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June 25, 2021

"The Tyranny of Merit: What's Become of the Common Good?" Michael J. Sandel

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 ジムの有酸素運動でエアロバイクをこぎながらAudibleで聞いている本の8冊目。いろんな書評が日本語でも英語でも読めるので、サマリーも含めて、必要な方はそちらをご覧になってください。

 かなり前に聴き終わっているので、今回は個人的に面白かったところをだけを書いてみます。

 まず、この本はキリスト教にルーツを持つ文化への皮肉に満ちていると感じました。また、クリントンからオバマにいたる民主党政権が実力主義というか功績主義を助長したというのも皮肉でしょうか。

 トランプもサンダースもオバマやヒラリーと違ってopportunityという言葉はあまり使わず、勝者と敗者の固定化の弊害に言及することが多かったことを強調し、オバマやヒラリーを実力・功績主義の権化みたいにこき下ろし、オバマの"You can make it if you try"のようなフレーズを批判しているのは素晴らしいかな、と。

 第2章では人間の無力さを認めるはずのキリスト教神学の予定説が逆に実力によって勝ちとった功績主義を助長した、みたいなことが書いてあって、個人的には一番面白かったところです。予定説によると、成功者は道徳的によりふさわしい(deserving)ために勝利したのであり、社会的競争で敗けた者は道徳的に劣とっているからだな、みたいな自己責任論をかえって助長した、みたいな。

 実力によって勝ちとった功績(Merit)を「単なる代償」と定義すれば、実力・功績主義(meritocracy)は「実力によって勝ちとったものだけに基づく個人の評価のシステム」であり、かえって不平等を正当化し、階級の固定化が進展する、と。しかも、重要なことは、こうした「権力、道徳、権威、社会への信頼」についての疑問は別にテクノクラートに解決してもらわなければならないような問題ではなく、トランプ政権を誕生させた白人労働者のような民主主義に参加する普通の人々によって解決できる可能性もある、と(もちろんサンデルはトランプに批判的ですが)。

 キリスト教にルーツを持つ社会ならば、マタイ伝では二つの矛盾する譬え話があることが常識となっているハズです。20章のぶどう園の喩えでは、長く働いた者も短く働いた者も同じ給金を受け取る再分配システムが理想的に描かれていますが、25章のタラントンの喩えでは「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる」と新自由主義的な裁きが下ります。

 サンデルととしては、どんな仕事をしていても、敗者の感覚だけが残るようなことは避けるべきで、具体的には教育しか手がないのだったら、大学入学にくじなど運の要素を導入して社会的および経済的流動性を上げたらと提案しています。

 それよりも、米国の下院議員の95%と上院議員の100%が大学を卒業しているが、アメリカの成人の2/3は大学の学位を持っていないという数字や、中年の死亡率は全体として変化していないが、実は大卒者の死亡率は40%減少したのに対し、大学の学位を持たない人の死亡率は25%上昇している、なんていう数字は説得力あるな、と。

 貧困は才能がないために社会に貢献していないという考えを批判しているところは、Bullshit Jobのブルーカラーの仕事の方がはるかに社会に貢献しているという指摘の裏返しなのかな。サンデルは仕事には誇りが必要だけど、グレーバーは仕事自体、どうでもいいものになってきている、みたいな違いはあるかな、と(つか企業会計が不死の法人への貢献を重視しすぎているのが根源にあるのかな、と愚考しながら聴いてました)。

 でも、今やひとつのスキルで生涯かせげるような仕事はほとんどなくなり、人々は常に再訓練して適応しなければなりません。くじで大学入学をかちとった人は、こうした努力し続ける才能がなければ、長い人生に振り切られてしまうでしょうし、そうしたことは、再度、実力・功績主義を助長するかもしませんし、たとえ平等な機会が与えられても、それを行うことができない人々は現状でも数多いですからね。

 

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