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July 10, 2019

『考古学講義』

『考古学講義』ちくま新書、北條芳隆(編集)

 全体の責任者である北條芳隆さんによる最後の14講義「前方後円墳はなぜ巨大化したのか」が抜群に面白いので、その章だけでも読む価値があります。

 高句麗など朝鮮半島における同時代と同じように列島では、首長制社会にあり、姉と弟が政務を分かち合ったり、部族間で主張連合の長を決めていた可能性がかなり高いんだな、と感じました。

 そして、いち早く統一的な国家を形成した中国本土では(それまでは部族というか、国々が鼎立していた)その勢いをかって朝鮮半島の北部から中央部にかけて楽浪郡と帯方郡を設置して、中央集権の官僚を派遣して統治していましたが、これが半島と列島の国家形成過程に大きな役割を果たしたんだな、と。

 中国本土との連絡を絶たれた楽浪郡、帯方郡の後漢などの王朝の官僚たちは、半島や列島の王権に雇われ、三国時代以降も中国本土との接近を図るルートとして活躍し、中央集権とまではいかないにしても、統治のシステムづくりをになっていったんだろうな、と。

 例えば、238年に公孫氏政権が滅ぼされ楽浪郡・帯方郡が魏に接収された翌年、卑弥呼が素早く魏に遣使したことが奏功し、列島各地の上位層も卑弥呼を擁する政体と同盟関係を結んだ方が対外交渉もやりやすくなり、近畿中央も鏡の配布や前方後円墳などによって広域な関係がつくられた、みたいな。

 また、なんで、神社では鹿が大切にされているのか、ようやくわかりました。それは《シカの角が春に生えて秋に落ち、来春に再び生え変わることに稲の成長と同一の神聖性を見出した》からなのか(p.129)、と。縄文時代には多産で生命力にあふれる猪の土製品が盛んにつくられたのに、この変わりようというのは、やはり農耕社会への転換がインパクトを与えているんだろうな、と。

 ちくま新書では『古代史講義』佐藤信(編)も面白いので、ぜひ。

 最後の14講義「前方後円墳はなぜ巨大化したのか」をまとめてみると以下のようになります(アレンジあり)。

1)前方後円墳を国家形成過程での「王陵」とみると、徐々に大きくなっていくのはおかしい。なぜなら、先代墓より大きなものをつくるのは祖先の神格化を阻害するから
2)秦の始皇帝と同規模の墓をつくるのは当時の経済力からして不釣り合いにすぎる浪費
3)厚葬は富の消費で、国家ならば治水や利水などの公共事業に傾注すべき
4)前方後円墳で基本構造が似ているものがつくられたのは部族集団が優劣を争ったからではないか
5)巨大墓の造営は蓄財の完全放棄による身分の平準化志向がうかがえる

という5つの疑問を呈し、そこに

1)東アジア一帯を襲う寒冷化と乾燥化
2)後漢王朝の滅亡から魏晋南北朝期に至るまでの中国大陸における南北分断国家群の興亡
3)高句麗の南下による朝鮮半島の流動化および朝鮮三国間の緊張関係

という条件を考えると、それは巨大な前方後円墳の造営は「ポトラッチ」ではなかったか、というんですね。

高句麗は対外的には国家として立ち現れる強国だったものの、内実は五部族からなる連合政権で、人類学的には首長制社会(ピエール・クラストルがいう「国家に抗する社会」*1)だった。しかし、戦時首長としての性格を帯びていた可能性が高い、と(これは旧約聖書でいえば「士師」の時代なのかな、みたいな)。

高句麗は楽浪郡と帯方郡を滅ぼすことによって、部族連合では生まれるはずのない官僚と宗教知識人(仏教)を取り入れたことによって、部族国家となっていった、と。

また、広開土王碑文でも、倭を最大のライバルとして敵意を持って書いており、倭も共進化(とは書いてなかったですが)して国家形成に至った可能性がある、と。

当時、倭も首長制社会だったと考えられますが、首長は民衆に惜しみない富の配分、ポトラッチを強いられます。さらに、列島では大王を輩出した部族が次世代に資産を引き継ぐことのないように注視されていただろう、と。それは近畿の倭王権だけでなく、地域首長でも同様であり、だから300年間にわたり5200基の前方後円墳がつくられたんだろう、と。

卑弥呼墓と推定される箸墓古墳や、最大の大仙陵古墳は当時の貨幣である稲わら換算で平城京と後期浪速宮の維持費と建設費の5年10ヵ月分に匹敵していたであろう、と推定されます。

浪費ではあったのですが、当時、半島からは避難民、国内でも寒冷化による再流動化が起こっており、そうした問題に対する公共事業としての役割は果たしたんじゃないか、という見方もあるそうです。さらに、倭の大王は世襲された可能性は皆無に等しいとみられており、新たに擁立された大王の権威は、血のつながらない先代との比較優位を目指すために、ポトラッチのような競争が生まれたんじゃないか、という推測は納得的でした。

また、寒冷化によって、交易の際の貨幣になった稲束の価値が半島で高まり、鉄も入手しやすくなったのも、武力を伴う国家形成には役立ったのかな、と。

前方後円墳がつくられた時代というのは、たぶん、そうした時代だった、というのは本当に新鮮でした。

*1 国家は必ずしも必然的に立ち現れるのではなく、そうした形態をとることを阻止しようとする権力に対する自律性を守ろうとする自然の仕組みを維持することに失敗した社会において、魔力によって合法化される、みたいな。旧約聖書では士師記の時代でしょうか。

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