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August 17, 2020

『メノン 徳(アレテー)について』プラトン、渡辺邦夫訳、光文社古典新訳文庫

 

Plato01  この夏、四冊目のプラトンは『メノン』。《たぶん他の国でも、人に親切にするよりも危害を加えるほうが容易だろうが、この国ではとくにそうなのだ》なんてあたりは2000年以上たっても人間社会は変わってないなと感じます。

 1995年刊の藤沢令夫訳でも「おや、ソクラテス、いったいあなたは、それが何であるかがあなたにぜんぜんわかっていないとしたら、どうやってそれを探求するおつもりですか?」(岩波文庫、p45)とか、哲学的難文ではなく鮮烈でしたが、90年代に進展したというプラトンの研究をふまえた渡辺邦夫訳、解説の本書も素晴らしかった。

 上記の部分の渡辺邦夫訳は《それで、ソクラテス、あなたはどんなふうに、それが何であるか自分でもまったく知らないような「当のもの」を探究するのでしょうか?》となっていまして、正確を期すためにやや硬いけど、読みやすいし意味も正確にとれる感じ。

 さて、当時のギリシャにはソフィストや弁論家といった紀元前五世紀に登場した新しい職業の人々がいて、アテネでも、言論の力で出世できるようになり、また世の中を政治的に動かすことも可能になっていました。ソフィストたちは、自分は知恵があり(賢者、ソフォス、σοφοs)、徳を教えることができると称しており、それに影響を受けた若きエリート、メノンが「徳」についてソクラテスと話しに来た、というのが舞台設定。

 しかし、《ソフィストを名乗ったプロタゴラスをはじめとする人々は、自分の「知恵」をひけらかすものではないという正統的な態度に逆らい「自分は賢い」と主張したことで、一部の熱狂的支持を得る反面、伝統派はもちろん多くの常識人に憎まれ、徳を教える職業を始めたが実際にはできていない、嘘つきだという反発・懐疑の的になった》そうで、後半になると、やりこめられたメノンに変わって、こうしたアンチ・ソフィストの代表とも対話することになります。

 しかし、当のソクラテスは《きみは、議論においてああしろ、こうしろと言ってばかりではないか。それは、若くて美の盛りである間、讃美者に対しずっと専制君主のようにふるまえたために、甘やかされ、わがままになってしまった人々がやることなのさ。それに、きみは同時に、わたしが美少年にはからきし弱いということに、どうやら気づいたようだね》というBL好きなオヤジとして登場。相変わらず「何にもわからない」と煙に巻きます。

 ソクラテスにやり込められる中、「難しい問題」は悪いことで、徳が難問を持たないことは当然の事実であるとメノンは考える。「難しい問題」の原語はアポリア、αποριαで対話篇の主要テーマのひとつ。αποριαはπαροs(渡し、道)に否定の接頭語αが付いた単語で、直訳すると「道がない(途方にくれている)」。

 本文には「優れた」と訳されたアガトスαγαθοsという形容詞がよく出てきますが、それは《「アガトスな(優れた)」人はアレテー(徳・卓越性)をもつという関係が理解される。優れた建築家は、建築家のアレテーをもつ。優れた牛は、牛のアレテーをもつ。優れた人間も、人間のアレテーをもつ》からだ、と註が付けてられいます。

 さらに「美しい」ないし「立派な」の原語καλλοs「カロス」もよくでてきて、「よい」のagatosと共に良さ、悪さが議論の中心となっていきます。

 させには「美しくて立派な(カロス)」と「優れた、よい(アガトス)」を「καi(英語でいえばandにあたる接続詞)」で結んだ形容句「カロスカーガトス」という単語も出てきます。καλοκαγαθοsはκαλοs καi αγαθοsという3つの言葉をまとめたもので《「善美の人」のようにも訳される。非の打ち所のない立派な人を褒めるときに使う、ギリシャ語表現》と註がつけられてます(3つにまとめられた単語は新約には出てきませんが、καλοs καi αγαθοsはルカ8:15の「立派な良い(心)」で出てきます。古典ギリシャ語ではお馴染みの表現を使うのはルカ的ですよね。

 メノンとソクラテスの対話は《それで、ソクラテス、あなたはどんなふうに、それが何であるか自分でも まったく知らない ような「当のもの」を探究するのでしょうか?》《たとえどんなものについて知らないにせよ、ものを知らない人の中には、その人が知らないその当のことがらに関する、 正しい考え が内在しているのである。そうだね?》《そう思えますね》と続き、《人間にとって他のすべてのものごとは魂に基づいており、そして魂そのものに属することがらがよいものであるためには、それらは知に基づくのようにね?こうしてけっきょく、この議論によれば、有益なものとは知であることになる。しかもわれわれは、徳は有益なものであると主張しているのだね?》という方向になっていきます。

 このほか「知識」と訳された「エピステーメー( episteme)」。「学問」「知」と訳された「フロネーシス( phronesis)」。「理性」とも訳された「ヌース( nous)」などもあとで調べてみようかな、と。ヌースはるグノーシスとも関係する「思考する noein」に対応する名詞で、エピステーメーの「知識」、フロネーシスの「知」と重なりますが、知的思考を示します。ちなみに《「知識・エピステーメー」の学問というニュアンスは、「フロネーシス」にはない》とのこと。

 次は『メノン』に続いて想起説(アナムネーシス、αναμνησιs)が取り上げられ、イデア論も初めて明確な形で書かれている『パイドン』を納富信留訳で再読しますかね。αναμνησιsは新約でも1コリ11:24-25で「記念」、ヘブ10:3では「記憶」として使われています。

 『パイドン』は「魂の不死について」という副題が付いていて《死者が生者から生じるのと同じように、生者は死者から生じるのである、と。こういう事情であれば、それは、死者たちの魂が必ずどこかに存在していて、そこから再び生まれてくるはずだ、ということの充分な証明になる、と先ほどわれわれは考えたね》《生き返るということも、生者が死者から生まれるということも、死者たちの魂が存在するというも、本当に有りうることなのだ》(岩田靖夫訳、岩波文庫、p52-54をアレンジ)とか印象的でした。『メノン』でもソクラテスは《もしも存在するもろもろのものの真理が、われわれの魂のうちにつねにあるなら、魂は不死であろう》と語っていました。

......以下は解説の引用です......

『メノン』の解説を書くとき、主題が「徳」なのか、それとも「知識とドクサ」なのかについてどのような態度をとるのかは大きな問題です。

(メノン)以後のプラトンの作品では、倫理や人生の領域の「徳とは何か?」というより、存在全般に関わる「善とは何か?」「ほんとうに存在するものはどのようなものか?」のように問いがおもに立てられるようになります。中期という時期の作品の特色ですが、この点も『メノン』における哲学のいろいろな主題が関係しあう仕方から、或る程度説明されると思います。つまり、一貫して徳を問題にして徳以外のことはあまり問題にしなかったといわれる、ソクラテスというひとりの人間の個性が、『メノン』の全体で問題なのだろうと思います。

「徳」は「アレテー」の訳ですが、「卓越性」のように訳す訳者もいます。「眼のアレテー」は見る力が優れていることで、「建築家のアレテー」は立派な家を建てることです。「土地のアレテー」は作物がよく育つということですし、「馬のアレテー」は馬としての働きが優れていることです。同様に人間のアレテーが問題になります。そしてこの人間のアレテーが『メノン』の主題ですので、「卓越性」は誤訳でなく、立派な翻訳です。しかしその内容として、ギリシャでは勇気、節度、知恵、正義、敬虔のような「徳」が考えられ、他にも、無数のマイナーな「人間の徳」がありました。

『メノン』は初期対話篇のなかでも、最後の作品です。そしてここで取り上げられるテーマや考えは、すべて次の『パイドン』と『饗宴』に受け継がれて展開されます。ただしこの二作品はもう、次の「中期」と呼ばれる時期のはじめの著作です。中期になると哲学の方法が重要になるとともに、プラトン独自の哲学が展開してゆきます。

『パイドン』では理論的な可能性が本格的に検討されて、死後も魂が不滅であるということ、したがって自分がやがて死んでしまうことを言い訳に探究や吟味から自分の注意と熱意をそらすのは、誤りであるということを論じようとします。

『メノン』以前では「勇気とは何か?」(『ラケス』)「節度とは何か?」(『カルミデス』)「敬虔とは何か?」(『エウテュプロン』)「美とは何か?」(『大ヒッピアス』)などは話題になりましたが、いろいろな徳目を すべて 束ねた「徳とは何か?」のような、ことばの意味において 非常に一般的な意味合いの 問いは、いちども対話篇全体の公式主題になっていませんでした。同時に『メノン』では徳を 一般的に扱うので、「人間とは何か?」「なぜ人はそもそも徳を積む必要があるのか?」「善とは何か?」

『メノン』の主題は「徳」です。この話題をひとつの副題のようにして、プラトンはすでにこの作品の直前に、ソフィストの技術について考える『プロタゴラス』と、弁論術と弁論家についてこれをどう考えるべきかという議論を示す『ゴルギアス』という、比較的長い二作品を書いています。

徳は教えられるものでしょうか?」と尋ねるところから始まります。これに対してソクラテスが、もっと根本的ではじめに答えられなければならない「徳とは何か?」さえ自分は答えられない と言って、全体の主題がはっきりと示されます。

作家クセノフォンが、キュロス軍のもう一人の武将クレアルコスの友人であり、クセノフォンは、この戦いにおけるメノンを酷評しました(『アナバシス』 2. 6. 21-29)。

上昇志向と政治的野望の強いメノン自身の中に、その非常に強い野望と社会の中での上のポジションから見下ろす「格差」の意識ゆえの「理解の壁」があって、その壁のために、このままではメノンは「徳とは何か?」という問いを、一定以上は真剣に追求してくれなそうだということが分かります。

正義は徳のひとつにすぎず、節度や勇気や知恵も徳なので、「正義イコール徳」ではありません。第二に、ここからの長い箇所全体でソクラテスは、適切な定義において「循環してはならない」という基本ルールをメノンに分からせようとします。「循環」とは、たとえば徳を「徳」ということばを使って定義して説明することです。あるいは勇気を「勇気」ということばを使って、円を「円」ということばを使って、それぞれ定義することです。

ソクラテスが言いたい最終的な主張は、知識と離れた別の「よいもの」など存在しないというものです。

「勇気」が知でなく、或る種の「元気」のごときものであるとすると、「人が知性なしにただ単に元気を出すという場合には、害をこうむるが、 知性を伴って元気を出す場合には、ためになり有益」であるというわけです。

意志の弱さの問題は、『メノン』以後に残される、重要な「宿題」ということになります。

「〈批判〉だけする」ソクラテス的な「教育」自体の正当化をおこなう場面をプラトンが設定したということであるように、わたしには思えます。次に想起説の説明に進んで、プラトンがおこなう正当化の評価を試みながら、パラドクスの運命をみてみましょう。

「事物の自然本性」と訳したのは、ギリシャ語の「フュシス」です。ギリシャの文物にあこがれた古代ローマ人は、ギリシャ語のこのことばを翻訳するために、母語のラテン語から「ナートゥーラ( natura)」を宛てました。やがてそこから、近代語の英語の nature や、それに類する各国のことばが生まれました。日本語の「自然」にあたる意味内容も含みますが、ものやことがらに内在して、そのものを支える「本性」「本質」のニュアンスが強いことば

「徳のフュシス」は「『徳とは何か?』への答」であると言えますし、「人間のフュシス(= human nature)」といえば、「『人間とは何か?』への答」のことであると言えます。さまざまなものの「何であるか?」という問いを、ソクラテスが倫理的徳目や価値について探究し始めたようにだれかが探究してゆくとき、最終的に、問題にしている複数のことがらの理解は、芋づる式に、あるいは数珠つなぎに得られるはずだ、なぜならこうした問いへの答は、ひとりひとりの人間のいまの人間身体における「誕生」以前の〈本来の高貴な状態〉において、 すでに 知られていたものだから──想起説は、ほぼこのようなメッセージであるように思われます。

エピステーメーというギリシャ語の「知識」は、ここの説明では、原因にさかのぼって考えたうえで、原因からの推論結果として内容を導き出したものなので、その点でただの〈正しい考え〉とはちがっていると言えると思います。

このことをメノンが理解するには、知識のイメージを一新する必要があり、そのために対話者ソクラテスが用意したのが想起説であるとわたしは思います。

ひとつは、他人から伝聞的に聞き知る意味での「知る」に対し、「理解して知る」という意味の「知る」ことこそ、人が 本来的に「知るに至る」ことであるという考え方です。もうひとつは、まったく新たに学ぶことに対する、 むかしの 経験の記憶に基づく知の 再 獲得こそ「学び」なのだという主張です。

「仮説」の議論で、対話者ソクラテスはメノン相手に、知識が「よいもの」を真によいものたらしめる究極の要素であると論じて納得させます。この説得においてソクラテスは、「知識(エピステーメー)」も使いますが、「知性(ヌース)」という関連する別の重要なギリシャ語も使うし、「知(フロネーシス)」も使っています。

対話者ソクラテスと著者プラトンは今、一言で「知識」と言っても、徳が「知識」であるのは、そういう「外化」が可能なことを意味 しない ことが明確な場合にかぎられる、と示しておく必要があったのでしょう。

なぜ若い人は、じゃまになる考えを取り除いて頭の中をきれいにしてあげさえすれば、次々と壁と思われたものを越えて、次の段階にジャンプして成長するように学んでゆけるのか? それは、自分の中にそれを越えさせるくらいのたいへん豊かな財を、もともともっていたからだ。──こんな発想をプラトンは『メノン』執筆当時、もっていたのではないかと思います。

メノンは「学習による」とソクラテスが言ったことを「教えられる」のように言い換えており、ソクラテスが結論の必然性や強さを明言しないところで「必然に思えます」「仮説に基づいて」のように、あたかも絶対確実な学問的推論の力で完全に立証できたかのように主張しています。

まず徳は知識であるという仮説からは、徳は教えられるということになった。自分はこの結論は確実と思ったが、ソクラテスにそうでないと言われ、かれが詳しく説明してくれたように徳の教師は現実にはどこにもいないということに自分も納得した。したがって徳は教えられないというのが結論である。だから徳は知識ではない。行動を導くもうひとつのものである、正しい考えが徳なのだろう。そうすると自分には、徳をもった優れた人がほんとうにいるのかが疑問に思えてくる。 優れた人があらわれ出てくるとしたら、それはどのようにしてなのだろうか?また、徳が知識でなく正しい考えだとすると、 なぜ知識は正しい考えより優れているとされるのか、この点も、いまは、自分はよく分からなくなってしまった。

かれは仮説という「幾何学で通用している立派な方法」によって徳は教えられるという結論が出たと一回確信しました。ソクラテス自身のようにここを少し緩く、もし徳が いわゆる 知識なら、徳は生まれつき備わるのではなく学ばれるものである、しかし徳は いわば 知識 のようなもの なのだから、それは学ばれるのだ、という程度に理解するとき、この結論は、徳の教師は存在しないので徳は教えられないという第四~五章の結論と、矛盾しません。つまり、徳は「他人から教えられない」 というしかたで 学ばれるという結論になります。

幾何学から現実の具体的生活に関わる徳の問題に話を進めるということは、だれがどうみても大きな冒険なので、「例外」の可能性への注意が必要になるはずです。そして、ここはそうした例外に当たるので、われわれはこの「場合分け」の 意味自体 に吟味を加えていくことをこの特殊な「仮説」では問題とせざるを得ないということになります。これが、ソクラテス=プラトンの隠れメッセージだと思います。

徳が「知識である」と 言える のは、それが 生きた「魂」ないし「心」の力として、或る人の間違いのない判定能力・判断力であると言えるといった程度の意味におけることです。ギリシャ語で言うと、「エピステーメー」という、「知識」と訳せて教示可能性と結びつきやすいことばよりも、「フロネーシス・知」という、行動や実践での「頭の良さ」「知力」「思慮深さ」といった意味合いのことばのほうがぴたりの表現であるような内面的な力です。このことばにも、「ヌース・知性・理性」にも、それが人から人へと教えられるものであるというニュアンスは欠けています。  実際には、導き出せるのは、徳は知 ないし 知識 ないし 知性だから、生まれつき人に宿っているものではなく、後天的に「学習」されるものであるという穏当な結論のみです。それをソクラテスも結論にしています。この「学習」は非常に広い意味内容をもちます。本を読んで勉強したり、優秀な教師からレッスンを受けて教わったりする意味での「学習」も学習の一種ですが、それよりはるかに広く、自分で経験して学ぶこと、自分でよく考えて行動するうちに学ぶことなどの、「実技科目」のように学ぶことも含まれます←エピステーメー、フロネーシス、ヌースとの関係

(A)有益なものとは 知 である(B)徳は有益なものである という二つの前提 の組み合わせで、(C)徳とは知である という結論を得る

この点を、この箇所の趣旨に或る程度似ている「太陽の比喩」という、中期対話篇の中の、『国家』第六巻の印象的な議論の説明を利用して、描写することができます。『国家』の議論によれば、 善のイデア こそ美や正義に比べ最高のイデアで、前途ある若者のための最大の学習課題ですが、これが最重要のものであるのは、「太陽との比較」で明らかになると対話者ソクラテスは言います。つまり、太陽が〈見る・見られる〉という関係全体において光を提供することでその全体の原因とみなされるように、そのように〈知る・知られる〉という関係の全体を検討するとき、善こそ「知られるもの」真理性を付与し、「知るもの」に知る力を与えるものだというのです( 506B-509B)。

野心家や目立ちたがりの人がきらう地味な徳の学習に努めないと、自分の 内部の状態が原因となって、認識そのものが「遮蔽物」や「暗さ」や「濁り」に類したもので妨げられることになる、ということが、『メノン』でも、そして『国家』でもプラトンの主張のポイントになっていると思います。 より重要なのは、積極的な帰結のほうだと思います。このような「自分自身の問題」を乗り越えて徳の問題の重要性に気づき、人一倍徳の学びに励んだ上、その徳に基づいてよいものを事柄どおりによいものと人々にまさって認知できる人が出てくれば──ソクラテスの否定的論駁はまさにこのような人を生むことを目標にしていたように思われます──、その人の場合には 内的なものの力で 自分や他人の幸福とほんとうの繁栄、人々の福利について、他の人の及ばない力を発揮できるだろうということになるはずです。これが「仮説の方法の議論」の最終的なメッセージになるように思われます。

第五章のテーマは、知識だけが統率するものではなく、正しい考えも統率するものなので、「徳」と呼ばれるものは、実際には知識ではなく正しい考えであるという新しい論点です。

正しい考えは、 行為の正しさに関しては、知にまったく劣らず正しく導く」と主張します。したがって徳に関する第三章の「仮説の方法」の議論のところで、徳が知であるとして、知のみが正しい行為を導くとしたのは誤りであったと、 前の主張を修正します。この修正の意味が、解釈の大問題です。 「正しい考え」は「アレーテース・ドクサ」を訳したことばです。「アレーテース」は直訳すれば「真実の」「真なる」ですが、本訳では「ドクサ」を形容する場合はより自然な「正しい」で訳しました。「ドクサ」には、さまざまな訳語が考えられます。中期のイデア論の文脈のように、イデアという「あるもの・存在するもの」を捉える心の能力としての「知識・エピステーメー」との厳しいコントラストがついて、真ではあるが次元的に劣った心的状態・力のニュアンスが強い場合、「思わく」(もっとかたい日本語ですと「臆見」になるでしょうが)のような専用の訳語にする慣習があります。いっぽうそのような文脈にかぎらない、たとえばイデア論が出てこない、後の『テアイテトス』や『ソフィスト』のような対話篇では、心が一回でくだす「判断」のように訳すのが適切な場合もあります。第五章の議論は、次のように進んでいるように思われます。 徳は教えられない。ゆえに徳は知識ではない。徳は結果的に正しい行為を導くものである。正しい行為を導くのは、知識か、正しい考えである。ゆえに徳は正しい考え

ソクラテスが善や美や正義などの大切なことに無知であることと、ほんとうの 徳 ならばそれは 知であるという主張は、論理的に両立するからです。

ソクラテスの場合には、神ならぬ自分がほんものの知をもっていないということは絶対の前提であって、要するに 近似的な 知である「徳」でもって生きていく、そして つねに 徳の点での 向上をめざす という態度を取っていると思います。したがって第五章で徳が正しい考え程度のものにすぎず、知識でないという「修正」をおこなったことは、ソクラテスにとって第三章の議論の受け取り方に関する、いわば〈適切な注〉がついたということを意味したはずです。われわれは生きている間、どんなに進歩したところで、完全に「透明に」よいものを知るにはいたれないということの原因にかかわる仮説(合理的推測)を立てる作業をおこなってゆく精神、そして自分の徳に基づいて原因をつねに探りそれに基づいて行動しようという精神によって、こうした、建設中の 知識というものを中心に 動く活動のもとでしか、ほんとうは国家もよくならないし、全体の福利を考えながら国家を動かす人材も働けないはずだということは、動かないように思えます。

じつは『メノン』に関する論文や著書は、プラトン研究全体の中でも重要な一部分を占めており、いま現在、次々と新発見や新しいタイプの解釈論争が起こっているというのが実情なのです。  重要な解釈論争が、第一章の「だれも悪いものを欲しない」という趣旨の議論(「けれども、今度はきみのほうで」~「悪いものを欲しないのでしょう」)に関して起こりました。これは、著名な研究者同士の論争です。サンタスによれば、「悪いものを欲する」人がそのもの自体をよいと考えている場合、一種の「間接話法」のような具合になっていて、その人は現実に欲することと区別されるような「よいもの のつもりで 欲する」という意味合いでは、よいものを欲していると解釈されます( G. X. Santas, Socrates, London 1979, 183-189)。これに対し、ペナーとロウが共著論文を書き、サンタスのような『メノン』解釈は『ゴルギアス』における、欲求され願望されるのはよいものであるという主張(単によいと思われる、あるいはよい つもりの ものではなく、 実際に よいものであるという主張)に矛盾するので、ここでも「よい」は、行為者の頭の中でよいとされるものというより客観的によいものであると解釈すべきであると主張しました( T. Penner and C. Rowe, ‘The Desire for Good: Is the Meno Inconsistent with the Gorgias?’, Phronesis 39 (1994), 1-25)。サンタスのようにただ単に「よいもの のつもりの」ないし「よいと 思われる」ものだけをよいとすると、それはたしかに、プラトン的ではないように思えます。しかし、逆にペナーたちのように『メノン』の議論を解釈するのは、不自然で無理があります。  わたしは、本訳の「解説」一(三)では、両者のいずれとも異なり、〈行動の観察結果から推測される、行為者本人にとってよいもの〉という意味の理解を提案しています。

「探究のパラドクス」とは、「まったく知らない対象を探究できるわけがない」というものです。ファインの問題提起( G. J. Fine, ‘Inquiry in the Meno’, in R. Kraut (ed.), The Cambridge Companion to Plato, Cambridge 1992, 200-226)などを経て、スコットは最近の出色の研究書の中で、主張を、想起説は探究のパラドクスの問題に答えるために導入された説ではないという新しい解釈にまとめました( D. Scott, Plato’ s Meno, Cambridge 2006, 79-83, 121-125)。──賛成にせよ反対にせよ、現在の『メノン』解釈は、このスコット説への態度表明をする義務を持っていると思います。わたしはスコットの主張のうち、想起説は論理的ないし理論的に探究のパラドクスを解くものではないという部分を承認してもよいと思います。しかし探究する人々と「 知識」との深い関係を語る想起説のような形でなければ、探究のパラドクスのもたらす 心理的脅威 は排除できなかっただろうと考えています。なぜなら、ファインやスコットや他の多くの解釈者のように、 知識 でなく正しい 考え からでも探究を始められるという答でかまわないというとき、「 まったく知らない 対象を探究できるわけがない」というパラドクスの、 ことばの文字通りの力 があまりに軽視されているからです。

「想起説」は、じつは「過去の経験の想起」よりも「『知識』を『理解』で解釈すべし」

偶然かもしれませんが、こうした新しい『メノン』解釈の流れの多くは、そろってみな一九九〇年代からのものです。藤沢訳の文庫版は一九九四年出版で、これらの新傾向が定着して、そのエッセンスを安心して一般書にも取り入れうるステージ以前

読者が自分でものを考えるために使いこなす「素材」のようなものとして、『メノン』は書かれたと考えます。思想内容の単純な伝達を、志していないと思います。学びに関して他人の知識をあてにするばかりのメノンのあなた任せの受動性を、プラトンは悪い見本と考えていますが、この点でかれの書き方そのもの

「あいまいさ」の積極的重要性も、じつは案外新しい主題なのです。ロイドの解釈( G. E. R. Lloyd, ‘The Meno and the Mysteries of Mathematics’, Phronesis 37 (1992), 166-183)が、この点を最初に指摘した文献です。

考え方のちがいは、『メノン』解釈にも深い部分で影響してきます(今回わたしは、プラトンの哲学という観点では、この発展主義派にも固定的体系派にもすぐには行かないようにして、まず作品を「味わう」ことを中心に考えたいと思って「解説」に取り組みました)。

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