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November 07, 2019

『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』中川右介、毎日新聞出版

Ebizou-miru

 泣いても笑っても2020年5月、6月、7月の歌舞伎座では十三世市川團十郎襲名披露興行が行われ、歌舞伎界は新しい時代に入ります。近著『玉三郎、勘三郎、海老蔵』では《初代市川團十郎が始めたものが現代に続く歌舞伎であり、代々の團十郎がそれぞれの時代の歌舞伎を作ってきた。今後は十三代目團十郎の歌舞伎が歌舞伎となる。それを認めたくない人は、別の歌舞伎を作るしかない》と書かれていますが(あとがき、p.243)、それは九世團十郎の活歴以来の大改革になるのではないでしょうか。

 海老蔵=團十郎が目指す歌舞伎は《「昔ながらの歌舞伎」を「昔ながらの方法」で作るというものなのだが、単なる復古調ではない。ストーリーもセリフも古典なのだが、舞台装置や照明には最新技術を使い、テンポも速くして、飽きさせないようにするというものだ》(p.115)。少し補足すれば、海老蔵のつくる古典は、本人が幕前で芝居の概要を説明して初見の見物でもわかるようにして、途中でケレン味をたっぷり入れて飽きさせず、ちゃんと通しでやることによって起承転結をハッキリさせて最後に観客がカタルシスを味わえるようする、という感じでしょうか。見物が物語全体を分かっていることを前提にした見取り狂言が現在では主流ですが、それは幹部俳優に満遍なくいい役を与えるという役者のわがままが生んだもの。しかし、通しでやると1日あるいは2日もかかるようでは現代のテンポに合わない。だからカットできるところは大胆に省略するのが海老蔵流。

 そうした作風が見事に結実したのが『星合世十三團 成田千本桜』だと思います。本寸法の『義経千本桜』にはほとんど出てこない義経を要所要所に入れ込んだり好き勝手につくっているのですが、分かりやすくするためのこうした改変を三大狂言と言われる『義経千本桜』に加えられるのは、團十郎襲名が決まった海老蔵だから。《古典は守らなければいけないが、いまの観客が楽しめるものでなければならないという考えが、海老蔵にはあるようだ。十八番も大胆に作り変えていく。他の役者がそんなことをしたら古典への冒涜と批判されるが、歌舞伎十八番を守っている宗家自身が改革しているのだ。逆に言えば、十八番の作り直しは海老蔵にしかできない仕事なのだ》(p.60)ということなんでしょう。

 海老蔵は時代にあった新しい歌舞伎を、先代の猿之助から学んだとされていますが、《スーパー歌舞伎などの新作では録音された洋楽器の音楽を使うことが多いが、海老蔵・勘十郎の新作は邦楽器の生演奏である。その音楽に関わっているのが、三響会の三兄弟のひとり、田中傳次郎だ。海老蔵の「歌舞伎十八番」復活や新作は、海老蔵・勘十郎・傳次郎の共同作業があって成立している》(p.66)という違いがあります。海老蔵の方が本格的。

 このうち藤間勘十郎は藤間宗家の八代目。田中傳次郎は田中傳左衛門の弟で、この兄弟は歌舞伎長唄囃子方で、歌舞伎公演の「音楽監督」。また、その兄の亀井広忠は能楽師葛野流の宗家預り("かどのりゅう"の贔屓では家康などが有名)。この三兄弟は三響会という会を立ち上げていますが、海老蔵は自身の企画する外部公演シリーズ「古典への誘い」で歌舞伎と歌舞伎の演目の元となった能、文楽などを同時に上演するなどの試みを続けています(p.44)。海老蔵の考える古典改変の射程距離の長さがうかがえるというか、細かな所作ごとなどよりも、もっと深く歌舞伎の演目を考えていることがわかります。

 海老蔵は市川宗家として澤瀉屋一門を引き連れて、菊五郎、吉右衛門劇団に続く團十郎劇団をつくっていくのではないか、というのが筆者の見立てのようですが、十一世のような「役者バカ」ではないので、うまく体制内改革を進め、古色蒼然とした歌舞伎界を刷新していくのではないかと期待できます。海老蔵=團十郎のつくる新しい成田屋古典歌舞伎や中村屋兄弟の演目が木挽町でもっと上演されれば、動員力の落ちた菊五郎、吉右衛門劇団のかける芝居も「たまにはいいもんだ」ということになるかもしれません。歌舞伎界全体にとっての相乗効果も期待できたりして。

 「あとがき」で筆者は「海老蔵がいいと言うと歌舞伎が分かってない奴の代表となる」と自虐的に書いています。確かに、自称評論家や自称見巧者たちは海老蔵の舞台をけなすことが「分かっている」証拠だと勘違いしているフシがあります。それは恐らく、海老蔵の古典解釈の深さが理解できず、目に見える所作事に気をとられすぎているからなのかな、と。

 筆者と違って、ぼくは歌右衛門さんがいいというか、歌右衛門さんの歌舞伎で育ったので、良い悪いもなく、あれが歌舞伎だと思っていたのですが、それでも海老蔵はずっと見物してきた俳優の中で圧倒的な存在だと思っています。個人的に立役は八世幸四郎がダントツでしたが、今や海老蔵は映画の世界でいえばクリント・イーストウッドのような屹立した存在といいますか、不世出の役者であり演出家となりました。これまで観てきた、歌舞伎俳優のすべてを凌駕する存在にすでになっていると感じています。

 ということですが、この『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』は近著『玉三郎、勘三郎、海老蔵』と同じく、編年体のように海老蔵の踏んだ舞台のあらましが最初に続きます。

 ここで思い出したのが宝塚。宝塚でトップスターの退団が決まると、そのスターの足跡が音楽学校入学から初舞台、新人公演主演、外箱主演と振り返る番組がつくられ、その時々の気持ち、何を考えて舞台に立っていたかが語られますが、あまりに舞台の喚起力が高かったためか、そうした「ふり返り番組」を海老蔵で見ているような錯覚におちいりました。

 宝塚も西洋近代のベタな演劇理論からは自由に舞台をつくっていますが、そこに共通するスターシステム=スターこそ全てが見物客を呼び、興業を成り立たせています。

 歌舞伎は細かな所作ごとや先輩から教えられた見物には見えない仁の集積ではなく、生きている役者、子どもの頃から知っている役者が様々なゴシップに巻き込まれながらも生きる人生という舞台を赤裸々に見せているから続いているんだろうとも感じました。海老蔵がブログを公開するのも新しいメディアには必ず乗ってきた歴史があるわけだし(p.112)、宝塚も生徒の入出の写真を撮らせるのは役者=生徒の成長の軌跡がメシの種だと知ってるからだろうな、と。

 だから、歌舞伎も宝塚も、本番の舞台は劇中劇なのかもしれません。

 歌舞伎役者は歌舞伎座や他の小屋で歌舞伎や演劇に出るけど、それは劇中劇で、本当に見物が注目している舞台は彼らの人生という芝居なんだろうな、と。もちろん一緒に食事したり、話しをしたりすることはなかなかできないから、フツーの人たちにとっては、ほぼ唯一のリアルな接点である舞台の出来不出来は重要でしょうが、それを見るのは、役者の人生という筋書きのない芝居が前提としてあるから。

 宝塚のシステムもファンが息を凝らして見つめるのは生徒が育つ課程です。それが本当の芝居で舞台は劇中劇なのかも。宝塚も新作は全て主演するトップなどスターさんへの当て書きなんですが、『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』で指摘されている海老蔵が新作をどんどん変えて行ったり、十八番さえも改変してるのは、全て海老蔵という人生を生きる自分をその時々に表現するためだったりして。

 逆に古典芸能が国からの援助で一部のファン向けの伝統芸能と化すのは演者、奏者などの人生が物語として売れないからなのかもしれません。古典芸能の名人が浮気をしようが、離婚を繰り返そうが、衆道の道に走ろうが興味を持たれないなら、それはもはや興業として成立してない証し。

 そして歌舞伎界いや演劇界で一番の物語を持っているのは海老蔵。

 そう考えると御曹司は親父、爺さんあたりの醜聞まで財産として持ってるから強いんだな、と改めて思います。染五郎なんか、いつ子どもつくって認知するんだろ…と思いながら見てくれるわけだし。中村屋兄弟も父親の早世、弟の不祥事も含めて物語を豊富に持ってるから、舞台を見ていても、四次元的な深さを感じるから飽きないのかも。松貫四あたりの政治性剥き出しのやり方なんかも、もしかしたらセルフプロデュースによる物語づくりだったりして。大好きな松也がもう一回り大きくなり、紀尾井町あたりの出番をかっさらうためには、何か大きな物語が必要というか、セルフプロデュースするしかないのかもしれません。

 今月の顔見世興行も見物してきましたが、梅丸改め莟玉の襲名披露となった『菊畑』は狂言半ばに養子縁組、襲名披露口上がありました。こんなことは、「作者が訴えたいテーマにそった台本を元に、演出家が役を生きることのできる俳優をつかって舞台に仕立てる」という近代の演劇原理からはありえません。テーマに沿った芝居が前提なら、「狂言半ばではございますが、口上をもってご挨拶申し上げます」というのは説明できませんから。それは歌舞伎が西洋の演劇とは別物であることの証し(ちなみに宝塚でも100期の初舞台披露は狂言半ばで中断して行われました)。『菊畑』は8歳で部屋子になって15年、東西の成駒屋一門から祝ってもらう梅丸改め莟玉こそドラマの主人公だということなのでしょう。梅玉は先代芝翫の義従弟で、奥さんが自殺してしまったし元々そんな気はなかった六代目歌右衛門さんの養子になったという、なかなか覚えられないほど複雑な系譜ですが、莟玉というのは大成駒に由来の名前なので期待してます。

 本に戻ると、後半では雀右衛門さんのあたりが面白かった。雀右衛門さんは結構好きで、そういえば襲名披露以降、歌舞伎座によく出るなと思っていたんですが、福助が病に倒れ、玉さまがあまり木挽町に出なくなったので立役を支えるのが上手い時蔵、雀右衛門さんの二人が幹部から指名されるという図式だったのかと明快に分からせてくれます(p.185)。

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