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September 25, 2019

『玉三郎 勘三郎 海老蔵』中川右介、文春新書

 昭和末期から辰之助、十七代目勘三郎、二代目松緑という六代目菊五郎の芸の継承者が一気に去ってしまうという「第一話 神々の黄昏」に続くのが「二人阿古屋-歌右衛門から玉三郎」。この問題意識の流れは共感できる。

 プロローグのような第一話に続くのが「第二話 二人阿古屋」。近現代の5期の歌舞伎座はいま、敗戦から70年以上、震災や爆撃で焼失していない平和な時代を享受していますが、その木挽町を頂点とする歌舞伎界には二人の女帝が君臨していました。

 太平洋戦争の敗戦で歌舞伎座と歌舞伎の興行システムは灰燼に帰します。映画やテレビなどのメディアの勃興もあり、国などからの評価を自らのトップとして価値に変えることで興行価値を保ち、歌舞伎を文楽のような「国から支援されることで興業という交換価値を失った伝統芸能」にさせなかった歌右衛門さんの時代から、梨園の外から女帝となったものの、陰りの出てきた人気のなかで改めて内省を要求された玉三郎への変化を描いたのが全体でも最も長い第二話。

 著者は、おそらく歌右衛門さんと玉三郎で歌舞伎の現代史は描けると確信しています。幻冬舎新書の『十一代目團十郎と六代目歌右衛門―悲劇の「神」と孤高の「女帝」』で敗戦から昭和の時代、『坂東玉三郎―歌舞伎座立女形への道』では第四期歌舞伎座の末期まで、そして今回の『玉三郎 勘三郎 海老蔵』で平成末までの歌舞伎を描いてきましたが、その骨格はあくまで歌右衛門さんと玉三郎。立男役である高麗屋や松嶋屋、音羽屋などはその周りを回る衛星という感じ。しかし二代続いた女帝の時代の後半では、玉三郎が歌舞伎界の権力闘争にしがみつくよりも、幽玄の世界に遊ぶことを選んだため、海老蔵が九代目の成田屋や六代目みたいな存在になる下地がつくられていった、というのが著者の見立てのように感じる。

 しかし海老蔵の時代が来るにしても、歴代の成田屋は健康に恵まれてない役者が多い。海老蔵にそのようなことがあれば、その時こそ本当の歌舞伎の危機かもしれません。君臨する女帝もトリックスターのような十八世勘三郎もいない中で、歌舞伎座と全国の劇場を埋めていかなければならないわけですから。

 それを無意識に感じているためか、「第二話 二人阿古屋」の後半では玉三郎が若手の女形を「マスターコース」方式で育てた軌跡を丁寧に描いています。マエストロ玉三郎が公開スクールのような形で自分の役を若手に伝えているのは、海老蔵を輝かせる脇役を揃えるためかもしれません。七代目歌右衛門は誰がなっても先代や自分のような存在にはなれないから、という諦めがあるのかもしれませんが、歌舞伎界全体を考えて、海老蔵を支える役に合った女形の数を揃えておこうという強い意思が感じられます。この「二人阿古屋」は阿古屋という役を歌右衛門さんと玉三郎の二人だけで独占してきた時代と、玉三郎が二人の若手女形にマスターコース方式で伝えた2018年末の舞台のことを意味しています。

 泣いても笑っても2020年には十三世團十郎の襲名披露興業がやってきます。十一代目は早世し、十二代目は器ではなかったので、今の海老蔵は劇聖と言われた九代目團十郎以来の帝王にして改革者となるわけで、それは《初代市川團十郎が始めたものが現代に続く歌舞伎であり、代々の團十郎がそれぞれの時代の歌舞伎を作ってきた。今後は十三代目團十郎の歌舞伎が歌舞伎となる。それを認めたくない人は、別の歌舞伎を作るしかない》という時代の幕開けにもなります(あとがき、p.243)。どの世界でもWinner takes allなので、これは避けられない道。《だからこそ、困難な道でもある》わけですが(p.242)。

 海老蔵は「声よし、顔よし、姿よし」で歌舞伎界最高の名跡である團十郎を名乗り、しかも新之助→海老蔵→團十郎となるであろう息子も持つという不動のポジションを築きましたが、すでに父をなくし、妻にも先立たれる不幸に見舞われています。《團十郎が男系男子で四代続くのは、この家の三百五十年にわたる歴史のなかで初めてのこと》であり、團十郎の家にまつわる悲劇を本人もよく知って上での襲名でしょう。

 海老蔵は若い頃からの暴力的な性格、振る舞いで、劇場内外でハラハラさせながらも、舞台上では最も光輝いてきました。こうしたアンバランスなゆえにいっそう輝くというスター性は他の御曹司系の役者にはないもの。せいぜい十世幸四郎が高校生の頃に子どもを産ませたぐらいでしょうが、それは歌舞伎役者という職業からすれば、これっぽっちも逸脱ではありません。昔ながら褒められたぐらいの話しです。問題行動という視点でいえば、海老蔵の起こした事件は、八世幸四郎への思いが届かずに初代吉右衛門の娘にとられたり、玉三郎の養父勘弥が水谷八重子と結婚したことに絶望して、使用人と駆け落ちした歌右衛門さんの事件以来ではないでしょうか。そうした潔さ、勇ましさがあるから、目が離せないのが海老蔵なわけです。ちなみに、歌右衛門さんと海老蔵の祖父十一世團十郎のふたりはほとんどカップルのようなこともあり、さらに團十郎は片岡我童とも「ラブラブの時代」があったようです(by十二世團十郎)。もっとも歌右衛門の方でも、初代吉右衛門に老いらくの恋をさせてしまったりと色々あったようですが…。

 とにかく考えられる限りのポジションを確保し、役者ぶりも申し分のない海老蔵は、さらに二代目猿之助から学んだ《古典を現代に通じるように作り変えるプロデューサー兼主演者》としての才能、センスも持ちあわせています。海老蔵は古典復活の際の監督兼プロデューサーでもセンスが光ります。映像や舞台機構をフル活用した成田屋千本桜などはその典型。

 これと比べると十八世勘三郎はコクーン、平成中村座など歌舞伎を演じる場を水平的に広げたものの、作品自体は丸投げだったように感じます。古典でも『魚屋宗五郎』のような作品を愛していたというのではセンスも古い。個人的には野田某を起用した作品を面白いとは感じられなかったし、宗五郎に関しては談志師匠が「来いというから見に行ったが何が面白いんだか。妹を手打ちにした殿様を叩っ斬るんだったら分かるがぬるい」と書いてたけどその通りだと感じます。恐らく談志師匠が観たのは勘三郎になってからの2007年ですが、これが酷評されたためか、勘九郎時代には1994、96、2000年と演っているのに、それ以降はかけていません。

 《歌右衛門がたたんでしまった風呂敷を、玉三郎が広げた》(p.240)平成の歌舞伎は、勘三郎というトリック・スターが通人で團十郎から海老蔵への助六を仲立ちするという大きな流れだったのかなとも感じます。

 文章は年代と劇場、演目、役名がズラッと続き、歌舞伎に不慣れな読者にとって読み通すのが辛く感じるところもあるかもしれませんが、ずっと観てきた読者にとっては、固有名詞だけで脳内の役者が踊り出すぐらいの喚起力を構成と流れでつくっています。とにかく面白かった。立役中心で考えている自称歌舞伎ファンにはみたくない真相(ますがた)かもしれないけど、これが本当の真相かな、と。

 中川さんが他の歌舞伎の評論家と違いズバッと本質に迫ってると感じるのは、第四期歌舞伎座のさよなら公演で、スタンディング・オベーションに出なかった勘三郎、玉三郎と藤十郎の対比を描いた以下のようなところ。

 《第二部の終わりは、藤十郎の『藤娘』で何の熱狂もなく淡々と終わった。人間国宝も文化勲章も客には関係がなかった。容姿の衰えた女形が懸命に無理をしているのは分かるが、そこに感心はあっても感動はない》(p.167)。

 藤十郎さんには申し訳ないけどクリアカットな素晴らしい書きっぷりです。こうした姿勢は播磨屋が演った幡随院長兵衛が《新聞などの劇評では、この『鈴ヶ森』が絶賛された》(p.179)といったあたりの呼吸でもうかがえます。なんというか演劇の本場、英国調の慇懃無礼さというかdisり具合なのでは…と感心するばかり。

 それにしても、もしほ勘三郎や歌右衛門さんの芸談が「芸」になっていたのは戦争を経験していたからだな、と改めて感じます。ああした人生の大どんでん返しを経験してない御曹司が語る「形」をいくら聞いて仕方ないと思うんです。それは、スポーツ雑誌などでよく見かけるバカがバカをインタビューしたみたいな記事と変わりないから。御著書はそんなことよりも、観客席からの風景と、公開情報から推察できる歌舞伎役者の政治性などを重視、プロデュース能力などに力点を置いているようで、いまのところ、そうした描き手としては唯一無二の存在だと思います。これからも、歌舞伎をどう読み砕いていくか、楽しみです!

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