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March 26, 2019

『会計の世界史』


『会計の世界史』田中靖浩、日本経済新聞出版


 現役時代は商売柄、会計に関する本はもちろん読みましたし、会計制度が変更されるたびにアップデートはしていたんですが、基本的には隔靴掻痒という感じでした。もちろんアインシュタインの「複利は人類史上最大の発見」という言葉に重ねた「複式簿記人類史上最大の発見」という言葉も知ってはいましたが、実感はできませんでした。そんな状態だったんですが、日経からこの本が贈られてきて、しばらく置いていたんですが、読み始めたら、生まれて初めて会計の意義が理解できました。


 それは法人の現状を数字で表すところから始まり、やがて株式会社の登場によって、企業の未来を予測するツールとなり、グループ会社に進化する中で、企業統治のための管理会計というツールも生み、経済の成熟化でM&Aが盛んになるにつれ、企業価値を現すためキャッシュフローが重視される-という流れが理解できるようになりました。


1)イタリアから始まった会計


 『会計の世界史』はレオナルド・ダ・ヴィンチの父が公証人一家の妻と結婚するため内縁の仲となっていた娘を捨てるところから始まります。この娘の子がレオナルド。庶子なので公証人の職を継ぐことはできなかったものの、当時、高価だった紙は公証人の家にはいっぱいあったので、レオナルドはメモやスケッチ魔になった、と。父らそのスケッチを見て只者ではないと感じ、ヴェロッキオの弟子にしてもらいます。


 当時のフィレンツェを支配していたメディチ家はその名の通り、最初、医療関係の商売をしていたのですが、銀行業に進出。先行していたバルディ、パルッツィ家は英国王エドワード3世の借金踏み倒しにあって破綻したのですが、メディチは貸し倒れのない融資先として法王庁に接近、という宝塚歌劇団宙組の『異人たちルネサンス』の背景が良く理解できたのですが、なぜ、会計の歴史がイタリア・ヴェネチアから始まったかといいますと、バランスシート(B/S)の右側の負債+資本=左側の資産で運用の成功と失敗が一目瞭然に分かるからです。


 さらに、フィレンツェでは事業を拡大するために親族経営から仲間たちで商売を始めたコンパーニャ(compagnia、本書ではcompania)が儲けを正しく分配し、フローとストックで「原因と結果」を表すために、約束は文書で残し、帳簿をつけて記録することが拡大していきます。ちなみにcompagniaはラテン語のcum panis(一緒にパンを食べる意、本書ではcom pan)です。


 ここでB/Sの右側の負債+資本のうち、資本は親族から仲間に移っていきます。


2)オランダで始まった会社革命


 オランダでは、アジア貿易を拡大するため、大きな資本の組織(ほとんど国家並みの東インド会社)をつくる必要が出てきました。


 これを再びB/Sの右側でみると、負債+資本のうち資本は親族→仲間→株主に移っていきます。


 親族や仲間以上に他人度合いが高まる中で求められるようになるのが説明(Acounting)。会計をAcountingと呼ぶのは、株主への説明が必要だから。


 また、株式会社の経営者は株主に対して説明責任を果たす必要があるが、その代わりに株主は有限責任で済むという絶妙のバランスで「所有と経営の分離」を図れたところが大きかった、と。


 オランダ人は有限責任株主による東インド会社を設立し、株式市場も開設したが、時価発行増資を思いつかず、借入金頼りの経営で200年で行き詰まります。


 また、富をひけらかすような生き方を嫌い、カトリック教会の装飾を破壊したようなオランダ人プロテスタントは、自分の庭を飾るチューリップに慰めを求めたが、そのチューリップが世界最初のバブルを生んだのは皮肉、だと(p.108)。


3)イギリスで生まれた画期的な減価償却という考え方


 イギリス人はロンドン大火を機に石造の住宅へ転換し、石炭需要が高まると炭鉱での排水に蒸気機関が使われ、やがてそれが応用されて蒸気機関車が発明されます。トレヴィシックは自身の機関車にキャッチ・ミー・フー・キャンと名付けたのですが(p.144)、これは映画「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」のタイトルにもつながっていくんですかね。ちなみに、あれだけしわいオランダ人が時価発行増資を思いつかなかったのは皮肉としかいいようがありませんが、暖房に石炭を活用するようになったものの、火力を料理の上達に使うことは思いつかなかったイギリス人は「さもありなん」という感じです。


 スティーブンソンの鉄道開業式には欧州各国がスパイを乗せて軍事転用が可能かを探ったそうで、そんな中、不幸な接触事故で足を切断された政治家を救うために時速60kmで走る性能に驚愕。各国は一気に軍事転用を目指すことになるのですが、ナポレオン戦争直後で国庫に余裕がなく、株式会社も泡沫会社事件で制限が設けられていた、と。


 蒸気機関が活用される以前は、人の移動だけでなく石炭も運河を使って馬で運ばれていたそうで、しかも運河は当時、数少ない売買可能な株式でもあったので、鉄道会社の設立は妨害されるなど大変だったとのこと。こうしたこともあり、鉄道会社は世界初の固定資産が多い株式会社の資金調達・運用実験でもあったそうです(p.150-)。


 英国ではやがて鉄道は儲かるという意識でマネーゲーム目的の株主が初めて大量に発生するのですが、こうなると、新規の鉄道建設で金を集めて既存路線の配当へ充当するような鉄道王も現れる、と。こうした詐欺まがいの事業を阻止するために生まれたのが、減価償却だそうで、減価償却は絵画における写真のような画期的なことだ、と。


 減価償却の登場は、会計の歴史において、イタリアでの簿記誕生に匹敵する重要性を持つといいます。減価償却の登場によって、会計上の儲けは収支から離れ、「利益」というかたちで計算されるようになるからです。収入-支出=収支から業績を的確に表現する収益-費用=利益に体系が変化した、と(p.166)。


 さらに、減価償却の考え方は引当金、前払費用や未収収益などを収益・費用へ配分することも可能にし、長期工事で受取る将来の収入を配分する工事進行基準も認める時価会計や減損会計まで突っ走ることになります。つまり現金主義会計から発生主義会計へ進化する、と(p.167)。


 しかし、これは粉飾決算の始まりでもあったというのが、なんとも凄い話しです。


4)「泥棒は泥棒に捕まえさせる」ために初代SEC長官に抜擢されたJFKの父


 株式会社の拡大にとって、株主は事業よりもマネーに興味を持つ人々が増えます。こうして、様々な株式市場を舞台にした詐欺事件が起こるのですが、JFKの父いかさまジョーもインサイダー取引をやりまくって巨万の富を築きます。


 やがてFDRの後援者となったいかさまジョーはルーズヴェルト大統領から初代SEC長官に任命されます。大恐慌のキッカケとなった暴落を招いた株式の取引ルールを決めるのいかさまジョーに任せたのは、ルーズベルトが「泥棒は泥棒に捕まえさせる」という手法だったと書いているんですが、そこまで書くなら、さらに、FDRの母系自体が中国のアヘン取引で財を成したというのも書いて欲しかったかな、と。


5)19世紀のグルーバル化でファンドが登場


 株式市場にはマネーマニアの株主が大量に参加し始めますが、さらにマネーそのものを目的としたファンドが登場します。


 ファンドが注目するEBITDAは控除前で計算した利益・税金・減価償却費、焼却費。各国発生主義会計の複雑怪奇なルールで計算された利益ではありません。しかし、限りなく稼いだキャッシュに近い利益となり、それはM&Aの指標となります。そして、これがB/S、PLに続く三つ目のキャッシュフロー計算書を生んだ、と(p.262-)。


 マルクスの想像した資本主義の自滅は、テイラーの労務管理による生産性向上だと思うんですけど、会計学でも減価償却費の配賦計算のアイデアを出していたとはしりませんでした…。テイラーはその後、労働者の「組織的怠業とその解決」に関心を向け、大量が生産可能にしました(p.293-)。そして、資本主義社会が労働者の「組織的怠業とその解決」を進める中、ソ連などは組織的怠業の問題に悩む、と…。


 なかなか面白かったのですが、最初は少しガッカリしていたんです。というのも『会計の世界史』はヴェロッキオの『トビアスと天使』から始めていたからです。英語の作品名ではTobiasと表記されるから、そっちを優先したんだろうけど日本語旧約の表記はトビア。こんなとこにも日本人の聖書の米英流理解が伺われたるな…とか。


 《「トビアスと天使」は旧約聖書外典「トビト書」のストーリーをもとにした》と本文に書いてあるので、実際には読んでないんだな、と(p.24)。著者か校正が読んでたら「トビアと天使」にするハズですから。もしかして、新しい聖書協会共同訳ではドビアスにしてんのかなと思いますが、まさかな、と。日本語聖書はそれほど読む必要は感じないけど買うかなとも思いました。


 あと、ダイムラー・ベンツの最優秀のエンジンを搭載し、数の上でも優っていたドイツ空軍がイギリスに敗れたのはレーダーの活用だというのですが、これって日本の旧軍と似ている…とも感じました。ミッドウェーの時も試作品でも持っていけば良かったのに、米軍を侮って艤装しなかったからな…物理的な性能に酔う傾向?と(p.233)。

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