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January 31, 2019

『ハイ・イメージ論 III』

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『ハイ・イメージ論 III』吉本隆明、福武書店

 随分前に読んだ本で、当時はテキストで感想なども残してはいなかったのですが、吉本さんの著作では三部作に次いで重要な著作といいますか、中でも「消費」についての考え方は、いまだ有効ではないかと感じているので、思い出しながら書いてみます。

 吉本さんの資本論理解では価値形態論を重視するのですが、何回か書きましたが、ぼくは循環論法だと思っていまして、価値の増大はクリアカットでありがたくもないアメリカンな生産性向上の仕組みで幾何級数的に伸びるたのだと思っています。

 ただ、『ハイ・イメージ論 III』の「エコノミー論」と「消費論」では、金利がゼロあるいは一時マイナスも記録した超資本主義段階の経済を予言しているところが凄かったな、と感じています。

 『資本論』3巻の「利子生み資本」では、産業資本家は貨幣資本家(銀行など)から借り受けて事業を運営するという図式で展開されるのですが、もし、利子がゼロに近づいたとしたらどうなるでしょう。

 資本は、マルクス的用語でいえば、貨幣資本家の手にある限り利子を生まず、資本としては作用しません。だから産業資本家に貸し出して利子を増殖させて利ざやを稼ぐのですが、利子がゼロなら「資本によって生み出される剰余価値の完成した下位形態として実存する」という生産過程において生み出された剰余価値が、利潤、利子、地代といった現実的諸形態に変化していくマルクスの想定した論理サイクルが途切れてしまいます。

 問題はこの利子ゼロという想定が、1990年に公定歩合が8%台にも達していた余韻もある中で書かれたということです。

 『ハイ・イメージ論』は吉本さんの著作の中でも不遇の作品といいますか、「振り切られた」読者が多かったり、初めから無視するような読者も少なくなかったと思います。

 そのひとつの要因が剰余価値を資本主義的生産様式の中で生み出しにくくなってきているという予想を、この時期に見通し、しかも資本主義は「消費資本主義」と吉本さんが呼ぶ段階に入ってきたという見立てが、なぜか清貧思想を好む判断停止状態のリベラレル・レフトの人たちから毛嫌いされたからなのかな、と感じています。

 個人的な話しで恐縮ですが、貨幣資本家が浮かない感じをするのはなぜか、という吉本さんの指摘は鋭いな、と感じました(p.145)。それは資本が、資本家の手にあるかぎり利子を生まずに資本としては作用せず、利子を生んで資本として作用するかぎりは彼の手ではなく産業資本家という他者の手にあるから、です。

 資本家は浮かない顔をしていなければならない。もし、浮かれていたら、とたんに足元をすくわれるのかな、と個人的に感じています。

 宇野弘蔵は『資本論に学ぶ』で「原理的にそれ自身に利子を生む資本、それは具体的に株式相場や土地価格という擬制資本となる。原理的には、それはただイデーとして資本の物神性をなす。貨幣市場では資本の需給で利子率は動きながら決定されるが、株式市場ではその反映を援用する。ここに資本の物神性が完成される」と書いていますが、資本が利子を産むということが原理ではなくなった時代を吉本さんは見通していたんでしょう。

 リカードは労働力を希少価値として理解していたという過ちを犯したと言われていますが、もしかしたらマルクスは貨幣を希少価値だという仮定に置いたことが間違ったのかもしれません。そうなるとG

 吉本さんは、さらに「消費論」で一歩出ます。

 ヘーゲルは自分以外の自然にも全面的で普遍的な関係を持ちうるものを人間(ヒト)と読んだのですが、マルクスは抽象的人間労働が自分以外の自然にも全面的で普遍的な関係を持つことで、自然を非有機的な肉体に変化させる、という議論にもっていまきす(p.217)。

 個人的には貨幣は自分以外の商品に対しても全面的で普遍的な関係を持ちうるもの、と定義することからの議論の方が面白いと思ったのですが、吉本さんは、消費は遅延された生産だというマルクスの主張が、消費資本主義の段階でどこまで有効かの議論を進めます。そして、それは高次の自然と(人工)と高次の人間(情報機械化)の間にあるのではないか、と結論付けます(p.228)。

 正直「消費論」の後半はボードリヤール批判に終わっていて、独自の展開は僅かなのですが、それでも「消費社会では、マス・コミュニケーションが三面記事的性格をもつ -中略- 扇情的、非現実的な記号を、その表面に氾濫させて実像をわからなくさせてい」というあたりは、これまた予言になっているな、と(p.241-)。

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