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July 03, 2019

『文選 詩篇 五』川合康三(訳)他、岩波文庫

 「第五冊」は楽府の後半、挽歌、雑歌、雑誌の前半が収められています。その雑歌は古詩十九首から始まりますが、「はじめに」で《叙情や人生のはかなさから生じる悲しみと満たされない恋の悲しみ-中略-それは日本や中国に限らず、どの国の叙情詩においても見られるものでしょう。ただ中国の士大夫の文学はそうした感傷に浸ることなく、悲しみを乗り越え、人間の力を肯定し、生きる意欲をうたおうとする、そこに中国古典詩の特質があるように思われます。そうして登場したのが建安の文学であり、建安文学こそ中国の詩の始まりといってよいものです》とあります。

 昨年末、東洋大学で川合康三先生の講演を拝聴したのですが、そこでも「隠逸への憧れや、厭世観などなどではなく、曹操の『歩出夏門行』の、老驥(ろうき)は櫪(うまや)に伏すも、志千里にあり、烈士暮年、壮心不已(やまず)などの悲観主義を乗り越える詩が上等とされた」と、説明しておられたのを思い出します。

 先日の北海道旅行のお供に読ませていただいたのですが美しいな、と思ったのは謝朓の鼓吹曲(p.148)。

飛甍夾馳道 垂楊蔭御溝
飛甍(ひぼう)馳道(ちどう)を夾み 垂楊(すいよう)、御溝(ぎょこう)を蔭(おお)う
あたりは素晴らしいな、と

最初の陸機のもカッコ良いな、と思いました。

陸機『楽府十七首』の崇雲臨岸駭、鳴條随風吟 崇雲岸に臨みて駭(お)き、鳴條(めいじょう=)風に随いて吟ず

飛鋒無絶影鳴鏑自相和 飛鋒(ひほう)影を絶つこと無く、鳴鏑(めいてき)は自ら相い和す

守一不足矜、歧路良可遵 一を守るは矜るに足らず,歧路(きろ)には良に遵うべし

我酒既旨、我肴既臧 我が酒既に旨し、我が肴既に臧し(料理よしの「臧し」はこの漢字を使うんだ…)

鮑照も勉強させてもらいました(p.121)。

撃鍾陳鼎食、方駕自相求 鍾を撃ちて鼎を陳(つら)ねて食らい、駕を方べて自ら相い求む(鼎食という言葉は史記にもあるのか)

雑歌は名歌のアンソロジー。

風蕭蕭兮易水寒、壮士一去兮不復還 風蕭蕭として易水寒く、壮士一たび去って復た還らず

子瑕矯後駕、安陵泣前魚 子瑕は後駕を矯(いつわ)り、安陵は前魚に泣く(男色をもって魏の安釐王に寵愛された龍陽君が、容色が衰えると捨てられると嘆いた歌)

雑詩も名歌のアンソロジー。

所遇無故物 焉得不速老 遇う所故物無し、焉んぞ速やかに老いざるを得ん(いつの時代も変わらぬ感慨)

雑歌十四の一、五、六句は『徒然草』に引かれ、日本の無常観にも影響を与えた、と

漢詩は大好きですが、素人なので、『文選 詩篇』の解説の最後に《『詩品』上品》とか書かれているのを素人なんで、最初は何だろうと思ってたけど、梁の鍾嶸が編纂した文学評論なんすね。で、『詩品』では曹植が上品、曹丕が中品、曹操が下品。これはわざとなのかな?

四海皆兄弟、誰爲行路人 四海皆な兄弟、誰か行路の人と爲らん(蘇武のこの詩は、開戦を決定した1941年9月6日の御前会議で昭和天皇が詠んだ明治天皇の御製「四海兄弟 よもの海 みなはらからと 思ふ世に など波風の たちさわぐらむ」に影響を与えているのかな?p.259)

蘇武はこのフレーズもカッコ良いな、と(p.258)

燭燭晨明月、馥馥我蘭芳 燭燭(しょくしょく)たり晨明の月、馥馥(ふくふく)たり我が蘭の芳り

『詩品』上品の曹植はこんな詩も(p.313)

烈士多悲心、小人偷自閒 烈士 悲心多く、小人自ら閒なるを偷しむ(これは曹操の烈士暮年、壮心不已へのオマージュですかね?)

張華のこの詩も素晴らしい(p.331)
清風動帷簾、晨月照幽房 清風 帷簾(いれん)を動かし、晨月(しんげつ)幽房を照らす

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