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April 03, 2019

『日本中世史を見直す』

『日本中世史を見直す』佐藤進一、網野善彦、笠松宏至、平凡社

 このところの日本中世史を研究する方々のご著書の面白さは本当に素晴らしいのですが、一歩下がって佐藤進一先生の議論から読んでみようと思い、この鼎談を開きました。

 一読、日本の中世史は

[ファンタジー左派]マルクス主義歴史学の立場から南北朝の争乱が封建革命であると主張した松本新八郎
[左派]マルクス主義歴史学は観念的すぎるとは思いつつ人民の力のベクトルを保ち続けた石母田正、網野善彦
[中庸]法制史の立場から基礎的研究を行った佐藤進一による、鎌倉幕府は京都と別の権力をつくり並立したという「東国国家論」
[右派]中世の国家天皇家、公家、大寺社、武家が対立しつつも相互補完していたとみる平泉澄に端を発する「権門体制論」
[ファンタジー右派]平泉澄の皇国史観

の間のグラデーションで説明できるかな…と感じるようになりました。

 現在、日本中世史は大きな研究の広がりと、そうした成果の一般書籍への反映が起きていますけど、それはあくまで、このグラデーションの中にあるかな、と。

 学界で多いのは天皇と将軍は上下関係にあるという黒田俊夫の天皇中心の「権門体制論」らしく、若手研究者も意外と平泉澄の見直しを進めているらしいのですが(権門体制論は平泉の『中世に於ける社寺と社会との関係』1926で提示)、個人的には二つの権力が並立したと考える佐藤進一の「東国国家論」が穏当ではないかと思っているので、改めてと網野善彦などとの議論を読む意義はあるかな、と。

『日本中世史を見直す』佐藤進一、網野善彦、笠松宏至、平凡社

 ところが、三人の先生方の問題意識がわかるまで64頁かかってしまいました。

 この本は『平政連諌草』の議論から始まりますが、これは北条得宗家が没収した所領を自分のものにしてしまうのを諌めた書。得宗家があっけなく滅んだのは、専制を目指したものの、そうした専制を支える基盤が作れなかったからだ、ということになっています。さらに言えば、中世における社会の変化が訴訟制度・主従制を変化させ、鎌倉幕府では矛盾を解消するために得宗専制に走らざるを得なかった、ということが原因なのかな、と。

 網野善彦はこうした変化の原因を宋元銭など貨幣経済の浸透による商業・金融の発展に求め、それを担ったのがアウトサイダーである神人や悪党であるという立場。後醍醐政権はこうした神人や悪党などを一天万民の思想の元で動員したことを強調し、こうした人々は貨幣・信用経済を保証するネットワークになって紙幣も作ろうとしたと指摘する網野さんに対して、「しかし、結局、なにも造らなかったでしょ」と佐藤進一先生は法制史的に軽く切り替えします。

 本書は『平政連諌草』のほか、花園上皇が皇太子の量仁親王(後の光厳天皇)のために記した訓戒書『誡太子書』、後醍醐天皇に徳政と倒幕を諌める吉田定房の『吉田定房奏状』、後醍醐天皇を痛烈に批判する北畠顕家の『北畠顕家奏状』という四つの文書を元に議論するという構成をとっています。

 このうち『吉田定房奏状』と『北畠顕家奏状』は醍醐寺三宝院に所蔵されています。

 亀田俊和先生の『観応の擾乱』を読んだ直後、醍醐寺展で尊氏―師直と共に討ち死にする覚悟を示した賢俊の書状を見たんですが『日本中世史を見直す』によると幕府の正当性を示すために北畠親房の息子で21歳で討ち死にする直前に北畠顕家が後醍醐天皇を痛烈に批判する文書を集めて持ち出していたんすね。

 ちなみに、愛児顕家を失って「時や至らざりけん。苔の下にうづもれぬ、ただいたづらに名をのみぞとどめてし、心うき世にもはべるかな」と嘆くところは神皇正統記でも《もっとも感動的なくだりと言えるだろう》と笠原宏至は語っています(p.257)。こうしたあたりは、素人なので新鮮でした。

 また、佐藤進一先生が室町幕府の権力構造は細川が瀬戸内海、山名は山陰、斯波は越前~尾張、畠山は河内・紀伊を一族で抑える地方総督みたいなものだったが、九州は一族支配ができなかったと語っているあたりは佐藤直系の本郷和人先生の九州と東北はちょっと違うという二国論の元ネタ?かな、と思いますが、どんなもんでしょうか(p.99)。

 ちなみに、元号は大化改新後に制定されるようになったけど、南北朝時代は《幕府=北朝の元号、南朝の元号、北陸=南朝方の元号、それに観応の擾乱ののちの北朝、南朝の元号と足利直冬の元号など、元号の併立・鼎立》があったというのは、新しい元号が発表される前日には覚えておたいところ(p.188)。

 素人は史料を読めないので、活字に直された著書でしか語れませんが、戦国時代までの日本中世史がわかりにくいのは、乳母を含む複合的な母系社会という下部構造の上で、権力闘争が行われていたからじゃないかな、と改めて感じる部分もありました。戦国時代以降が分かりやすいのは、実力一本で、話しがつくからかな、と。

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