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December 11, 2018

『幸福とは何か ソクラテスからアラン、ラッセルまで』

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『幸福とは何か ソクラテスからアラン、ラッセルまで』長谷川宏、中公新書

 ある年代までの哲学書を読む層では、ドイツ観念論が哲学書のヒエラルヒーの最上段に置かれ、それこそ廣松渉さんではないですが、ヘーゲルの『小論理学』『大論理学』『法哲学』などは「要するに、何も分からないけれども、ただ一生懸命読んだ(笑)」(『哲学者廣松渉の告白的回想録』p.125)というような経験をしていると勝手に思っています。

 その点、イギリス経験論は、その分かりやすさ、対象の卑近さなどが神々しさを感じさせないためか、ドイツ観念論がより高等なものだ、みたいな雰囲気がさらに増したと感じます

 ヘーゲルの主要な著作の翻訳を終えてから、丸山眞男批判、その延長としての『日本精神史』と書きついでた長谷川宏さんが、本業ではないイギリス経験論を中心に、幸福とは何かという概念規定しにくい問題を取り上げたのが『幸福とは何か』。本文でも、カントをわざとつまらなく取り上げたりして、ドイツ観念論中心の日本の哲学受容を相対化しているように感じたのはぼくだけでしょうか。

 ギリシャ哲学についても、観念論につながるイデア論よりも個と共同体の関係に注目し、ソクラテスは共同体秩序の弛緩を立て直すことに主眼が置かれ《個の世界と共同の世界との連続性に疑問をいだくこと》はなかった、としています(p.54)。

 これがマケドニア生まれでアレクサンドロスの家庭教師もつとめたアリストテレスになると、人間はポリス的動物であるとしながらも、アテネなどの衰退によって、個人は共同体とのつながりを実感しにくくなってきます。そして観想的生活こそが最高善である、と峻厳すぎる結論を出します。

 やがてアレクサンドロスも夭折すると、いよいよ共同体への信は揺らいできて、エピクロスなどの時代になってきますが、それはデモクリトスの原子論を基礎としたものに方向転換します(p.85)。それは人間を自然的存在としてとらえる方向でした。

 そしてセネカに至り、現実の政治経済活動から身をひきつつ、感覚も自分も支配するような、内面の理性へと向かいます(p.99)。

 ここで第1章〈古代ギリシャ・ローマの幸福感〉は終わり、第2章〈西洋近代の幸福論〉に入るのですが、著者は中世を抜かしてしていることについても言及します。それはあまりにも神中心の時代であり、自然界や人間界をも絶対的な神が支配するというような、インフレ気味の構図は《古代ギリシャ人もローマ人も思い描いたことのないもの》であり(p.107)、幸福が神からの授かり物だとしたら、真剣に取り組むべき対象ではないからだ、というわけです。

 第2章「西洋近代の幸福論」

 商品経済の発展、絶対君主制などによって超越神の支配から人々の心は解き放たれていくなか、大陸合理論がまだ神に捕らわれた論考を進める中、イギリス経験論はもっと神とゆるやかな関係をむすんでいきます。

 ヒューム『人性論』は題名が示しているように、問われているのは神の本性ではなく人間の本性。ベーコンが150年がたつと、人間とは何かを問うことが意味あることになっていった。ヒュームは生のみずみずしさを保つ知覚を出発点において思考を重ねていき、理性も非現実的な観念論として信頼しない。経験の断片を結びつけるものは人間の利己心やせせこましさ、私的利害、人為的な慣習などだった。

《わたしたちは、芽にもとまらぬ速さで次々と起こり、たえず流れ動くさまざまな知覚の束ないし集まり以外のなにものでもない》という言葉は、現代のクリックの「あなたはニューロンの塊にすぎない」という認識に通じるものがあるというか、ひょっとして古代ギリシャの原子論に匹敵するような先見性を持っているかもしれません(p.126)。

 しかし、ヒュームはさらに持続的な自己同一性を否定するところまでいってしまいます。そうなると幸福論そのものの前提が崩れてしまいます。

 これに対して宗教からも形而上学からも離れて人々の日常的な感情の動きに目を捉えようとしたのがアダム・スミス。道徳は個の存在の内部にあるのではなく、個と個のかかわる集団のうちにあ、人間は社会的存在であると考えた。彼は、くよくよ考えがちな隠遁者は普通の人々が社交と会話によって得ている気持ちの安定感はめったに持てないとして、凡庸な情念がなだらかに行き来する人づきあい=共感のうちに暮らしの基本があるとしている。『国富論』も著したスミスは、感情だけでなくものも含めて交換しあう性質が人間を発展させてきたとみる。

[カントのインターミッション]

 個の経験を重視しすぎた故に幸福論とのスリ合わせが難しかったヒューム、他者との関係を感情、経済の両分野で重視して幸福論への道を切り開いたスミスに続くのは、普通でしたらジェレミー・最大多数の最大幸福・ベンサムなわけですが、長谷川さんはここでカントを入れることで、日本のドイツ観念論に偏りすぎた西洋哲学受容史を批判的に俯瞰します。

 カントは『実践理性批判』で、理性が自身の中から道徳法則を紡ぎ出すところに《理性の自由と自律の証をみる。下界に触れ、下界に促されて道徳法則に思い至るのではなく、自らの力で道徳法則を生み出す理性は、まさにそのことによって下界から独立した自由な、自律的な存在である》ことをみます。

 ヘーゲルも行動に内在する意思こそが真に自由な存在であり、道徳法則はその自由の純粋な発現形態だ、とカントの道徳哲学をまとめています。

 しかしカントは、自由と幸福、道徳と幸福の間に楔を打ち込みます。

 西洋の近代思想では個の内部に向かうことによって、主体性、自主性、内発性など日常生活の経験とは違う動きに価値を置く考えが主流となっていきますが、これは幸福にまつわる事柄は実践哲学に届かない有限な心の動きであるというカントの考え方に影響を受けたものです。

 《幸福は、人間がなにかしら不足を感じる有限な存在であるがゆうにのしかかってくる課題》であり、幸福を求めることは《義務であり目的でもあるようなものだ、ということはできない》と。

[最大多数の最大幸福]

 カントの道徳理論のうちに幸福論の居場所はなかったことを確認して、著者は再びイギリス経験論に戻る。

 ベンサムは道徳と立法の原理を考察するなかから「最大多数の最大幸福」を導き出す。『道徳と立法の原理序説』でベンサムは苦痛と快楽が人間のすべての行為を支配するという根本原理を提示する。けっしてカントのように純粋理性や意思の内面などには思いを及ぼすことはない。そして、苦痛と快楽の大部分は経済活動のもたらす物質的な富の大小によってもたらされるとした。

 ベンサムは功利主義者といわれるが、「なにがしかの(あるいは誰かの)役に立つ」という視点を堅持して考察を進める。これによって幸福も快楽に取り込まれ、快楽、善、幸福の三位一体の図式が出来上がる。ベンサムは《人間が社会のなかで他人とともに行動し、快苦、憎悪、幸不幸のあるらゆる場面で他人と交わることこそ人間の本来のすがた》だととらえていた、と(p.181)。それは個人を独自の個としてとらえるよりも、平均的な個として社会のなかに投げ入れて生きる社会的存在とみていたことになる。

[20世紀の幸福論]

 《ベンサムの社会政策は個人の幸福と社会集団-家族、村、町、学校、職場、都市など-の幸福とが連続的につながるという前提のもとに考察された》ものでしたが、資本主義の進展と20世紀の2つの世界大戦はこうした楽天主義に疑問符を突きつけた、と。

 こうした20世紀の幸福論として著者はアランとラッセルの著書を紹介。近代は自分へと目を向けさせますが、ラッセルなどは自己自身への興味は幸福獲得のためになんとしても避けるべきものとまで考える、と。

 あとがきの《個として生きることと社会的存在として生きることとの矛盾こそが太古から現代に至るもっとも基本的な矛盾と考えられる》が著者のまとめ。

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