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May 01, 2021

"The Vanishing Middle Class"Peter Temin

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"The Vanishing Middle Class Prejudice and Power in a Dual Economy"Peter Temin, The MIT Press

 ジムの有酸素運動でエアロバイクをこぎながらAudibleで聞いている本の7冊目。

 米国は富裕層と貧困層に分裂した国になりつつあり、その中間は消滅してしまった、という内容。ピケティの議論(r>gの法則)の延長線上に、人種や教育問題をかぶせましたって感じでしたかね。ニクソンからレーガンにかけてのニューフェデラリズムは要するに「政府は問題を解決なんかしないし、むしろ政府それ自体が問題なのだ」という立場だったわけですが、その結果はどうだったのか?とリベラルの立場から物申してます、みたいな。

 MITの経済史の研究者である著者のピーター・テミン(Peter Temin)は、中間層の消滅はアメリカの歴史と政治、特に奴隷制とその余波が、金持ちと貧乏人の間のギャップの拡大に大きな影響を与えた、と主張。南北戦争後に600万人の黒人奴隷が南部から北部に移住したのと、現在のメキシコ国境からのラテン系の住民たちの移動を対比したりしているのは歴史家視点でしょうか。

 多くの貧しいアメリカ人は、発展途上国の状況に似た状況で暮らしているとして、一章からルイスの二重モデルを使って分析しているのには驚愕。だって、ルイスモデルは近代化されている部門と遅れている部門の関係性など発展途上国の経済を分析する古いモデルなのに、それを応用するのか、と。なにせ60年以上も前の低開発国というか「二重経済」を分析するためのツールだったんですから(二重経済とは1つの国に2つの別々の経済部門があり、異なるレベルの開発、技術、および需要のパターンによって分割されている状態のこと。ちなみに、著者は二重になっているのは経済だけではなく、教育やインフラもそうなっている、と後半に展開していきます)。

 さらに、米国の貧困層は標準以下の教育しか受けておらず、老朽化した住宅に住み、安定した雇用機会はほとんどないとして、FTE(正規雇用)セクターの人々との対比に入ります*1。FTEセクターのグループは人口の最も裕福な20%で構成されておりだいたいが大卒者です。

 さらに、両親の世代は総中流の単一社会だったが、いまや貧しいセクターからより豊かなセクターに昇進する機会が限られている2層構造の世界に置き換ってしまった、と(1970年代以降、最も裕福な1パーセントが獲得した国民所得の割合のデータなどは最初に書いたようにピケティに依拠しています)。

 FTE(正規雇用)セクターで働く人々は明らかに寿命が長いとも指摘。さらに、以前は貧困は職がないことが原因だったが、現在では職があっても貧困だ、とか。

 第2部では、こうした二重経済が政治にどのように影響するかを解説しています。奴隷制は南北戦争によって廃止されるまで、1世紀近く米国の社会、経済にとって不可欠な要素でした。しかも、奴隷制が違法になって以降も、南部の白人によるジム・クロウ法と投票による弾圧によって事実上、奴隷制が存続していました。

 黒人のアメリカ市民のほぼ半数はいまだに貧しいのですが、貧しい人々は黒人だけではないことも問題を複雑にしています。保守的な白人政治家は貧しい白人有権者の人種意識に訴え、低所得者全体に害を及ぼす政策への支持を得ている、と。

 さらに、第3部では二重なのは経済だけでなく司法制度もそうなっている、と展開。

 アフリカ系アメリカ人とラテン系はまだアメリカ社会の主流に完全に統合されておらず、さらにこうした人々がアメリカ社会に完全に参加するのを防ぐためのツールとして大量投獄も活用している、というのがメインの主張。残念なことにお金は教育ではなく、広大な刑務所システムに向けられており、事実上の二重司法制度の米国では、金持ちは罰金を支払い、貧しい人は刑務所に入れられる、と。

 事実、賃金の上昇が止まったことと同時に、アメリカの投獄率は逆に上昇しています。つまり、所得シェアの変化と投獄率はリンクしている、と。麻薬戦争は黒人をターゲットにすることで、黒人の大量投獄に成功し、新しいジムクロウ法となった、みたいな(大量投獄はウォーターゲートで服役したアーリックマン法律顧問が主導したニクソンの麻薬戦争から始まりました)。

 さらに二重なのは経済、司法だけでなく教育システムもそうなっている、と展開。FTEセクターの人々には郊外に良い公立学校がありますが、貧困層が集まる都市部の公立学校は必要な資金がありません。そこに低賃金の子供、特に投獄された親を持つ黒人の子供が通います。

 さらにインフラも二重だ、と。FTEセクター向けの州間高速道路と空港、および低賃金の人々向けの衰退する都心部の通り、橋、公共交通機関は対照的です。また、FTEセクターは税制の公営住宅に住んでおり、さらに低賃金層は教育債務の増加という二重の金融システムにも苦しんでいる公教育の問題に入っていきます。ここらへんはリンクしているというか、パットナムの『われらの子ども(Our Kids)』も紹介しながら進めます。

 FTEセクターは、低賃金セクターの若者が自分の教育にお金を払うことを期待していますが、それはさらに難しくなりつつあります。1970年代から子供たちは地域住民が支払う固定資産税を通じて直接・間接に学校に通っていましたが、政府があらゆるレベルの学校への支出を削減したため、低賃金の家庭に育つ子どもの教育はますます難しくなってきた、と。実際、低収入層はカレッジを卒業することも、難しくなってきています。これも主な要因は補助金の減少。やっと、中退しても教育ローンが残る、と。

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 「Great Gatsby curve(グレート・ギャッツビー・カーブ)」というのも初めて知りました。グレート・ギャツビー・カーブとは、世代間の富の集中と格差、次の世代の人々が両親と比較して社会経済的地位を登れる能力との関係を示す、と。北欧やオーストラリア、NZは相対的に可能性は高く、南米や中国、中東、米国には可能性が少なく、日本や西欧が中間ぐらいな感じ。

 FTEセクターは、安価な労働力と自発的な軍隊へのアクセスを維持するために、低賃金セクターのメンバーを傷つけたいと考えています。そして、アメリカの二重経済では、この圧力はアフリカ系アメリカ人を彼らの従属的な場所に保つために使われている、みたいな。

*1
筆者がconference paperの中に引用している印象的な記事がありました。それは2017年9月のニューヨークタイムズの記事。それは1980年代初頭と現在の大企業の2人の用務員の比較。エバンスさんは30年前にコダックで働き、ラモスさんは現在アップル「で」働いています。インフレ調整後の収入はほぼ同じで低賃金労働者ですが、それは2人の雇用の違いのほんの一部にすぎません。
エバンスさんはコダックの従業員として1か月の有給休暇と、大学の授業料の払い戻しを受け、上司であるマネージャーはエバンスさんが1987年に大学を卒業するとプロの仕事に昇進させてくれました。ラモスさんはアップルが敷地内を清潔に保つための請負業者に雇われていて、何年も休暇をとっておらず、より良い仕事への昇進のために開かれた道を見ることができません。
この間、企業は「コア」活動に特化するように財政的圧力をかけられていました。他の労働者の雇用は外部委託されており、中核企業は雇用決定の代わりに契約購入に直面していました。管理人に開かれた機会が、コストを最小限に抑える清掃会社の従業員よりも大企業の従業員としてはるかに大きいことは驚くべきことではありません。賃金は停滞し、昇進の機会は減少した、と。

https://www.ineteconomics.org/research/research-papers/the-vanishing-middle-class-the-growth-of-a-dual-economy

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