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February 11, 2019

『吉本隆明の経済学』中沢新一編著、筑摩選書

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『吉本隆明の経済学』中沢新一編著、筑摩選書

 この本は『超西欧的まで』に収録された「経済の記述と立場 スミス・リカード・マルクス」、『ハイ・イメージ論 III』に収録された「エコノミー論」「消費論」、『母系論』に収録された「贈与論」、『マルクス 読みかえの方法』に収録された「消費資本主義の終焉から贈与価値論へ」などをそのまま収録した論文集のようなつくりの本で、各章ごとに中沢新一さんが短いコメントを付し、最後に「経済の詩的構造」というもとめで締めくくります。

 「経済の詩的構造」というタイトルで察せられるように、これまで何回も書いてきた、『資本論』の価値形態論の使用価値と交換価値からインスパイアされた、言語の指示表出と自己表出という『言語にとって美とは何か』を発展させた経済論の可能性について中沢さんは留意しています。

 《人間は自由であることの代償に、無意識というものを手放せなくなっているとも言える》と中沢さんは書いていますが、これは「経済は自由であることの代償に、貨幣というものを手放せなくなっているとも言える」のかもしれないと個人的には感じています。

 中沢さんは、おそらく脳科学の発展を意識しながら《想像界(とさらにその上につくられた象徴界)をもつことによって人間の心では、たえまない意味の増殖が起こるようになる -中略- それは生起と喩の過程の結合として、その輪郭を描くことができる》とまとめています(p.350)。


 中沢さんは、こうした「詩的構造」を持つ吉本さんの経済学が、失われた無償の贈与という起源を取り戻すことが超資本主義の課題ではないか、という方向に議論をもっていきますが、残念ながらそれは伊豆の海で溺れた後の吉本さんの展開力に限定されたものに終わっているかなと感じます。

 ただし、これまで何回もふれた「アフリカ的段階」という概念の有効性については以下のような見事な評価をしています。

 《レーニンは革命をつうじて、国家の先にある世界を実現しようとした(『国家と革命』)。レーニンはそれが「遅れたロシア」だからこそ実現できると考えてその考えを実行に移したのだが、まもなく失敗であったことがあきらかとなる。なぜレーニンは失敗したのか。この問題を深く考え抜いた吉本隆明は、ロシアの革命がアジア的段階という土台の上におこなわれたがゆえに、革命のなかから近代科学技術と結合した恐るべきアジア的専制国家を生み出さざるをえなかった必然をあきらかにした。
 未来の革命は吉本隆明が考えていたように、超資本主義の先か、アフリカ的段階の先にしかあらわれない》(p.373)

 レーニンが「遅れたロシア」でなぜ、革命が実現できると思ったのか、という問題はマルクスが『ベラ・ズサーリッチへの手紙』で考えた延長線上にあるものだといえると中沢新一さんは考え、『僕の叔父さん、網野善彦』でも新書という体裁の中では異例の頁を割き、今村仁司さんも『マルクス・コレクション』の中にふたつしか入れていない書簡で取り上げ、自身で訳出しています。

 アジア的段階の農奴的コミューンではなく、アフリカ的段階の先にしか、未来の労働が自己目的化されない生産手段を共にする自由人たちの共同体(コミューン)は築くことはできない、というのが中沢さんの考える〈最後の吉本隆明〉だったのかな、と感じます。

 ということで、長く振り返ってきた四人の方々の著作についてのまとめは、これでいったん終わります。

第1部 吉本隆明の経済学
第1章 言語論と経済学
第2章 原生的疎外と経済
第3章 近代経済学の「うた・ものがたり・ドラマ」
第4章 労働価値論から贈与価値論へ
第5章 生産と消費
第6章 都市経済論
第7章 農業問題
第8章 超資本主義論

第2部 経済の詩的構造

 古典と言われる学者さんの著作を除いて、八割ぐらいは網羅的に読んできたと思っている吉本隆明、網野善彦、長谷川宏、中井久夫の著作を紹介してきました。

 あらためて振り返ってみれば、この4人には恐らく、学問的業績が残らないかもしれない、という共通点があります。少なくとも継承する弟子ともいえる人も寡聞にして思い浮かびませんし。

 しかし、日本には琳派のような継承の仕方もあります。

 レヴィ=ストロースは『悲しき熱帯』を「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」と締めくくりましたが、文系の学問は、現在のような袋小路に入ったような論文審査方式があと100年も続くかどうかわかりませんし、大学制度で経済的な土台を持って持続可能なのは、法律と一部の経済学、歴史ぐらいではないでしょうか。

 そうなれば、かえって思い出したように現れる琳派的な継承の方が長く続くかもしれません。

 そして、吉本さんの場合、琳派的な継承者がもし現れるならば、それは『吉本隆明の経済学』中沢新一編著、筑摩選書のような方向かな、と思っています。

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