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November 10, 2021

『万葉集に出会う』

『万葉集に出会う』大谷雅夫、岩波新書

 万葉集でも名高い歌の読み方がいきなり違うという衝撃からスタート。

「石走る垂水の上のさわらびの萌えいづる春になりにけるかも」

 教科書にものっているいかにも万葉集らしい歌は、賀茂真淵が研究をまとめた江戸時代以前は、そのようには読まれてはおらず、定家も違って読んで実朝に教えていた、と。万葉集は時代が勝手に内容を解釈していた誤読の歴史があるとよく言われていましたが、それ以前の問題として読み方さえも違う、と。

 というのも万葉集は漢字でカナを表していているから。さわらびの歌も万葉仮名では「石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨」と書かれています。「かも」が「鴨」なのは微笑ましいんですが、「つつ」をニワトリの鳴き声とみたてて「喚鶏」と表記するなんていうこともやっています(p.9)。まるでヤンキー漢字の「夜露死苦」のようにシャレを効かせて表現しようとしたりする例もあることに驚愕。

 で、問題は「石激」を「石ばしる」か「石そそく」と読むか。というより、古代の人たちが「激」という漢字ををどう読むか。

 鎌倉時代の写本には「ソソク」と訓点されている例などもあるのですが、江戸時代には、そうした読み方が忘れられていってた、と。つまり、江戸時代の賀茂真淵には「石そそく」感覚がなくなり、他の例から強引に「石ばしる」と読んでしまった、と。

 さらに、季節に沿って並べる古今的手法が未成熟だったので、天智天皇の志貴皇子という古人の歌を巻八の冒頭に置いてしまいその結果、滝を意味する垂井(たるい)を、つららの垂氷(たるひ)とさまざまな写本がつくられる過程で勘違いされ、年明け早々の歌としてさらに誤解が進んだという流れも素晴らしい。

 ただ、蕨がよく採れるのは初夏だから、その季節の歌というのはどうなんでしょう。京都の美山山荘などでは、春のかなり浅い時期から、出していたような気がしたんですが、どうなんでしょうか。早蕨(さわらび)だから、小さな早い時期の、みたいな…などと考えながら読んでると進まない。

 さらに柿本人麻呂の有名な歌「東野炎立所見而反見為者月西渡」も「東の野の 野のにかぎろいの 立つみえて かへり見すれば 月かたぶきぬ」という賀茂真淵の解釈で誤読が流布されているのです、こちらもが「ひむかしの 野らにけぶりの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ」が正しい読み方だ、ということで驚愕。

 万葉集と古今和歌集の作品を対比させて「ますらをぶり」と「たをやめぶり」と単純化した賀茂真淵と本居宣長の批評以前の問題というか、読み方自体も誤読だったのか、ということになると、日本的ナショナリズムの根源が崩れるような話し。

 ということで《万葉人が読んでいた『万葉集』の形を求めて、追究はまだまだ続く》と。

 長歌は五七調で、歌舞伎のセリフは七五調。五音句の難しい言葉はたいてい枕詞。枕詞は語りを荘重にするのが狙いなので七音句だけで内容はわかるというあたりも目ウロコ(p.123)。

 防人の歌のように《親への思慕を詠うのは、じつは古代の詩と歌にはきわめてまれ》だったという指摘にも驚く(p.179-)。あと「母」を「あも」と読むこともあるのは朝鮮語のオモニと似ているというか、同じ系統なのかな?

 この本を読んでいて、宝塚の芸名で良いのも思いつきました!それは「水深千尋(みなわ・ちひろ)」

水沫(みなわ)なすもろき命も栲縄(たくなわ)の千尋(ちひろ)にもがと願ひ暮らしつ(山上憶良)

自分で使うあてはありませんが、友人から「娘が万が一入団したら使わせてくれ」と言われて嬉しかった。

楽しいな パリピピリピリ ピッピリピ 昨日の記憶一切ねぇわ

 俵万智さんなどが選んだ『ホスト万葉集』も、現代の市井の人たちの心を集めようとすると、百人一首でも古今、新古今でもなく万葉集とつけたくなるのは、本の中に紹介されている冗談のような歌、庶民の感情なども歌われているからでしょうか。

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