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August 23, 2019

『熱学思想の史的展開 2 熱とエントロピー』山本義隆、ちくま学芸文庫

 近代科学史三部作(『磁力と重力の発見』『一六世紀文化革命』『世界の見方の転換』)の前に書かれていて、山本義隆さんが科学史家として実質的にデビューしたのが『熱学思想の史的展開』だと思います。デビュー作ということで容赦ないというか、数式も多数出てきますし、あまり広い読者を想定していなかった頃の作品です。2010年末に加筆訂正された文庫版の1巻を読んだのですが、その後、東日本大震災などもあって仕事が忙しくなり、読んだものの、まとめるまでにはいたらなかったのですが、この夏の旅行中に再読してみました。

 人類にとってもっとも身近で有益な自然現象である燃焼の原理や熱とは何かについては19世紀になっても分からない状況が続いていた、というのは改めて驚きます。

 1巻では、化学に革命をもらしたラヴォアジェでさえ、焼素(フロギストン、Phlogoston)が空気中に出ていくという燃素説を追放したにもかかわらず、燃焼とは物質と空気のひとつの要素である純粋空気が結合したという熱素(calorique)を提唱するあたりで終わりましたが、2巻は、その熱素説の精緻化と、天才カルノーが完成させたかにみえた熱素説が、イギリス人のエンジニアたちによる蒸気機関の改良と、ジュールによる実験が大陸の理論と結びついて、熱素説を克服する端緒を掴むまでが描かれています。

 1巻ではヨーロッパがアリストテレスの「質の自然学」を克服する中で、「自然を計算し、秤量し、測定する(to number, weigh and measure)」して定量化していくために、ガリレオ(1564-1642)の温度計が発端となったと語られていますが、2巻でもイギリス人のドルトンが膨張なども考慮した《使用する温度計物質によらない普遍的温度目盛りとは何か》を目指します(p.58)。そしてこれが《その後の熱学の発展を貫くものとなる》、と(p.78)。

 熱素説はまるで天動説のように精緻を極めていきますが、真空が多量の熱を含むという方向にいってしまうのが面白い(p.85)。天動説で、どうしても衛星の軌道を説明できなくなって奇妙な運動を導入したのと似ている。

 その後も、様々な実験は積み重ねられていくんですが、クーンが書いたように《科学者が自然を以前とは違った見方で見られるようになるまでは、新しい事実はまだ科学的事実ではまったくない》という状況が続きます(p.152)。

 人類は火砲を除いて、火を熱エネルギーとして直接利用してきましたが、蒸気機関は初めて動力として熱を利用することになりました。こうした中でカルノーは「仕事概念」を導入します。フランス革命は自然の支配と収奪による生産力増大に向かいますが(サン・シモン主義)、それには熱の動力利用が鍵になっていく、と(p.187)。

 《フランス革命では、自由・平等・博愛のイデオロギーとともに、あるいはそれを上まわって、自然の支配と収奪による生産力増大の夢こそが知識人青年を捉えたのではないだろうか。革命後におけるサン・シモンの産業主義というテクノクラートの夢の登場は必然であった》

 こうした観念的な思考が大陸で支配的な時に、英国本土では鉱山の排水・揚水に水蒸気エンジンの開発が進みます。決定的な改良を行ったのはワットで、その鍵は冷却器をシリンダーから分離すること。これによって燃料を75%節約できるようになりますが、冷却水が重要な役割を果たします。

 《仕事を生むためには高温だけでなく低温も必要》で、熱が作業物質を媒介に高温から低温へ流れ落ち、それによる作業物質の体積変化が仕事を生む、と(p.209)。これがカルノーに重要な示唆を与えますが、フランスはイギリスと違って石炭資源に乏しく、蒸気機関の改良が進んでいなかったという事情も関係しているようです(p.216)。

 熱が仕事を生むには温度差が必要というカルノーの基本的な理解は、水の高度差を利用した「水柱機」によるインスピレーションもあったようです(p.228)。そして、カルノーの定理は熱とそれが生み出す仕事の間の定量関係について得られたはじめての表現となっていきます(p.275)。

 カルノーによって絶頂を迎えた熱素説は、その後、急速に衰退しますが、それがすぐに熱運動論にとってかわられたわけではありません。なぜならニュートンによるエーテル説などが根強く立ちはだかっていたから(p.276)。しかし、光と輻射熱の反射・屈折・干渉・偏り・消偏などのふるまいがあまりにも似ていることがわかっていき、徐々にニュートンの権威から離れた熱波動説が受けいれられるようになっていきます(p.295)。

 熱帯地方では体温と外気の温度差が小さいために酸素消費量が少ないから血が鮮やかな赤色をしているというトンデモ的な所見から間違ってエネルギー原理を予言した医師のロベール・マイヤーは「19世紀のガリレオ」と一時は喧伝されたのですが、それは《エネルギー原理の発見が19世紀後半に与えたインパクトの大きさを象徴して》います(p.314)。
 
 マイヤーは運動や熱の原因を「力」と考え、それは消滅することはないとして、エネルギー保存の前提から、熱と運動の変換関係の普遍性というアイデアを導き出します。普遍定数Jの発見は熱と力学的仕事の新しい定量的関係の発見でしたが、このエネルギー保存原理はプランクをして「エネルギーの概念は保存原理を通してはじめて物理学において意味を持つ」とします(p.320)。トンデモ所見から得られたアイデアかもしれませんが、新しいパラダイムはβ-崩壊からニュートリノの発見にもつながります(p.322)。

 中性子が電子(ベータ粒子)と反電子ニュートリノを放出して陽子になる現象がβ-崩壊ですが、当時はエネルギー保存則を逸脱している実験結果しか出ませんでした。しかし、電子と一緒に観測できない未知の粒子が放出されているのではとするパウリの考えによってニュートリノが発見されるわけです。まったく、クーンの言う通りかな、と。

 マイヤーが観念的にエネルギーの原理を発見したのに対し、アマチュア科学者であったジュールはいかにもイギリス人らしい経験主義的な実験を通してエネルギーの原理を追求していきます。ファラデーの伝統もあったのですが、電気・磁気・熱・化学親和力・運動が密接に関係しあっていることが徐々に解明されていく過程は凄いな、と。ちなみにジュールの住むマンチェスターでは1842年に大争議が起こりますが、その年にエンゲルスも父の命令でこの町に来ています(p.347)。そして、この年にエンゲルスは彼の第一バイオンリンとなるマルクスと会い、『イギリスにおける労働者階級の状態』の調査も行います。

 一連の研究によって仕事→熱の変換、熱→仕事への変換があることはわかってきたのですが、トムソンは《仕事の熱への変換は常に可能であるにひきかえ、熱は限られた状況でしか仕事を生まない。具体的に言うと、熱の仕事への変換には温度差を必要とする》ことにこだわります(p.388)。やがて、トムソンは、熱が移動しても場合によっては仕事が得られないのはエネルギーが消失したのではなく散逸の結果であると悟ります(p.403)。ジュールはミクロな分子の回転エネルギーがマクロな仕事を生むと考えていましたが、それには膨大な数の分子が同方向に回転しなければならなかったからだ、ということで2巻は終了。

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