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July 16, 2021

『南北朝武将列伝 北朝編』

Hokucho-hen

『南北朝武将列伝 北朝編』亀田俊和、杉山一弥(編)、戎光祥出版

 亀田俊和先生の「はしがき」、杉山一弥先生の「あとがき」を読んで、急ぐ読書計画もなかったので、足利基氏からゆっくりと読み進めたんですが、思ったより時間がかかってしまいました。

 東国から西国へと下っていくんですが、全体を読み終えると、東国は薩埵山体制の崩壊、近畿は管領、四職の体制構築、中国・九州は南朝の征西大将軍・懐良親王をめぐる混乱をそれぞれベースにしています。

 ということで、必然的に同時代の武将たちの話しとなるので、内容は重複しています。例えば、東国なら観応の擾乱からの高一族の滅亡→直義の没落→ 薩埵山体制とその崩壊→上杉氏復活の流れの中で、それぞれの武将がどう振る舞ったか、みたいな。

 ぼくの知識が不足しているからなのでしょうが、それぞれの先生方が担当する武将の戦いの規模、ロジスティクスについて、どのぐらい肌感覚があって書いているのかがいまひとつわからなかった感じがしたのが、少し残念。

 ぼくが中世史の素人からなんでしょうが、「家の存亡をかけて何故あんなに簡単に叛旗を翻すことができるのか?」という疑問がどうしても出てきてしまいます。《南朝・幕府いずれに与しても一方からは攻撃を受ける以上、より優勢な側や好条件を提示した側に所属しようとするのは当然の判断》(『南北朝武将列伝 南朝編』p.295)ということは分かってはいるのですが。

 それとも、織豊時代から徳川の世に慣れてしまっていて、山城にこもれば独立を貫くことができるというリアリティをぼくらが失っているからなのか、と考えてしまいました。

♪暴虐の雲 光をおおい
敵の嵐は 荒れ狂う
怯まずすすめ われらが友よ
敵の鉄鎖を 打ち砕け
起て同胞よ 行けたたかいに
聖なる血に まみれよ
砦の上に われらが世界
築き固めよ 勇ましく♪

という『ワルシャワ労働歌』の「砦の上に築いたわれらが世界」を戦国の国衆は持っていたのかも、とか。

 足利尊氏がやはり一番面白かったというか、素人なので知らなかったことばかり。
《充行の袖版下文は陸奥将軍府の北畠顕家も同時期に大量に発給している。後醍醐に信頼されている自分なら、事後承諾してもらえると尊氏は考えていたのではないだろうか》
「この世は夢のごとくに候」で始まる願文を清水寺に奉納したのは光厳の院政が開始されて二日後。しかも、光厳の弟である光明天皇の皇太子は成良親王(後醍醐皇子)で、後醍醐上皇も可能だった。
後醍醐が吉野に逃れた後、形式的にせよ尊氏は幕府の発足を見送っている。
高師直は尊氏、直義の共通の執事。
南朝も尊氏と直義が政務を分担したように、南朝も後醍醐と雑訴決断所が分担する体制となった。
高師直は吉野を破壊したが、後村上天皇には賀名生への退去の猶予を与えている。
義詮は伯父直義を異常に嫌悪。
武蔵野合戦で尊氏は征夷大将軍らしい戦いぶりで関東の武士たちを信服させた。
新千載和歌集は尊氏という武士執奏による史上初の勅撰和歌集。
尊氏は合戦に天才的に強く、武家政権700年の歴史の中でも最も将軍らしい将軍。
萬広寺に伝来している尊氏のものと伝えられている歯は「う触」が激しく、精神的にも肉体的にも休まる時がなかったことをものがっている。

 赤松円心、則祐のあたりまで読み進めた頃、室町幕府が義満のあとにすぐ混乱に陥ったのは、南朝、北朝がそれぞれ指名した守護が乱立したからなんだろうな、と中世史の素人としては、当たり前の事実に思いいたりました。にしても、円心、則祐とも結果オーライの出たとこ勝負でのし上がっていったんだな、と。考えてみれば細川もそうというか、三管領家は家格がかならずしも高くないというのがよくわかりました。

 後半では大内義弘が面白かった。応仁の乱でも最初は畠山義就が、後半は大内政弘がひとり混乱させる原因をつくりつづける印象なのですが、義弘も百済の末裔とか言って朝鮮王朝の後ろ盾を求めようとしたり、多くのドメスティックな守護とは違う視点を持ってた感じがしました(p.391)。

 島津氏でようやく読了。島津は鎌倉時代から全く幕府なんか怖くなかったんだろうな、と。やられたと思ったのは秀吉だけ?

 個人的には月組公演『桜嵐記』とともに読んできた印象。贔屓の子が新人公演で尊氏か高師直、高師泰あたりをやるとなったら、勉強のために送らざるをえなかったけど、幸い、南朝派の武将だったので助かったw宝塚関連では星組公演『婆娑羅の玄孫』をご覧になって、佐々木(京極)道誉にご興味を感じた方は、『南北朝武将列伝 北朝編』をぜひ!と思います。『桜嵐記』で出てくる楠木正儀とのエピソードなんかも載ってます!

Sasaki-doyo-episode

[目次]

第一部 東国武将編

足利基氏 東国の安定に尽くした初代鎌倉公方(杉山一弥)
高師冬  常陸攻略で活躍した関東執事(杉山一弥)
畠山国清 伊豆に散った薩埵山体制の功労者(杉山一弥)
上杉憲顕 上杉一族繁栄の礎を築いた重鎮(駒見敬祐)
岩松直国 尊氏と直義の間で揺れ動く新田一族(駒見敬祐)
河越直重 平一揆を束ねる武蔵武士の名門(駒見敬祐)
足利氏満 鎌倉府の勢力拡大に成功した二代公方(石橋一展)
宇都宮氏綱 初期の鎌倉府を支えた「薩埵山体制」の柱石(石橋一展)
小山義政 鎌倉府と対峙し続けた不屈の闘将(石橋一展)
吉良貞義・満義・貞家 尊氏に蹶起を促した一門の長老(谷口雄太)
小笠原貞宗・政長・長基 内乱に翻弄された信濃守護家(花岡康隆)
桃井直常 一貫して忠誠を尽くした熱烈な直義党(亀田俊和)
土岐頼遠 猛将のたった一度の過ち(木下聡)
土岐頼康 美濃・尾張・伊勢を押さえる東海の雄(木下聡)

第二部 西国武将

足利尊氏 室町幕府を樹立した南北朝時代の覇者(亀田俊和)
足利直義 兄との対決に惑う幕府軍総司令官(田中誠)
足利直冬 必然ではなかった父尊氏との対決(花田卓司)
足利義詮 幕府を軌道に乗せた二代将軍(花田卓司)
高師直  権勢無双を極めた初代幕府執事(山田敏恭)
高師泰  兄師直に劣らぬ軍事的才覚(山田敏恭)
石橋和義 栄光と挫折を一身に味わった一門の名門(谷口雄太)
斯波高経・義将 室町幕府重職・三管領家筆頭への道(谷口雄太)
六角氏頼 近江守護の礎を築いた佐々木氏惣領(新谷和之)
京極導誉 尊氏・義詮の信任厚い〝バサラ大名〟(新谷和之)
仁木頼章 尊氏を補佐し責務を全うした執事(亀田俊和)
仁木義長 〝勇士〟と称えられた歴戦の猛将(亀田俊和)
細川和氏・頼春 管領・守護家につながる細川氏嫡流(川口成人)
細川顕氏・直俊・定禅・皇海 細川氏の繁栄を象徴する四兄弟(川口成人)
細川清氏 初期幕府屈指の叩き上げの武闘派(亀田俊和)
細川頼之 義満を支え細川氏繁栄の礎を築いた管領(川口成人)
赤松円心・則祐 室町幕府樹立最大の功労者(花田卓司)
山名時氏・師義 大勢力を築いた中国地方の重鎮(伊藤大貴)
武田信武 尊氏に忠義を尽くした武田家中興の祖(花田卓司)
大内義弘 幕府体制の安定化に貢献した西国の雄(松井直人)
一色範氏・直氏 九州統治を担った鎮西管領(小澤尚平)
少弐頼尚・冬資 征西府と対峙する九州北部幕府方の中心(小澤尚平)
今川了俊 強硬姿勢で九州制圧を進めた鎮西探題(新名一仁)
畠山直顕 国大将と守護をつとめた日向攻略の責任者(新名一仁)
島津貞久・氏久 三ヶ国守護を保持する南九州の重鎮(新名一仁)

 

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