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August 24, 2019

『文選 詩篇 六』川合康三など訳注、岩波文庫

 六巻は雑詩の後、最後の分類である雑擬詩に達します。『文選』収録作品としては比較的後期となる南朝時代の作者が多いのが特徴。親しみやすい表現が多くなるとともに、陶淵明のように日常生活を謳う詩も収録されるようになっていきます。

 詩経などは〈よみびと知らず〉の詩がほんどでしたが、曹丕『典論』を経て作者の個性が認識され、表現も洗練の度を加えて「作者の誕生」につながっていく、という流れが「はじめに」で示されています。

 陶淵明の詩は『文選』に八首収録されていますが、そのうち五首がこの冊に入り、あまりにも有名な「飲酒」其五も収録されています。

結廬在人境(いおりをむすんでじんきょうにあり)
而無車馬喧(しかもしゃばのかしましきなし)
問君何能爾(きみにとうなんぞよくしかるやと)
心遠地自偏(こころとおければちおのずからへんなり)
采菊東籬下(きくをとるとうりのもと)
悠然望南山(ゆうぜんとしてなんざんをのぞむ)
山気日夕佳(さんきにっせきによく)
飛鳥相与還(ひちょうあいともにかえる)
此中有真意(このうちにしんいあり)
欲弁已忘言(べんぜんとほっしてすでにげんをわする)

 普通は「悠然見南山(ゆうぜんとしてなんざんをみる)」ですが、こちらでは「悠然として南山を望む」を採っています。蘇軾による「見る」の解釈を長く引いて紹介した後、《蘇軾以前には「望」の字が通行していたと思われる》と締める呼吸が渋い。

 最後の項目である雑擬は、陸機が最初の「上」を十二首の作品で飾っています。

 ここでは、陸機と陶淵明の擬古詩の解説も素晴らしい。陶淵明の擬古詩は、陸機のようなキッチリした模擬ではなく《テーマを襲ったもの》とのこと。陸機と比べるとフリーダム。さすがというか分かりやすい(p.187-)。

 この解説のすぐ次は、謝霊運が曹操のもとに集った文人の詩を、曹丕が編んだものを元に再現した八首。これも印象に残りました。曹操討伐のための「袁紹の為に予州に檄す」を書いた陳琳のものも。陳琳は曹操が才能を惜しみ配下に加えたが、彼らが曹操政権に帰するまでを描いていきます。三国志好きはこれを読まないとモグリ?

 掉尾を飾るのは江淹の「雑體詩」三十首。長いですが、古詩から南朝宋末期の恵林までの作品を擬し、全体の批評にもなっているという高度な構成。

 この胸つき八丁を乗り越えないと、文庫本で2553頁という文選詩篇という巨峰を制覇できないのか、と必死に読み進みました。

 そして、最後に昭明太子による「序」を持ってくる趣向。その解説は《たとえ内容がすぐれていても、文学たるためには言葉をいかに美しい言葉に練り上げるか、表現を洗練することこそ心しなければならぬというのが、昭明太子の立場であった》とのこと。これを編者たちは言いたかったのかもしれません。

 本文、コラムなどを読了した後、付録の年表が素晴らしいことにも気づきます。秦から南北朝時代時代にかけての主な出来事と、士大夫らがどう動き、詩を書き、それが文選のどこに収められているかが分かる労作であり、漢詩の作り手は大状況に対応していたんだなぁ、と改めて実感します。

 旅先で読むものがなくなったので、kindleで新古今和歌集を読み継いだのですが、「ほととぎす」だけでズラーッと並べ、自然しか歌っていない日本の詩歌と、なんと違うことかと愕然としました。

 さらに六巻には作者別の索引もついています。

 川合康三先生以下の訳注がなければ読み通せませんでした。特に一巻の難解さは印象に残っています。中国史を前提としなければ理解が不可能でした。感謝。

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