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November 18, 2020

『フットボール風土記』宇都宮徹壱、カンゼン

Fudoki

 SDGs(持続可能な開発目標)なんかはセミナー屋さんのメシのタネだと思って、真剣には考えてこなかったのですが、愛するサッカーの世界でも、こうした考えが基本にないと、そもそもクラブという組織の存立基盤が危うくなってきている、と感じた本でした。

 具体的には、地域おこしで遮二無二Jリーグを目指すという方向ではなく、改めて地域密着で地元社会の健全な発展を最優先に考えるみたいな。そうなると、Jを目指す目指さないというのは相対的な問題になります。それより大切なのは、生き残り。

 三菱自動車といえばダイヤモンドサッカーのスポンサーだったのに、いまの三菱水島FCは不祥事を抱えた親会社の判断からJFLにも行かせてもらえないし、グラウンドは土で野球などと共有のまま。あきらかに撤退戦だけど、簡単には討死はしない、みたいな。

 FC今治も岡ちゃんがつくったのではなく、早稲田の先輩などが40年以上も守ってきたチームが母体になっているというのは初めて知りました。日本企業は発展を諦めているのでは?という外資からの厳しい視線が注がれることもあるのですが、逆に1000年企業もあったり、江戸創業の企業も500社弱あるというのは凄いことなのかもしれません。

 グローバル経済からは緩いと言われようが、ゴーイングコンサーン(継続)を選択する傾向が列島住民には強いし、その選択の可否はまだ決着していないのかもしれません。

 この本にはフィジカルで世界を目指すといういわきFCみたいなチームも紹介されているのですが、共通するのは地域のエリートが、地域にとどまり、なんとか所与の条件を活かして頑張っている姿。それは尊いと感じるし、ロシアや中東、アジアの成金たちがヨーロッパのビッグクラブに目を向けるのと比べれば、品もいい。

 宇都宮さんは、日本各地のさまざまな草の根出自のサッカークラブを取材してきて、代表たちにインタビューを重ねてきました。そうした人たちが語る理念などは色々あるし、真新しい考え方やフレーズなどを取り入れて、様々とりつくろうことはできるのですが、具体的に実現しなければいけないのはスタジアムだということもわかります。

 J1で1万5000人以上、J2では1万人以上、J3では原則5000人、そして登竜門であるJFLでも5000人以上が推奨されているからです。サッカー愛、地元愛が横溢しタニマチ気質にもあふれた地元名士の篤志家が「Jを目指せ」と大号令をかけても、不況、災害、人の寿命などによって挫折するケースがほとんどなのは、この具体的すぎるシビアな目標をクリアできないため。

 そして、Jという「坂の上の雲」に辿り着いても、そこは通過点でしかなく、不断の努力を継続しなければ、4部のJFLからやり直さなければなりません。まるでシジフォスの神話。IT系の大企業の経営者クラスの資産、才覚がなければやり通せる事業ではありません。

 そうした成功体験、失敗体験が積み重なり、「いつかはJリーグへ」という上ばかりを見ていた夢中心のチームづくりが、「持続可能なクラブづくり」に方向転換してきている萌芽をこの本では感じとることができたかな。このままいけば、イングランドの下部リーグのような、というか、川淵さんが衝撃をうけたドイツのスポーツ・シューレのような地に足のついたクラブが誕生していくかもしれない。「持続可能な開発目標(SDGs)」がきれい事ではなく、それなくしてはビッグクラブも存立できなくなる時代なのかも(いまのJ1だって、あからさまに名前を出してはいけないかもしれないけど、日産出自のチームなどは20年後も生き残れるのでしょうか?)。

 最近読んでいる本でもアメリカの裕福な家庭でさえ公立学校に進学させる親が増え、親たちのボランティア的な貢献が学校の質を決めるようになってきているというのですが(Robert Putnam "Our Kids")、これからはチームのサポーターにどこまでボランティアで参加してもらえるかなんていう指標の方が、観客席を覆う屋根の比率よりもっと重要になってくるんじゃないかとも感じます。

 とにかくもこの本は《地元愛とサッカー愛に溢れ、タニマチ気質たっぷりの経営者が、遮二無二Jリーグを目指したらどうなるが、勘のいい読者なら、すでに暗澹たる気分にはなっているだろう》という時代の終わりをうつしとったのかもしれません(p.191)。

 もちろん、若手が脱サラして生きがいを求めて立ち上げるパターンだけではなく、三菱水島FC、FCマルヤス岡崎、ホンダロックのように企業が支える地元クラブも一周遅れのトップランナーのように浮上してきます。そこには《Jクラブとは違ったプロフェッショナリズム》が確かに根づいていますし(p.162)。

 宇都宮さんが臨海鉄道に乗って取材した水島と岡崎が共にアマチュアのままなのは象徴的。臨海鉄道は高度成長を支えた臨海工業地帯と全国の出荷先を国鉄貨物とつなぐために設立された第3セクター。バブル期に乱立された三セクが、この本でもとりあげられたフェニックス・シーガイアのように巨額な負債を残して外資に買われたのと違い、今でも大部分が生き残っているのとパラレルのように感じます。

 臨海鉄道は地元自治体と進出企業が現物出資して、旧国鉄が運営するという「上下分離」のような形で設立されたのですが、サッカースタジアムもガンバの吹田のように上下分離による整備が流行っているのも似ています。上下分離(民間と公共団体の協業)によるインフラ整備は最近では病院にまで及んでいまするが、これからスタジアム建設のデファクトスタンダードになっていくんでしょうね。

 少し生意気なことを言わせてもらいますと、某アルビはワールドカップ開催をキッカケに誕生しましたが、この土地にも新潟臨海鉄道がありました。しかし、まさに日韓W杯が開催された02年に解散してます。アルビの最近の迷走は、SDGsを体現しているような臨海鉄道みたいな存在が身近になかったからだったりして…。

 個別の話しでは、市長などの女性トップが多いから監督も女性という鈴鹿アンリミテッドFCが面白かったのですが、ここもポイントゲッターズにチーム名が変わっている。市原の豪華な陣容みて、これを維持できるか、出来ずに尻すぼみになるかとか、奈良の問題なども取り上げられていて、いつか、Jに届かなかった「失敗の本質」みたいなのを読みたいかも。

 とにかく宇都宮さんは「街道をゆく」の司馬遼太郎さんのように全国を歩き、Jリーグを目指すクラブや目指さないクラブまでも取材してくれます。そしてたどりついたのは、SDGs(持続可能な開発目標)の時代を先取りしているようなサッカーの現場だったのかな、と。

 Jリーグは世界的な大企業をベースにしたオリジナル10の創生期から、地域おこしでJを目指す時代を経て、繰り返しになりますが、いまや《地元愛とサッカー愛に溢れ、タニマチ気質たっぷりの経営者が、遮二無二Jリーグを目指したらどうなるか、勘のいい読者なら、すでに暗澹たる気分になっているだろう》という時代の終わりに突入しているのがわかります(p.191)。

 そこには脱サラして生きがいを求める若者がクラブを立ち上げるパターンだけではなく、三菱水島FC、FCマルヤス岡崎、ホンダロックのような企業が支える地生えのクラブも古いながらもロールモデルとして浮上してきます。それは「いつかはJリーグへ」と上ばかりを見ていた夢物語の時代から、「持続可能なクラブづくり」に方向転換してきている萌芽だろうし、「百年続く構想」はJのビッグクラブこそ求められるものかもしれない。

 よくも悪くも、たとえ緩いと言われようとゴーイングコンサーン(継続)を重視する「この国のかたち」もかいま見せてくれる。そこには地域や企業の栄枯盛衰だけでなく、列島に住む人々の心性も鮮やかに浮かび上がる、みたいな。

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