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September 21, 2020

『パイドン 魂について』プラトン、納富信留訳・解説、光文社古典新訳文庫

Phaedo

 この夏、五冊目のプラトンは『パイドン 魂について』プラトン、納富信留訳・解説、光文社古典新訳文庫。


《それぞれの魂は多くの肉体を着つぶしていく。とりわけ長年生きるとそうなのだが、それは人間が生きている間もなお肉体は流動し滅びつつあり、魂はつねに着つぶしたものを織り直すからである。しかしながら、魂が滅びる時には、魂はちょうど最後の織物を着ているはずであり、その着物だけよりは先に滅びるのが必然であろう》

《シミアス君の方は、私が思うに、魂は肉体よりも神的で立派なものであるとしても、それにもかかわらず、調和の種族に属しているので、肉体より前に滅んでしまうのではないかと、不信と恐れを抱いている。他方でケベス君は、魂が肉体よりも長い時間存続する点は私に合意してくれているように私には思われるが、しかし次のことはだれにも明らかでないと主張する。即ち、魂が多くの肉体を何度も着つぶして最後の肉体を後に残すと、今、魂そのものは滅んでしまうのであり、まさにそのこと、つまり、魂の破滅が死なのではないかということだ( 254)》

 とあるように『パイドン』は魂とその不死についての対話です。

 エピクロスが《死は、悪いもののなかでもっとも震え上がらせるものだが、私たちにとっては無である。なぜかと言えば、私たちが存在する時、死は現に存在せず、死が現に存在する時、その時私たちは存在しないからである》と『メノイケウス宛書簡』一二五で書いたことは、その後の西洋哲学の死生観の基礎になっているのではないでしょうか。

 解説でも《死んでいくソクラテスこそ、「知を愛し求める者(フィロソフォス)」、つまり哲学者の究極モデル》というあたりは、福音書を思い出しましたし、ソクラテスの死が哲学の形成に大きな影響を与えたのは、哲学というのは、やはり死の解釈だからなのかな、と。

 ちょっと思いつきですが、ナザレのイエス運動の主人公は、最も新しく書かれたヨハネ伝では、ソクラテスが美少年を誘うような寝椅子に寄り掛かって食事をしている場面が描かれていますが、そこの部分は舞文曲筆かもしれないけど、寝椅子に寄り掛かって飲み食いしながら議論するというのは、ソクラテスのスタイルに影響を受けているのかな、とか。

 一番たどたどしいギリシャ語を書くヨハネが支配者の風習を主人公にまとわせたのは、そうまでして、反発していた同世代の他のグループ(主人公の弟のヤコブ、なりゆきでNo.1におさまったペトロ、観念的なパウロ)みたいなのと違った姿を描いて独自性を発揮したかったのかな。

 ただし、ソクラテスがジムの周りや、友人宅、散歩道ぐらいしか出歩かないのに対して、イエス運動の登場人物は、ナザレからエルサレムまでの空閑を歩き回り、癒したり、結婚式に出たり、暴れたりしていて「旅には(護身用の)杖を」と具体的なアドバイスも残してるのは印象的。引きこもるソクラテスや同時期のエッセネ派とは大違いだし、同じように行動的な熱心派のパウロがナザレ派の運動に寝返ったのも、実は行動的だったというところが似ていたからなのかな。

 あと、パウロのホモホヴィアは、同性愛が高尚とされたグレコローマンの文化に対する、エスニックな脊髄反射なのかもしれません。他の新約文書では、そこまで同性愛は忌避されていないのに。

 家父長主義的な偽パウロ文書は、すでに教会の礼拝でも余り読まれなくなってきていると思うのですが、真性のパウロ文書も、こうした傾向からだんだん読まれなくなっていくのかな…。

あと、《私たち人間は神々の持ち物の一つにすぎない》の註で《人間の関係を羊飼いと羊(持ち物)に喩えることは、ギリシアでは普通であった》というのはなるほどな、と。

 もちろん新約の主人公と違い、死の間際でもソクラテスは《命令が伝えられても、大いに飲んだり食べたり、欲望を抱く相手と交わったりして、すっかり遅くなってからようやく薬を飲む者たちがいるのも知っている。いや、なにも急ぐことはない。まだ猶予はあるのだ》と現世的な欲望を肯定するのですが。

 あと「一」に関する考察で「私は驚きを覚える」の「驚きはギリシャ語の thaumazein」が哲学の始まりであるというの「、プラトン自身とアリストテレスの言葉を思い出す」と註されていますが、θαυμaζωは新約にもよく出てくる動詞です。

 ということで、このシリーズは解説が素晴らしいので、それにそって、ほぼ引用でまとめられます。以下、ほぼ引用のつなぎです。

.........訳者による『パイドン』解説のQUOTE..........

プラトンが師ソクラテス(前四六九年頃~前三九九年) の死を描く『パイドン』は、「魂(プシューケー)」を論じたもっとも古く、もっとも基本的な哲学書である。アリストテレスの『魂について(デ・アニマ)』も、その伝統の上で、自然学の領域において魂のあり方を論じた。『パイドン』は魂が肉体から切り離されて存在し、イデアという実在と関わるあり方を論じる。では、主題である「魂」とは何か。

<魂が独立して存在するという考え方は古代からあったが>「私」という存在が脳や身体の機能や生理反応に過ぎないとすると、人格や生命の尊厳やかけがえのなさ、生きる価値は説明できるのか。身体の死とともに個体が完全に消滅するのであれば、個々の生命は単に遺伝子を運ぶ物質的な乗り物に過ぎなくなる。あるいは、有限な人生を超えて倫理を構築することが困難になる。だが、遺伝子とて、時間的に有限で可変的な物質構造に過ぎない。自然科学や技術が発達した現代でも、私たちのあり方としての「魂」について、それをどう考えるべきかは、根本的にはまったく解決されていない。

この問題に初めて本格的に挑んだ哲学が、前四世紀前半に書かれた『パイドン』である。

「魂(プシューケー)」は、ギリシア文明最初期に成立したホメロスの叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』でも語られていた。『オデュッセイア』第一一巻「冥府行」を読むと、ギリシア人は、人間が死ぬと肉体から魂が抜け出し、地下の冥府(ハーデース) へと下ってそこに留まると信じていたことが分かる。死者の魂は冥府でほとんど意識もないまま影のようなあり方をするが、その後どうなるかは語られない。ただし、この時代には「プシューケー」以外にも魂の機能や役割を表す言葉が複数用いられていた(1)。

だが、ホメロスの時代からしばらく後に、魂が別の生命に生まれ変わるという新しい宗教思想がギリシアに普及する。それは、ゼウスから生まれた新しい神ディオニュソスへの信仰、また、伝説の英雄オルフェウスが創始したとされるオルフェウス教という秘儀宗教であった。古典期の扱いは、例えばエウリピデスの悲劇『バッカイ』に見られる。

同様に、六世紀後半から前五世紀初頭に南イタリアに渡って共同体を創設したピュタゴラスも魂の輪廻転生を唱え、彼自身も過去の人生の記憶を保持していると主張していた。彼はその魂観を、エジプトで学んでギリシアに伝えたとされる。オルフェウス教とピュタゴラス派は類似した死生観を持ちながら独立の関係にあったようであるが、東方に起源を持つこれらの新しい魂観は、前五世紀後半にはギリシアで広く知られるようになった。

死後冥府に留まり続ける魂と、生物から生物へと転生する魂という相異なる魂論の狭間に、ソクラテスとプラトンは位置していた。クセノフォンら他の弟子たちから知る限り、ソクラテス自身がピュタゴラス派の輪廻転生を信じていた節はない。他方で、南イタリアに赴いてピュタゴラス派哲学に大きな影響を受けたプラトンは、魂の転生と不死を基礎に据えた哲学を展開する。

プラトンの哲学は、ソクラテスの死という衝撃的な出来事に向き合うなかで、私たちの生と死の問題を共に考え、哲学の意義を見出そうとする。それは単なる古典という範囲を超えて、哲学の実践として現代の私たちに強く訴えかけてくる。

『パイドン』が問題として示そうとするのは、「魂」という名称で語られる曖昧で神話的な実体が、死後に肉体から離れて冥府で存在するというお伽話ではない。むしろ、「魂」という言葉によって初めて哲学として語られる 私自身 のあり方、いや「この私が ある」とはどういうことかが、根本的な次元に遡って徹底的に問題化される。それは、現代にもはや問題にする余地がない古い謬見ではなく、現代でも解かれてはいない謎としての「私自身」、そして「私が ある」という哲学的難問なのである。ここに問題の核心があり、これを黙過して死後の魂云々を語っても、意味はない。

「時間」ですらイデア的位相である「永遠」の像に過ぎない。

『パイドン』は最終的に、「私自身」という魂のあり方が定位するイデアの地平を論じ、それを超える彼方を指し示す。そこでは、個々人という縛りや時間の限定も消失し、宇宙や万物の「ある」の根拠へと私たちの知性を超出させる。後にプロティノスら新プラトン主義の哲学者たちが「一者との合一」として目指す存在の彼方、自己の消失点が、『パイドン』にすでに暗示されているのかもしれない。

死んでいくソクラテスこそ、「知を愛し求める者(フィロソフォス)」、つまり哲学者の究極モデルであり、私たちに絶対を顕現する存在である。この対話篇が、ソクラテス裁判を舞台にした『ソクラテスの弁明』の言論を完成させる。プラトンの哲学は、まさにこの二つの対話篇の間で始まった。その内容を確認していこう。

ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』に収められた小伝(第二巻第九章) によれば、彼は少年の頃に戦争捕虜としてアテナイに売られ、男娼として不幸な生活を送っていた。その才能を惜しんでクリトンの援助で自由身分に解放してくれたのがソクラテスであるという。パイドンにとってソクラテスは、哲学の師であるだけでなく、肉体の汚れた欲望から魂を救ってくれた恩人であった。プラトンは仲間のパイドンを語り手に選ぶことで、「魂の浄化」という主題を見事に描いた。

<『ソクラテスの弁明』で表明された>「死を恐れるということは、皆さん、知恵がないのに ある と思いこむことにほかならないからです。それは、知らないことについて知っていると思うことなのですから。死というものを誰一人知らないわけですし、死が人間にとってあらゆる善いことのうちで最大のものかもしれないのに、そうかどうかも知らないのですから。人々はかえって、最大の悪だとよく知っているつもりで恐れているのです。実際、これが、 あの 恥ずべき無知、つまり、知らないものを知っていると思っている状態でなくて、何でしょう。

ソクラテス死刑の一世紀ほど後にアテナイで活躍したエピクロスも、やはり「死」をテーマとして原子論の立場からこう述べた。

死は、悪いもののなかでもっとも震え上がらせるものだが、私たちにとっては 無 である。なぜかと言えば、私たちが存在する時、死は現に存在せず、死が現に存在する時、その時私たちは存在しないからである。(『メノイケウス宛書簡』一二五)

私たちが自身の死を経験しておらず、「私は ない」と考えることが自己矛盾になる以上、死は生ある限り謎に留まるであろう。

配慮によって目指すべき魂のあり方とは何か。それは宗教的な語りで「浄化(カタルシス)」と呼ばれる、魂が純粋になりそれ自体で ある 状態である。その境地において、魂は「叡智(フロネーシス)」というあり方で実在と関わる。そこで開示される真の実在が「イデア」と呼ばれる「それ自体で ある」あり方なのである。この浄化を実際に遂行する生きた言論が、第一部の対話であった。

マルティン・ハイデガーは古代ギリシアにおける「アレーテイア(真理)」の本質を「非秘蔵性」、つまり隠されてあるものを露わにすることと解する。それは、この世に生まれる折に喪失する(七五E[二〇節]、七六D[二一節終わり])、つまり忘れてしまうという「忘却(レーテー)」からの取り戻し(七五D-七六A[二〇節])、即ち「想起=学び」である。『存在と時間』が出版された一九二七年の夏学期にマールブルク大学でなされた講義「現象学の根本諸問題」は、『パイドロス』二四九B-Cと並んで、『パイドン』七二E[一八節]以下の想起説に言及する( 11)。現存在である人間は、存在をすでに了解していなければならない。かつて見られていたが忘却してしまった存在に眼差しを向ける可能性、それがプラトンの言う想起であった。

また、世紀の後半には、ノーム・チョムスキーが生成文法の理論で再度注目を促した。チョムスキーは、人間の言語能力が生誕後の経験の蓄積からだけでは説明できないことを、「刺激の貧困」という議論で示した。文法の基本的な部分は生得的に決まっており、「普遍文法」と呼ばれるが、それがプラトンの「想起説」にあたると考えたのである。

<『饗宴』では美のイデア、『ポリティア』では哲人統治論と>詩人追放論(第一〇巻前半) という限られた文脈で本格的なイデア論が登場する。弁論術を論じる『パイドロス』ではその中途で挿入される魂のミュートスで、イデアの世界が登場する。

私たちはプラトンの「イデア論」を一つの哲学理論、あるいは形而上学体系と捉えがちであるが、それは基本的にアリストテレスが『形而上学』 Α 巻第六章などでまとめ、紹介した理論をそう呼んでいるに過ぎない。プラトン自身はどこにも「論」を提示してはおらず、プラトン対話篇で「イデア」を語るのも、ソクラテスだけでなく、ディオティマであったりする。『饗宴』の秘儀宗教の経験、『パイドロス』のミュートスなど、語られる文脈も単純に哲学理論として受け取りにくいものである。現代の私たちは、プラトンのイデア論とは何かを、既成の解説からではなく、元の文脈に立ち返って慎重に見ていかなければならない。

『パイドン』では、イデアが比較的早い段階で議論に導入された後、計四箇所でその議論が用いられる。

対話篇では、最初に、魂がそれ自体で触れる真理と実在、それが「正しさそれ自体」等とされる(六五D-六六A[一〇節])。ここではまだ「イデア」という表現は使われないが、シミアスとケベスら仲間たちにはすでに馴染みの考えとして導入されている。第二に、「想起説」で「等しさそれ自体=等しさのイデア」(七四A[一九節]) などが想起する対象となる。私たちが感覚し経験する事態から、その根源にあるイデアへの遡行が、ここでの主題となる。第三に、「類似性の議論」でイデアが、常住不変の実在として持ち出され、つねに流動変化する生成と対比される(七八C-七九A[二五節])。こうして前提され議論されたイデアは、第二部で改めて「基礎定立」として提示されることとなる。

プラトンがイデアを語る仕方は単一ではないが、『パイドン』第一部の特徴は、その存在が措定されることが、魂の不死を認めることと重ねられる点にある。

私とは通常は肉体を伴った魂であり、それが感覚を通じて出会う事物のあり方が、「あり、かつ、ない」という感覚界である。「美しい」と思った人や物が、別の関係で「美しくない」と思われたりすることが、相反する現れであるが、その状況から離脱すること、「 ある それ自体」を離在させることが、イデアの認識であり、その過程は、私が肉体から魂をできるだけ切り離す浄化と相即的である。言い換えると、純粋な私自身で ある 知性が、それ自体である「実在=イデア」と関わるあり方が叡智なので。

ここで疑いが向けられるのは、流動説によって危機に晒される「ある」の可能性であった。ソクラテスはその反論に向き合い、問題の根源性を前にしてしばし立ち止まらざるを得なかったのである。  そうしてソクラテスが語り始めるのは、自身の若い頃の思索経験であった。「生成と消滅の原因」を総合的に考察する必要がある。それは、「ある」ことの原因の探究であった。「原因」と訳される語「アイティアー」は、人に用いられる場合は「責任」を意味する。何かの出来事について「その責任は、誰にあるか」を問う問いが、「原因は何か」の問いの原型であった。

探究を通じて生成・消滅・存在の原因を見出すことが出来なかったソクラテスは、「第二の航海」と呼ばれる次善の策に向かう。それが「基礎定立(ヒュポテシス)」としての「イデア原因論」であった。宇宙全体のあり方を「最善」という仕方で説明するというここでの淡い期待は、やがて後期の対話篇『ティマイオス』で、デーミウールゴス(制作神) による宇宙生成の自然哲学として、プラトンが改めて挑戦する課題となる。

ものが生成変化する原因をめぐって、感覚によって真なる あり方を捉えることはできなかった。そこで、言論で原理を仮に定立することで(基礎定立)、その原理から論理を通じて事柄のあり方を明らかにしていく方法が採用される。「美それ自体が、 ある」というイデア存在を基礎定立し、「他の美しいものはすべて、美のイデアを分有することで美しい」というイデア原因をさらに基礎定立すると(一〇〇B-C[四九節])、今まで混乱のうちにあったこの世界の生成変化が、鮮やかに説明される。

..........End of QUOTE............

以下はギリシャ語の復習みたいな意味での引用。

対話篇最初の一語、「自身・自体 autos」は、パイドンが自分自身でソクラテス最期の場面にいたことの確認であり、同時に、対話篇が「自分自身=魂」と「それ自体=イデア」を主題にすることを示している。

「毒ニンジン」と呼ばれる植物から作る毒薬であろうが、本篇では「薬 pharmakon」(毒薬/医薬)と呼ばれている。生という病から解放する薬という意味も込められているのかもしれない。

「余裕、暇(スコレー) schole」は、哲学を遂行する人間の条件である。「学校 school」の語源。『パイドロス』二五八E、『テアイテトス』一七二D、一七五E参照。パイドンはプレイウスに立ち寄っただけで、どこか(おそらく故郷のエリス)に赴く途上であった。


「愛し求める営み(フィロソフィアー) philosophia」はピュタゴラス派に由来する語で「哲学」のこと。「愛知者 philosophos」は「知者 sophos」から区別される。

それは、夢を信じて詩の作品を作り、敬虔に振る舞ってからこの世を立ち去るのが、より安全だと思われたからだ( 32 註・新訳との対比)。


それはつまり、まさに知を愛し求める哲学に正当に携わっている人々は、死にゆくこと、死んでしまっていること以外の何物も追求していないということ、このことはおそらく他の人々には気づかれずにいるのだ。それで、もしこれが真実なら、全生涯でこのこと以外の何物も熱望していないのに、長い間熱望して追求してきたそのことがやってきたその時に嫌がるのは、奇妙であろう。」

つまり、本当に、知を愛し求める哲学者は死にかけており、死を被るのが相応しいということは、彼らに気づかれていないなんていうことはありません。」(55 メモ・アオリスト?)

戦闘も、肉体やその欲望が生じさせるものにほかならないからだ。つまり、金銭の獲得のためにあらゆる戦争が生じるのだが、それは私たちが金銭を獲得することを肉体によって強いられるから

離れるのはまさにその時であり、それ以前にはそうでないからだ。私たちが生きている間に私たちが〈知る〉ということにもっとも近い状態にあるのは、どうやら、最大限肉体と親しくすることなく、どうしても必要な場合を除いて共同することもなく、また、肉体の性に感染することもなく(75)、肉体からの浄化を遂行している時のことなのだ。

魂の肉体からの解放と分離が(79)、死と名付けられているのではないか」(メモ・コウリスモス)

正しく知を愛し求める哲学者たちは、死にゆくことを練習している(メモ・メノス)

恋する人たちが、彼らの愛する少年がふだん用いている竪琴や着物や他の持ち物を見ると、このことを経験する

魂は、見たり聞いたり他の感覚を通じて考察するために肉体を合わせて用いる時――感覚を通じてなにかを考察するのは、肉体を通じてなのだから(176)――その時、魂は肉体によって、けっして同じものに即したあり方をしないものへと引きずられ、魂は 彷徨いかき乱されて、あたかも酩酊しているように 目眩 を起こすのではないか。

一方で、神的で不死で知性的なもので、単一な相をなし、分解不可能で、つねに同じ仕方で同じものに即したあり方をするもの、そのもの自体にもっとも似ているのは魂である。他方で、人間的で死すべきものであって、多くの相からなり非知性的で分解可能で、けっして同じものに即したあり方をすることがないもの、そのもの自体にもっとも似ているのは、今度は肉体である。

つまり、重く土のような性質で、目に見えるものだと考えなければならない。それを所有することで、そんな魂は重くされ、 見えざるもの と 冥府 を恐れて、目に見える場所へと再び引き戻され、一般に言われているように、墓碑や墓場の周りをうろついている。

劣悪な人々の魂である。その魂は、生前の過ごし方が悪かったため、その償いをするためにこんなものの周りを彷徨うことを余儀なくされている。

例えば、大食いや傲慢さや酒の飲み過ぎを練習して危険性に注意を払ってこなかった者たちは、ロバやそういった畜生の種族に仲間入りするのが、ありそうなことだ。

知を愛する者は《金銭を愛し求める大勢のように破産や貧窮を恐れてそうするのではなく》《肉体を作り上げる生き方をせず、自分自身の魂に配慮を向けるあの人たちは、彼らはみなどこへ行くのか知らないのだからと別れを告げて、その人たちと同じ道を歩むことはないのである》

縛られている者自身がとりわけ縛られることの協力者となるように出来ている(メモ・マルクスの内部統制、外部対抗)

「考察をめぐらす」が哲学的、「物語る mythologein」が神話・宗教的な語り方に対応する(39)。

人間の関係を羊飼いと羊(持ち物)に喩えることは、ギリシアでは普通であった(44)。

理性的に推論する logizesthai」は、推論や計算を行なう理知的営み。

「死にかけている」とは、死んだのと同然という意味と、死を求めているという意味をかけている。アリストファネスの喜劇でも、哲学を行なう仲間は「半分死人だ」と 揶揄 われており、男らしく生きている状態とされる政治や実業の場面での活動との対比で、哲学者は「死んでいる」も同然だとされるのは、一般人に共有されるイメージであった(55)。

「分離 apallage」という語は「解放」という意味も持つ(56)

肉体からの魂の分離という「死」の規定は、常識的な見方にも見えるが、実際には哲学的定義となっている。魂が「それ自体で ある」という状態の実現は、哲学の目標である(57)。

ここで語られる「配慮 therapeia」は、『ソクラテスの弁明』の「配慮 epimeleia」と同義で、魂と肉体(金銭・名誉を含む)の二方向に分岐する(58)。

配慮は「何に向かって生きるか」という 方向 の問題であり、哲学者には魂の目の向け変えが求められる(59)。

「叡智」と訳す「フロネーシス phronesis」はプラトンでは一般に知を意味する語で、アリストテレスが術語化した「実践知」の意味ではない。この対話篇では特に、浄化された魂が真実在を認識している状態を指す。通常の用例では「思慮」と訳す(61)。

真理(アレーテイア)」は叡智が関わる状態である(62)。

古代から、エピカルモスの言葉「知性が見、知性が聞く。他は盲目で聾である」(断片一二DK)が引かれる。これはクセノファネスが神について語った「全体として見、全体として考え、全体として聞く」(断片二四DK)とも関わる(63)。

視覚と聴覚は、外界を把握するために最も有効な手段であると考えられていた。この二者以外の、嗅覚、味覚、触覚は、より曖昧な感覚である(64)。

魂が関わるのは、あらゆるものの「ある einai」というあり方、つまり実在・現実である。訳では「 ある」に傍点を振って示す(65)。

魂の叡智の対象として導入される「それ自体 auto」はイデアを指す。最初にイデアが認められるのは「正しさ、美しさ、善さ」という三つ組である。唐突な導入にすぐ同意する様子からは、シミアスやケベスがソクラテスとの議論で以前からイデアという考え方に親しんでいたことが窺われる(66)。

「あり方、ウーシアー ousia」は「ある einai」の抽象名詞形で、アリストテレスが術語化して「実体、本質」の意味を担わせた(67)。

[第一議論:六四C-六五A(九節)]哲学者は肉体の欲望を軽視し、それを退ける。
[第二議論:六五A-D(九節、一〇節)]肉体は叡智の獲得を妨げる。
[第三議論:六五D-六六A(一〇節)]自体的存在(イデア)は肉体の感覚を通じては把握されない。

この二者択一は、生きている間は肉体と一緒にあるという前提の上で、 ① 死が無になることであれば、結局知の獲得は不可能となる、 ② 死後に魂が存在すれば、そこで知を獲得する可能性がある、という考えであろう。この選択肢は『ソクラテスの弁明』四〇C-四一Cでソクラテスが語る死後の二つの可能性、 ① 無になること、 ② 魂があの世に行くこと、に対応する(74)。

「感染する」と訳した動詞は、「満たす」という一般的な意味もあるが、疫病の伝染も意味する(トゥキュディデス『歴史』第二巻五一)。「浄化」とともに、病気の比喩である(75)。

ここで「分離」と訳した「コーリスモス chorismos」は、アリストテレスがプラトン「イデア論」を特徴づけ批判する際のキーワードであり、感覚物からイデアを切り離す「離在」を指す。プラトン対話篇では、本篇のこの箇所(六七Dに二例)で使われるのみだが、ここでは身体からの魂の分離を指す(79)。

知の愛求、名誉の愛求、金銭の愛求は三つの生の型であり、『ポリテイア』第九巻では魂の三部分説で説明される(80)。

「カタルシス katharsis」を浄化の過程、「カタルモス katharmos」を浄化の目標と解する(92)。

ケベスが提起する疑問、即ち、死後の魂の存在と能力の保持が、以後の議論の焦点となる。彼が証明をもとめる死後の能力は「フロネーシス」と呼ばれ、弱い意味では「思慮」、究極には「叡智」を指す。その回答は「想起説」で与えられる(97)。

「語り合う」と訳した動詞 mythologein は「ミュートス・物語を語る」という意味もあるが、これから証明が始まるため、「ミュートス/ロゴス」の対比は当てはまらない(98)。

魂が死後冥府に存続することは、ホメロス叙事詩でも語られるギリシア人の死生観であったが、そこから再び生まれるという輪廻転生の思想は、ピュタゴラス派やオルフェウス教など、東方起源の宗教に限られる(100)。

ギリシア語で「より大きなものが生じる」とは「より大きく なる」と同じ表現である(103)。

「再び生きる」を意味する動詞 anabioskesthai が適用される(113)。

この帰結は、七〇C-D(一五節)の議論の出発点に応えるものである。「生じる」と訳す動詞 gignesthai は「生まれる」も意味することから、魂が生まれる、つまり肉体と結びついて生者となるという帰結が生まれる(115)

本篇の主題となる「不死 athanatos」という語はここで初めて用いられる(123)。

「別に para」は、感覚物と切り離してイデアがある様を示す表現(134)。

「風」は「プネウマ」という語で、生き物の息も意味する(158)。

ここでは「冥府 Haides」と「不可視 aides」との通俗的な語源連想が使われている。『クラテュロス』四〇四Bでは、その語源説は否定されている(186)。

ギリシア語の「ソーマ soma」は「肉体」と同時に「物体」の意味を持つ。ラテン語の corpus、英語の body も同様である(190)。

欲望の権力構造は、自身が被束縛者であると同時に束縛者として協力することにある。この洞察は様々な場面で確認されるが、例えばフーコーの監獄の考察が思い起こされる(199)。


「行き詰まる aporein」(名詞形はアポリアー aporia)は探究の途上で困難が生じて立ち往生してしまうこと。ソクラテスの探究論では否定的なものではなく、むしろ不知の自覚への重要なステップである。『メノン』八四A-Dを参照()

これから提示される「調和、ハルモニアー harmonia」を使った議論には、音楽や宇宙の理論にこの概念を用いたピュタゴラス派の背景が推定されている(213)

「流動する rhein」という語は、ヘラクレイトス流の万物流動的世界観を示唆する。恒常不変な実在を認めないという立場がケベスの反論の基盤にある。魂と肉体には程度の違いしかないと考え、前者の存在身分を引きおろす流動説が、イデア論が対決する相手となる(226)

ソクラテスは、魂の病としての言論嫌いを治療する医者である。ここで用いられた「勧める protrepein」という語は「哲学の勧め、プロトレプティコス」の動詞形(233)

「言論嫌い、ミソロゴス misologos」は、「人間嫌い misanthropos」をもじったプラトンの造語。抽象名詞は「ミソロギア misologia」。なお、人間嫌いで有名なアテナイのティモン(シェイクスピア『アテネのタイモン』のモデル)は、ペロポネソス戦争の頃の人物とされる。その場合、ソクラテスやプラトンと同時代人である(239)

人間嫌いが欠いているという「技術 techne」とは、人と付き合う心得としての社交術や、相手の考えを推察する心理術のようなものも考えられるが、哲学的には、人間とは何かの理解であろう(240)。

この注記は有名な「パスカルの賭け」(『パンセ』B二三三)を思い起こさせると同時に、ソクラテスが魂の不死を無条件に信じているのではなく、不知の立場に留まることも示唆する(250)

「はったり alazon」という批判は、しばしばソフィストの 似而非 知識に向けられる(261)。

ここで登場する「基礎定立 hypothesis」は「下に hypo 立てる tithemi」から作られた語で、幾何学の方法として用いられた(『メノン』八六E-八七B参照)。後に一〇〇A(四八節後半)で定式化される哲学の方法を先取りしている(262)

「与る metechein」という語は、イデアと感覚物の分有関係にも用いられる。悪徳が不調和であれば、調和である魂が反対の不調和を分け持つことになってしまい、存立不能になる(270)

「原因 aitia」は、元来は「責任」を意味し、「根拠、理由」にあたる。この概念は、アリストテレスの四原因説に受け継がれるように、近代以降に論じられる「因果」(作用因にあたる)より広い(282)

「自然について peri physeos」は初期ギリシア哲学者に共有されていた問題関心であり、「探究 historia」という語はイオニア自然学で用いられた(284)

ここで「ある」の原因が考察対象に加えられている点が重要である。ソクラテスは「なにかになる」(生成)と「なにかでなくなる」(消滅)の原因のために、「なにかで ある」の原因を知ることが決定的だと見て取っている(285)

「驚き thaumazein」が哲学の始まりであるという、プラトン自身とアリストテレスの言葉を思い出す(296)


大地(地球)の形状は、イオニア以来の自然学の主要関心であった。タレスやアナクサゴラスらは平面を、アナクシマンドロスは円筒形を、ピュタゴラス派は球形を提案していた(303)

ここでソクラテスが期待したのは、そのあり方がそうでないよりも「より善い」という比較による説明であった。「善かった」という「ある」の未完了過去形(エーン)は、現にあるあり方がすでにそう定められているという本質を示す。アリストテレスの「本質」(ト・ティ・エーン・エイナイ)概念の先駆けとなる表現(304)

「犬にかけて」とはソクラテスが時折用いる誓いの言葉。特別の意味はないかもしれないが、やや剽軽な印象を受ける(312)

「必然 deon」とは、元は「結びつける」という意味を持つ(320)

「示して見せる、演示 epideixis」は通常ソフィストが弁論を人前で披露する際に用いる(322)

「基礎定立 hypothesis」の方法は、やや異なる形で『メノン』第三部、『ポリテイア』第六巻「線分の比喩」と『パルメニデス』第二部で用いる表現(329)

「イデア idea」と同義の「形相 eidos」という語は、ここで初めて用いられる。感覚される事物はイデア=形相を分取し(変化)、分有する(状態)ことで、それに派生する名で呼ばれる。例えば、「美のイデア」に与るものが「美しい」と呼ばれる(347)。

「シミアスが持つ大、シミアスの内なる大」は「大それ自体=大のイデア」と区別され、それを分有して生じるもので、現代では「内在形相」とも呼ばれる。『ティマイオス』四八E-五一Bではイデアの「像」として論じられる。ここでの「持つ echein」は感覚物と内在形相間との関係を表し、感覚物とイデアとの関係を表す「分有する」から用語上区別される。内在形相の存在論的身分については、研究者の間で議論が続いている(349)。

内在形相同士に起こる事態は、軍事的な比喩「退却、滅亡、降参」で語られる。ここでは、内在形相がその場からなくなることは、「逃げ出す」か「滅びる」かどちらかの事態として説明される。内なる形相も超越イデアと同様に、それと反対のあり方をすることはけっしてない。(351)

以前の議論では使われていなかった「事物 pragma」という語が明示され、なにかのあり方それ自体(イデア)と、それに与る事物の状態が区別されている(355)

「美のイデアはつねに美しい」のように、イデアはつねにその名で呼ばれるが、それに与る事物も、イデアと恒常的な関係にある場合、同様にその名で呼ばれる。「つねに」というイデアの永遠性への言及が、重々しさを醸し出している(360)。

「奇数」と「偶数」を二つの列に数えるのはピュタゴラス派の「双欄表」であり(アリストテレス『形而上学』第一巻第五章など)、この議論にはその背景も推測される(361)。

ここでは「イデア」という語が使われているが、「持つ」という動詞の目的語となっているため、内在形相にあたると理解すべき。「イデア/形相」の語は、区別して用いられてはいない(362)。

「持つ」の目的語となっているため、内在形相を指す(364)。

ここでも「イデア」は「占拠する」ものであり、内在形相を指す(366)。

奇数であることの定義は、割り切れる数を「一」だけ超過することであり(アリストテレス『トポス論』第六巻第四章一四二b)、それゆえ「一、モナス」は奇数性の根拠とされる。なお、ギリシア人は一般に、「一」は数の単位であり、数のうちに入らないと考えていた(372)

内在形相にあたるものが変化の後でどうなってしまうかという問いをめぐって、退却か消滅かという選択肢が吟味される。ここから始まる三つの「もし仮に」という議論は、反実仮想であって、実際にはそうではないという含意で語られる。従って逆に、三、雪、火の場合、退却が必然ではないことが示唆されてた(377)

「永遠である aidion」という条件は、一〇五D(五四節終わり)で同意された「つねに aei」から確保される。「永遠にある」ものが「不滅である」ことは、一見証明の必要のない真理に見える。だが、ケベスのこの発言には、性急さや不十分さの恐れもある(380)。

〈生〉のイデア、およびその内在形相は消滅を受け入れないという考え。そこで「神」が並べられることに意味がある。神こそ不死で不滅の存在だからである(381)。

死が万事の終わりなら、生きている間にどれほど悪いことをしてもそれで終わりになる。それは恵みだと皮肉で言われる。ヘルメスは冥府に同道する役割の神である(389)。

「壮観 theama」は「観想 theoria」がなされる光景であり、イデアの世界を連想させる(412)。

窪地の中にある島々というのは、私たちの大地にある高山の頂が空気の層を突き抜けている部分と考えられる(413)。

生前の行ないや生き方に応じて、まず善・悪・中間の三グループに大別される。悪しき行ないをした者がその程度に応じてさらに三種類の道を辿る。アケロン川は中間の者に、コキュトス川とピュリフレゲトン川は治癒可能な悪者に対応し、善者と極悪人はさらにその上下、つまり大地の上方とはるか奥底のタルタロスへと送られる(433)

「コスモス kosmos」には「装飾、化粧」という表面的な飾りの意味と、「秩序」という内面的な整いの意味があり、ここではその二義がかけられている(442)

「浄化、カタルシス katharsis」は、不純な物質の除去という医療行為、及び、宗教的な浄めを意味する。ここでの「古くからの言論」が、 ① オルフェウス教の教えを指すのか(オリュンピオドロスの古注等)、 ② ソクラテスがこれまで語ってきた議論(六四E-六五A[九節]、C-D[一〇節]、六六A[一〇節終わり]、六七A-B[一一節終わり]) を指すのかで論争がある。ここでは ① で訳しているが、 ② の場合「前にこの議論で語られている」となる。 ① の論拠としては、「一つに集結し凝集する」という表現が物質主義的であること、「古くから」は通常伝統を意味することが挙げられる。

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