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October 14, 2020

『「中国」の形成』岡本隆司、岩波新書

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 岩波新書の「シリーズ中国史」は、中国史を中原中心ではなく、草原と砂漠と海洋から見るという三次元的な歴史把握によって、新しい視点を得ることを目差しましたが、その完結編となる『「中国」の形成』は掉尾を飾るに相応しい印象的な一冊となっています。

 中共は現在進行形でチベット、ウィグル、モンゴル、香港、台湾で問題が発生していますが、それは清代にたまたま確立された最大版図を維持する困難さを表していて、偶然がもたらした産物にほかならない、というのが著者陣の共通理解のように感じます。そもそも新疆ウイグル自治区は、1758年に服従しないオアシスのムスリムを征服、天山南北路と合わせた「新しい彊地(境地、テリトリー)」でした。

 特に、最終巻を担当された岡本隆司先生は、清朝が中原に覇をとなえられたのは偶然が重なったためだと何回も指摘し、明代までに山積した中央集権の制度疲労を改革できる能力もパワーもなかったと書いています。康熙帝が版図を広げたのも幸運の賜物で、雍正帝必死の奏習も衰運を防げなかった、と。

 それを規定しているのは岸本美緒先生が示した貯水池モデルという下部構造。これは、明末から清代にかけての中国の経済を説明しようとするモデルで、地域市場が連鎖的につながり、海外貿易や財政を基点として放出される銀が地域市場の間を枝分かれしながら流れ広がっていくような概念を示した開放的市場モデル。

 《上から水が貯まるように市場に銀がいきわたると、商品に対する需要が高まり、購買も増え、連鎖的に全体として好況になる。逆にいえば、貯水池に水が流れ込まなくなったとき、地域市場に銀の流入が止まったとき、商品の需要・購買も落ちてモノが売れず、不況に陥》り、地方間の分業全体が連鎖的にデフレとなる、と(p.80)。問題は貯水池の底が浅いため、外からの供給がないと枯渇しやすいこと。外部需要で経済景況が上下する構造は明、清朝から克服されておらず、現代中国の経済発展も同じ構造、としています(p.187)。

 いま現在、アメリカが中共から資本を引き揚げさせようとしている狙いはここなのか、とも思いました。もちろん中共も内需拡大を目指してはいますが、果たして成功できるかどうか。日本も貿易摩擦でアメリカから言われて内需拡大を目指したけど、結局、道路網だけが整備されて終わりました。アメリカでさえ中西部は取り残されているのに、中共の西部開発もそんなに成功するとは思えないんですよね。だいたい、アメリカでさえ発展しているのは西海岸と東海岸。中国も沿岸部しか発展できないわけですし。

 しかも、こうした政策は中華民族という幻想の上に進められているのですが、『「中国」の形成』を含む「シリーズ中国の歴史」は、中華民族はかつても実現されておらず、これからも現出されそうにない国民国家の夢を語る中共への、根底的な批判になっています。

 なぜ中国で産業資本が発達しなかったかについては私見ながら、投資できなかったのは貸借のリスクが大きく資金回収が難しかったから、としています。民法、商法の領域に権力が介入できなかったから清朝では富民も運転資金の欠乏に苦しんでいた、としています。

 以下、箇条書きで。

 清朝にとってロシアは対等のニュアンスの強い隣国だったが、「隣国」というのは漢語圏では、概念じたいあまり想定されてない語彙である、と。それは《儒教は上下関係で人間世界を秩序づける思考様式だから》。中共の台湾や東シナ海を巡る対応の根底はこれかもしれません(清朝は朝貢だけでなく互市を認めたけど)。

 雍正帝はたまたまラッキーが重なった康熙帝の治世のほころびをつくろおうと奮闘するのですが、もちろん康熙帝も「臣鞠躬尽力、死而後已(臣は鞠躬尽力し、死して後に已む)」という諸葛亮の言葉を康熙帝は座右の銘にして政務に励んでいました(p.47)。

 雍正帝は個々の官僚との結びつきを強化するために直接指導する奏習制度によって深夜まで執務をこなし、わずか治世は13年間。雍正帝に、ローマのティベリウスみたいなヤル気のなさというか、自己愛ががあれば、もう少しは漢人社会を変えられたんじゃないかと思うのですが、致し方ない。

 日清戦争は東アジアの分水嶺で、清朝トップの「垂簾聴政」と地方自治の「督撫重権」で安定していた漢人統治の体制が中国で崩れ、同時代のアフリカのように列強から「瓜分」された、というのがよくわかるのがp.159の図です。そしてイギリスがロシアの南下を嫌って、新興国にすぎなかった日本と日英同盟を結んだのは、江蘇、浙江、安徽、湖北、四川まで長江流域を奥まで勢力範囲にしていて、台湾から福建を抑えた日本が、インドシナから広東を抑えたフランスとのクッションにもなっていたからなのかな?とも考えました。

 外国に領土を分割される「瓜分」を恐れた人々が自らを定義したのがChina/Chineを漢字に置き換えた「支那人」「支那」であり、この外来語を改めて由緒ある漢語に置き換えたのが「中国」。にわかに中国一体化論が説得力を持つようになったのも、日本が西洋近代国家から新しく生み出した日本漢語の「領土」「主権」という概念とのこと(p.162-)。

 日露戦争で戦場にされた東三省は元々、清朝の祖、ヌルハチが興起した満州人の故地で、漢人は足を踏み入れられない聖地だった、と。日露相くだらなかったためにかろうじて清朝は領土として保持できたが、日本には周知の通り、円滑に「中国化」はされなかった、とも(p.164-)。

 新疆ウィグル自治区、チベット自治区、内モンゴルで中共が問題を抱えている根っこが丁寧に解説されているのは、やはり時代を反映しているんでしょうか。新疆は1758年に服従しないオアシスのムスリムを征服、天山南北路と合わせた「新しい彊地(境地、テリトリー)」でした。その後もヤークーブ・ベクの反乱などが続き、李鴻章などは「独立させて朝貢させた方がコスパがいい」と朝鮮や台湾のような「属国」化が良いとしていたほど(p.148)。李鴻章は下関条約でも台湾は「化外の地」として日本に割譲し、朝鮮も形式的に独立させて日本の属国となることを認めていますが、そうした思考回路の人なんでしょうね。

 ダライ・ラマも生臭い。五世はオイラトのガルダンが修行を終えて故郷に戻って兄を殺して統率すると「天命を受けた王」称号を与える。幼い六世の摂政が判断ミスで失敗すると、ジュンガルは六世を廃し、康熙帝が七世を立てるといういい加減さ(p.128-)。

 康熙帝以後、清朝皇帝はダライ・ラマの大施主として輪転聖王となり、乾隆帝は「菩薩王」と称されたほど。しかし、ロシア南下を恐れたインド政庁はラサ遠征で直接、条約を締結したことに領土主権意識の出てきた清朝は驚愕。入植を進めるなど統治強化、西蔵省と西康省を建てようとすると、ダライ・ラマはインド亡命。ところが亡命翌年の1911年に辛亥革命が発生し、チベットの清軍は駆逐された、と(p.165)。実は内モンゴルは清朝皇室と婚姻関係を持って一体化していたのですが、外モンゴルも辛亥革命をキッカケに三多を追放(p.167)しています。

 辛亥革命は、宣統帝溥儀から正式に遜位を受けて中華民国が発足したのですが、その時の条件が「満漢蒙回蔵の五族を合わせ、領土を完全して一大中華民国となす」だったというのは、なんとも現代に禍根を残します。漢民族でさえ通貨がバラバラで一体感はなかったのに。

 香港ドルが流通していたのはHSBC発行の元もある遠因なのかな?とも思いました。

 辛亥革命から中共の成立、文革までは、シリーズ全体でも白眉。孫文が挫折を繰り返す中、三民主義は社会主義を包摂するようになります。24年にはこの理念でボリシェビキにならって組織を改組、国民党と国民革命軍に。中共もコミンテルンの支部だったので、国共合作は双生児のようなものだった、と。しかし、蒋介石は軍閥が割拠し、貧富の格差が懸隔した社会を統一国家につくりかえることには失敗、統一が出来ませんでした。

 そうした中、日中戦争でエリート層は日帝という共通の敵によってまとまり、貧富・上下が乖離した状態から一元化が視野に入った、と。抗日戦争では国共とも民間人を動員したのですが、民間社会の直接統治は従来なし得なかった、と。

 中共はその存立も危ぶまれたのですが、それは国民国家「中国」の形成には有利に働いた、と。従来の軍閥はなくなり、世界経済とも隔絶されたので、強力な経済統制が可能となり、人民元による全国一律の管理通貨体制を布くことができた、と。また、農村では格差が解消された、というのですが、この発想はなかったですね(p.182)。

 しかし、中国社会の二元構造は残り、大躍進で政権を奪われた毛沢東は、農村出身の下層民を紅衛兵として動員して、上層のエリート層に凶行の限りをつくした、と(p.185)。紅衛兵運動を下層が上層を撃滅したもの、とクリアカットに描いているのは凄いかも。そして、上下一体はあきらめ、二元構造のまま、中共の支配を維持し、経済を再生しようとしたのが鄧小平、というのは見事なロジック(p.186)。

シリーズ中国史。
第1巻『中華の成立 唐代まで』渡辺信一郎
第2巻『江南の発展 南宋まで』丸橋充拓
第3巻『草原の制覇 大モンゴルまで』古松崇志
第4巻『陸海の交錯 明朝の興亡』檀上寛
第5巻『「中国」の形成 現代への展望』岡本隆司

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