランプの掲げた「アメリカ第一」は反ユダヤ主義を意味した(p.329。戦前の米国の親ナチス勢力が掲げていた言葉が「米国第一」で、国益よりも自己利益を優先していると批判されたユダヤ人に対する攻撃に使われたとのこと)
*1
PfP加盟後、1999年3月12日NATOに正式加盟した国
チェコ(1994年3月10日)
ハンガリー(1994年2月8日)
ポーランド(1994年2月2日)
PfP加盟後、2004年3月29日NATOに正式加盟した国
エストニア(1994年2月3日)
スロバキア(1994年2月9日)
スロベニア(1994年3月30日)
ブルガリア(1994年2月14日)
ラトビア(1994年2月14日)
リトアニア(1994年1月27日)
ルーマニア(1994年1月26日)
PfP加盟後、2009年4月1日NATOに正式加盟した国
アルバニア(1994年2月23日)
クロアチア(2000年5月25日)
PfP加盟後、2017年6月5日NATOに正式加盟した国
モンテネグロ(2006年12月14日)
PfP加盟後、2020年3月27日NATOに正式加盟した国
北マケドニア(1995年11月15日)
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