« 『乱と変の日本史』 | Main | 『砂糖の世界史』川北稔、岩波ジュニア文庫 »

May 09, 2019

シリーズアメリカ合衆国史 1『植民地から建国へ』

シリーズアメリカ合衆国史 1『植民地から建国へ』和田光弘、岩波新書

 

 岩波新書の各国史シリーズは日本、中国(近現代)に続いてアメリカ合衆国史が刊行され始めました。つい、アメリカは歴史が浅いと思いがちですが、「あとがき」にもあるように合衆国憲法制定からは230年たっており、日本国憲法よりも3倍もの歳月にわたり《連邦と国家を運営し、初代から第45第まで44人の大統領を、憲法二条にもとづいて途切れることなく選び続けてきたこの国は、もはや決して若い国でも、歴史の浅い国でもない》といえるかもしれません。

 第1巻となる『植民地から建国へ』は、先住民の世界から植民地期、独立革命と憲法制定、そして新共和国としての試練まで、初期アメリカの歴史像を、大西洋史や記憶史(建国神話、星条旗神話)の知見もふまえて書かれています。

 大西洋史という観点からは、奴隷や砂糖などの三角貿易の説明のほか、当時は現代の管理通貨制度と異なり18世紀の大西洋貿易では様々な金銀貨が使われ、そのうちもっとも広く通用したのはスペインの8レアル銀貨だったというあたりはなるほどな、と(p.76-)。8レアル銀貨の意匠にはヘラクレスの柱が描かれているものもあって、スペインがいま英国にジブラルタルを占領されてるのは相当、腹立たしいことなんだろうな、と改めて思います。

 独立戦争に向かう流れはだいたいこんなもんかな、という感じですが、考えてみれば《寄せ集めの13邦が、当時最強のイギリス軍に果敢に挑んだ戦い》だったという視点は忘れてはならないな、と。イギリスはドイツからも傭兵部隊を送り込んだわけですし、よく勝ったな、と(p.123)。

 また、最初13州は13の独立した国(邦)という意味のSTATEだった、という視点も大切だな、と思いました。

 だから、独立戦争終結後の13州の連合会議に認められた目的は規約改正とされていたんですが、いったん集まると秘密会議にして、一気に憲法制定へ(p.155)という流れは日本の幕末を思い出しました。州(邦)の独立という志向の強い人々にとって、憲法を制定してアメリカ合衆国をつくる話しを秘密会議でやられたというのは、倒幕が終わったらいつのまにか攘夷がなくなったことに驚く尊皇派志士たちの姿を思い出しましたが、いつの時代にも先が見えるのは少数だから仕方ないのかな、と。

 初代大統領には周りから強く推されればやむなく立つというスタンスが求められたとして筆者は老子67章の「不敢爲天下先、故能成器長」を引いて「敢えて天下の先と為らず、故に能く器の長と成る」という蜂屋邦夫の読み下し文を紹介しています。しかし、老子は様々な訳が可能でテキストも多層的な成立過程が想定されており、例えば蜂屋訳は「人の前を行かないようにしなさい、そうすれば人を導く者になれる」ですし、他にも「世界の先頭に立とうとしないからこそ、人物をうまく働かせてその首長となることができる」(金谷治訳)、「無為の聖人が人と争わず、人後に甘んずる謙虚さ故に却って既成の人材を統率する最高の地位をものにする」(福永光司訳)「また先に立つのが嫌いなので、逆に代表の地位につかされることもあった」(保立道久訳)などもあります。ここは老子が自分自身の性格を語っているところであり、個人的には最後をとりたいと思いました(p.165)。

 初代のワシントン、二代目のアダムズに続き、三代目の大統領となったジェファソンは1782年に妻をなくし再婚することはなかったが、妻が連れてきた混血の黒人奴隷サリー・ヘミングス(写真)と深い仲にあったといわれます。サリーは妻の父ジョン・ウェイルズを同じ父とする異母姉妹で3/4白人。つまり、ジェファソンは亡き妻の面影をサリーにみていたわけです。奴隷制度では、所有する黒人女性との関係は「慣行」とされていました。生まれた子どもは原則奴隷なので、財産も増える仕組みというのはおぞましいかぎりです。

 1808年に奴隷貿易が禁止されたのは、ハイチ革命の影響もあるが、黒人奴隷の自然増で米国国内での調達・維持が可能となっていたからだとされています(p.204-)。サリーは6人の子を産み、4人が成人。その中の3人は見かけ上、白人として通り、「ワン・ドロップ・ルール」にもかかわらず白人として生きたそうです(パッシングと呼ばれる)。ちにみに、ハイチを革命で失ったナポレオンは、ルイジアナを維持するよりも戦費調達のため、最初はニューオリンズの購入をもちかけたジェファソンに対し、逆に全体の売却を逆提案したそうです(p.197)。

 ジェファソンは色々活躍したわけですが、それにしてもOne-drop ruleとは《黒人の血が一滴でも入っていれば黒人とされるという原則》で(p.62)あり、外見上白人ならPassing for whiteとすることで、他の黒人と区別させることは、黒人を弱体化させ社会のより低い位置に追いやるシステムを維持するための最良の方法だった、というあたりは醜い規定だな、と。

 ジェファソンの子孫たちは1990年代になってDNA鑑定を求めましたが、彼ら全員は弟を含むジェファソン一家の子孫である可能性が高いものの、全容解明は難しいとのことです。しかし、逆にシェファソンとサリーの関係を否定することも難しい、としています(p.204-)。にしても、弟も…凄い話しですが、日本が一夫一妻制になったのも1898年ですし、人様のことは言えた義理はないのかな、と(明治31年に民法で親族が規定がされ、重婚の禁止と戸籍法でも妾が削除。しかし奴隷制よりはマシですか…)。

 ワシントンから五代目のモンローまで、二代目のアダムズを除く4名は南部ヴァージニア出身だったというのは重要かな、と(p.208)。かれらは皆、奴隷制の大プランテーションの経営者であったわけですから。ちなみに、最初の首都はニューヨークに置かれましたが、ハミルトンとジェファソンによる交渉で 、南部のワシントンを首都にするかわりに連邦政府による州の肩代わりを認めるという妥協がなされたそうです(p.174)。

|

« 『乱と変の日本史』 | Main | 『砂糖の世界史』川北稔、岩波ジュニア文庫 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 『乱と変の日本史』 | Main | 『砂糖の世界史』川北稔、岩波ジュニア文庫 »