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May 18, 2020

『モリソンの太平洋海戦史』

Morison Morison-2

『モリソンの太平洋海戦史』サミュエル・E・モリソン、光文社、大谷内一夫訳

 一度通しで読みたかったので、こんな機会にでも、とじっくり読み進めました。

 太平洋戦争の戦史を読むと、日本軍は欧米の植民地軍に対しては圧倒的に強かったものの、米軍の本国軍が本格的に反抗してくると、ほぼ米軍による日本軍の虐殺となっていったみたいな書き方がされますが、海軍戦史をルーズベルトからまかされたモリソンの書き方をじっくり読むと、ニューギニアとマリアナを取られるまで帝国海軍は十分すぎる健闘していた感じをうけます。マリアナの七面鳥撃ちで三回目の空母喪失をして、サイパンが陥落した時点で戦いの帰趨は決したというのは確かでしょうが、レイテ湾で昭和天皇がマッカーサーに大打撃を与えてから講和したいと期待したのもわからないではないかな、と思うようになりました。

 もちろん、そんな奇跡に賭けること自体が国策としてダメすぎますが。また、レイテで活躍して米軍からも高く評価された小沢と西村は帝国海軍が圧勝したジャワ海海戦など対米英戦当初から大活躍していたんだなと思います。考えてみれば、太平洋戦争は3年半ちょっとの戦いであり、ハルゼー、スプルーアンスなど米国側の指揮官もずっと同じでした。

 また、カミカゼ特攻は、レイテ湾海戦で最初に使われたとは知っていましたが、沖縄戦の時にあれほど激しくなったのか、というのは不覚にも初めて知りました。どちらも、上陸を阻止するために、上陸部隊を援護するために沖合にいて無防備な船舶を狙ったんだな、と。同時に、虎の子の空母は護衛艦に守られて遠くにいたので、ほとんど打撃は与えられなかった、みたいな。それでも、ロケット推進の菊花は米国艦隊に対する最大の脅威で、ドイツのV1、V2ロケットに匹敵するとまで述べています(p.431)。また、原爆使用の理由を述べる流れで、本土決戦のために5000機以上の機体とパイロットが訓練中だったとしているのは初めて読みました(p.447)。ちなみに菊花は日本語の「馬鹿」にちなんだBaka Bombというコードネームをつけられていたんだなと。

 あとは、ざっと…。

 ワシントン条約に関して、ハーディング政権は、厭戦気分にあった米国民の世論に訴える、和平に向けてなにか目覚ましいことをやろうとして招集した、という見方は初めて知りしまた。ワシントン条約に関しては、日本側が深い不満を抱えたというのは知っていましたが、日本を5:3のレベルに抑えるため、米軍もグアム、マニラなどの海岸基地強化を断念したんだな、と。

 珊瑚海海戦の日本側の戦術指揮官は原ですが、これをモリソンは《アイルランド人のような名前の日本の提督》と書いていますが、これはオハラと言いたかったんだろうな(p.136)。

 モリソンは公平で正確だと言われていますが、日本人には兵力分散のクセが染み付いていて、ミッドウェーの敗戦は山本のそうした考え方とまで言われるとくやいな、と(p.141)。

 それにしても帝国海軍も第二次ソロモン海戦までは互角に戦っていたのに、本当にミッドウェーが痛すぎる。でも、逆に言えば、それまで米軍は不運続きだったのに、役満(大型空母撃沈)を三連続であがるような感じで帝国海軍の空母打撃群を三回も全滅させたんですから、勝てんわな、と。

 あと、連合国側も、帝国海軍の企図するFS作戦(フィジーとサモアを結ぶ線でNZ、オーストラリアを米国からの補給路から断ち、遠くインドを枯渇させ、英国の抗戦意識を挫き、枢軸vs米ソの戦いに持っていき、最終的にはソ連を孤立させる)を本気で心配していたんだな、というもわかります。

 日本海軍の夜間望遠鏡は開戦当初、常に米海軍を上回っていたので、先に日本軍が先に米軍を発見した、というのも知りませんでした。米軍がレーダーを多用したのは、これが原因かな。メーカー名は書いてないけどニコンは凄い(p.204)。

 ケネディが乗ったPT109を体当りで撃沈したのは、駆逐艦「天霧」の花見艦長(p.234)。1951年に下院議員として来日したケネディは「乗っていた魚雷艇を撃沈した駆逐艦の艦長を探してほしい」との依頼。上院議員への鞍替え選挙への激励の手紙を求めた、と。花見は自分と「天霧」の写真を添えて激励。陣営はこれを選挙選に使い、敵将からも賞賛される第二次大戦の英雄ケネディとして当選。ケネディは「昨日の敵は今日の友(Yesterday's Enemy Is Today's Friend)」と書いて返礼し、さらに1960年の大統領選挙では応援に来るよう求め、花見は渡米こそしなかったものの、乗員と共に色紙に寄せ書きを渡した、みたいな。

 マリアナの七面鳥狩りと言われるほど日本の戦闘機が打ち落とされたフィリピン沖海戦(日本名はマリアナ沖海戦)では、小沢艦隊の航空戦力の練度の低さが問題だったけど、グアムからの陸上攻撃機が破壊されたのも大きかったのか(p298)。とにかく、これで、三回目の空母部隊全滅と。

 ミズーリ号での降伏調印式では賛美歌32「この日も暮れゆき"The Day Thou Gavest, Lord, Is Ended | John Ellerton"」が式典の最後に演奏されたというんですが、第二次大戦はワスプの勝利だったんだな、と。

 モリソン編纂の海軍戦史は、1947年から1962年にかけて全15巻が刊行されたHistory of United States Naval Operations in World War IIを要約したものですが、この『モリソンの太平洋海戦史』の原著The Two-Ocean Warはそれをダイジェストしたもの。オリジナルは18章ですが、この本はそこから大西洋、北アフリカとシシリア、地中海と大西洋、フランス侵攻の4章分を省いた抄訳です。それでも500頁近い分量。第二次世界大戦の海戦はほぼ日米の戦いでしたので、意は尽くされていると思います。

1.The Twenty Years' Peace, 1919 - 1939
2.Short of War, 1939-1941
3.Disaster at Pearl Harbor, 7 December 1941
4.Disaster in the Far East, July 1941 - May 1942
5.Destruction in the Atlantic, 1942
6.Carrier Strikes, Coral Sea and Midway, December 1941 - April 1942
7.Guadalcanal, August 1942 - February 1943
8.North Africa and Sicily (Operations Torch and Husky), January 1942 - August 1943
9.Forward in the Pacific, March 1943 - April 1944
10.Gilberts and Marshalls, November 1943 - July 1944
11.New Guinea and the Marianas, April - August 1944
12.Mediterranean and Atlantic, August 1943 - June 1944
13.The Navy in the Invasion of France, 1944
14.Leyte, September - December 1944
15.The Philippines and Submarine Operations, 13 December 1944 to 15 August 1945
16.Iwo Jima and Okinawa, February - August 1945
17.The End of the War, November 1944 - September 1945
18.Conclusion

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