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March 02, 2019

『記憶の肖像』

Kioku_nakai

『記憶の肖像』中井久夫、みすず書房

 中井久夫さんのエッセイ集で唯一、未読だった『記憶の肖像』を読み終えました。これで中井さんのエッセイは全て読了。これまで、何回か読もうと思ったけど、最初のエッセイ集ということで、まだ、文章が硬い感じがして、敬して遠ざけていたんですが、やはり面白かった。

 白眉は「意地の場について」の考察でしょうか(p.251-)。

 《精神科医が「意地」に出会うのは、なぜか、私の場合、遺産分配に関係していることが多かった》というかき出しから、遺産配分は遺体解剖の雰囲気に似ていて、それは故人の遺体を共食するという儀礼が多くの民族にあり、葬式の際の食事はその名残りだ、というあたりから引きつけられました(喪失感、別離感の処理作業として共食は発生したのではないか、とのこと)。

 日本の場合に多い父の遺産配分はカイン・アベル的葛藤の場であり、パラノイア、強迫症、抑うつというエディプス期以前の力動態勢が前面に引き出されやすくなる、と(エディプス期を成功裡に突破した人は病理を露呈する確率は低いとも)。それは損得という、正義や善悪にもとづく議論より、成熟したものだから。

 さらに、夫の妻など《分配に対する発言権はないが、分配を受ける者に対する発言権を持っている配偶者》など陰の人間関係もつきまとうことで事態は混沌としていきます。

 《フロイトは、貰う資格がないのに巨額の遺産が舞い込む幻想をユダヤ人にはあると指摘して》いるそうですが、《宝くじなどを買う心理には、それに通じるものがあるだろう》というあたりはうなりました。

 普段、自分はお人よしで強く自己主張ができないと思っているような夫が妻から「誰それさんにしてやられないようにね」などとハッパをかけられると、意地を発動しやすくなる、そうですが、まるで目に浮かびます。こうした《人を操作したい人が。遺産分配だけでなく、多くの、例えば損害賠償の場にいて、事態を途方もなく紛糾させ》る、と。

 江戸時代に『忠臣蔵』や『佐倉惣五郎』は、意地を浄化(カタルシス)したいという民衆の願望に支えられて繰り返し上演されたのだろう、と。

 遺産分配の場で「もう損得ではない、意地だ」と言い出されたら、賢明な仲裁者は手を引くだろうし、精神衛生を考えたら、多少損をしても、これ以上は骨折り損だと考えて早々に場を去る人間がもっとも賢明だ、というも納得。

 逆に高額を得た人間は小さな会社を設立してすぐ破産したりするのは、罪悪感を拙劣に消費することで精神的安定を得ようとするからではないか、というあたりも納得的。後は大きな庭石を買う人もいるそうで、なんとなく気持ちは分かります。

 落語「三方一両損」の話しは、大岡越前が紛争に介入することによって心理的水準では当事者になったことで、わざと一両を損することによって帳尻をあわせるという高度な心理的理解がある、というあたりの議論にもうなりました。

 ぼく自身の体験からしても《一年を越えたら紛糾にメドがなくなり》弁護士費用の方が多くなる、というのは遺産分配だけでなく当てはまると感じます。

 また、調停者は「時の氏神」という言葉のようにタイミングが大切だとか、意地には「甘え」の否認を誇示している面があるというのも納得的。「無言電話」などの嫌がらせは、天罰が信じられなくなった現代において、「あなたに恨みを持っている人間がいる」というのをわからせるためとか、精神科医には患者が「離婚したい」と言ってきたら「それは精神科医の問題ではない」と突っぱねるという申し送りがあるとか、意地は江戸時代の話しが多いのは絶対の強者がいない状況では颯爽とした自己主張ができなかったので、屈折した美学として共感されたのだろうとか、というあたりも。

 そして最後は、日本が外交下手なのは意地の文化があり、日露戦争でたまたま成功してしまったという体験があるのもよくない
というあたりの話しになっていきます。日本の意地は片意地であり《太平洋戦争などは、片意地で始まったもの》というのも納得的。

 さらに「治療にみる意地」が続きます(p.268-)。

 《われわれにおける意地は西欧における自我というのに近い》という佐藤忠男さんの言葉を紹介し、どこか江戸の風が吹くような感じのする意地は、「こだわり」というプラスの意味を持つようにもなった、と。
 
 また、意地というのは元来、茨の道を行く自分を励ますなど窮地を正面突破するための心理的技術で、そのために視野狭窄も起こるのだろう、と。

何回も苦痛を訴えて同じ手術を受けるような人は、漢方医学で壊病(えびょう)と呼ばれる、治療をあれこれ加えた結果、何が何だかんだ分からなくなってしまった病気。始まりの病理さえ見当もつかなくなり、精神科で(境界例」と診断されてしまう可能性も(p.274)。

 このほか、「私の入院」で《人間には自由を奪われると子供に近づくということがある》という話しの中で、日本社会の合意は《箇々の条文をはっきり挙げてではなく、まったく包括的なものだ。していいこととしていけないことの一線は微妙だ。その上、建て前としての規定と絶対許されぬこととがある》として、子供はそこがわからない、というあたりも面白かった(p.208)。

 《医者(あるいはナース)とは、患者に愛をむけるのではなく、愛の対象となることに耐える存在である》。患者は《「愛」を是認し受容してほしいのである。「愛」といえばわかりにくいだろうが、「甘え」》《是認し受けとめたという微かなサインをもらうだけで十分》というあたりは、ファン心理を見事に説明してもらった感じ(p.209)。

 ロシア人のプーシキンに対する畏敬はほとんど神に近いというあたりを読んで、そういえば、プーシキンの娘が『アンナ・カレーニナ』だったな、と思い出しました。プーシキンの妻、ナターリアはロシアでも歴史に残る美人。そうした妻を持ったことも伝説を生んだ要因なのかも、とか。

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